~卑劣! 黄金城地下ダンジョン8階・その2~ 1
学園都市でポーションなどを補充し、しっかりと休憩した俺たちは。
黄金城地下ダンジョン8階へ直接戻ってきた。
「やはり便利だな、転移の腕輪」
セツナが苦笑するように言う。
地下5階の街では充分な休息は取れないし、満足な食事もできない。地上に戻ったとしても物価が恐ろしく高いので物資補充も遠慮なくできるわけではない。
その点、黄金城から遥かに離れた学園都市や俺の家があるジックス街へ移動すれば、正規の値段で物が買えるので、利用しないともったいない。
とは言うものの……
「あまり姿を見せないでいると死亡扱いされるぞ」
「それはそれで困るな」
別に死んだ者扱いされて困るわけではないだろうが。
それでも、宿の看板娘マイちゃんやナライア女史一派の少女パーティ、更にはドラゴンズ・フューリーのメンバーに心配されるのは申し訳ない気がする。
もっとも。
黄金城を体験したほとんどの冒険者は、そういうものを経験している。
攻略組たるドラゴンズ・フューリーなど、その最たるものだろう。
もちろん。
そんな彼らも、全滅する可能性は他のどのパーティよりも高いので、気をつけるのはお互い様という話だが。
「今ごろ、地上では記録更新の報で盛り上がっているでしょうか。人間領で英雄になるのも悪くないですわね」
「おまえさん、目立つの好きだなぁ」
「大好きですわ!」
変な吸血鬼もいたものだ、とナユタは肩をすくめる。
まぁ、他の吸血鬼を見たことがないので、『変な吸血鬼』かどうかはまだ分からない。もしかしたら、吸血鬼種は全員がこんなルビーみたいな集団なのかもしれないし。
そうだとしたら……
ハーフ・リングと似たような種族になってしまうので、ちょっとどうかと思う。
うん。
やっぱり変な吸血鬼でいいか。
吸血鬼全体の名誉のために、そう思っておこう。
「では、わたしが先頭を行きますわね」
ルビーはそう言って、影から大きなタワーシールドを取り出した。金属の板に取っ手が付けられただけ、という手抜きにも思えるシールドで、分厚さが物凄い。
どうやらアンブレランスの新作はできていなかったらしい。なんでも素材に悩み中だとか。
まぁ、今までのアンブレランスも試作品なので、今度こそ完成品を目指しているのかもしれない。
「あの剣を素材にしてもらうのにプレゼントしましたが、よろしかったでしょうか? もしもダメなら皆さまにわたしの身体で支払おうと思いま――」
「「「「「問題ない」」」」」
食い気味で全員がそう答えて、ルビーがめちゃくちゃ嬉しそうに笑っていたのが印象的だった。
ということもあり。
パーティの盾役という役割通り、ルビーには盾を持ってもらうことにした。
「これがいいですわ。師匠さん、これ買ってくださいな」
「いいのか、これで。言っちゃなんだが、もっと使い勝手の良さそうなものがあるぞ」
店の人も苦笑しながらうなづいていた。
そりゃ売れ残るよな、こんな重いタワーシールド。
盾役というよりも障害物扱いに近くなるし、冒険者だと移動が大変になる。おいそれと買える防具じゃないよなぁ。
「充分ですわ。なにより、師匠さんに買ってもらった盾、という付加価値が付きます。わたし、絶対無敵になれますわ」
愛が重い。
なんて思いつつ、ルビーに盾を買ってあげた。
アンブレランスまでの繋ぎなので、まぁそこそこ活躍してもらえればいいか。
と、思っていたのだが――
「お任せください!」
モンスターの攻撃をきっちりかっちり先頭で防御してくれる、という超頼もしい働きっぷり。それも壁のごとく不動の盾。
なんだろう。
「アンブレランスより、よっぽど楽になっているのだが?」
役割がハッキリしたのだろうか。
それとも、ルビーの盾の扱いが上手いのだろうか。
物凄く戦闘が安定した気がする。
「後先考えず突っ込むのを止めたからだろ」
ナユタんが心理を突いた。
「嘘ォん!?」
変な驚き方をする吸血鬼でした。
まぁ、それはともかく。
遥かに安全となった戦闘をこなしつつ、地下8階層の分かれ道ならぬ『分かれ扉』の部屋まで戻ってきた。
右の扉へ進めば謎のスイッチの部屋。
まっすぐの扉へ進めば、ドラゴンの部屋。
左の扉へは、まだ進んでいない。
それらを地図で確認した。
「さて、どうする?」
セツナの言葉に、ふむ、とみんなで考える。
「ひとまずスイッチを確認するのがセオリーか?」
俺の意見に、パルが首を傾げながら言った。
「あたし、ドラゴンが本物かどうかが気になります」
「拙者も龍が気になるでござる。あれを突破しないと、どうにもならないので……」
シュユもパルと同意見か。
「那由多はどうだ?」
セツナが質問すると、ナユタは左の空白地帯を指差した。
「あたいはこっちのまだ見てない場所が気になる。もしかしたら、龍とか火の精霊女王の謎が解けるかもしれないだろ」
一理ある。
一ヶ所だけで解ける仕掛けではないことは、上の階でも経験している。分からないことを、いつまでもその場所で考えたところで、無意味になってしまう可能性は充分にあった。
「わたしもナユタんに賛成ですが……やっぱりドラゴンが気になりますわ。あれが罠ではなく、モンスターだった場合、今後は不意打ちに更なる注意と警戒をしないといけませんので」
不意打ちに注意するのはごもっともな話。
ルビーの話もうなづける。
あとはセツナの意見だが――ここまで来ると多数決で決まったようなものか。
「では、まっすぐに進んでみるのが良かろう。ただし――」
セツナがちらりと俺の腕を見る。
「まだもう少し時間が必要そうだ」
転移の腕輪のチャージはまだまだ終わっていない。
ここまで順調すぎる程のペースで来たので、まだそこまで時間が経過していないようだ。
「休憩するには、ちと早い。無駄に時間を潰すのももったいない。ならば、少しだけ左側の扉の様子を見ていくか」
それが効率的か。
もしも危なかった場合は全力でルビーに盾になってもらうことになるが。
それくらいはやってくれるだろう。
「分かった。パル、シュユ、いつもどおり頼むぞ」
「はーい」
「了解でござる」
いつもどおりの罠感知と気配察知をする。
特に気配察知は入念に……というよりも、逆に扉の先に気配を感じるのなら進まずに引き返したほうが良いのかもしれない。
特に、大型の気配を感じた時は逃げた方が賢明だろう。
このレベルになると、こちらが分かってるということは、向こうも気付いている状態。
そう考えておくのが良さそうだ。
「よし」
しっかりと扉の先に問題ないことを確かめてからカウントダウン。
扉を蹴り開けると同時にルビーが飛び込んだ。
セツナの報告は――
「敵1」
どうやら初見のモンスターがいたようだ。
次いで中衛の俺たちも中に入る。
その時には、ルビーのタワーシールドに向かって戦斧が振り下ろされていた。
ガツン、と大きく響く防御音。
その小さな体に不釣り合いなほどの防御力を見せて、ルビーはその一撃を耐えた。
「オークか」
いや、違う。
大きく太った身体にブタのようにめくれあがった鼻。下顎から突き出すように飛び出た牙があり、顔の特徴だけで見ると『オーク』というモンスターに見える。
しかし――ここまでの巨体をしたオークなど見たことがない。
でっぷりとしたお腹はもちろんなのだが、それでも動きが機敏なところを見るに脂肪だけをたくわえているわけではなさそうだ。
むしろオーガ種のようにも思えるほどの肉体。
その太っている身体と、ふてぶてしい程の表情。
なんとなく『王』を彷彿とさせる姿ではある。
オークキングとでも名付けようか。
そんなモンスターだった。
「ハッ!」
戦斧の一撃をルビーが受け止めている間にナユタが赤の槍を突き刺す。
だが、オークキングが怯んだ様子もない。
「ぶひひひ」
紫色の舌を出し、唾液をすするような音を立てて笑うオーク。その嫌悪感が治まらないうちに戦斧をナユタへと振り下ろすが、ルビーが場所を入れ替わるようにしてタワーシールドで受け止めた。
「イヤらしい笑みですわ。ダイエットをおすすめしますわよ」
「腹に攻撃は通らないよ! 他を狙え!」
ナユタの言葉に了解と答え、俺たち中衛は散開する。
狙うは、脂肪の薄そうな部分。
腕や足の関節部分、そこに加え顔が狙い目だが……しかし、相手が大き過ぎて短剣の類では顔に攻撃が届かないか。
そう判断している間にもセツナが仕込み杖で攻撃をしかける。足を狙った一撃だが、致命傷には程遠いようだ。やはり足も脂肪が多い。的確に膝を狙う必要がある。
「ぶるああああ!」
しかし、ダメージは通るらしく、痛かったようなのでオークキングが暴れるように戦斧を振り回した。
でたらめな攻撃に、ルビーはギョッとしてしまう。めちゃくちゃな攻撃など、逆に防ぎにくいというもの。
だが、隙はできた。
「ほっ!」
投げナイフを投擲してオークの目を刺す。
「うわ、師匠すっごい!」
弟子が褒めてくれた。
ふふ~ん。
勇者パーティで頑張ってきたので、暴れるように動く相手の目を狙うこともできます。一見して無茶苦茶に動いているように見える『暴れ』だが、逆に単調になっている部分もあるので、それを見抜くと出来ますよ。
と、説明したいのをこらえて、今は戦闘に集中だ。
「うりゃ!」
「シュユも!」
弟子とニンジャちゃんが俺のマネして目を狙って投擲してる。
パルのは当たらなかったが、シュユちゃんのはちゃんと当たった。
「当たったでござる!」
「あれ~?」
無駄に一手を費やしてからに、もったいない。
「要修行だな」
「はーい」
というわけで、両目を潰せば後は暴れ続けるしかないオークキング。でたらめに振り回す戦斧を避けてセツナとナユタが攻撃をしかけた。
それでも分厚い脂肪が邪魔をして、なかなか致命傷には至らない。
「……もう飽きましたわね」
このまま続けても、今の状態が続くだけ。
早々に飽きてしまったルビーがジャンプして、タワーシールドで殴りつけた。
シールドバッシュってそういうものじゃないんだけどなぁ。
しかも両手で持つんじゃなくて、片手で殴りつけるような感じなので、もう使い方が盾でも武器でも板でもない。
なんじゃそれ、という一撃。
「ぐあぁ、あ!?」
フラフラとよろけるオークキング。
その後ろへと周りこみ、俺とパルで膝裏を斬りつける。
たまらず後ろへと倒れたところをセツナがトドメをさした。
喉に、ストン、と刃を突き刺す。
「ぐえ」
という短い声を出し、オークキングは絶命した。
すぐに身体は消滅していき、後にはそれなりに大きな金が残される。
「つまんない相手でしたわ」
ルビーはそれを拾って、鼻をフンと鳴らすのだった。
どうやら、ルビー的にはキングは好みではないらしい。
「気まぐれだねぇ、おまえさん。こんなことなら、全部のモンスターが『つまらない相手』だったら良かったのに」
「その時はナユタんといっしょに遊びますので、そういたしましょうか?」
「訂正。戦闘は楽しいねぇ」
「そうでしょうとも。さすがナユタん、今度いっしょにお散歩しましょ」
「へいへい」
肩をすくめて苦笑するナユタんでした。
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