~流麗! 悪い女は好みでしょうか?~

 アンブレランスの開発に行き詰まっているラークスくんに資金提供しました。資金と言いますか、金そのものですけど。

 ですが、そう簡単に新しい物はできるはずがありません。

 なにより、素材の問題ですので。

 まだまだ未熟とも言えるラークスくんには、知識も経験も職人の勘も足りないので、なかなか解決できる問題ではないでしょう。

 というわけで。


「これならいかがでしょうか?」


 先に答えを見て頂く、というのは近道かもしれません。

 わたしは背中から――背中のように見せかけた影の中から、ダンジョンの石棺から出てきた剣を取り出しました。

 重たく、刃も柄も鍔もひとつの金属で作られた一体型の剣です。

 残念ながらわたし達のパーティメンバーで使える者はいませんので、どう処分してもかまわないでしょう。


「お、お姉ちゃんどこから出したの!?」


 あら。

 剣にびっくりしてごまかせると思いましたが……先にわたしのことが気になるなんて、鍛冶師失格ですわねラークスくん。

 本物ならば、この剣の素晴らしさに目を奪われるはず。たぶん。

 ですが、剣を取り出したことに驚くなんて、まだまだ青くて甘いですわね~。たぶん。

 しかし仕方がありません。たぶん。


「おほん。わたしを見てくださいラークスくん」


 バッと両手を広げました。

 美少女アピールです!

 だってわたしのステキさと言ったら、魔王領でも一番ですのでね。たぶん。アビィよりステキだと自負しておりますが、もしかしたらアンドロちゃんに負けているかもしれません。男性である愚劣のストルティーチァには絶対に勝ちたいところ。

 そんなわたしに目を奪われるのも仕方ありませんよね。ぜったい。


「うふふ。女の子には秘密のポケットがいっぱいあるんですのよ。ラークスくんも、ポッケに手を入れてみます?」

「ふぇ!?」


 あらあらあら、真っ赤になっちゃって。

 いったいどこの『ポケット』を想像したんでしょうね~。

 かわいっ!

 うふ!

 うふふふふふふふ!

 またラークスくんの血を舐めたくなっちゃったじゃないですかぁ。あとで意識を落として、ちょっとだけペロペロしようかな……むふっ。


「冗談はさておき。女の子の秘密のポケットよりも、こっちを見てくださいませ。この剣の素材、使えませんか?」


 そう言ってラークスくんに剣を手渡す。


「うわっ!?」


 かなりの重さがあるので、思わず剣を落としかけるラークスくんですが。それでも、いつだって槌を振り続けてらっしゃいますので、大丈夫だったみたいです。

 力持ちですわね。

 がんばる男の子はわたし以上にステキです。アスオくんより、よっぽどカッコいいですわよ、ラークスくん。いえ、アスオくんもステキですので、大丈夫ですからね。でも勇者サマが負けると師匠さんが悲しんでしまうので、いい感じに敗北しておいてくださいアスオくん。


「こ、これって……なに?」

「おや、見て分かりませんかラークスくん。剣ですわよ」

「それくらいは分かるよぉ。そうじゃなくって、素材です素材!」

「素材……」


 なにか変なのでしょうか?


「どういうことです?」

「この剣、異様に重いじゃないですか。普通の金属とかだったら、ここまで重くなりません」

「あぁ、確かにそうですわね。それこそ金のように重いです」


 ですが、金で作られているようには見えません。

 いえ、削ってみたら金が出てくるのかもしれませんが。


「ちょっと削ってみてはいかがです?」

「えぇ!?」

「いいからいいから。ほら、あそこになんか削るっぽい機械があるじゃないですか。それ、使ってるところを見たいのです」


 部屋の中には鍛冶に関するいろいろな道具があります。

 大きな石をぐるぐる回す機械があるのですが、あれって確か研磨する道具ですわよね。

 それを使っているところを見たいというのが本音です。


「で、でもいいの? なんか凄そうな剣ですけど」

「使えない物を持っていても仕方がありませんわ。なんなら、これを潰してアンブレランスの骨組みにして欲しいくらいですもの」

「あ~……い、いいんですか?」


 にへ、とラークスくんの口元が緩んだのを見逃しませんでしたわよ、わたし。

 なんだかんだ言って、自分の欲求が上回ったでしょ、いま。

 もう!

 鍛冶師の男の子なんですからぁ!


「好きにしていいですわよ。もちろん、わたしの身体も好きに――」

「すぐに削る準備しますね!」


 あ、聞いてない。

 もう!

 わたしの誘惑と乙女のお誘いは最後まで聞くべきでしてよ、ラークスくん!

 なんて、わたしが呆れている間にテキパキとなんか回転する道具の準備が整いました。どうやら足で連動している板を踏んで回転させるようですわね。

 この大きな丸い物は、そのまま砥石になっている様子。

 砥石と剣を水で濡らして、ラークスくんは刃ではなく持ち手である柄の部分を回転する砥石に向けました。

 まぁ、一番影響の少ないところを削るのが安全ですものね。

 潰してしまうにせよ、まずはそこから削るのは分かります分かります。

 クン――、クン――、とラークスくんが板をリズミカルに踏むと、丸い砥石の回転が加速していきます。


「おぉ~、すごいすごい。上手ですわ、ラークスくん」

「えへへ」


 あ、うれしそう。

 褒められてないんでしょうか、いっぱい褒めてデロデロに甘やかしたい衝動に駆られますわね。

 充分に加速すると、ラークスくんは慎重に剣の柄を近づけました。

 ちゅいん、という金属音。

 砥石から聞こえたのか、剣から聞こえたのか、わたしには判断できませんでしたが。ラークスくんは真剣な表情で慎重に慎重に剣の角度を変えながら柄を少しだけ削りました。

 結果――


「なんだろう、これ」

「なんでしょうね」


 削れることは削れたのですが……その正体は判別できませんでした。

 もしも金で作られた剣というのならば、削った中身が金と同じような色をしているかと思いましたが、ぜんぜん違います。

 むしろ『白銀』という感じでしょうか。

 削った部分が、やけに白く見えます。ですが、真っ白というわけではなく、光を反射するように銀色が混ざっているような感じ。


「ラークスくんも分かりませんの?」

「うん。いろいろ素材は見せてもらってるけど、こんなの初めて見た……」

「もしかして貴重な金属ということなんでしょうか?」

「そうかも」


 ラークスくんは削った部分を更に綺麗にするためにやすりを持ってくる。

 シュリシュリと研磨していくと、柄の底部分は完全に中身が露呈した。

 どうやら、この白銀の金属で作った上から別の金属でコーティングしているような感じでしょうか。


「メッキ、というんでしたか。こういうの」

「うん。たぶんだけど」


 どのような原理で、物の表面を金属で覆うのかは分かりませんが。そういう技術がこの剣に使われていることは確かのようです。


「ちょ、ちょっと預かってもいいですか、この剣」

「さしあげますわよ。あんまりにも貴重なのでしたら、売ってもらってもかまいませんわ」

「で、でも、金ももらっちゃったし……」

「わたしの希望はあくまでもアンブレランスです。強く頑丈なアンブレランスが手に入れば、それの素材が何で出来ていようが関係ありませんわ」

「そ、そうですが……うぅ……」


 ラークスくんは剣とわたしの顔を交互に見る。

 葛藤しているようですわねぇ。

 それも仕方ありませんか。

 とっても美味しそうな師匠さんの血をあげる、と言われていると同時に師匠さんと結婚してもいいよ、とパルに言われているようなものです。

 すでにしあわせになっているのに、これ以上あなたの大切な物をもらっていいのだろうか?

 そんな不安に襲われている感じでしょうか。


「でしたら、こうしましょう」


 無料でたくさんの物をもらい過ぎている。

 そう感じているのならば、もう少しラークスくんから頂いてしまえばいいのです。


「もしも次に作るアンブレランスの出来栄えがよろしくなければ、今後わたしはラークスくんのことを『ラークス』と呼びません」

「あ……」

「あなたを元の名前で呼びます。つまり、あなたの人生を元通りにしてしまいますわ。もちろん、わたしは今までどおりあなたを可愛がりますけど……その意味合いが変わってしまうことを重々承知してください。分かりましたか、『ラークス』くん」

「……はい!」


 いいお返事。

 それでこそ男……いえ、『鍛冶職人』ですわ。


「ふふ。だから好きなのです」

「うぇ!?」

「この程度でうろたえないでくださいまし。どうしますの、他の女の子から愛の告白を受けたら。わたしの許可でも取りにきます?」

「ルビーお姉ちゃん以外に、そんなこと言ってくれる人なんていないよぅ」

「時間の問題ですわ。すぐにモテます。断言します。あなたの人生はモテモテのウハウハになります。あなたのことを良い意味でも悪い意味でも狙ってくる女がたくさん現れるでしょう。気をつけてくださいな。狙っているのはあなたの人生ではなく、あなたのお財布です」

「う、うん……お、お姉ちゃんはその……どっち?」

「あら、なかなか鋭い質問をしてきますわね。わたしはどっちだと思います?」


 イイ女か。

 それとも、悪い女か。


「良い方……?」

「残念。わたしは悪い女です」

「どうして?」

「だって、まだまだ何も知らない男の子を狙っているんですもの。どんなに言いつくろったところで悪い女に決まっていますわ。知ってます、ショタコンって?」

「聞いたことある」


 ラークスくんは可愛いですものね。

 聞いたことあるのは、当たり前とも言える状況です。


「そういうことです。ですが、わたしの本命は師匠さんですからね。ラークスくんはあくまで二番です」

「お姉ちゃん、ひどいこと言ってる」

「ふふ。悪い女だと言ったではありませんか。それとも、ラークスくんも悪い男になります?」

「ならない。だって、悪い男になったらお姉ちゃんは僕のこと嫌いになるでしょ?」


 そのとおりです、とわたしはラークスくんの頭を撫でました。

 なでなで。

 師匠さんの撫で方みたいに上手くはできませんが。

 それでも精一杯の愛情を込めて撫でましょう。

 なでなで。

 あ、ちょっと反応してますね。


「……やっぱりもっと悪い女になっていいですか? ちょ、ちょっとお姉さんに、はぁはぁ、い、いっしょにお風呂に入りません?」


「え、遠慮します!」


 あら、残念。


「ふぅ。すいません、取り乱しました」

「うん」

「では、剣は預けますのでよろしくお願いします」

「分かりました。がんばります!」

「キスしていいですか?」

「ダメです」

「え~」


 おっぱい触らせてあげたのにぃ。

 ま、仕方ありませんわね。


「では、わたしはこれで失礼します。次に会うときを楽しみにしていますわ」

「はい!」


 ラークスくんが頭を下げるのを見送って。 

 わたしは鍛冶研究会を後にしました。

 あぁ。

 楽しい。

 やはり人間種は大好きですわ。

 こんなにも愛しく、素晴らしく、楽しい気分にしてくれるんですもの。


「悪い女になってしまいそう」


 もちろん。

 わたしは魔物種であり、吸血鬼なので。

 悪い女には、違いないのですが。

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