~流麗! えっちはしません!~

 馬車に揺られてゆーらゆーら。

 なんてのんきに学園都市を移動していると、師匠さん達のお話が興味深いことになっていたので、ついつい影から介入してしまいました。

 なるほど。

 精霊女王の過去のシンボルでしたか。

 残念ながら魔王領では人間種の信仰は失われていますので、精霊女王どころか神の聖印すら見たことがありません。

 魔王さまが支配する以前はあったのでしょうか? 今となっては、神殿すらありませんので仕方がないことですけど。

 でも邪教と呼ばれる物すら魔王領にはありませんからね。確か、人間種同士で争わせようとする酷い神です。ゆるせません。

 魔王さまはそのあたり、どう思ってるんでしょう?


「人間が嫌いですけど、神も嫌いなのでしょうか」

「はい?」

「いえいえ、なんでもありませんわ。おほほほほ」


 隣で聞いていた学園の生徒が首を傾げてらっしゃいますが、気にしないことにしましょう。

 さてさて、目的のラークスくんのお店近くに到着しましたので馬車を降りました。

 今回の馬車はちょっとハズレでしたわね。

 乗り心地がいまいち。

 でもスピードに特化しているので文句は言えません。


「……それって馬車が良いのではなく馬がいいのでは?」


 いえいえ、まさか。

 そんなわけないですわよね。


「きっと軽い素材で作られたりするんですわ。馬の良し悪しで性能が変わる馬車など……馬車などぉ……う~ん?」


 なんかそんな気がしてきたので、ちょっと困り物です。

 いえ、軽いからこそ馬の引く速度が上がると考えられます。

 そうです。

 そうに違いありません。


「こんにちわ。ラークスくんいますでしょうか」


 お店に並ぶ武器や防具を眺めつつ奥のカウンターへ移動すると……お爺ちゃまが座ってらっしゃいました。


「いらっしゃい、お嬢ちゃん」

「こんにちわ、お爺ちゃま。ラークスくんはいらっしゃる?」

「ラークス……あぁ、リンゴかい?」


 おっと、そうでした。

 リンゴちゃん、という名前が彼の真名でしたわよね。


「えぇ。リンゴくんはいらっしゃいますでしょうか。恋人が来た、と伝えてくだされば彼も急いで来てくれると思いますが」

「あっはっは、こんな綺麗な恋人がリンゴにいたとは驚きだねぇ。爺ちゃんも嬉しいよ。でも、リンゴはすごく嫌がりそうだから秘密にしておくね」

「あら、ステキな考えですわお爺ちゃま。冗談が過ぎました」

「いやいや、楽しい冗談なら大歓迎ですよ。リンゴを呼んできます……と、言いたいところですが」

「何か問題でもあって? まさか他の女とデート中!?」

「そうですな。あの子にとっては、お嬢さんとデートするより大切な相手かもしれませんね」


 あぁ、なるほど。

 そういうことですか。


「ふ~ん。それは是非とも邪魔をしないといけませんわね。自分の将来とわたしの将来、どちらが大切か天秤にかけませんと」

「お手柔らかに頼むよ」


 はははは、とほがらかにお爺ちゃまは笑われました。


「ふふ。ありがとうございます、お爺ちゃま。今度わたしとデートしません?」

「遠慮しておきます。婆さんに怒られたくはないので」

「残念。フラれてしまいました」


 うふふ、とわたしが笑うと、ははは、とお爺ちゃまは笑いました。

 おだやかでステキな人間種ですわね。

 さすがラークスくんのお爺ちゃま。ステキな殿方ですわ。今からでも遅くないので、わたしの支配領で武器屋さんをやってくださらないでしょうか?

 毎日遊びに行きますのに。

 うふふ。


「では、失礼します」

「またいつでもおいで」


 というわけで、お店を後にしましたが……

 大失敗しましたわね。

 ラークスくん、学園校舎にいたんじゃありませんの!


「最近はお店で会うことが多かったので、ついついこっちに来てしまいましたが……」


 思い返せば、もともと学園の生徒でもあるラークスくん。

 普段は校舎にいるのが当たり前ですわよね。


「はぁ~」


 ま、失敗を嘆いても仕方ありません。失った時間は、それこそ神でもない限り取り戻せませんし。

 かと言って馬車で戻るのも時間がもったいない。

 というわけで、影に潜ってさっさと学園に戻りました。

 馬車移動も好きです。

 好きですけど、無駄足を踏んだあとにのんきに移動するのはイヤです。許せません。耐えられません。退屈です。移動時間が退屈になります。ダメです。却下ですわ。


「誰も見ていませんわね~」


 学園校舎の外れ、そこの影から顔だけを出して周囲を確認。もちろん誰も見ていないのは承知の上ですので、ご安心を。

 まぁ、見られたところで――


「新しい実験ですわ」


 とでも言っておけば大丈夫でしょう。

 なにせ、今も校舎では爆発が起きていますし。人間が影から出てきても不思議ではありませんわ、きっと。

 でも何の光だったんでしょうね。興味深いですが……今はラークスくんとイチャイチャしないといけません。

 影から身体を出して、何食わぬ顔で校舎に入ります。今度は魔力の光でしょうか。黄色い光が過ぎ去っていきました。最高。

 なんて思いつつ、鍛冶研究会へ移動しました。

 途中でドワーフを見かけましたが……はてさて、あれはラークスくんをイジメていたドワーフだったのか、もう分かりませんわね。

 いつもどおりに締めきってあるドアを無駄と分かりつつもノックして、扉を開ける。灼熱を越えたかと思うほどの熱気がぶわりとドアから出てきました。肌がジリジリと焦がされるような勢いを感じつつ、部屋の中へと入ります。


「あら、作業中ではありませんでしたか」


 炉は真っ赤に燃えていますが、そこにひとりでいたラークスくんは座っているだけ。

 作業中ではなく休憩中のようです。


「あ、ルビーお姉ちゃん。こんにちは」

「こんにちは。ルビーと呼び捨てでもいいですわよ」

「い、いえ、そんな」


 照れたようにラークスくんは顔を伏せましたが……ちょっと元気のない様子ですわね。


「どうしたんですの?」


 わたしはラークスくんの隣に座りました。


「いえ、少し悩んでいて……」

「それは肉体的な悩みでしょうか。思春期特有の下半身の――」

「ち、違うよ!」


 違いましたか。

 残念。

 違いましたかぁ……残念……


「お、お姉ちゃんはどうしたの?」

「アンブレランスの件でうかがいました。と、言ってしまうとラークスくんを利用しているだけのように思えますわね。ごめんなさい」

「ん~ん。僕はそれが嬉しいです。僕の作った武器がお姉ちゃんの役に立ててて、僕自身の腕前も上がってるから」


 でも、とラークス少年は付け加える。


「最近は上手くいかないんです。改良案がもう無いと言いますか、これ以上となると現実的ではないので」


 そう言うラークスくんの足元にはアンブレランスの骨組みと思われる物が転がっていました。

 ひとつ、それを持ち上げてみますが……


「なるほど、言いたいことは分かりました」


 現実的ではない。

 というのも、骨組みだけで太さがとんでもないことになってしまっている。一本一本が普通のランスくらいあるでしょうか。

 太いを通り越して、極太。そんな極太すら超越した『ぶっとい』。いえ、ぶっといを通り越してブザマとでも申しましょうか。

 いえ、申しませんけど。

 ラークスくんが傷ついてしまうので、申しませんけど。

 現実的ではないですね。


「どう、お姉ちゃん。前に渡したアンブレランスの使い心地」

「完璧でしたわよ。ただし――」


 わたしは背中からアンブレランスを取り出す。


「ぶっ壊れましたが」


 折りたたまれたようになってしまったアンブレランス。

 それを見て、少しだけラークスくんの表情が明るくなったような気がしました。

 自分の作った武器が壊れるのを見て喜ぶとは。

 ラークスくんも立派な『職人』ということですわね。


「あらら……ちなみに、何をしたら壊れました?」

「ドラゴンのブレスを防御し、反撃したら壊れました」

「そっかぁ。ドラゴンじゃ仕方がな――ドラゴン!?」


 あまりにも普通に言ってしまったので、ラークスくんの反応がノリツッコミみたいになったので、わたしはケラケラと笑ってしまいました。


「おね、お姉ちゃん無事だったの!?」

「あははは、無事ですわ。幽霊に見えますか? ほら、ちゃんと身体に触れますわよ」


 ラークスくんの手を取って、ぐいっと引っ張った。

 実体のある証です。

 ついでですので、ラークスくんの手をわたしは胸に手を当てる。


「ひああ!」


 なぜか悲鳴をあげて手を引っ込めるラークスくん。しかし、その程度の力で吸血鬼から逃れられると思ったら大間違い。

 知らなかったのでしょうか?

 悪い悪いお姉さんからは逃げられないのですよ?


「おねねね、おね、る、ルビーさん!?」

「なんですの? ほらほら、ちゃんと触ってくださいまし。わたしが幽霊ではないという証明をしませんとラークスくんの信頼を得られませんわ。どうです? 触れるでしょ? 硬いでしょうか? 柔らかいでしょうか?」

「や、やわ……やめてぇー!」


 あははははは!

 楽しいですわ~!

 でも。

 これ以上やるとラークスくんのラークスくんがラークスクス状態になって、らくすんすーん、ってなっちゃいますので、やめておきましょう。

 うふふ。

 えっちしませんと宣言してしまいましたからね。

 あぁ~ぁ~、そんな宣言しなければ良かった。

 そうしたら一線は越えられたかもしれません。

 なんて。

 嘘です。

 嘘。

 わたしの初めては師匠さんに見事に捧げる予定ですので、ラークスくんはその後です。美味しく食べてしまう予定です。

 予定の順番は守らなくてはなりません。

 でも師匠さんの初めてを奪うわけにはいきませんからね。

 まったくまったく。

 早くパルパルとしてしまって、その勢いでわたしにも手を出してくだされば早いのに。

 意気地なし。

 師匠さんの意気地なし。

 でも、それでこそ師匠さんという気がしますので。

 気長に待ちましょう。


「あわわわ、わわわわわわわわ……」


 ラークスくんが自分の手を見て震えている。

 だいぶ面白いですわね。

 あぁ、これだから人間種は大好きなのです。

 特に。

 かわいい子を見ると、いろいろとやってしまいたくなるのは悪いクセですわね。アンドロちゃんに怒られてしまいます。


「というわけで、わたしは無事ですわ。分かってもらえましたでしょうか?」

「うん、わ、分かりました」

「それはなによりです。というわけで、また新しい物を作って欲しいのですが……」

「う~ん、それはもちろんなんですけど」


 足元に転がっている骨組みや、試作品と思われるアンブレランスの花部分。それらを見るに、なかなか『次』の完成が遠いようですわね。


「なにか良いアイデアはありませんの? 素材を変えてみるとか?」

「それをやりたいのは確かなんだけど……」

「あら、どうかしまして?」

「お金が……」

「それを早く言ってくださいまし!」


 もしかしてわたしのせいで資金難だったのでは!?

 わたしは手持ちの金を取り出してラークスくんに渡しました。


「はい、遠慮なく使ってくださいまし」

「重た!? え、これって……金?」

「金ですわ」

「骨組みにするには、金だとちょっと……」

「素材じゃなくてお金に換金してくださいまし……」

「あ、そっか……えぇ!?」


 なんかいろいろとズレてますわね、面白い。


「あ、ありがとうお姉ちゃん。いろいろ試してみるね!」


 まぁ、ラークスくんの顔が明るくなったので良しとしましょう。


「どれくらいで出来上がります?」

「結構時間かかるかも。まずは素材を集めて実験するところから始めないと……あぁ、でも、僕には伝手がないからそこからかもしれない」


 なるほど。

 特別な素材を入手するにも、特別なルートが必要ですものね。


「あ、それなら――」


 ひとつ、ちょっとしたアイデアが浮かぶ。

 わたしは背中からそれを取り出して、ラークスくんに手渡すのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る