~卑劣! いにしえのシンボル~

 ダンジョンのスイッチを押したら表れた謎の絵。

 その正体は絵でもあり、文字でもある。加えて、それが表しているのは火ではないか、とパルが答えたところ――


「おしい。それは火ではなく、火の精霊を表しているのさ」


 学園長はそう答えた。


「精霊?」


 思わずつぶやき、地図に書かれた物を見る。

 確かにこの絵では火のように見えた。焚き火で勢い良く炎が上がっている感じか。葉っぱのようにも見えていたが、炎が揺らめく様子を簡略した物と聞けば納得ができる。

 なるほど。

 これが火を表す文字ではなく、精霊を意味する文字ならば――


「むしろ『象徴』と言えるな。これは聖印と考えてもよろしいか」


 セツナの言葉に俺もうなづく。

 神さまが、自分のマークとして認めている聖印。

 その原型が、これのように思えた。


「そのとおりだよ、サムライくん。これは火の精霊を表していると同時に火の精霊女王クオラも表している。もしも祈りの場所にこれが刻まれていた場合、それはは十中八九、クオラを意味した物だ。それ意外の場所となると、状況判断次第だね」

「曖昧だね。区別は付かないのかい?」

「それだ。それだよ、ナユタくん!」


 学園長は指をパチンと鳴らした。

 同時に、瞳をキラキラと輝かせ素晴らしい質問をした『生徒』を見つめた。勝手に生徒にされてしまったナユタはギョっとしている。

 無理もない。

 話を聞いてくれる者など、ほとんどいなくなってしまったおしゃべり大好きハイ・エルフに良い相槌を打ってしまったのだ。

 打てば良い音で響く楽器を見つけてしまった。

 ならば、もう奏でるしかないだろう。

 ハイ・エルフは吟遊詩人よりも饒舌に語り出した。


「いにしえの人間種も同じことを思ったんだろうね。ならばどうする? そう、答えは聞くまでもないし質問するまでもない。区別だ。分かるようにした。火の精霊と火の精霊女王クオラを別にするように区別したんだ。するとどうなったか。発明だ。発明に至ったんだ。つまりは文字の始まりさ! 火の精霊と火の精霊女王だけじゃない。同一の意味を持つ物はたくさんあったからね。言ってしまうと、普通に火だって混同されていた可能性は充分にある。たったひとつのシンボルから3つの文字が生まれた。火と火の精霊と火の精霊女王クオラ。だがそれでは複雑な『絵』となってしまう。ならばそれが本末転倒だ。せっかく抽象化して分かりやすくしたのに、またしても複雑になってしまった。では、そこで何が起こるか。答えは分解だよ。もちろんこれも質問するまでもなく、答えを導き出せるのは明白だから思考するまでもないだろう。君たちは馬鹿じゃなく無知なだけだからね。無論、無知を馬鹿にしているわけじゃないことを先に宣言しておく必要があったが、言いそびれてしまったことを詫びよう。君たちは無知ではあるけど、愚か者ではないことを私は知っているのでね。では、話を戻すぞ。シンボルの分解とは何か。細分化とも言える作業だが、同一の文字の移項とも言えるだろう。火と火の精霊と火の精霊女王クオラに共通する『項』はなんだ? そう、火だ。火という共通点がある。その共通点を取り出すと後に残るのは精霊と精霊女王クオラだ。では火を大元にして、そこに新しいシンボルをくっ付ければ良い。仮に火という文字を『△』にしてみよう。△と△の精霊と△の精霊女王クオラ。ほら、いま君たちは読めただろう? 絵だったはずの△が記号ではなく文字に感じられたはずだ。そうなってくると、次に作られた同一項は精霊だ。では精霊を『〇』にしてみようか。△と△の〇と△の〇女王クオラ。こうなる。まぁここまでやってしまうと現代における可読性はかなり下がってきてしまうが文字が生まれた理由が分かってもらえただろうか。もちろん、これは一部の人間しか読めなかった物であるし、これが後に変化していき、現代使われている文字になっていくわけだが、言葉というのは変化するものだからね。今使っている文字すら、すぐに消えてしまうのは何とも面白い。なにより、神代文字はその面影を残すばかりだが、君たちの生活にも残っているさ。そう、それが神殿の聖印たる神々を表すシンボルだ。興味深いのはその形がついに丸ではなく四角が表れたところではあるのだがな。今度、大神ナーに会ったら聞いてもらいたい。ねぇねぇ、そのシンボルってどうやって決めたの? 自分のマークを自分で作るって恥ずかしくない? と!」


 そこまで一気に話し終わり、ハイ・エルフはぜぇぜぇと息を吐いた。

 お分かりだろうか。

 これが彼女の元に誰も来なくなる理由である。


「我が友ハイ・エルフ」

「うわぁ!?」


 突然俺の影がしゃべりだした。

 いや違う。

 俺の影が喋ったんじゃなくて、俺の影に潜んでいたルビーが喋ったようだ。


「ラークスのところへ行ったんじゃなかったのか?」

「向かってる最中ですわよ。眷属を置いていっただけです。だって、わたしがいないところで悪口を言われてたら傷つきますもの。あとでそれを理由に意地悪をする予定でした」

「誰もルビーの悪口なんか言わないよ」

「パルもですか?」

「ふえ!? い、言ったことないよぉ~……ふへ、へへへへっ、へへへへへ」

「師匠さん。弟子の嘘が下手すぎますわよ」

「あとで指導しておく」


 影の中でルビーはうふふと笑った。


「さてさて、我が友ハイ・エルフ」

「ふぅ、ふぅ……何かな我が友ヴァンピーレ」

「話が長い」

「あ、はい」


 ルビーがちゃんと叱ってくれた。

 なかなか対等というか、人類最古のハイ・エルフという存在と同等に話をしてくれる人間種なんていないので、魔物種であるルビーが叱ってくれるのが一番良いのかもしれない。

 なにより、友達らしいので。


「で、結論は何なのですか? この絵以上文字未満は何を表していますの? 端的に一言だけで答えなさい。文章にしたら殺す」

「あ、は――火の精霊女王クオラ……で、――ん」


 慌てて自分の口を自分でふさぐ学園長。

 ちょっとかわいい。

 これで年齢が十二歳だったら惚れているところだった。

 危ないあぶない。


「やればできるじゃないですか、ハイ・エルフ。わたしが成長できるようにあなたも成長できるというところを人間種の皆さまに見せてやったらどうです?」

「もうしゃべっていい?」

「いいですわ。というか息を止めていたんですの?」

「喋るなと言われると、それは呼吸をするな、と同義ではないのかい。私にとっておしゃべりとは息を吸って吐くようなものだ」

「せめて水を飲む程度にしておきなさいな」

「努力しよう」

「努めて、努力しなさい」


 はい、と答える学園長は、ちょっと幼く見えた。やはりかわいい。十二歳だったら云々。


「ではわたしはラークスくんと逢瀬を楽しみますので覗かないでくださいね」

「えっちするの?」


 なんちゅう質問するんだ、我が愛すべき弟子よ。


「しませんわよ!」


 いや、しないんだったらそんな冗談を言わないでください、我が愛すべき……主? 俺って眷属になってしまっているからルビーのことは主と呼んでいいの? ちょっと考えたことなかったな。まぁ、べつにどうでもいいけど。

 というわけでルビーの眷属は俺の影から消えた。

 いつだって俺を眷属化できるので、あんまり変わらないだろうけど。ちゃんと秘密は守りますよ、というアピールだったのかもしれない。

 歪んだ表現だなぁ~、と思うと同時に、魔物種との文化の違いなのかもしれない、と思った。


「よし反省終わり。怖い先生がどこかへ行ってくれて一安心だ」

「ひとつも反省してないでござるな」

「あはは。君は律儀そうだからね、ニンジャくん。反省とは自分でするものであって、他人にうながされるものではない。自分が悪いと思った時にするものだよ」

「お仕置きされてもでござるか?」

「それはきっちり叱ってくれる相手に感謝するべきだろう。無論、相手も間違っている場合があるので思考はちゃんとしないといけないよ? 君が魔王の部下だったとして、人間とは仲良くしたいと思っている。で、人間種との戦いに失敗した。君は魔王サマにお仕置きされたが、これは反省するべきかな?」

「む、難しいでござる」

「そういうことさ」


 では、問題のシンボルに戻ろう。

 と、学園長は地図を覗き込む。


「このシンボルがスイッチに表示された、と。そのスイッチは柱と柱の中央にあり、床に設置された透明のタイル。という情報で間違いないかな?」


 一応の説明はしたが、学園長はそれ以上の情報を求めてくる。


「そのスイッチを押したら、遠くで大きな音がしたよ」

「ほう! 素晴らしい情報だパルヴァスくん。それが聞こえてきた場所は分かるかな?」


 パルが俺を見る。

 俺は地図の上でその方向を示した。

 もっとも――


「ここでドラゴンの不意打ちをくらって、慌てて転移してきたんだ」

「ドラゴン? ドラゴンだって? この狭い迷宮の地下深くに?」


 ごもっともな疑問であり、学園長はゲラゲラと笑った。


「あははははは、ははははははははははは! それは面白い!」

「笑いごとじゃないよ、学園長。死ぬかと思ったんだから」

「そうでござる。いきなり炎を吐かれたんでござるよ」


 美少女たちの抗議にようやく学園長は笑うのをやめた。およそ荒唐無稽な話なので笑ってしまうのも理解できるが、やはり良い気分ではない。

 マジで死ぬかと思ったんだからな。


「いやいや、笑ってしまって申し訳ない。だが、この世界でまだまだ私の知らないことが余りにも多すぎるんだなぁ、と思うと楽しくなって仕方がなかったんだ」


 ぜんぜん別の理由で笑われてたらしい。

 誤解を生むので、それこそルビーに叱られて欲しいものだ。


「いやいや、なるほど。ここから大きな音が聞こえてきた、と。地図には示されていないし確認は取れていないんだろうが、なにかしらの変化があったというわけだ。大きな音がした、ということは大掛かりな何かが動いたと推測される。隠し扉でも開いたかな?」


 学園長の視線を受けて、俺はうなづいた。


「あぁ、その可能性は高い。しかし、思い込みは危ないのでね。できれば断定しないでもらいたい」

「ふむ。ならば推測を語るのもやめておいたほうが安全かな。しかし、ひとつだけ授業を開いてもいいだろうか?」

「短めに頼む」


 俺ではなくセツナがそう答えた。

 何かしらのヒントをくれるんだろうけど、さっきみたいに長く回り道だらけの授業など、要領が悪くて覚えきれるものではない。

 端的に必要な知識だけを教えて欲しいものだ。


「ならば、紙とペンを貸してくれたまえ。私は一言も喋らずに君たちに必要な情報を与えよう」


 それならばありがたい、とシュユが持っていた紙とペンを渡す。

 学園長は本と紙束を掘るようにして床を出現させると、そこに紙を置いてペンでスラスラと絵と文字を書き始めた。


「ふんふんふ~ん……よし、確認終了。誤字脱字チェックもしておいた。どうぞ役に立ててくれたまえ」


 学園長に手渡された紙をみんなで覗き込む。

 そこには――


「精霊女王の名前とシンボルか」


 先ほどの火の精霊女王クオラを始めとして、九曜の精霊女王たちの名前とシンボルが書いてあった。


「おっと、忘れていた。一言だけ喋ってもいいかな?」

「今さらだねぇ。それは単語で伝えられないことなのかい?」

「ふむ。誤解を招いても良いというのならナユタくんの望みどおりにしてみるのも一興か。いやはや自らリドルを増やすとは恐れ入る。君もまたこちら側の人間種のようだ」

「はぁ~……あたいが悪かった。だが反省はしない」

「あっはっは! 君はなかなか性格が良さそうだ。もしも君が男性であれば、迷わずナユタくんとの間に子どもが欲しいとワガママを言うところだったよ。ハイ・エルフとハーフ・ドラゴンの間に生まれる子はどんな種族になるのか、楽しみじゃないかい?」

「ドラゴン・エルフが生まれるの?」


 面白そうにパルが質問した。


「上手くいけばそんな種族が誕生するかもしれない。しかし、特徴の無い部分だけを引き継ぐ可能性だってあるぞ。普通の皮膚にしっぽもなくて耳も短い。単なる人間種に見える赤ちゃんが生まれても不思議じゃない」

「……そんなこと、有り得るのかい?」


 驚いたようにナユタが質問する。


「無論、あらゆる可能性は否定できないだろう。なにより、私たちのようなハイ・エルフではなく普通のエルフがいるのだから」

「どういうことだ?」

「簡単だよ、サムライくん。ハイ・エルフたる私の特徴は何かな?」

「その叡智と豊富な知識……というのではないな。単純に白いことだろうか?」

「おやおや、ジロジロと合法的に見ても良い機会を与えたというのに、君はどこか遠慮をするんだね。それほどシュユくんが大切ということか。妬けるねぇ。そんな一途な男と女の間に入るのは気が引けてしまうよ」


 照れるようにセツナはそっぽを向いた。

 う~む、紳士的だ。俺なんかめっちゃジロジロと見ちゃうのに。


「そう、そのとおりだよ盗賊くん。私の特徴は君好みの小ささだ。ハイ・エルフは小さいんだよ。ハーフ・リングみたいにね」

「じゃ、じゃぁ今のエルフが大きいのって……」

「ご明察だ、ハーフ・ドラゴンくん。ハイ・エルフとニンゲンの間に生まれたのがエルフだ。だから現在のエルフ族はみんな背が高い」


 なるほどぉ~。

 と、みんなで納得してしまう。

 だったら、ハイ・エルフとハーフ・ドラゴンの間に生まれる子が、普通の人間種になってしまう可能性は充分にありえるか。

 まぁ、逆に。

 小さくて耳の尖った白い鱗としっぽを持つハーフ・ドラゴンっぽい子が生まれる可能性も充分にあるだろうけど。


「ところで、学園長。話の続きは?」

「おっと、そうだった。ありがとうパルヴァスくん。ついつい話がそれてしまうね。またお友達に怒られるところだったよ。反省していないのがバレてしまう」


 くくく、と学園長が笑った。


「誤解を招くことを重々承知で、単語だけで伝えるとしよう」


 にっこり笑って学園長は言った。


「順番」


 本当に誤解を招くように、その一言だけを伝えるのだった。

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