~可憐! ゲラゲラ・ハイエルフ~

 師匠にくっ付いて転移した場所は――


「よっ、と」


 もちろん学園都市の中央樹の根本。

 いつものように紙束と本がたくさん積まれている部屋の中に上手く着地する。

 ちょっとでもバランスを崩せば、本といっしょに転んじゃうけど。

 あたし達の中で、そんなことになっちゃう人はひとりもいなかった。

 まぁ、あたしが一番レベルが低いので、あたしが大丈夫だったらみんな大丈夫なんだけど。

 でも。

 ルビーはわざと転びそう。

 そんでもって、師匠にわざと心配されてそう。

 師匠には見抜かれてるんだけど、師匠ってば優しいから許しちゃうんだろうなぁ。

 あたしは許さないけどね!


「なんですか、パル」

「ルビー、許すまじ」

「え、まだ何もしてないんですけど!?」


 まだ、って何よ、まだ、って。

 なんて会話をしていると、中央樹の根っこに座りながら本を読んでいた学園長が顔をあげた。


「おや。どこの誰が転移してきたかと思ったら君たちか。え~っと、分かった、思い出したぞ。30年ぶりだ!」

「一年も経ってねーよ!」


 師匠が全力でツッコミを入れた。

 学園長嬉しそう。たぶんワザと間違ったんだと思う。

 師匠が相手してくれるから嬉しいんだ。


「おや、どうしたんだいパルヴァスくん」

「学園長許すまじ」

「ありがとう」

「なんで!?」


 ハッ!

 ボケたのに、あたしがツッコミを入れてる!?


「学園長すごい……」

「知らなかったのかい? 私は凄いんだよ。でも君も素晴らしいところがあるんだパルヴァスくん。いやいや君だけじゃない。人間種はいつだって誰だってどんな人物であろうとも凄いのさ」


 そうだろう? と、学園長はにっこりと笑った。

 どことなくルビーがこっちに向けてくる笑顔と似てる気がする。

 人間種が大好きっていうそんな笑顔。

 長く生きてると、人間が大好きになっちゃうのかなぁ。

 なんか、そんな気がした。

 あたしは師匠がずっと好きだけど。

 んふふ~。


「では、わたしはラークスくんのところへ行ってきます。アンブレランスが壊れてしまいましたからね。次の試作はどんなのでしょうか。楽しみですわ~」


 ルビーはスキップしながら行っちゃった。

 ラークスくんに会うのが嬉しいのかな。

 だったら、そのまま浮気しちゃえばいいのに。

 って思ったけど、もともと愛人一号を名乗ってるルビーだから、浮気じゃなく普通の行為な気がする。

 かわいそうなのがラークスくんになっちゃうので、なんか複雑だ。


「パルもサチのところへ行くか?」

「ん~、ちょっと気になるから学園長の話が聞きたいです」

「おや。私に質問があるのか」


 黄金城に戻る前に学園都市に来たのは、ルビーの武器調達のため、だけじゃない。


「これ見て、学園長」

「ふむふむ。ふむふむふむふ。これは黄金城のダンジョンの地図だね。しかも8階層だ。人類未踏の地を進んでいるのかい。さすがだね。気が付けばあそこは誰も足を踏み入れられない場所になったので、残念でたまらないよ。まったくもって厄介なことになったものだ。おやおや、ここまでが対称の図ということは、ここから先もまた対称になっている気がするね。さすれば、ダンジョンを作る者の心理としては、ここに階段を作りたいと考えるが……いや違うな。そんな単純な構造ならば『ダンジョン』とは言えない。そう、ダンジョンとは『迷宮』だ。迷う宮殿だ。ならば、この対称になっている構造こそ罠とも言えるだろう。そう考えると、階段の位置は――ここだ」


 まだ何も描いてない場所をビシリと学園長は指をさした。

 うん。

 何にも分かんない。

 探索していない上に、空白の地図の位置を示されても、なんにも分かんないよぅ!


「質問を聞いてから答えるべきじゃないかい、ハイ・エルフさんよ」

「おっと。これは失礼したハーフ・ドラゴンくん。良ければ、君の鱗を一枚もらえないだろうか? できれば逆鱗がいい」

「逆鱗があっても、絶対にやらないぞ」


 ふん、とナユタさんはそっぽを向いちゃった。


「あ~っと、怒らせてしまったか。申し訳ない。嫌味や嫌われるつもりで言ったのではないのだよ。仕方がない、サムライくんでもニンジャくんでもいいので、何か珍しい物をおくれ。それが情報の見返りだ。なんでもかんでも答えてくれると思われたら困る。さすがの私にもプライドというものがあるのでね。どうだろうか、サムライくん。君の子種だったら、私は喜んで情報を授けるだ――」

「ダメでござる!」


 シュユちゃんが学園長に飛び掛かった。

 もちろん学園長は戦闘職とかじゃないので、シュユちゃんの攻撃を避けられることなく、そのままふたりは後ろへと倒れる。

 シュユちゃんは学園長が頭を打たないようにちゃんと支えながら転んでた。

 無駄に凄い。


「ほれ見ろ学園長。これが正しい反応だ」

「なぜ盗賊クンが自慢気なんだい? まぁいい。起こしてくれるかな、シュユくん」

「ご主人さまの精……こ、子種はもう狙わないでござるか?」

「狙わないとも。ハイ・エルフジョークだよ。そちらの言葉で言うと冗句かな。やはり私の初めての子どもは盗賊クンとの愛の結晶だと再確認できたところだ。安心したまえ、ニンジャくん。得る物はあった」


 言いがかりのような情報を自分で言って、自分で納得しちゃう学園長。

 満足そうなので別にいいけど……


「師匠の初めてはあたしのだからね」

「なんだ、まだ一線は越えてないのか。パルヴァスくんもそろそろ成人だろうに」


 越えてない越えてない、と師匠は否定してる。


「あたし、まだ未成年ですよぅ」

「そうなのかい? まぁ成人か未成年かなんて、老成しているか未熟かの違いでしかない。そんなものは誤差だよ誤差。長い目で見れば、どんな商品だって限定販売とそう変わらないだろう?」

「エルフから見ればそりゃ誤差だろうけど、人間から見ればアウトだよ」


 師匠が肩をすくめながら苦笑した。


「では逆に聞いてやろう、盗賊クン。もしも明日がパルヴァスくんの成人する記念すべき誕生日だとしよう。ならば、今日と明日にパルヴァスくんに起きる変化はなんだ? たった一日、太陽の神が朝を告げ、月の精霊たちが夜を踊ったところで、パルヴァスくんにどんな違いが訪れるというのだね」

「……ふむ。そこには明確な違いなど、一日年齢を重ねた、としか言えないな」

「だろう? だったら二日はどうだ? やはり変わらないと言える。ならば、一週間? 一ヵ月? いったいどこまでなら明確な違いが発生する? つまりはそういうことだよ。未熟と老成の間に、成熟などありはしない。人間種とは皆、少年少女か老人しかいないのさ」

「なるほど。つまり今からパルヴァスを抱いても問題ないと」

「うむ」

「やったー! 師匠と子ども作るー!」

「よぅし、パル。今夜は頑張っちゃうぞー!」

「わーい! シュユちゃんも一緒にどう?」

「いいですか、ご主人さま?」

「うむ。拙者も参加しよう。ナユタもどうかな?」

「えぇ~、あたいは見てるだけでいいさね。ハイ・エルフに譲るよ」

「さすがハーフ・ドラゴンくん。その寛大な御心に感謝を述べさせてもらうよ。さぁ、今夜はみんなでパーリィナーイ!」


 というところで、あたしと師匠とシュユちゃんとナユタさんとセツナさんで一斉にツッコミを入れた。


「「「「「そんなわけあるかぁ!」」」」」

「あっはっはっは! あっはっはっはっはっはっは!」


 お腹を抱えて学園長はひっくり返っちゃった。

 学園長が満足そうでなによりです。

 あとナユタさんが顔を真っ赤にしてるけど、みんなで気付かないフリをしてあげました。

 ルビーがいたら、大変なことになっていたかもしれない。


「さて、冗談はここまでにして。聞きたいことは何かな?」

「もう分かってるくせに」


 地図にはひとつ謎の部分がある。

 どう見てもそれだと分かるけど、学園長は質問をうながした。


「言葉は大事だよ、パルヴァスくん。きちんと人の言葉を聞き、思いを言葉にすれば、この世の問題の8割は解決できる。そもそも問題なぞ、起こらなくなるからね」

「勇者さまと魔王サマも?」

「もしかしたら解決できるかもしれないよ。なんでそんなに人間種が嫌いなのか、聞いてみるといい」


 魔王サマが人間種が嫌いな理由か。

 何百年か何千年か。

 どれくらいの期間、人間種と戦っているのか知らないけど。でも、それだけ恨みが続くってことは、相当な思いの強さがあるってことだ。

 それを話し合いで解決できるなんて、ぜんぜん思えない。

 でも。

 理由も知らないまま戦うより、なんかイイ気がする。

 生理的に無理、とか言われたらどうしようもないけど。


「さて、パルヴァスくん。正式に質問をしたまえ」

「はい」


 というわけで、あたしは地図に描かれた絵、もしくは、文字みたいなものを指差した。

 シュユちゃんの描いた地図にも、同じ物が描かれている。


「ダンジョンの中にあったこれなんですけど、この絵みたいな文字みたいなヤツが何なのか、教えてください」

「ふむ、なるほど。ちなみにだが、パルヴァスくんはどっちだと思う? 絵か文字か」

「あたしは絵だと思う」

「その理由は?」

「文字だとしたら、書くの大変だもん。こんなのが文字だったら、本を作るのが大変になっちゃう」


 なるほど、良い視点だ。と、学園長に褒められた。

 えへへ。


「結論からいうと、これは文字であり、絵でもある」

「ほえ?」


 なにそれ?

 絵だけど文字? 文字だけど絵?


「パルヴァスくん、文字がどうやって生まれたかは知っているかい?」

「文字の生まれ方……?」


 え~っと、とあたしは天井を見るようにして考えてみる。師匠やシュユちゃん達も同じように首を傾げたり、腕を組んだりして考える。

 文字は、最初っからあったわけじゃないんだ。そりゃそうだよね。


「誰かが作ったでござる?」

「そう、発明品だ。えらいぞ、シュユくん。花丸をあげよう。ニンジャくんが言うとおり、文字は発明されたんだ。では、何から発明されたと思う? 文字の大元になったものはなんだ?」

「もしかして、絵ってことかい?」

「ご明察だ、ハーフ・ドラゴンくん。もしかしたら、君たちの一族にしか伝わっていない文字もあるんじゃないかい? 興味深いので是非とも見てみたいものだ」


 さぁどうだったかね、とナユタさんは目を閉じた。

 考えてるんじゃなくって、答えたくないって雰囲気。


「さぁ、以上のことから導かれることは何だと思うパルヴァスくん」

「ん~と……絵でもあり文字でもある。文字は絵から発明された。だからえ~っと、発明される寸前の物?」

「正解!」


 やった、当たった!


「素晴らしい推察能力だ。盗賊クン、この子をもらっていいだろうか? 是非とも私の話し相手にしたい!」

「神さま相手にひとりでつぶやいていてくれ」

「なにそれ酷い!」


 ケラケラと学園長は笑った。

 ヒドいことを言われたのに笑う学園長の心って、複雑だなぁ。


「つまり、ダンジョンのスイッチに浮かび上がったこいつは、文字でもなく絵に近い物、ということか」


 セツナさんが改めて地図を見る。

 絵に近い物であり、文字に成りかけの物だとするなら……これが表している物って……


「火?」


 焚き火をしている時の火に見えなくもない。


「おしい」


 学園長はそう言って、答えを示してくれる。


「それは火ではなく――」


 ニヤリと笑いながら。

 学園長は答えを言うのだった。

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