~卑劣! 転移後の安全は保障されておりません~
いちはやく、もっとも安全な場所へ。
そう思い、願いながら転移したところは――
「ぎゃああ!?」
自分の部屋だった。
ジックス街の中央広場前、宿屋『黄金の鐘亭』の裏にある俺の家。帰るべき場所として、どこか心の奥底にあったのだろう。
それなりに高いお金も出したし。
というわけで問題なく転移できたのだが――
場所が場所だけに、安全に転移できたとは言えなかった。
なにせ、俺がひとりで寝るためだけに用意したベッドだ。
つまり。
俺たちは全員が固まるようにしてベッドの上に転移した。
「むぎゅぅ!」
もちろん、着地なんて考えてなかったし、そもそもベッドの上に6人も乗れるわけがなく。
折り重なるようにしてベッドの上に倒れ込んだ。
「ぐ、あ、お、ど、どうなってんだ!?」
「重い~!」
「ごめんなさい、すぐに退くでござる!」
「あぁ~、鱗が引っかかってる!?」
「なんですの、わたしの左手、どこに行きましたの? いた、いたたたたた。助けてくださいまし!?」
「待て、待て動くな、触ってる、触ってる!」
「パル、大丈夫か!? パル!? パル!?」
「むぎゅぅ!」
わっちゃわちゃ。
何がどうなってんのか分からないが、とにかく全員分の声が聞こえているので生き残ったのは確かなようだ。
良かった。
「――ぷはぁ! 師匠の部屋で死ぬかと思った」
ようやく全員がベッドからおりて、一息つく。
ベッドではなく床に寝転がったで落ち着いたのは言うまでもない。
息をつく、とはこの事か。
安堵の息をこれでもかと吐いて、俺たちはようやく落ち着きを取り戻した。
そこで気付く。
「大丈夫か、ルビー」
みんなの盾になってくれたルビーだが、ボロボロに焼け焦げていた。不思議と服は燃えていないので、余裕はあったようだが……それでも、ダメージはかなりの物に見える。
綺麗な黒髪も燃え尽きるように短くなってしまっていた。
熱でクルンと反りかえっている。
これはこれでひとつの髪型のようにも見えるし、なんかこんな髪型の貴族がいたような気がしないでもない。
しかし、ルビーにはショートカットも似合いそうではあるが……やっぱりロングの黒髪が一番似合ってると思う。
うん。
「問題ありませんわ」
とぷん、と影の中に沈むと――ノーダメージの姿で影の中から出てきた。
便利だなぁ。
というよりも無敵だなぁ、と思う。
「おまえさん、殺しても死ななそうだな」
「不死の王、と呼ばれることもありますので。ナユタんのお葬式はお任せください。あなたの家族といっしょに泣いてあげますわ」
なんとも複雑な表情を浮かべるナユタ。
縁起でもないことを言うな、という文句と、家族ってなんだよ家族って、というツッコミが相まって言葉が出てこなかった状態だろう。たぶん。
「しかし……あれは本物の龍だったのか?」
セツナが苦々しく声をあげた。
仮面の下は、さぞかし歪んでいることだろう。
質問の相手はナユタだった。半龍族、ハーフ・ドラゴンである彼女に聞くのが一番なんだろうが、果たして……?
「そうさね」
思い返すようにナユタは腕を組み、天井を見上げた。しっぽが揺れているのは、迷っているから、だろうか。
「あたい的には違う気がする」
「違うんでござるか、姐さん」
あぁ、とナユタはうなづいた。
「どちらかというと龍ではなく竜と言えるが……あぁ~、こっちの言葉で何て言うんだ?」
リュウとは倭国の言葉でドラゴンを表す。
それは分かるが、リュウではなくリュウ。ニュアンスが違う言葉を言っているんだろうけど、その意味を理解はできなかった。
「ドラゴンには二種類いて、ご先祖様には悪いし、言い方がちと傲慢になるのだが……知能の高いタイプと低いタイプがいるのは知っているかい?」
それなら分かる、と俺たちはうなづいた。
「本物と羽付きのトカゲですわね」
「それだ」
ルビーの説明にナユタは指をさす。
指をさされてルビーは嬉しそうだった。
「あたいらは本物を龍、トカゲを竜って呼んでる」
空中に文字を書いてくれるナユタだが……いかんせん他国の固有文字な上に複雑な形過ぎて読み取れなかった。
それでも、トカゲのほうはシンプルだったので、なんとなくニュアンスは伝わる。
「あれは竜だった、ということか」
「いや、それでもない気がするんだよ旦那」
ドラゴンでもトカゲでもなかった。
ナユタはそう言って再び腕を組む。しっぽが苛立ちを表しているのか、テシテシと床を叩いていた。
そんなしっぽを捕まえようとするパル。
やめなさい。ナユタんの邪魔をしないように。
「は~い」
しっぽに掴まるのはやめたが、なぜかナユタの肩の上に乗るパル。もっと邪魔してるじゃねーか、とも思ったが、ナユタんに嫌がる様子がないのでそのままにしておいた。
「そもそも、あの部屋にあの大きさの竜って、おかしくないかい?」
「……言われてみればそうだな」
セツナがうなづく。
確かに、と部屋の状況を思い出してみた。
一瞬だけではあるが、部屋の中を全て確認はしている。
大口を開けたドラゴン。牙が並び、舌が見え、そこにブレスの光が宿っていくのが見えた。
だが……他は?
ドラゴンの顔は確かにあったし、首も見えていた気がする。しかし、ドラゴンの特徴と言えばその巨躯と翼だ。鱗に覆われた皮膚と四本の足としっぽがあるはずだが……それは見えなかった――気がする。
「パル」
「なんですか、師匠」
ナユタの上にいるパルに聞いてみる。
「どんな部屋だったか思い出せるか?」
「はい。え~っと、四角い部屋でした。奥は見えなかったけど、左側に通路みたいなのが見えました。扉じゃなくて、部屋と部屋を繋いでいる感じ」
ふむ。
では――
「部屋の大きさとドラゴンは釣り合っていたか?」
「ん~。今思えば、ぜったい羽は広げられない大きさですよね」
「ドラゴンの足は見えたか?」
「ん~。火を吹いてくるのに気を取られて、あんまり見られなかったです。でも、大きさが変なのは確かだと思いますよ、師匠」
そうだよなぁ。
という感じで全員が納得する。
そもそも顔の大きさだけで扉よりも大きかった。あんなのがどうやって移動してきて、あの部屋に入ったんだ?
いや、その部屋の中で直接発生した、と言われればそれまでなんだが……それにしては、違和感のある大きさなんだよなぁ。
翼とか、広げるまでもなく部屋の中におさまっているようには思えない。しっぽも、部屋の奥行きが相当に広くないと収まっているはずがないように思える。
「では罠か?」
セツナのその問いには、俺たち中衛組はまたしても首を傾げた。
「罠というには違和感がある。仮に、あの透明なスイッチを連打したのが悪かったとしよう」
「わたしのせいでしたの!?」
驚くルビー。
今にも土下座しそうな勢いだったが、まぁまぁ、と俺はなだめた。
「もしもあのドラゴンが罠だというのなら、あまりにも無意味じゃないか?」
「無意味?」
「あぁ。罠にかかったヤツを殺したいんだろ? だったらドラゴンの幻影なんか見せてやる必要はない。素直に炎の罠でいいはずだ。わざわざ手間を増やす意味は、すでに無いはず」
上層階なら理解できる。
ドラゴンの幻影を見せて、ここは恐ろしい場所だぞ、とアピールすることによって人々を近寄らせない、という意味がある。
だが、地下8階は下層と言っても過言ではあるまい。
ゴールが何階なのかは分からないが、そろそろ追い返すだけの罠があるとは思えない。
なにより――
「あのドラゴンのブレス。本気で殺しにかかってきただろ?」
俺の質問にルビーは答える。
「えぇ。少なくとも、わたしの皮膚が焼けて髪が燃えました。人が死ぬには充分な熱量でしたわ。なにより――」
ルビーは、ずるり、と影からアンブレランスを取り出す。
ただし、それはポッキリと歪むように折れていた。
花びらのように開く傘だが、その一部は割れてしまっている。
「全力で使用したら、折れてしまいました。それぐらいの危険度はあった、ということですわ」
アンブレランス(極太)。
それなりに頑強さがあったはずだが、それでもルビーの行動に耐えきれなかったらしい。
もっとも。
今までの無茶な使用にガタがきていた可能性も充分にあるが。
「なんにせよ、こちらを殺す気でいたのは確かだ。そんな相手にわざわざドラゴンの恐怖を見せる必要はあるまい」
「ふむ。納得できる説明だな。しかし、そうなるとアレは何だったのか、という一番の謎になってしまうが」
そうなんだよなぁ。
「モンスターだった……と、考えるのが普通だが……う~ん?」
「魔法じゃないんですか?」
ナユタの上のパルが言う。
「ドラゴンの魔法か。聞いたことあるか?」
俺の質問に首を振る一同。
しかし、シュユは覚えがあるのか右手をあげた。
腋が丸見えになる。
ちょっとドキドキ。
「忍術に『口寄せ』というものがあるでござる」
「くちよせ?」
効き馴染みのない言葉だ。
まぁ、忍術を使える者なんてほとんど大陸にはいないので、聞いたことがないのも仕方がないが。
「口を寄せる。つまり、ちゅーですわね」
ルビーがシュユに抱き付いてキスをしようとするが、しゅるりと抜け出す。
さすがニンジャ。
「全然違うでござる。こういうものでござる」
シュユちゃんは手で印を結び、口訣を唱える。
そして、クナイで指先を切り――血をポタッと床に落とした。
ポワンと煙があがり、その中からカエルが顕現した。小さなカエルで、ケロケロ、と周囲を見渡している。
「おー!」
すごい。
まるでルビーの眷属召喚だ――あ、そうか。
「召喚か!」
「もしかしたら、あの竜も口寄せや召喚されたものかもしれないでござるよ」
ケロケロ、と鳴いたカエルはすぐにドロンと消えてしまった。
「口寄せは仙術レベルが高くて、準備が大変でござる。拙者が呼べるのはさっきのカエルさんだけでござるよ。もしも龍を呼ぼうと思ったら、大量の血が必要でござる」
血の一滴では小さなカエルが限界、という感じか。
それを考えると、ドラゴンを召喚するには人間ひとりの血液ではまったく足りないだろうな。
とりあえずポーションでシュユちゃんの指先の傷を治す。女の子だから、傷が残ったら大変だものね。
「ルビーはできるか?」
「わたしの影でも似たようなことはできますが……あのようなブレスを行使することは不可能ですわ。むしろ、本物の召喚に近かったのではないでしょうか?」
「召喚士、という感じか」
恐らくは、とルビーはうなづく。
「ふむ。では推定ではあるが結論付けると――拙者たちは運悪く召喚士の不意打ちにあってしまった……という感じか」
「そうですわね。状況から考えるに、それが一番『らしい』状況に思えますわ」
まぁ、なんにせよそれで納得するしかない。
ましてや、本物のドラゴンがあんなところにいられちゃ、たまったものじゃない。
「はぁ~ぁ~」
俺はばったりとベッドに倒れ込む。
なるほど。
とっさに自分の部屋に転移した理由が分かった。
こうやって、休みたかったんだろう。
はぁ~。
やっぱり自分の家があるというのは、良いな。
買ってて良かった自分の家。
そう思う。
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