~卑劣! 黄金城地下ダンジョン8階・その1~ 8

 床にあった透明のタイル。

 どうやらスイッチのようだ、とルビーに押してもらったのだが――何かスイッチ自体に変化があったらしい。

 ルビーの元にみんなが集まる。


「なにやら絵のようなものが表れました」


 スイッチだった透明のタイル。柱と柱の中央に仕掛けられていたそれを押せば、別の場所から大きな音が鳴り響いたのを確認した。

 だが、それだけの仕掛けでは無かったらしい。


「絵?」


 ルビーの手元を覗き込む。

 透明だったタイルには、ルビーの言うとおり何やら絵と読み取れる物が表示されていた。

 分厚いガラスの間に刻まれた細い溝に黒いインクが流し込まれたようなイメージか。

 小さいながらもひとつの絵、もしくは――文字と捉えられるものが、透明タイルの中に見える。


「分かるか?」


 セツナに聞いてみるが、仮面を横に振った。

 もちろん、後ろにいたシュユもナユタも分からないらしく、眉根を寄せている。

 ルビーの言動からも知らないのは確定しているので、あとはパルだけだが……


「見たことあるような、無いような?」


 ふむ。

 瞬間記憶のギフトを持っているパルがそういうのだから、分からない、と確定させていいだろう。

 ただし、なにやら類似性がありそうだ。

 何に似ているのか。

 それは――


「聖印か?」


 神さまのシンボルとして存在している聖印。

 それは、神官の持つアクセサリー的なものであり、時に奇跡の発動アイテムであったりする。

 言ってしまえば、神官魔法を使うための武器。

 魔法使いの杖、みたいな印象で扱われ語られることも多い。


「聖印か。縁が無いわけだ」


 セツナが言う言葉に俺は注意をした。


「まだ決まったわけじゃない。あくまで俺の印象の話だ。加えて、本物の聖印とは程遠いデザインではある」

「そうなのか?」

「あぁ。事実、これが聖印だったとしてもどの神を表しているのか分からない。パルは見覚えあるか?」

「いいえ、ないです。見たことある気がしたのは、師匠の言うとおり聖印っぽかったからかな~」


 パルは首を傾げている。

 俺自身も、なぜそう思ったのか確証は無く、同じく首を傾けたい気分だ。

 神殿に掲げられているシンボル、聖印。

 聖印にルールというか規則性は無い。

 だが、ほとんどの聖印は丸い円が基本的な形となっていることが多い。が、ナーさまは確か四角だったっけ? ついでに言うなら、丸の無い聖印だって存在する。

 描かれているデザインだって千差万別だ。

 しかも、たとえば本を司る神であっても聖印に本がデザインされているわけではない。剣や盾、杖でも同じ。貴族の掲げる紋章とは完全に別物だった。

 加えて――

 邪教、邪神と呼ばれるヤバい神さまもいるのだが……彼らの聖印は他の聖印に似せていることがある。

 つまり、自分を『普通の神官』と偽ることができるわけで。

 詐欺の見本みたいなことをしてくる邪神もいるので、注意が必要だ。

 分かりやすく、禍々しい聖印をしていて欲しいものではある。

 その点で言うと――


「聖印だとすると……こいつは、ちと荒々しい神かねぇ」


 ナユタの言葉に全員で納得した。

 なんというか、刺々しい印象を受ける。葉っぱのようにも見えるが、やけに尖っているようなデザインだ。

 だが、基本形である外側の丸が無い。

 尖った五枚の葉っぱが、放射状に並んでいるような形であり……絵でもあるような、これでひとつの文字を表しているような……そんな物が浮かび上がっていた。

 あぁ、そうだ……まだ文字の可能性もある。

 決めつけるような予測はよろしくない。


「聖印ではなく、絵でもなく、文字の可能性は無いだろうか?」


 こういう時、それなりの言語を修めていた勇者パーティの賢者、シャシール・アロガンティアがいてくれれば……と、思わなくもない。

 勇者が質問すれば、喜々として答えてくれただろう。

 いま18歳くらいに若返ってるからなぁ~。

 多少は可愛くなったと思いたい。いや、年齢的な余裕が生まれたはずなので、多少は優しくなってて欲しいものだ。

 パルとルビーみたいに、神官ウィンレィと仲良くケンカしていてもらいたい。


「シュユは見たことない文字でござる。倭国の旧い文字ではないでござるよ」

「半龍族にも、こんな文字は無かったねぇ。旦那はどうだい?」

「残念ながら見覚えはない。ドワーフやエルフの文字ではないのか? もしくは、ハーフリングだったか」

「ハーフリングの文字!?」


 驚いたというか、笑ってしまいそうになったというか……

 全員で、そんな微妙な反応をしてしまう。

 自分で言ったセツナでさえも、同じ表情だった。

 落ち着きの無い種族ハーフリング。小人族とも妖精族とも言われているが、なんにも研究が進んでおらず、ハーフリング自身が自分たちが何者か知らない。

 そのほとんどが寿命を迎えず、無謀な行動の上に死しんでしまうという好奇心の塊のような彼らに独自の文字が存在するのか?

 まったくもって、想像できない。

 というか、学者的な彼らを想像できない、というのが正しいニュアンスだが……


「ミーニャ教授がいますよ、師匠」


 そうだった。


「ハーフ・ハーフリングのミーニャ教授なら、知っていてもおかしくはないか」


 今はエクス・ポーションの開発に夢中になっているが、本来の彼女の研究対象は神さまであり、神秘学研究会だったはず。

 聖印だとしても、文字だとしても、彼女に聞いてみるのが一番だろうが……学園都市に行くのなら、もっと確実な方法がある。


「ハイ・エルフに聞くのが一番ですわね」


 ルビーの言うとおり、そうなってしまうんだよなぁ。

 知識だけで言えば、すべての上位互換とも言える最古にして最期のハイ・エルフがいるのだから。

 学園長に聞いてしまうのが、手っ取り早い。


「なんにしても地図に記しておいてくれ、須臾。今はとりあえず先へ進んでみよう」


 セツナの言葉に、そうだな、と俺もうなづく。

 分からないことを、ここで永遠に悩んでいるよりも、調べられることはまだまだある。なにより、先ほど聞こえた大きな音が気になる。

 そっちを調べてみると、この謎の文字、もしくは絵の意味が分かるかもしれない。


「お待ちください」


 前の部屋へ戻ろうか、というところでルビーに呼び止められた。


「どうした?」

「ひとつ、気になるところがありまして」

「なんだ?」


 何か見落としでもあっただろうか?


「このスイッチ、もう一度押すとどうなるのか。調べてもよろしいでしょうか?」


 なるほど。

 前の仕掛けでは連打すると正解だったわけで。

 今回も何度か押すと変化が表れるかもしれない。、


「やってくれ」


 だが、いつでも逃げられる準備はしておかないといけない。それこそ、天井が落ちてくる可能性もあるからな。


「行きますわよ」


 カウントダウンをして、ルビーはスイッチを押した。


「あら」


 ルビーがその一言を発しただけで……何も起こる様子はなかった。物音も何も聞こえないので、俺たちは警戒を解く。


「どうなったんだ、ルビー?」

「スイッチの絵が消えました。もう一度押してもよろしいでしょうか?」

「ふむ。やってくれ」


 セツナの許可を得て、ルビーがもう一度スイッチを押す。


「また絵が表示されましたわね。押すと、表れたり消えたりするようです」


 なるほど?

 何か意味がありそうな、無さそうな……


「やり直しができる、ってこと?」


 パルの言うとおりなのかもしれないが、やりなおす意味とは……?


「なんにしても先へ進まないかい? 新しい謎が増えただけだし」

「そうだな、那由多の言うとおりだ。進んでもらえるか、エラント殿」

「了解」


 嬉しそうに連打しているルビーをやめさせ、一応絵が表示されている状態で俺たちは手前の部屋へと引き返した。


「音がしたのは、こっちの方角だ」


 階段方向から言うと、まっすぐの向きにある扉を俺は示す。パルもシュユも方角は問題ない、とうなづいた。

 ついでに地図でもしっかり確認する。

 よし、問題なし。

 いつものように罠感知をしてから気配察知。それらに引っかかる物はなく、大きく深呼吸してから、カウントダウン。

 扉を蹴破って中へ入ると――


「何も無し、か」


 モンスターも宝箱も無し。

 平穏な部屋であるが、相変わらず丸いフロアだったのでパルとシュユが苦々しい顔をしている。

 そんなふたりが地図を描いている間に、罠感知をおこなった。

 どうやら罠の類も無いらしい。

 と、なると――


「音は次の部屋からか?」


 このフロアには、大きな音が鳴ったような形跡が無い。特に何かが動いたり、落ちたりしたような仕掛けもなく、普通の部屋とも呼べる状態だ。

 変化の様子はゼロ。

 ならば、と部屋の奥にある次のフロアへの扉をチェックする。

 罠は無し。

 気配察知は――


「!?」


 俺は慌てて扉から下がった。


「どうした、エラント」

「いる。何か聞こえた」


 声をひそめて、そう伝える。

 珍しく気配察知に成功した。なにやら低い音が聞こえた。それがスイッチを押したからなのか、それともモンスターの気配なのか、と迷いはしたが……機械的ではなく、どこか呼吸のような感じだ。

 ならば、モンスターであると断定できそうだ。


「不意打ちできそうか」


 気配を消すように小さく会話をする。


「分からん。ただ、相手が大型であるのは確かだ」


 扉の先で響く息。

 大型の肉食獣でも潜んでいるのだろうか。

 そういう音だった。


「やることは変わらん。突撃して、蹴散らすまでよ」

「了解。ルビーとナユタも問題ないか」


 ふたりはうなづき、武器をかまえた。


「では、今回はわたしが一番に飛び込みましょう。見事、一番手の仕事を果たしてみせますわよ」

「それは頼もしい。頼むぞ、ルビー殿」


 というわけで、いつもと少し違う順番で前衛が並ぶ。地図を描き終えたパルとシュユの準備が整うのを待ち――俺はカウントダウンをする。

 5、4、3、2、1、ゼロ。

 扉を蹴破り、颯爽と扉の中へ入るルビー。すでに攻撃する気まんまんで、アンブレランスを大きく振り上げて扉の中へと入った。

 それを追うようにしてセツナとナユタが入るが、ふたりは慌てるようにして戻ってきた。


「うわぁ!?」


 ぶつかりそうになったパルが慌ててふたりを避ける。

 なんだ?

 何がいた?

 ふたりが逃げるなんて、よっぽど――


「須臾、炎軽減!」

「は、はい!」


 シュユが手で印を結び、呪文のように仙術を唱える。

 その間に、扉の先に何がいたのか理解できた。


「ドラゴン……!?」


 扉の奥に見えたのは、巨大な顎。牙の並ぶそれは開き、フライトカゲとは比べ物にならない光が宿る。

 どうやら俺たちは――

 不意打ちを仕掛けたのではなく、不意打ちを受ける側だったようだ。

 そんな冷静なことを思っている間にルビーがアンブレランスを広げ、更に影を競り上げるようにして壁を作ったのが見えた。


「お逃げになって!」


 そう叫んだんだろう。

 だが、それと同時にドラゴンのブレスが炸裂した。

 それを防ぐようにシュユの仙術が起動する。

 だが、目の前が真っ白になり、何かが爆ぜるように轟音がうずまいた。爆風の勢いは削がれることなく、突風となって俺たちに襲いかかってくる。

 何が起こったのか確認することもできず――俺たちは反対側の壁まで吹っ飛ばされた。


「うぎゃ!?」


 パルの悲鳴が聞こえたのが分かった。

 全身が痛い。でも、パルを助けないといけない。顔をあげ、夢我夢中で立ち上がり、パルを拾い上げるようにして服をつかんだ。


「セツナぁ!」


 叫ぶ。

 焼ける空気と冷たい空気がぶつかりあい、逃げ道を失ったかのように風が渦巻き、暴れている。その中で、アンブレランスを叩き折りながら、ドラゴンの顔を殴り飛ばすルビーの姿が見えた。


「ルビー!」


 叫ぶ。

 意図よ伝われ。

 そう願いながら、俺はパルを掴みながら左手のマグを右腕のマグへと重ねる。

 早く、速く、疾く!


「いいぞ!」

「問題ないですわ!」

「アクティヴァーテ!」


 俺は叫ぶように転移のマグを起動させた。

 逃げの一手。

 これが、最善だったはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る