~卑劣! 黄金城地下ダンジョン8階・その1~ 6

 大量の柱がある死角だらけのフロア。

 その陰に潜む存在をあぶり出すには、それこそ『影』を利用すれば良い。


「ちょっとそれを貸してくれ」


 俺はたいまつを受け取る。

 光源は二種有った方が良い、という理由としては不意のアクシデントで明かりが消えてしまうことを防ぐためだ。

 たとえば、上から水が降り注ぐ罠。もちろん、これは命を奪う罠ではなく、侵入者の光源を奪うための罠だ。

 しかし、たいまつの火は消えてしまうが、ランタンの火は守られる。

 だからといって、ランタンばかりではいけない。

 たいまつには、たいまつのメリットがあるのだ。


「いくぞ。良く観察しておいてくれよ」


 それは――


「ほっ!」


 投げること。

 ランタンは一発で割れてしまい、再利用は不可能になる。漏れ出した油に引火して、二次的な被害をもたらすことだって否定できない。

 だが、たいまつは床に落ちたところですぐに消えたりしない。

 むしろ戦闘の際には積極的に落としたりする。

 なんなら、たいまつで攻撃をするのも有りだが……いかんせん、敵のレベルが高い場合はたいまつでの攻撃なぞ無意味になってしまうので、相手が弱かった場合や視界を奪うことに使うほうが良いだろう。

 そんな使い方が豊富にあるたいまつを、俺は投げた。

 部屋の中をまっすぐ反対側へ向かって光源を投げる。

 そうすると、動くのは影。

 柱の影。

 棒状の黒い影が、たいまつに合わせて角度を変えていく。

 もしも、そこに何者かが潜んでいるのならば。

 影の形が、一直線でない部分が発生するはず――


「見つけた!」


 一番に動いたのはシュユだった。

 ござる、を付けるヒマもなく素早く動き、柱の影に潜んでいた者を蹴り飛ばす。シュユの攻撃を防御したようだが、柱の陰からは追い出されたようだ。

 それは、ハーフリングのように思えた。

 身長はパルとそう変わらない。尖った耳に大きくてギョロリと剥き出しになっているような目玉。亜人種とは思うが、初めて見る姿ではある。

 一番の特徴は手だろうか。

 指先が丸く大きくなっていた。

 どこかで似たような物を見た気がする――


「カエル……か?」


 敵へと走りながら思考する。

 カエルというのならば、その大きな目玉が付いた顔はカエルっぽくも思えた。ただし、皮膚の色は緑なわけではなく茶色い。いや、茶色いカエルもいるな。

 ならば、呼称はカエル男でいい。

 そう思うと同時に、ひとつ思い当たることがあって俺は叫ぶように警告した。


「上!」


 もしも相手がカエルというのなら。

 その指がカエルに似ているというのなら。

 柱の上に待機しててもおかしくはない!


「ひぎゃ!?」


 悲鳴はパルから聞こえた。

 やはり、敵は一匹だけじゃなかった。最初のたいまつチェックで発見し切れなかったカエル男がもう一匹いた。

 常識的に、俺たちは相手が柱の下側に潜んでいると思い込んでしまっていたわけだ。無意識的に、柱の上部を意識から外し、チェックの負担を軽くしてしまった。

 しかし、柱の上部に敵は潜んでいた。

 そこから飛び降りるようにして、パルが押し倒されてしまった。


「んきゃー!」


 ジタバタと足を暴れさすパルだが、床に縫い付けるようにして手が抑え込まれてしまっている。

 しまった、と声をあげるヒマもない。

 やばい!

 間に合わない!


「ふん!」


 俺が慌てて駆け寄ろうとするが、その前にナユタが間に合ってくれた。

 カエル男の股の下から赤槍を刺し込み、その体を跳ね上げる。背中を刺すのではなく、引き剥がしを優先させたのは、間違ってもパルに刺さらないようにとの配慮だろう。

 助かる!


「おおおおお!」


 空中に投げ出されたカエル男に俺は投げナイフを投擲し、そこに連なる魔力糸を引っ張ってこちらへと牽引した。

 驚く表情を浮かべるカエル男だが、悲鳴をあげることも許させない。

 落ちてくるモンスターの喉に七星護剣・火を刺し込み、声をつぶした。


「カッ……!」


 穴の開いた喉から空気が漏れるような音をさせながら、カエル男は地面へと落ちる。そのままカエル男の頭を踏みつけ、トドメの一撃を刺し込んだ。

 愛すべき弟子を恐怖させた罰だ。

 静かに死んでいけ。

 露払いのように七星護剣を振り払い、もう一匹の方へ意識を向けるが――どうやらルビーとセツナ、そしてシュユが問題なく倒してくれたようだ。


「ルビー、他にいないか確かめてくれ」

「オトリですわね。お任せを」


 死角だらけの部屋の中をルビーに歩いてもらう。どうやらそれ以上カエル男が潜んでいる様子はなく、安全は確保できたようだ。


「ふへぇ~、ごめんなさい師匠」

「何をあやまる必要がある。俺こそ、先に気付けなくて申し訳ない」


 倒れたままのパルに手を差し伸べて、起こしてやった。

 トン、とジャンプするように跳ね起きるパル。

 どこにも怪我は無さそうだな。


「あ、違う」


 なにが?


「うぇ~ん、怖かったです師匠~」


 と、美少女が俺に抱き付いてこようとしたが……


「お~、よしよしよし。怖かったですわね~」


 いつの間にか俺の前へ出現したルビーがパルの抱擁を受け止めた。どうやら影を使って移動してきたらしい。


「邪魔しないでよ、ルビー」

「邪魔などしておりませんわ。だって、大切な仲間が危なかったのですもの。慰めるのは当然ではなくて?」

「ぐぬぬ」


 パルが言いくるめられてしまった。

 もっと頑張ってくれ。

 ぐぬぬ。


「まぁ、それはさておき。ルビーはさっきのモンスターに見覚えは?」

「ありませんわ。初見です。カエルマンとでも名付けましょうか」


 せめてフロッグマンとかにしてあげて。

 もしくは単純にカエル男の方がマシな気がする。

 そんな安直なネーミングセンスなので、アンドロさんがアンドロになったのだろうか。そう思うと、なんだか彼女に申し訳ない気がしないでもない。


「初見のモンスターか。こちらでは確認できなかったが、どんな攻撃を仕掛けてくるのか分かるか?」


 その質問にはセツナが答えた。


「舌を伸ばしてくる雰囲気があったぞ。どちかというと不意打ちに特化した敵に思える」


 なるほど、確かに。

 柱だらけのフロアにいたのが恣意的だが。

 いや、だからこそ死角の多いフロアに潜んでいた、とも言えるか。

 しかし。

 もう少しナユタの対応が遅ければ、パルの顔が舌で潰されていたかもしれない。

 愛すべき弟子の美少女らしさが台無しになるところだった。


「助かったナユタ」

「なに、あたいが一番近かっただけさ」


 にひひ、と笑うナユタ。

 笑顔がまぶしい。

 もしもナユタが十二歳ほどだったら確実に惚れていた。危なかった。


「ありがとうナユタさん」

「イイってことよ。あたいも気付いてなかったしな」


 パルの頭をナデナデするナユタも反省する。狙われたのが後衛だっただけで、ナユタはスルーされた。

 押し倒されたのがナユタだった可能性も充分にあったわけだ。

 何にしても、次に活かしたいところだが。


「こんな部屋が続いたら、身が持たないな」


 セツナが肩をすくめる。

 そうだよな、と俺は投げ捨てたたいまつを拾った。消えることなく燃え続けてくれてなによりだ。

 なんにしてもパルとシュユが地図を描いているのを待つ間に俺は部屋の中を探索する。

 どうやら罠の類は無く、仕掛けがある訳でも無さそうだ。

 柱はこれといって特徴はなく、単純な模様が入れられているだけ。そこに意味もなさそうだし、上の階層でも見られたデザインだ。

 試しにいくつかの柱を触ったり叩いたり回そうとしてみたが、やはり何も無かった。

 完全に柱がただ並んでいるだけのフロアに思える。


「ふ~む」

「まだ何か気になるのか、エラント」


 セツナに向き直り、俺は自分の意見を吐露する。


「わざわざ無意味にこんな柱を用意すると思うか?」

「何か意味がある、と。単純に死角を増やしたかった、というわけではないのか?」

「そもそも、このダンジョンはモンスターが発生するような場所じゃなかった。宝物庫へと続く道を隠したかっただけのものだ」


 それが魔王の力によって、世界に魔物――いや、モンスターが発生するようになった。

 なので、本来はモンスターを想定していない造りになっているはず。


「なるほど。モンスターのために死角を用意する、とは考えられないな」


 俺はうなづく。


「念のためにもう一周、見ておくよ」

「拙者も役に立てるかどうか分からぬが、確認しておこう」


 というわけで、セツナ共々フロアの中をまわり、柱を確認していくが――やはり何も見つからなかった。


「答えは出ないまま、か」

「むしろ数に意味があるのではないでしょうか」


 ルビーが柱の本数を数えている。

 フロアの中には6行4列に並ぶ柱……つまり24本の柱があった。


「念のため、地図に書いておいてくれ」


 はーい、と返事をしてパルとシュユは地図に24と書き記した。

 今のところ、この数字にも意味は見い出せない。


「今は進むしかないな」


 もしかしたら、次の部屋でも柱が並んでいるのかもしれない。

 なんて思いつつ、罠感知と気配察知を行い――いつものようにカウントダウン。

 ゼロで踏み込むと、どうやら次の部屋は空っぽのようだ。


「ふぅ」


 と、一息つく。

 モンスターがいないだけでも、肩の荷が少しだけ軽くなるというもの。もちろん罠チェックは欠かせないが。

 パルとシュユが地図を描く間に、部屋の中を探索する。

 先のフロアとは違って柱の数はゼロ。まぁ、いつもどおりの部屋とも言えるのだが、いかんせん、さっきの部屋のインパクトが凄かっただけに違和感があるのも確か。

 その代わりと言っては何だが……


「扉は3つかぁ」


 丸い円系のフロアに、入口と合わせて4つの扉があった。つまり、進むべき道は前か左右かの三択になる。


「また回転系の罠があれば大変だ」


 というわけで、入ってきた扉に念のためナイフを刺しておいた。

 その状態で罠チェックをしていくが――


「あるな」


 部屋の中央から少しハズレた部分の一枚のタイルが、明かりの反射がおかしい。


「この部分に近づかないでくれ」


 分かった、という各々の返事を聞いて罠のあるタイルを観察する。

 恐らくだが踏むと発動するタイプだと思う。

 できれば罠解除をしておきたいが、その方法は分からない。タイルに隙間にナイフの刃をさしこみ、踏み込めないようにする、という方法があるにはあるのだが……


「この隙間に刃は入らんな」


 ナイフの刃よりも狭いスキマ。と、なると魔力糸を通してナイフに固定して橋渡しのようにしておけばいいか、とも考えてもみる。

 が、やはり……


「触らないほうが身のためか」


 もしくは、いっそのこと安全に発動させて無効化しておくのもひとつの手だが。

 どんな罠が発動するのか、観察しても分からない。

 ので。


「注意という意味でナイフを置いておくしかないか」


 近寄るな、という意味合いということで。


「このナイフが消えたら、世界線を移動した。ということですわね」


 なるほど。

 それは分かりやすい考えだ。


「他に問題は無いか」

「俺の見る限りは、これ以上の罠は無い。さて、どっちに進む?」


 多数決の時間です。

 セツナがめちゃくちゃイヤそうな表情を浮かべたのは、言うまでもない。


「せーのっ」


 で、俺たちはそれぞれの扉を指差すのだった。

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