~流麗! 吸血鬼、無知シチュに萌える~
さて。
ひとしきりパルを追いかけまわして、口の両端を引っ張り、ガバガバにしてあげたところで今度こそお出かけしました。
「うえ~ん、師匠。お口が痛い~」
「あぁ~ぁ~、大丈夫かパル。ポーション使う?」
「大丈夫……あ、でも、傷は舐めれば治るんですよね。あたし、口と舌が痛くてぇ」
「え~、しょうがないなぁ」
「では代わりにわたしが綺麗に舐めてさしあげましょう。ぶちゅー!」
「ふぎゃー!」
なんていう一場面もありましたが。
わざわざ語るまでもなかったでしょう。
「うふふ。美味しかったです」
「あ、お出かけですかお客様」
掃除をしていた看板娘が目ざとくわたしを見つけたみたいで話しかけてきました。
倭国のキモノを着た娘。
かわいいので、わたしもキモノが欲しいところです。
客のひとりひとりに挨拶するとは大変良い心掛けです。
立派な看板娘ですわ。
「えぇ。すこし鑑定をしに行ってまいります」
「ほほー。結構な大物ですね。素晴らしい戦利品の数々……あれ? こんなのどこに持っていましたっけ?」
「うふふ、あなたの目を盗んで戦利品を持ち帰るなど赤ちゃんのおしめを交換してさしあげるのより簡単ですわ。ウチには盗賊職が三人もいますので」
嘘にはほんの少しの真実を混ぜると良い。
という師匠さんのアドバイスはここでも活かせました。
ありがとうございます、師匠さん。
好き好き大好き、超愛してます。
「お~、赤ちゃんのおしめを交換したことあるんですか。いいですね、私も子育てに憧れてまして」
えへへ、と看板娘は照れたように笑いました。
変なところに食いついてきましたわね。
結婚願望というよりも、育児願望というのでしょうか。
順番があべこべのようですが、生物としては正しいのかもしれません。
「お相手はいまして?」
「まだですよぅ。成人したばっかりですし」
「ふ~ん。器量良しですし、あなたと結婚すれば宿の店主にも成れるんでしょう? 優良ですのに、世の中にはもったいない男が多いこと」
「あはは、早いですよ~。こんな私に手を出してくる人なんて、ロリコンの変態じゃないですか」
「忘れかけていますが、それが一般的な認識ですわよね」
「はい?」
「なんでもありません。では、行ってまいります」
「お気をつけて」
危うく師匠さんを紹介するところでした。
危ない。
師匠さんがロリコンの変態という噂を広めてしまうところでしたわね。
危ない危ない。
まぁ、真実なのですが。
「うふふ」
なんて笑いながら移動していくと、訓練場でナユタんが楽しそうに子ども達と戯れているのを発見しました。
いえいえ、訓練ですよ?
ナユタんが男の子をたぶらかしている訳ではありませんので、誤解無きよう。
「ごきげんよう、ナユタさん。今日は子ども達とピクニックですか?」
「どこをどう見たらそう見えるんだ、ルビー」
もちろん冗談です。
ぜぇぜぇはぁはぁと倒れている少年少女たち。
全力で相手しても息ひとつ乱していないのはナユタんも意地悪ですわね。
ちょっとくらい疲れてみせたほうが、頑張れてる感が出ますのに。
それともアレかしら。
疲れたいより、突かれたい。
なのかしら。
「むふっ」
「急にこっち見て笑うのはやめろ、るぅぶるむ」
「すいません、つい」
なにがツイだ、とナユタんは呆れるように息を吐きました。
「で、鑑定に行くのか」
「そうですわ。ナユタんは良い物でしたら、これ装備します?」
「ナユタん言うな。いらねーなぁ、そんな鎧は」
フルプレートの鎧に、しっぽの穴を開けないといけませんし。
なかなか装備するのは難しいですわね。
「ん?」
「どうした?」
「ナユタんって、ぱんつどうしてますの? しっぽの穴が開いてますのん? どうなってましたっけ、ちょっと見せてくださ――んぎゅぅ!?」
しっぽアタックが高速でわたしの側頭部を狙ってきましたので、屈んで避けました。
残念ながら頭の上に乗っける感じで運んでいた兜は直撃を喰らって飛んでいってしまいましたけど。
「あ~あ~、なにをするんですの、なにを。ぱんつくらい平気で見せないで本番はどうするつもりですか?」
「何の本番だよ、何の!」
あら、真っ赤になって。
か~わいい~。
これだからナユタんは好きなのです。
「さっさと行け、去れ去れ。二度と帰ってくるな」
しっしっ、と手を振るナユタん。
ま、酷いことを言いますわ、このハーフ・ドラゴン。
でも、これ以上からかうと今度は槍で突かれそうなので、このくらいにしておきましょう。
もっとも。
突かれるのでしたら、ナユタんの槍ではなく師匠さんの槍――
「あ」
「どうした?」
「いま師匠さんが、言わせねーよ、と叫んだ気がしました」
「何の話だ?」
なんでもありませんわ、とわたしは飛んでいってしまった兜を拾うために移動しました。
まったくまったく。
鑑定前の大切な商品なのですから、乱暴に扱わないで欲しいものですわね。
「あら」
そんな兜を拾い上げたのですが……傷ひとつ付いてませんわね……
しっぽアタックはかなりの威力があったように見えましたが、あの一撃で無傷となれば、相当な代物だと思います。
「ホントに良い物かもしれませんわね、あなた」
もちろん、話しかけても返事はありませんでした。
逆に、返事があればヤバイ代物に決まってますので、今すぐ捨てますけど。
そんなフルプレートの鎧をガッチャガッチャと運びながら移動してきたのは神殿区。
相変わらず怪我をした冒険者たちで騒然とした雰囲気の多い場所ですが……普通の街の神殿区とは違って、嫌いではありませんわね。
ここでは神の目をわたしに向けているヒマはありませんし。
せいぜい冒険者の命を取りこぼさないように、神には頑張って欲しいものです。
そんな神殿区を進んで行くと――
「あら」
見知った集団がいました。
ナライアという貴族女史が雇っているルーキーたち。
名前は……え~っと……なんでしたかしら?
「ごきげんよう、大丈夫ですか」
そんなルーキー少女冒険者たちは、神殿近くの地面に座り込んでいました。
女の子が地面に長く座っていると腰を冷やしてしまいます。
あまりおススメできない状態ですが……それどころではなさそうですわね。
「あ、こんに、ごき、ごきげんようです。ディスペクトゥスの……プルクラさん」
「はい。プルクラですわ。え~っと、なめし皮なめ子さんでしたっけ」
「そんな面白い名前じゃないですし、苗字は持っていないです」
「おっと、そうでしたわね」
リリアです、とリーダー少女は名乗ってくださいました。
う~ん。
覚えておける自信がありませんわね……リリアりりあ……リリアンでいっか。
「で、リリアんはこんなところで何をしていますの? 危ない趣味のおじさまにぐへへへと狙われてしまいますわよ?」
「りりあん……あ、いえ、ダンジョンで危なく全滅するところだったんです……」
あらら。
なんと、ダンジョンで全滅しかけたそうで、たった今戻ってきて治療したばかり。
緊張が解けたのか、みんなでへたり込んだとこだそうです。
「死ぬかと思いました……」
リリアんの言葉に、うんうん、とみんなが涙目でうなづいています。
あ~。
はいはい、なるほどなるほど。
あの冒険者大好き貴族が、冒険譚を求める理由が分かってしまいますわねぇ。
理解しました。
冒険者が全滅しかけた話って、超面白そう!
え、なになに、どんな理由で全滅しかけたんですか、教えて教えて~!
……って、なりますもの。
それを喜々と質問してしまっては狂人のそれ。
わたしはこれでも立派な支配者ですからね。
しかも、魔王直属の四天王でもあります。
人間種の心の機微を読むのは、雑作もないこと。
「あら、何がありましたの?」
と、心配そうに聞くことくらいはできますわ。
うふふ。
「不意打ちでした。扉の罠を調べてたんです。あ、ウチの名前はエリカです」
そう語るのは盗賊職で、師匠さんやパルと訓練をしている娘ですわね。
「罠解除に失敗しましたの?」
「いえ、エリカは何も失敗していませんよ。あ、私はミアです」
騎士の娘はミアと。
――ええい、まどろっこしい。
一度自己紹介なさい、とわたしは言いました。
ぜったいに覚えられませんけど!
「罠ではなかったら、どうして不意打ちに?」
「その罠を調べてる最中、通路側から魔物がやってきたんです。ぜんぜん後ろを警戒していませんでした」
後ろにいたのは神官のナタリーと魔法使いのアリシア。
「いきなり切りかかってきたゴブリンを対処できなくて……」
なるほど。
後衛職である神官と魔法使いがゴブリンによって負傷。
隊形もぐちゃぐちゃのまま乱戦となった、と。
「いえ、違います」
「違うんですの!?」
びっくり。
もっと酷い状況だった、というのでしょうか。
「狭い通路で乱戦状態になりたくなかったので、部屋の中に逃げることにしたのですが……」
「あぁ、そっちにも敵がいたんですのね」
はい~、と戦士セレナをはじめ、全員がガックリとうなづく。
「バックアタックとサイドアタックを連続で引き起こした感じですわね。でも、その状況で生きて帰れるなんて、優秀ではありませんか」
「でも、このありさまですよ」
ぐったりと倒れているメンバーを示して、リーダーのリリアんは苦笑しました。
「何を言っているのです」
そんなルーキーたちの頭をわたしは撫でてあげました。
「知っていますか、そのあたりを歩いている物語の主人公にもなれないおじさん達」
思わずあたりを見渡すルーキー少女たち。
神殿区ということで、少々悲惨な状況が目立ちますが。
それでも、彼らは生きています。
年齢も種族も容姿も性別もバラバラ。
でも。
彼らは生きているのです。
つまり――
「彼らは一度も死んでいない、ということですわ」
「……当たり前では?」
「はい。その当たり前がどれほど難しいか、あなた達は知っているはずです。だって、死んだ者は生き返りませんし、二度とダンジョンの外には出てきませんので」
はぁ、と生返事をする少女たち。
「あら。ピンと来ていないようですわね。う~ん、もっと端的に言いましょう。つまり、どんなに強くてカッコ良くイケメンとか美少女で迷宮を奥まで潜れる冒険者であろうとも、帰って来なかった人よりも、泥臭く這いずりながら弱くとも逃げて逃げて生きて帰ってくる人の方が『ステキ』なのです。つまり、相対的にあなた達は美しい、ということですわ」
「プルクラさんにそう言われると……ちょっと嬉しいです」
えへへ、と少女たち――いいえ、美少女たちは笑いました。
「ちょっとではありません。かなり嬉しい、と言いなさいな」
「あはは。今のでダイナシになりましたよ」
「いいのです。わたしは美しさよりも面白さを取りますので。そういう意味では、あなた達の雇い主と似ているかもしれませんわね」
「ナライアさまは、冒険に片寄っていますけど」
たぶん、あの人間種には、冒険者はすべて美しくステキに見えているんでしょう。
それはそれはしあわせなことですけど。
でも、どこか狂っている。
危うい結末を迎えそうですわねぇ。
それもまた一興、でしょうか。
いつか、『冒険者を司る神』にでもなってそうです。
ふむ。
そうなると、ナライア神に使える神官は冒険者にならないといけないのでしょうか。
興味深いですわね。
今度大神ナーにあったら聞いてみたいところ。
もっとも。
こんな『もしも』の話に答えてくれるほど、あの神と仲良くないのですが……サチなら答えてくれそうですわよね。
でろっでろにキスをしてさしあげましょう。
あの子もえっちですわよねぇ。というか、サチとラブラブしているのを師匠さんに見せつけて、我慢できなくさせる、という手もありますわ。
うふふ。
「それでは、わたしは鑑定をしてきますので。皆さまは、悪い大人にえっちなことをされないうちに帰るのですよ」
「あはは、ウチら子どもだから。そんな大人いませんよ」
ケラケラと笑う盗賊エリカ。
うん。
あなたが教えを受けているあの成人男性。
えっちなことしますわよ?
ホントのホントに、えっちな目で見てきますからね?
知らないでしょうけど。
師匠さん、ダメな大人なんです。
うふ。
うふふ。
あぁ、これが無知シチュエーションというのでしょうか!
たまりませんわー!
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