~流麗! 吸血鬼おつかいに行く~

 地下五階を通った、という偽装工作を行ったあと。

 わたし達は地上へと転移しました。


「連続で使えないというのが不便に思えてくる日が来るとは。贅沢はするもんじゃないな」


 師匠さんがそんなことをつぶやいていました。

 ハイ・エルフが使っていた新型の転移腕輪のことでしょう。

 汎用性がない、というよりも、専用でしか使えない転移の腕輪。誰でも使えるわけではないので譲り受けたり交換しても意味はありません。

 量産できるものでもないですし、ズルイですわ、とワガママを言ったところでどうしようもありませんので、仕方がないですわよね。


「なに。安全に地上に帰れるだけありがたいものよ」


 サムライが苦笑しながら言いました。


「そのとおりですわ、師匠さん。こうして再び太陽の下に出られるのは、師匠さんのおかげです」


 あぁ、素晴らしきかな太陽の光。

 長く地下にいると、火や魔力的な明かりではなく、自然な光とも言える太陽の輝きが嬉しく思えます。


「吸血鬼の言葉とは思えないねぇ。ちょっと燃えてもらっていいか?」

「そのときはあなたに抱き付きますわよ、ハーフ・ドラゴン」


 カカカカカ、と笑うナユタん。

 言っときますけど、熱いんですからね。全身が燃えていますし、息を吸えば熱い空気がそのままノドの奥を焼きます。

 同じ熱を感じるのでしたら、いっそのこと師匠さんの熱い熱い――


「なにしてんのルビー、行くよ~。それとも、そこで永遠に暮らす?」


 いつの間にやらみんな移動していました。


「あ~ん、お待ちになって~」

「ルビーちゃんは時々気持ち悪いでござるな」

「え!?」


 なんてことでしょう。

 ニンジャ娘が酷いことを言いました。

 あとでお仕置きしておきましょう。夜中にこっそり、あそこに貼り付けてある紙を剥がして口の中に捻じ込んでやろうかしら。

 それとも、サムライの口の中に入れたほうがハッピーエンドになるかもしれません。

 悩みどころですわね。

 さて。

 いつもどおり、黄金城の外――崖の上に転移したので、そこから帰るハメになったのですが。街の様子に変わりはありません。

 いつもどおりの騒がしさ。

 新しく攻略組が先へ進んだという情報は、まだ伝わっていないようです。


「うふふ」

「どうしたんだ?」


 わたしが笑ったのを師匠さんがその理由を聞いてくださいました。


「いえいえ、ノンキですわね~、と思っただけです。もうすぐビッグニュースが飛び込んできて、わたし達の人気がドラゴンのように天へ昇ることを想像すると……自然と笑みがこぼれてしまうのですわ」


 そんなわたしの言葉に、うへぇ、と顔をしかめたのは倭国組でした。


「あら。そんなにイヤなんですの?」

「あたいはどうせトカゲ女とか言われるのがイヤだ」

「まぁ! ナユタんをトカゲとかリザードマンとかリザードウーマンとか言う人間種は、わたしがぶっ飛ばしてさしあげますわ」

「ナユタん言うな。というか、りざーどうーまんってのは何だ?」

「リザードマンのメス」

「そんな固体種がいるのか?」


 わたしは、そっとナユタんを指さしました。

 ――ぶん殴られました。


「今のはルビーが悪い」

「今のはルビーが悪いよ」

「今のはルビー殿が悪いでござる」

「はい。今のは確実にわたしが悪かったです。ごめんなさい」


 わたしを含めて満場一致でした。


「素直に謝るのなら、やりなさんな」


 揶揄された本人がそう言っています。


「優しいのね、ナユタ。好き」

「はいはい、分かった分かった。でも本気でイヤなので、やめてくれ。あと、離れろ」


 抱き付いてましたのに、思いっきり顔面を押されました。

 もうちょっと乙女的な引き剥がし方をして欲しかったです。


「鼻の穴に指を突っ込んで、上へ引っ張ってやろうか」

「それは美少女的にアウトですわ」


 カカカ、と笑うナユタん。

 まったく。

 恐ろしい方法を言ってくださるじゃないですか。

 そんなブサイクな顔、絶対に師匠さんに見せられないですもの。


「で、ニンジャ娘はどうして目立つのがイヤなんでござるですのん?」

「無茶苦茶な言葉でござる……シュユは単純に恥ずかしいので、目立つのはイヤでござる」

「そんな格好してますのに?」


 下手をすれば、そのあたりを歩いてる娼婦よりえっちな格好をしてるんですけど。


「いざとなれば仙術を使うでござる」

「その背中の大荷物みたいな感じですの?」


 そうでござる、とシュユはうなづく。

 わたしの魅了の魔眼をもってしても、シュユの背中に何かがあるようには見えない。でも、本当はここに食料や水やポーションやらと大量の荷物と共に七星護剣・木があるはずなんですが。

 気配すらも感じられないのが仙術というか、ニンジャの凄いところですわね。

 ふむふむ。


「――わたし、物凄いことに気付いてしまいました」

「なんでござる?」

「あなたの仙術があれば、日中を全裸で歩くことは可能ですわよね!?」

「エラント殿。この吸血鬼はさっさと退治したほうがいいでござる。シュユも協力するので、倒しましょう」

「おー!」


 なぜかパルが賛同しました。


「わたしに勝てると思っているとは、おパルもまだまだ浅はかですわね。いいですわよ、退治できるものならやってごらんなさいな」

「なにやってもいい?」

「いいですわよ。どんな卑劣な手で来ようとも、すべて撃退してみせましょう」


 ふふん、と胸を張ったところでパルは師匠さんに登りました。

 肩車をしてもらって、うらやましいだろう、とでも言うつもりでしょうか。

 まったくまったく。

 ホントに浅はかな手ですわ。

 この程度の行為でうらやましくてわたしが屈するとでも思ったのでしょうか。たかが肩車ですのに、そんなうらやましいですけど、心が折れたりするものですか。うらやましいけど。

 だって。

 わたしはこれでも支配者ですので。そう、ホイホイと威厳を損なう態度を見せられないのです。残念ですが。はい、非情に残念ですが。


「ふっふっふ、ルビー」

「なんですの? 肩車なんてうらやましくないんですからね」

「このまま師匠の首を折ります。師匠が殺されたくなかったら、まいったと言え!」

「まいりました!」


 間髪入れず、負けを認めます。

 えぇ、認めますとも。


「いえーい、勝ちましたよ師匠。褒めて褒めて」

「今まで聞いたことのない人質の選別と使い方だ……これ、褒めていいのか?」


 いいんじゃないのか、とナユタんがケラケラ笑いました。

 他人事だと思って適当に言いますわねぇ、このハーフ・ドラゴン。

 なんてことをしている間に、倭国区画まで戻ってきました。

 相変わらず広場では冒険者ルーキーの少年少女が訓練をしています。

 あら~。

 打ち込む姿が初々しくていいですわね。

 ついつい応援したくなってしまいますわ。


「おらおら、なんだそのへっぴり腰は。ほれ、あたいが訓練してやる。かかってこい」


 むぅ。

 いいですわね、ナユタん。

 見た目が大人ですし、超特殊で強そうに見えるのは間違いないですから。

 こうやって少年少女に混じっていっても受け入れられる存在感があります。

 わたしなんて同じように言っても、なんだこいつ、みたいな目で見られること間違いなしですからね。

 訓練してさしあげたいけど、全員から無視される可能性があります。

 そうなると泣いてしまいますからね。

 怖くて参加できませんわ。


「私たちは宿に戻っていますからね」


 サムライの言葉に、はいよ、と答えるナユタん。

 わたし達よりルーキーの男の子と女の子を選んだようです。お世話好きも行きすぎたらロリコンとショタコンなんですからね。

 なんて思いつつ宿に戻ると、看板娘がパっと顔を輝かせました。


「おかえりなさいませ」

「ただいま戻りましたわ。ご機嫌ですわね、なにか良いことでもありました?」

「お客さんが無事に戻ってくるのが、良いですよ」


 果たしてそれは、お金払いが良いから、という意味なのか。

 それとも生命の無事だから、という意味なのか。

 ま、聞いてしまうのも野暮というものでしょうね。

 宿代などの調整をするセツナとシュユを残して、わたし達は部屋へ戻りました。


「ふへ~」


 さっそく床に寝ころぶパルパル。

 普通の床とは違って、やわらかい素材で出来ているので確かに寝ころぶのは気持ちよさそうですわね。

 そんなマネをしたいところではありますが――


「師匠さん師匠さん、鑑定に行きたいのですがよろしいでしょうか」

「そういえば色々と手に入れてたっけ」


 というわけで、影から色々と出します。

 宝箱に仕掛けられていた謎の液体や、瓶に入った物もあります。あとは鎧もありますし、首飾りもありますわ。

 それらを床に並べてみました。

 特に危険な物は無いので、そのまま持って行っても大丈夫そうです。


「う~む。あまり役に立ちそうな物には見えないが……鑑定だけでもしておくか」

「首飾りとか、マジックアイテムっぽくない?」


 確かにパルの言うとおり、魔力が通っています。それでなくとも、それなりの装飾品ですので価値はありそうですわ。

 貴族なんかに高く売れそうなデザインです。

 もっとも。

 ドスケベ姫には似合いそうにないのは……あの子はゴテゴテと着飾るより、素材の魅力を引き立たせるようなアクセサリーが似合うのでしょう。

 素材が良いから、かもしれませんわね。

 どちらかというと、サチに似合う気がします。

 あの子は、もう少し着飾れば綺麗になると思いますのに。まぁ、本人がイヤがるでしょうけどね。


「では鑑定に行きますわね」

「それはいいんだが……どうやって持って行くつもりだ、ルビー」

「あぁ~……そういえばそうですわね。まさか影から出すわけにも行きませんし」

「あたしのランドセル使う?」

「そうですわね。借りてもよろしいでしょうか?」


 いいよ~、とパルはランドセルの中身をポイポイと取り出し、空っぽにして床に置いた。

 その中にふたりで鑑定品を入れていく。


「鎧は手で持って行きますわ。これぐらいなら持てるでしょう」


 胴部分に手甲や足甲を詰め込む感じで。

 兜はわたしの頭に乗せて……

 よし。

 すべて持てましたわ。


「手伝おうかと思ったが、ひとりで大丈夫そうか」

「子どものお使いではありませんので、心配いりませんわよ師匠さん」


 いや、しかし、よくよく考えてみると――


「もっと、こう、子どもらしくした方が師匠さんに好かれるのでは!?」

「あ~……すまん。俺、似非ロリは嫌いなんで」


 えせロリ!

 そういうのもあるんですのね!?


「大人が子どものフリをしてもなぁ……なんかこう、気持ち悪さというか、あざとさ、みたいなのを感じる。ブリっ子に通ずる物と言えば分かるだろうか。もちろん、少女のブリっ子は許される。自らの可愛さを最大限に発揮させる方法を熟知しているんだ。それはそれで有りと言わざるを得ない。無論、その浅はかさころ『未熟』の証明ではあるのは説明するまでもなかろう。しかし、似非ロリは許せない。やはり正当な無垢さというか、純情そうな物がいいんだ。ときどきあるんだよ、無垢とか無邪気さを『無知』と勘違いしたようなヤツが。いいか、子どもはそこまで愚かではない。だが、そこまで賢くもない。知性の宿る無知と言えば良いだろうか。ただし、その知性に滲むわざとらしさは、やはり消せるものではない。いいか、素直でいいんだ。フリなどする必要はない。むしろ演技は邪魔だ。俺はそれそのものが好きなわけで、お菓子のフリをしたおかずを食べたいわけじゃない。純粋なる砂糖菓子は、舐めるだけで美味いのだ!」


 師匠さんが力説されました。

 なんかとんでもない宝箱を開いて、見てはいけない中身を見てしまった気がしますわ。

 あと、段々と例えが変態的になっていますわよ、師匠さん。そりゃ勇者パーティの賢者と神官に嫌われるのも無理はありません。

 言わないですけど。

 でも――


「好き!」

「今のどこに好きになる要素があったのさ、ルビー」

「失礼。そんなワガママ放題に生きる師匠さんが好き」

「それは分かる」


 うんうん、と三人でうなづきあいました。


「それでは鑑定に行ってきます」

「おう、気をつけて」

「寄り道しちゃダメだからね。おみやげよろしくね。あと怪しいおじさんに声をかけられたら、付いていっていいよ。」

「美味しいおやつを提示されたら、ふらふらと付いていってしまうかもしれませんわね。でも、師匠さんがすっごいイヤな顔をされているので、付いていきませんわ」


 そうしてくれ、と師匠は苦笑しました。

 うふふ、と笑ってわたしは荷物を抱えて、部屋をあとにしました。


「……」


 で、十秒ぐらい数えて――スパーンとドアを開けました。


「イチャイチャしてんじゃないですわよー!」

「ふぎゃあああああ!?」


 師匠さんに抱き付いていたパルは慌てて離れました。


「くっくっく。油断していましたわね、おパル」

「むぅ~、せっかく良い雰囲気になりかけたのにぃ~」

「おーっほっほっほ! では、今度こそ行ってまいります。あ、イチャイチャしても大丈夫ですからね。ちょっと驚かせたかっただけです」

「ルビーの馬鹿」

「知っています」

「ルビーなんか巨乳になっちゃえ」

「世の中、言って良い事と悪い事がありますわよ、この小娘ぇ!」


 くだらない言い争い。

 超楽しいですわ!

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