~卑劣! すごすごと逃げ帰りました~
ドラゴンズ・フューリーたちと別れて。
俺たちは入ってきた扉からまっすぐ対面にある扉の先へと進むことになった。
罠感知と気配察知。
それらを終えて、扉の先へと進む。
緊張感を最大まで高めて扉を蹴破り、前衛の後に俺も部屋へと突入した。
扉の先は――相変わらずの丸いフロア。
加えて。
真っ白なタイルにランタンとたいまつの明かりを反射させ、そこにいたのは――
「敵、1」
セツナの静かに告げる声。
同時にルビーが前へと躍り出て、アンブレランスを開いた。
ガツン、と金属を打つ音。
ルビーが防御してくれたらしい。
その間に後衛の俺たちは陣形を整えるように援護の体勢へと入った。
なにせ、まだモンスターの姿を視認できていない。
アンブレランスで隠れるということは、そこまで大きくない相手ということだが――
「ドラゴン!?」
相手の姿をようやく確認できた俺は思わず声をあげてしまった。
「え、あれドラゴンなんですか!?」
逆に俺の声を聞いてパルがびっくりした声をあげる。
「いや、分からん。違うよな、小さいもんな、ドラゴンじゃ……ないよな?」
空中に浮くようにして、爬虫類的な姿をしたモンスターがいた。先ほどの攻撃は体当たりだったのだろうか。武器らしき物は持っていない。
大きさは小型の犬とかネコぐらいのイメージか。ドラゴンというよりも、トカゲといった方が良かったのだが……いかんせん浮いているとドラゴンっぽい……?
体表には鱗があり、明かりをわずかに反射している。
ワニにも似ている気がするが……その顔つきは、やはりどこかトカゲや蛇に近いような気がした。
「あと羽も無いでござるよ」
あ、そうだよね。
確かに羽が無い。
……じゃぁ、なんでこいつ宙に浮いてるの?
「キシャアアアアア!」
そんな声をあげて空飛ぶトカゲ――仮称『フライトカゲ』はナユタへ向かって体当たりを仕掛ける。
「させませんわ!」
ナユタに割り込むようにしてルビーがアンブレランスの盾を広げた。
またしても、ガツン、という鈍い音が聞こえる。と同時にナユタはルビーと入れ替わるようにして前へ出た。
「そら!」
赤の槍を突く。
しかし、その身体の小ささ故に避けるのは簡単なのか、フライトカゲは攻撃を避けた。
「ふッ!」
その避けた先にセツナが仕込み杖の刃を振るう。
当たりはしたが――切断にはいたらない。トカゲの皮膚というか鱗はことさら頑丈のようだ。
しかしダメージは入ったようで、ふらりと動きが鈍くなる。
「チャンス!」
俺とパルは同時に前へと出る。
七星護剣・火とシャイン・ダガー。赤と白の軌跡を刃で描きつつ、フライトカゲへと斬りつけた。
ただし、手応えは――鈍い。
「どんな防御力してんだ?」
切り裂いた感覚はなく、むしろ短剣で殴り飛ばしたような感触。
相当に硬いな、このトカゲ!
「――気をつけて!」
と、シュユの声が響き渡る。
俺とパルに殴り飛ばされるように後方へと下がったフライトカゲの口が開き、そこに渦巻くように炎が集まった。
「げっ」
と、声をあげたのは俺でもありパルでもあり、後ろでナユタとセツナも同じような声を出した。
ブレス。
ドラゴンのそれは有名だが――まさかトカゲが火を吹いてくるなんて思うまい。
「ぎゃああああ!?」
しかも、ふー、と吹く一直線的な炎の息ではなく、ハー、と冬の寒い日に手を温めるがごとく広く広域な息の吹き方だった。
つまり――
「あっつ!? あち、あちち、あっつあっつあっつ!?」
フロア全体が炎の波に包まれた。
悲鳴をあげるパルを抱きかかえて頭にポーションをぶっかける。そのまま転がるようにして距離を取り、できるだけパルが炎に当たらないように抱きしめた。
俺は、どうすべきか。
皮膚が燃えるように痛い。
目の前が赤で埋め尽くされていく。
息が吸えない。
胸の奥が、炎で黒こげになってしまいそうだ。
このままだと、本当に身体が燃えて炭になってしまう――
「以水行為冷陣――防(水行をもって冷陣と為す 防げ)!」
シュユの声と共に熱と炎が身体の周囲から消えた。
まるで身体の周囲に膜が張ったように、スっと熱が消えていく。
その一瞬の空気の渇しを狙い、ルビーが叫ぶように魔導書を起動させた。
「マニピュレータ・アクアム!」
まるで水分が凝固するようにルビーの周囲に集まり、それが弾けるようにして周囲に霧散した。
燃えさかる炎はシュユの冷気とルビーの水によって完全に消える。
「おおおおおお!」
まるで霧のようになってしまった水蒸気を吹き飛ばすようにナユタが走り、赤槍を突き伸ばした。
大口を開けたフライトカゲの中に捻じ込む勢いで突かれた槍は、ぐりん、と回転させて攻撃威力を高めると同時に、相手の体勢を崩す。
「ご主人さま!」
仙術の後、かすれるような声でシュユは叫び七星護剣・木をセツナへと投げ渡す。
「覇ッ!」
それをキャッチしたセツナは空中で逆さになってしまったフライトカゲの腹へ向かって、鈍器のような巨大木剣を容赦なく叩き落した。
衝撃が空気を伝わる。何もかも吹き飛ばしかねないセツナの強力な一撃は、七星護剣によって増幅された攻撃のようだった。
致命的な一撃。
だが、それでも倒しきれていない。
まだ相手は生きている。
床に落ちたフライトカゲは、それでもと大口を開けて再び炎を灯した。
「二度もくらってたまるかよ!」
盗賊スキル『無音』からの『無色』。
色すらも排除した空間の中で、俺は足の筋肉がねじ切れる勢いで加速した。
トカゲの口の中で炎がうずまく。
ブレスならば、神の祝福にして欲しい。
そんなことを願いながら、魔力糸を顕現。
結ぶように輪をつくり――フライトカゲの口を縛り上げた。
止まったような灰色の世界で、トカゲの口の中で炎が溢れていくのが分かる。俺はそのままトカゲの背を踏みつけ、魔力糸を引っ張りあげた。
エビぞりのようになったノドに投げナイフを刺すように叩きこみ、わずかにできた傷に七星護剣・火を差し込んだ。
火属性同士、相性はいいだろ!
あわよくば七星護剣がブレスを吸収してくれるんじゃないか、と思ったが。
現実はそうはいかないらしい。
目の前が真っ白になった。
どうやら行き場を失っていたブレスの炎が七星護剣の属性力を得て暴走したのか、トカゲの体内を巡って爆発したらしい。
スキル『無色』が打ち消され、色と音が戻ってきた世界で炎の色に埋め尽くされた。
つまり。
思いっきり爆発に巻き込まれた。
吹っ飛ばされ、後方の壁に叩きつけられたところで身体が止まった。
「……うへぇ」
幸いなことに切り裂いたノドは天井を向いていて、俺はその後ろ側に立っていたので直撃はまぬがれたようで。
軽く吹っ飛ばされるだけで済んだらしい。
あぶねぇ……正直、死んだかと思った。
耳がキーンとなっていて、何にも聞こえない。
パルが慌てて俺のもとに駆け寄ってきて、思いっきりハイ・ポーションをぶっかけられた。
「――ししょー! 大丈夫ですか、師匠!」
「あぁ~……問題ない」
火傷がハイ・ポーションで治っていく。ついでに、耳がキーンとなっていたのもハイ・ポーションのおかげか、すぐに治った。
神の奇跡。
ありがたい。
「パルは、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。師匠に守ってもらいましたから」
そうか。
なら何も問題はないな、と俺は倒れていた体を起こして座り込む。
ふへぇ~。
ちょっと立ち上がる気にはなれない。
休ませて。
「強かったですね、あのトカゲ」
なぜかパルが膝の上に座ってきた。
仕方がないので、頭をナデナデしてあげる。
「ところで――」
俺は爆風がおさまった床に、ひとり倒れているルビーを見た。
「なんでルビーは倒れてるんだ?」
俺の言葉に反応するようにルビーは顔をあげた。
鼻血を出してる。
なんで?
「い、一度に大量の水を急速に集めたせいで、なんか頭の奥がチカチカ光ってしびれましたわ。魔導書にも限界のような物があるみたいです……あぁ、クラクラするぅ……あと、師匠さんを助けようとして普通に爆発に巻き込まれました」
「そうなのか……いや、すまん。助かった」
シュユの仙術も助かったが、炎を消したのはルビーの魔導書のおかげだ。
的確な判断ではあったのだが、かなり無理をした運用だったみたいで。
かなりギリギリの戦いだったみたいだ。
つくづく、初見の敵というものは恐ろしい。
「大丈夫かエラント」
「一応、問題ない。そっちは?」
問題ない、とセツナは返事をするが……大きく息を吐いた。
「あちちちち、鱗が焼けそうさね」
「火傷したでござる……うぅ……もう少し早く仙術を使えていれば……」
「いやいや、須臾は良くやったよ。あたいの攻撃の練度が低かったねぇ。まだまだ足りないものばかりだ」
ナユタとシュユも大丈夫そうだが、無傷とはいかなかったようだ。
「これはどう考えても帰るべきだな」
ひどい火傷などはしていないが。
ひとつ間違えれば、全滅していたのは間違いない。
ので。
「帰ろう」
満場一致で退却を決めました。
第8階層。
恐るべし……!
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