~卑劣! ここでお別れ~

 丸いフロアの地図を描き終わり、パルとシュユは難しい顔をした。

 ふたりはお互いの地図を覗き込んで、自分の描いた地図と見比べている。

 同じ縮尺を目指してふたりは描いているのだが、やっぱり微妙に違ってくる。

 やはり、円形の部屋を地図にするのは、難しさが際立っているようだ。

 更に――


「私の描いた物とも違いますね……」


 ドラゴンズ・フューリーの魔法使いさんの地図とも絶妙に違う。

 この様子だと魔法使いさんもあんまり自信がないようなので、こればっかりは仕方がない。


「徐々に補正していくしかないだろう。重なったら、その時はその時だ」


 セツナの言うとおり、ダンジョン内で丁寧に書こうとするのは無理がある。ダンジョンの外に出たときに補正していくしかないだろう。

 まさか、ダンジョンに製図に適したコンパスやその他の道具を持ち込むわけにもいかないしな。そんな余裕があるのであれば、一本でも多くポーションを持ち込みたいところ。

 綺麗な円を描くのはあきらめてくれ。

 というわけで、俺たちはそのまま合同で次のフロアを目指す。またしても四人で罠感知をして問題ないことを確かめると、気配察知。

 何かいるような気配は無し。パルもシュユもガラードも気配は感じられない様子。

 それでも警戒する必要はある。

 合図を送り――俺が扉を蹴破ると、ゾロゾロと前衛組が流れ込んだ。

 やはり時間がかかる。

 早々に解散したほうがいいな、これ。

 やっと俺の番、ということで中に入ると――すでに戦闘は行われていた。


「――!」


 どうして戦闘音に気付かなかった!?

 なんだ、と声を発したが。

 それが音にならず、自分の耳にも聞こえなかった。

 無音。

 耳をふさがれてしまったような感覚と、どこか重い空気。

 まるで空気が固まってしまったような空間の中で、前衛が戦っている。

 敵は――人型をしていた。

 オーガのようだが、そこまで大きな身体ではないし、筋骨隆々でもなく、ましてや特徴的なツノがあるわけでもない。

 灰色の肉体を誇示するように上半身は裸。破れたようなズボンを履き、足は裸足。

 手に持っているのは剣は――ロングソードだ。

 それこそ、まるで特徴の無い剣で強そうには見えない。

 だが。

 相手の攻撃の際、そこに打ち込む隙が見当たらない。

 多勢に無勢とも言える状態だ。フロアの中、このモンスターを中心にして全員で取り囲んでいるというのに、ひとつも隙が見当たらない。

 背中を向けていたとしても、こちらの攻撃の『意』に反応してくる。

 強い。

 恐ろしく、強い。


「……」


 いや――強すぎないか?

 これが8階層のモンスターと言われればそれまでなのだが、どうにも奇妙さを感じる。

 なにより、声が出ないこと。

 音が封じられている。

 それと、このモンスターの強さに意味が見い出せない。

 強さと音が結びつかない。


「――――!」


 試しに叫んでみたが、誰にも聞こえている様子はなかった。

 耳に水を流し込まれてフタをされて土で固められたような気分だ。

 そんな状況にも関わらず、ルビーが攻撃をしかけた。アンブレランスの大振りの一撃をロングソードで軽くいなす灰色モンスター。

 グレイ、とでも呼ぼうか。

 恐らくアンブレランスが床を叩いた大きな音が響いているはずだが、それすらも無効化されて聞こえない。

 なんだ?

 どうして『音』を消す理由がある?


「……!」


 ドラゴンズ・フューリーの魔法使いさんと神官さんが困っている。

 そうか。

 声が出せないと魔法が使えないのか。

 魔法使いが使う『自然魔法』や『精霊魔法』には発動させる呪文が必要だ。

 加えて、神官の使う『神官魔法』も呪文という名の『祈り』が必要となる。

 シュユの使う仙術だって、『口訣』と呼ばれる呪文を唱えているもんな。

 声が出ないとなると、それら魔法の発動ができない。

 ならば――


「パル」


 声が聞こえない中で、弟子を呼ぶ。


「はい」


 と、確かに返事が聞こえた――気がする。

 俺はそのままコツンと転移の腕輪を叩き、人差し指と中指を立ててモンスターを指した。

 マグ『ポンデラーティ』は使えるか?

 それを試して欲しくてパルに伝えたのだが、どうやら理解してくれたらしい。

 パルがうなづき、グレイに向かって指を立てた。


「――!」


 アクティヴァーテ、と唱えたに違いない。

 しかし、発動した様子はなかった。

 なるほど――と、考えている間にも前衛組が攻撃をしているが、決定打はない。どれもこれもいなされるばかりで、ルビーなんかは何度も地面を叩いていた。


「?」


 しかし、おかしい。

 反撃してくる様子がない。

 いや、下手に反撃すると隙が生まれて思いっきり後ろから攻撃されてしまう、という状況があるのだが……それでも攻撃の意思のようなものは気迫だ。

 ゼロとは言わないが、極端に少なすぎる。

 なんだ?

 不可解すぎる。


「――」


 と、相談しようと思ったが声も音も出せないのでは相談のしようがない。仕方がないので、愛すべき弟子だけでも伝われ、とパルを呼ぶ。


「なにかおかしい。周囲を探ってくれ」


 聞こえてないけど、口の動きを読んでくれたのか、パルは再びうなづいてくれた。俺と同じくドラゴンズ・フューリーの盗賊であるガラードも奇妙に思ったのか周囲をうかがっている。

 グレイの動きは前衛が封じているような状況だ。

 ならば、今のうちに違和感の正体を看破しておきたい。

 盗賊スキル『隠者』を使って、気配を消す。それに気付いたシュユがこちらを見て、何かを察してくれたらしい。

 同じように周囲を探索してくれた。

 ひとまず部屋の中をうかがう。

 丸いフロアであり、柱のような物は無い。中央にはグレイがいて、それを取り囲むようにして前衛組がぐるりと円形に陣取っている。

 ならば、と壁や床を調べていく。

 真っ白なタイルに違和感――反射の違うタイルのような物は無い。どれここれも綺麗で、塵一つ落ちていないような状況だ。

 逆に言ってしまうと、数十年……いや、百年規模で人が入り込んでいない場所であるので、ホコリひとつ無い綺麗な空間というのもおかしい話なのだが。

 今さらこの部分については例外としておくしかない。

 しかし――周囲の壁や床に罠やそういった類の物は無かった。

 あとは、戦闘真っ只中の中央付近だが……もしも床に何か仕掛けてあるのなら、今ごろグレイが踏んでいるはず。

 と、なると――


「んお」


 パルが袖を引っ張って指をさす。

 それはフロアの天井、中央部分。一見して何も無い――いや、ほんの少しの『違和感』がある。

 たとえるなら、まるで透明の何かがそこにいるような……!


「あれが正体か!」


 もちろん俺の声は聞こえないが、思わずそう叫んでガラードを見た。ガラードも気付いたらしい。さすがだ。パルはシュユの袖を引っ張って再び指をさしている。

 盗賊組が全員で気付いたところで――せーの、とタイミングを合わせて投げナイフを投擲した。

 ぐしゃり、と手応えがあるようなイメージか。

 空中で投擲したナイフが止まる。

 いや、そこにいた透明の何かにナイフが刺さった!


「よし!」


 途端に音が戻り、自分の声が聞こえる。

 同時に今まで戦っていたグレイが消えて、天井に張り付いていたであろうモンスターが落ちてきた。

 それは、目玉に手足のような触手が生えたようなモンスターだった。

 大きさは俺の両手を広げたぐらいか。

 かなりの大きさの目玉がぎょろりと動き、目の刺さったナイフをまばたきのような動きで排除する。

 再び透明になりつつある身体。

 もちろん、そんなことは前衛がゆるさない。


「えーい」


 ルビーを筆頭に、容赦なく各々の武器が振り下ろされる。

 哀れ、と言うべきか。

 ズタズタにされた目玉はその場で転がり、消滅していった。


「はぁ~」


 大きくため息を吐く。


「なんでしたの、今のモンスターは?」

「幻覚かねぇ。まるで本物だったよ」


 ナユタも槍で肩をトントンと叩きながら大きく息を吐いている。

 まるで本物というのも無理はない。

 どうにも攻撃した感覚があったようで、それすらも幻覚の一部だったのかもしれない。


「今のモンスターに覚えは?」

「いや、まったくの初見だ。報告することが山ほど増えていくよ」


 セツナの質問にエリオンは肩をすくめて苦笑している。

 ダンジョンが新しく先へ進めたと同時に、今まで見たこともないようなモンスターと遭遇しているのだ。

 これを報告するだけでも、冒険者ギルドからそれなりのお金がもらえる可能性がある。


「では、それらは任せてしまっても」

「いいのかい?」


 問題ない、とセツナはうなづく。

 名誉とお金はいらない、というよりもセツナは名誉を嫌っているようではある。その証明が白い仮面なのだろうが、その意味はまだまだ分からない。

 逆に目立つように付けている可能性もあるが、それだと名誉欲の無さに説明がつかないしなぁ。

 なんとも謎の多い男だ。

 そんなミステリアスな男に惹かれる女性は多い、と聞くが……


「どうしたんです、師匠?」

「いや、なんでもない」


 まったくもって惹かれている様子の無いパルに一安心。

 嫉妬してしまうと、こう、パーティ崩壊の危機なので。

 イヤですよ、二回もパーティ追放されるなんて。

 しかもパルを置いていっちゃうことになるし。

 泣いちゃう。


「さて、まだ余裕があるが……」


 進むべき扉は、ふたつあった。

 方向的に言うと、まっすぐに進む扉と左方向へ進む扉。


「ここでお別れだな」


 パーティ人数は、やはり6人が良い。

 後衛にいると、つくづくそう思うので。

 安全のためにも、ここで二手に別れたほうが良いだろう。


「ふむ。では、どっちに進むか……どうやって決めようか」


 セツナの疑問に、果たしてエリオンはコインを取り出した。

 豪華にも金貨だ。


「コイントスで決めよう。表か裏か、正解した方が先に決める。というのはどうかな?」

「分かった」


 セツナがうなづくのを確認すると、エリオンは親指で金貨を弾く。

 ランタンの明かりを反射させ、キラリと光るコイン。

 エリオンは落ちてきたコインを手の甲で受け、反対側の手で隠した。


「――裏」


 セツナがそう答えエリオンが手を開けると……


「表だな」

「むぅ」


 本当にこういうの弱いなぁ、セツナ。二択に負けるというか、多数決に負けるというか。

 運が無い、というのとは違うけど。

 なんとも言えない運命論みたいなのを感じる。


「では、こちらへ進むとしよう」


 ドラゴンズ・フューリーは左手に進む扉を選んだようだ。


「ふむ。拙者たちはこっちか」


 俺たちはまっすぐの扉。


「次にまた会った時はよろしく頼む」


 彼らとはここでお別れ。

 さぁ。

 気合いを入れなおして、8階層の探索を進めよう。

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