~卑劣! 地図担当者は悲鳴をあげる~

 ダンジョン内には複数の世界があり。

 階段を降りる、通路を進む、扉をくぐる、それごとに別の世界へ移動することになる。


「単なる迷宮ではなく、世界すらも迷わせる空間なのでしょう」


 ルビーの説明に一同は、う~む、と考え込んだ。

 確かに納得する理論ではあるのだが――


「そこまで物凄い物を、果たして本当に作れるのか? 神の所業でさえも越えている気がするぞ?」


 セツナの言葉にドラゴンズ・フューリーの魔法使いさんもうなづく。


「世界を移動するなんて。つまり異世界を渡り歩いていることになります。それは、下手をすれば二度と元の世界へ戻れないということではないでしょうか?」


 確かに。

 ダンジョンAからダンジョンBに移動することができる

と考えれば、初めに自分たちのいた地上Aに戻ることができるのだろうか?


「帰れていないかもしれませんわよ。だって、ダンジョンにいる間にわたし達は地上のことを何も知らないのです。地上Aが地上Bに変わっていようが、その観測した結果がわたし達にとっての地上Aなのですから」


 そう言われてしまったら、そう思えてくるが。

 俺たちの知らない間にも世界は動いている。それはいつだって異世界へ移動している、ということに近いような感じか。

 ただし、そこまで大きな移動を起こさないのだろう。

 もしも『勇者パーティを追放されなかったら』という異世界に迷い込むことは起こりえない程度の変化。

 地上Bや地上Cに異世界移動したとしても。

 地上αや、地上βには異世界移動しない。

 そう言えるだろうか?

 難しいところだ。


「それが恐ろしいのであれば、迷宮探索はやめることです。いつか帰れなくなってしまいますわよ」


 うふふ、とワザとらしくルビーは笑った。

 まったくもって意地の悪い。


「ダウトだ、ディスペクトゥス・ラルヴァのお嬢さん」

「あら、なぜかしらドラゴンズ・フューリーのドワーフさん」


 ドワーフさんが、ふむ、とうなづいてから答えた。


「もしもそれが真実であれば、地上から見ている者にも同じことが言える。ダンジョンから帰ってきた者が別人になっている可能性だ。人生経験がその人間を作り上げる。もしも、別の経験をしているのであれば、それは最早別人と言えるだろう」

「……なるほど、確かに。あなた天才って言われません?」

「いま初めて言われたな」


 ハッハッハ、とドワーフさんは豪快に笑う。

 確かにドワーフ氏の言うとおりだな。

 ダンジョンの中で異世界に渡り続けるのであれば、地上Aから見れば、地上Bからダンジョンを経て戻ってきた者がいることになる。

 ダンジョンから戻ってきて人が変わった、なんて話は――まぁ、聞いたことがない。

 ただし、仲間を失ってひとりで逃げてきた、とかそういうショックで人が変わってしまった話は五万とあるが。

 そういう意味ではないので、確かにドワーフ氏の言うとおり『ダウト』の可能性も高い。


「う~ん、自信があった理論ですけど。残念ですわ」

「間違いではないんじゃないかな。無事に地上に戻れるというだけで。例えばだが、入口の巨大な門だけは地上Aに固定されているとか」


 リーダーたるエリオンの話に、それだ、と全員で納得する。

 そう考えれば、一応の辻褄は合う感じか。

 もっとも――


「これが分かったところで、攻略には何の役にも立たないが」


 俺の言葉に、全員が肩をすくめたのは言うまでもない。


「さて、どうしますかな。このまま人類最初の一歩を全員で進むか、それとも順番を決めるか」

「せっかくだ。最初のフロアは全員で進もう」


 というわけで、ドラゴンズ・フューリーといっしょに進むことになった。

 さすがに最初の扉をくぐるだけで、別の世界へ移動することにはならないだろう。


「では」


 というわけで、俺とパルとシュユとドラゴンズ・フューリーの盗賊であるガラードとの四人体制で扉をチェックする。


「多すぎないか? というか、1パーティに盗賊職が3人ってどういうこと?」


 今さらなツッコミをガラードから受けた。

 パルはケラケラと笑いながら罠探知をするので、ガラードも笑って探知を続けた。

 はい。

 変なパーティなんですよ、俺たち。


「問題はないな」


 ガラードの言葉に俺たち三人はうなづく。

 一流パーティの攻略組である一流の盗賊がそう言うのだ。

 異を唱える材料もないので、素直にうなづく。

 続いて気配察知。

 これも全員でやっていると……妙なおかしさがこみ上げてくる。


「やっぱり多すぎだろう」


 だって四人で扉に耳を当ててるのは、なんか変だ。

 まぁ、幸いにも目立ったような気配はない。ここまで大勢で押しかけているので、むしろ中で待つモンスターにバレているような気がしないでもないが。


「そういえば、部屋の中でモンスターが待ちかまえているのも変だと思ったことがあるが、ルビーの理論だと納得できるのか」


 この扉の先が別の世界というのならば。

 ダンジョンに入りなおしたり、進んだりするたびに同じ部屋に別のモンスターや罠や宝箱が出現していても、まぁ、おかしくはない。たぶん。

 もっとも。

 どうして深くなるほどにモンスターの強さが上がるのかは、謎だ。

 闇と人の気配が無いことが、モンスターの発生条件でもある。深い場所ほど人気が遠くなるから、強力なモンスターが発生してしまう、とも考えられるが……

 まぁ、それも答えを得たところで攻略には繋がらないので別にいいか。

 さて誰が扉を開けるか。

 視線でガラードが訴えてくるので、俺に決まった。

 問題ないか、と後方を見る。

 オッケー、とエリオスが指で示したので――カウントダウン。指の数を減らしていき、ゼロのタイミングで扉を蹴破った。

 なだれ込む前衛組。

 遅れるように後衛組が入ったが――なるほど、これだけでも前衛とそれなりに時間が開いてしまう。

 援護が遅れてしまうので、やっぱり6人パーティがちょうど良いのかもしれない。

 幸いなことに、この部屋にはモンスターがいなかった。

 その代わり、地図担当が悲鳴をあげる。


「うげっ!」


 と、一番汚い声をあげたのは、我が愛すべき弟子です。

 お恥ずかしい限り。

 でも、そんな汚い悲鳴をあげちゃうパルもカワイイので、全人類は許してあげて欲しい。

 いや。

 全人類が許さずとも、神が否定しようとも。

 俺だけがパルを肯定しよう。

 その汚い声。

 いいね!


「丸い部屋だわ……」


 ドラゴンズ・フューリーの地図担当をしている神官さんが声をげんなりとしながらつぶやいた。

 丸い部屋。

 ただでさえ円は地図に描きにくい上に、バランスを取るのも難しい。

 加えて――


「真っ白で把握しにくいでござる」


 ぐぬぬ、とシュユちゃんもうなっている。

 嫌がらせのような空間になっているようだ。

 ひとまず地図を彼女たちに任せて、俺とガラードのふたりでフロアの中を探索する。

 というのも、いくつか柱が立っており、フロアの壁に沿うように並んでいた。

 何かしら意味があるのかもしれない。

 ふたりで丁寧に罠感知を含めて探索していく。


「おっと」


 そんな感じで見ていくと、柱の影に宝箱を発見した。

 あまり大きくはなく、手で持てるくらいの大きさ。なにやら装飾がなされた箱で、今までは無かったような……それこそ『宝箱らしい宝箱』という感じ。

 宝石箱、と形容できなくもない。

 そんな宝箱が柱の影にあった。


「来てくれ」

「どうした?」


 ガラードを呼んで見てもらう。


「宝箱だな」


 弱ったなぁ、とふたりでシブい顔をした。

 別に罠があるから困った、というわけではない。

 よりにもよって、合同で行動しているときに、見つけてしまった。きっちり山分けできるものじゃなかったら、確実にモメるであろう物が出てきたらイヤなので――弱ったなぁ、である。


「無視をする、という手もあるぞ」


 後ろからやってきたセツナがそう言ってくる。


「ふむ。だがしかし――」

「目の前に宝があるのに、無視というのも――」


 俺とガラードくんの意見は合致した。

 こういう時の盗賊って、どうにもこういう意見になりがち。


「もしかしたら、同じ物がふたつ入っている可能性もある」

「なんなら金貨が偶数枚の可能性もあるからね」


 うんうん、とふたりでうなづきあったのを見て、セツナとエリオンが肩をすくめて苦笑した。

 つまり、リーダーからの許可が出たということで、俺たちは早速罠感知を進める。


「問題はこの小ささだよな」

「あぁ。床に固定されているわけではなさそうだ」


 逆に言えば、大掛かりな罠が仕掛けられている可能性は低い。と、思わせて、のパターンもあるので注意は必要だ。

 というわけでガラードといっしょに基本的な罠感知を終わらせ……宝箱へと近づいた。

 周囲に仕掛けらた罠や振動に反応する罠は無し。

 続いて宝箱の縁からナイフを刺し入れて確認しても……反応は無い。


「罠無しか?」


 ガラードの言葉に、そうかも、と返事をしつつ――せーの、で宝箱に触れる。

 その瞬間――


「うわぁ!?」


 俺たちの手首をつかもうと、真っ白な腕が宝箱から飛び出した。

 ぐにょん、と伸びてくる真っ白な手から逃げるように俺たちは退いた。それでも、白い手は追いかけるように伸びてくる。


「くっ!」


 罠解除用に持っていたナイフを振るう。攻撃の手応えは無かったが……それだけで手は霧散して、消えてしまった。

 魔力というよりも、まるで霧で作られたような手だった。


「な、なんだったんだ……」


 ダメージも無いし、体に影響もない。

 どうやら触れれば発動するタイプの魔法的な罠だったようだが……あの白い腕に捕まれたらどうなるのか。試すわけにもいかず、なんとも不気味な結果になってしまった。


「では、お楽しみの中身ですわね」


 白い手なんかにまったくビビらないウチの吸血鬼さまは、平気で宝箱を持ち上げる。

 まだ罠があるかもしれないのに、パカっと開けてしまった。

 どうやら何も仕掛けられてなかったみたいで、問題なかったが。


「危ないので、やめろ」

「はーい」


 やめる気がまったくない返事をしつつ、ルビーは中身を取り出す。


「ネックレスと指輪ですわね。これは宝石でしょうか?」


 装飾品らしいネックレスと指輪。

 その両方に小さいながらも宝石が付いていた。

 それなりに高価に見えるので、価値は高そうだ。


「……何かしらの魔力を感じます。マジックアイテムかも」


 魔法使いさんが言う。

 ならば――


「どちらにします?」


 ネックレスと指輪。

 どっちのパーティがどっちをもらうか。


「開けたのは君だ。その勇気に敬意を評して、君から選ぶがいい」


 エリオンがそう言ったので、ルビーが先に選ぶことになった。


「では、ネックレスをもらいますわ。こちらはあなたに」


 ふむ。

 どうやら無事に揉めることなく決まったようでなによりだ。

 もしかして。

 そのために勇んでルビーは宝箱を開けたのだろうか。


「うふふ、見て見て師匠さん。わたしに似合うかしら?」

「――いや、その可能性はないか」

「え!? そんなに似合いませんの!?」


 あ、ちがう。

 ごめんごめん。

 考え事が口に出てしまった。


「似合うけど、装備するのはやめてくれ。呪われていたら大変だ」

「愛の呪いですわね。わたしのことを愛さずにはいられない」

「嫌われる呪いかもしれんぞ。誰もがルビーを嫌いになる」

「……想像しただけで心が折れました。ひとりぼっちはイヤです」


 ふざけて装備しないように、と注意したつもりだが。

 思いのほか、ルビーには効いてしまったようだ。

 嫌わない嫌わない、と俺はルビーの頭を撫でてやる。

 というわけで。

 先へ進もう。

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