~卑劣! 地下8階層と並行世界~
黒い妖精種を無事に倒した。
無傷で倒せたのは僥倖、と感じる強さ。なにより初見のモンスターは何をしてくるのか分からず、そこを切り抜けられたのは大きい。
ルビーのありがたさをイヤでも痛感する。
もう盾役というよりかはオトリになりつつあるのが、なんというか、ちょっと申し訳なさのような気もするが。
本人が率先して敵に突っ込んでいくのでどうしようもない。
そんなルビーは考え込むように妖精種の落とした金の前で腕を組んで考え事をしているようだ。
「どうした? なにか問題でも」
金におかしなところでもあるのだろうか。
覗き込んでみるが……どこにも変なところはない。
むしろ、かなりの大きさだ。感覚的には親指大くらいかな。換金すれば、これひとつでかなり余裕が出そうでもある。
もっとも。
この強さの敵を相手するのであれば、地下6階のモンスターを相手にしたほうが効率が良い。
一戦の重みが違うというか……油断しなければ大丈夫、みたいな敵とは違って。今回の敵は、油断しなくても危ない可能性があった。
それくらいの差を感じた。
ここまでの強さとなると……仮にだが地下10階層とか行ってしまうと普通に四天王レベルのモンスターとか出てきてもおかしくはないんだが?
いや、そもそも次の階層である8階の敵すら危ういかもしれない。
「決めました」
ルビーがつぶやく。
何を決めたんだろうか?
戦闘方針でも変えるんだろうか。そうだよな、このままだといずれ大怪我ではすまないレベルになる。
だったら、しっかりと話し合いたい。
「ふむ。話してくれルビー」
「積極的に聞いてくださるのですね、師匠さん。やはりわたしの愛するお方。素晴らしいですわ」
「当たり前だろ」
みんなの命に関わることだもん。
ちゃんと聞くさ。
「では発表します」
「おう」
「さっきの妖精種の名前は『ダーク・フェアリー』と呼称することにしました!」
「かいさーん」
シリアスに考えて損した!
「あ~ん、何でですか何でですか。名前って大事ですのよ!」
「いや、まぁ、そうだけど。真面目に考えて損した」
「えー!?」
そんな吸血鬼とやり取りしている間に、他のみんなはフロアの探索を終えたようだ。
参加できなくてごめんなさい。
「罠は無さそうでござる」
「あたしも見つけられなかったから、大丈夫そう」
ありがとう、パルとシュユ。
シュユちゃんを撫でるとセツナに怒られるので、パルだけを撫でておく。イイ子イイ子。ぐりぐりぐりぐり。
「うへへへ~」
だらしなく笑う弟子もカワイイなぁ~。
「で、地下8階への階段ってわけか」
「そうだな」
罠は無かったが、先へ進む階段はあった。
いよいよ本格的な人類未踏の地とも言える。
ナユタとセツナが見下ろしているのは、階段の先。
もちろん、人間種がまだひとりも辿り着けていない深層だ。
ここから先は、本当の意味で地図ひとつ無い。階段の途中でさえも罠に気をつける必要がある。
「行けるか?」
「その予定だからな」
セツナの言葉にうなづく。
探索と戦闘の疲れはあるものの、当てなくさまよう状態ではなく、しっかりと目標があったので、精神的にも肉体的にもまだまだ問題なし。
地下8階層の様子見くらいは充分にできる体力だ。
「階段にも罠がある可能性がある。気をつけてくれ」
というわけで、人類未踏の地を一番手に歩くことになった。
果たしてこれは名誉なのかどうか。
微妙なところだな。
ランタンとたいまつの明かりで階段を照らす。
どうやら階段すらも白いタイルで覆われており、より入念なチェックが必要そうだ。
「骨が折れるな」
「がんばりましょう、師匠」
「シュユも手伝うでござる」
いつものように三人体制で罠感知をしながら階段を下りていった。
「階段の罠ってどんなものがあるんですの?」
興味があったのか後ろでルビーが聞いてくる。
「面白いのだと、スイッチになってる段を踏むと段差がナナメになりすべり台になる罠があったな」
「え、面白そう」
面白がらないでくださいパルさん。
「滑った先の階下で串刺しが待ってるけど、いいのか?」
「うわぁ。途中で止まれないんですか?」
「頑張れば止まれる。むしろ指の爪を犠牲にして、何としてでも止まれ」
串刺しになるよりはマシだ。
というわけで、雑談をしつつもしっかりと罠感知を済ませて下りていき――俺たちは無事に地下8階層へと到着した。
「お~」
パルが声をあげて部屋の中を見る。
地下8階。
そこは――
「あんまり変わらないねぇ」
地下7階と同じ白いタイルで覆われた部屋だった。タイルの材質も同じで、特に変化は見られない。
ほう、と吐く息が白い。かなりの寒さになっているようだが……マグのおかげで苦痛を感じないので助かった。
しかし、息の白さを見るとかなり気温が下がっていることが分かる。もしかしたら地上でも気温が下がってきているのかもしれないな。
黄金城は北方に位置しているし、魔王領にも近い。
気温が下がってくる冬の訪れはそれなりに早く、地下の気温もいちはやく下がるのかもしれない。
詳しくないので分からないけど。
ドワーフに聞いてみるのが一番かもしれないな。
もしくは冬に関する神さまの神官に聞くのもいい。神殿区に行けば聞くことはできるだろうが……どちらかというと学園都市に行ってナーさまに聞くのが一番手っ取り早い気がする。
転移の腕輪という贅沢品を手に入れてしまうと。
取れる方法も贅沢になっていくなぁ~。
なんて思いつつ。
地下8階層最初の部屋の探索を始めよう。
「パルとシュユは地図を描いてくれ。俺は部屋を調べる」
安全を確保するまで無駄に動かないように、と伝えてから俺は部屋の中を調べる。
階段がある壁の対面には次へ進む扉。
それ以外は何も無い、真っ白なシンプルな部屋だ。
特に特徴もないので無駄に壁を触ったり心配する必要はないが……地下7階層の仕掛けが難しかっただけに、この地下8階の入口とも言える部屋にも何か仕掛けがある可能性は否めない。
ここから先は更に進行速度が遅くなるだろうな。
まったくもってマグを作ってもらっていて良かった。
そうじゃないと、もっともっと苦戦していたに違いない。
なんて考えつつ部屋の中を調べていると――
「ッ、警戒!」
階上から人が降りてくる気配と靴音。
後ろからモンスターの奇襲か!?
こっちだ、と全員で先へ進む扉側へ移動し、階段を警戒していると――
「おぉ、ディスペクトゥス・ラルヴァが先に来ていたか」
階段を降りてきたのはドラゴンズ・フューリー達だった。
はぁ~、と俺たちは大きく息を吐く。
まさか背後からモンスターの襲撃があるのか、と驚いたわけで。
もしもこの部屋に敵がいたとしたら、地下7階からの敵と挟み撃ちにされてしまう。
それはどう考えても死に直結しているような話であり、そうじゃなかったことを神に感謝したいくらいだった。
「驚かせてすまない」
どうやら、偶然にも8階層で出会うことになったようだ。俺たちが一歩早かったらしく、少しだけ悔しそうではあるが。
「無事に進めてなによりだよ」
リーダーのエリオンがほがらかに笑う。
「しかし、不思議ですね。恐らく同じような時期に同じ場所にいたと思いますのに」
魔法使いさんが疑問を口にする。
確かに。
多少の差はあれ、俺たちは確実に同じ場所にいた。
それでお互いに気付かない、なんてことは無理のある話だろう。
行き違うかのような差であっても、気配を気付かせないようなことはあるのだろうか?
なにより――ほんの近くまで降りてくるまで、彼らの存在に気付かなかった。
一流の盗賊である彼……ガラードという名前だったか。彼ひとりが気配を消している状態だったならまだ分かるのだが、全員の気配に気付かなかったのはちょっとおかしい。
「ふむふむ。おそらくですが、空間がズレているのではないでしょうか?」
ルビーの言葉に全員が注目する。
「あくまで仮定の話ですが……わたし達はダンジョン地下7階Aにいました。ドラゴンズ・フューリーはダンジョン地下7階Bにいた。内容は同じでも、空間は別です。そして偶然にも地下8階Cに繋がったので、出会うことができた」
理屈は――なんとなく分かる。
「そんなことは可能なのか?」
セツナの質問にルビーは、肩をすくめつつも答えた。
「わたしも学園都市の本で読んだだけですわ。もしも、の世界のお話です。ちゃんとした学問ですのよ」
「もしもの世界?」
「はい。パル――パルヴァス・サティス。あなたが師匠さんの弟子にならなかった世界もありますし、わたしが学園都市にいなかった世界もあります。ひとつの選択を変えるだけで、世界は大きく変化するでしょう」
確かに、と俺はうなづく。
もしもパルを弟子にしていなかったら。
恐らく、俺は今でもひとり盗賊ギルドの一員として暮らしているだろう。こんなところでダンジョン攻略していたとは思えないし、なによりルビーとも出会えていない。
加えて、勇者パーティにも二度と会う事はなかっただろうし、勇者を若返らせることもできなかった。
……そう考えると、パルとの出会いはどこか運命づけられているような気がするな。
精霊女王さまの導きか何かなんだろうか。
う~む。
なんにしても。
あらゆる選択をしてきた結果、俺たちは今、ここにいる。
そういうことだ。
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