~卑劣! ロクでもなく素晴らしくもない人間~

 ドラゴンズ・フューリーと情報を擦り合わせた結果。

 どうやら、攻略組も同じく『あの壁』の謎は解けていないようだ。


「地図を見る限り、あの壁の先に地下8階への階段があると思われるのだが」


 ふむ、と顎に手を当てて思考を巡らせるセツナ。

 ドラゴンズ・フューリーのリーダー、エリオンはそんなセツナに少しだけ言いにくそうに質問した。


「ところで、その……これは一体どういうことなんだ?」


 エリオンの視線の先には四つん這いになっているふたりの男。その男たちを椅子にして座っている女王陛下――ではなく、吸血姫さま。

 ルビーは、ふふん、と自慢気に薄い胸を反らすようにして笑った。


「わたしの魅力にかかれば、男のひとりやふたりを虜にするなんて赤子の手をよちよちと撫でるようなものですわ」


 そこはひねれよ。

 いや、ひねるのは可哀想なのでよちよち撫でるのは分かるけど。

 簡単という意味の『たとえ』になっていないぞ、吸血鬼。


「まぁ、気にしないでくれ」


 セツナも無理難題をサラっと伝えている。

 エリオンの口が引きつっているように見えた。


「どういうことなんですか?」


 そんなリーダーにかわって、こそっと質問してきたのは魔法使いさん。女性がこっそりと顔を近づけてきたのでパルが俺の代わりに答えた。

 嫉妬する弟子もカワイイなぁ。


「ルビーがアホなので、可愛そうに思ったこの人たちが付き合ってあげてるんです」

「ちょっと、聞こえてるわよバカパル」


 バカパルって、ちょっと語呂がいいな。そういう名前みたいだ。この世のどこかにはそんな名前の人がいそうな気がする。


「ちょっと『お願い』しただけですわ。あなた方も、かわいい女の子にお願いされてしまっては、仕方がないなぁ~、と聞いてしまうでしょ?」

「分かるけど分からないわ」


 正直な魔法使いさんだった。


「はぁ、仕方ありませんわね。妙な噂が立っても困りますのでお教えしましょう。え~っと、あなた達に説明しやすいのは……これでしょうか」


 ルビーは背中から魔導書『マニピュレータ・アクアム』を取り出した。

 もちろん、背中に持っていたわけではなく影の中から取り出したんだろうけど。しかも、明らかに分厚い魔導書なので、どこに隠し持っていたんだ、と逆に気になるところ。

 そんな疑問を払拭するように、ルビーは自信満々に語り出す。


「魔導書はご存知でしょうか? いえいえ、バカにしているわけではありません。物事には大前提の説明というものがありますわ。いわゆる導入です。はい、というわけでわたしの趣味は魔導書を収集することです」


 そう言って指先に水の玉を集めた。


「このとおり、魔力を消費することなく魔法を使えるのです。単なる力任せの戦士と思って侮った馬鹿な男を『魅了』の魔導書で傀儡化しただけに過ぎませんわ」

「それは……本当かい?」


 エリオンが、信じらない、という表情で聞いてくる。

 はい。

 嘘です。

 だが、嘘にはほんの少しの真実を混ぜればいい。

 ルビーが魔導書を持っているのも事実だし、魅了の魔眼を持っていることも事実だ。

 他はすべて嘘だけど。


「概ね事実ですわ。わたしの胸は小さいけど」


 オオムネってそういう意味じゃないぞ。


「あぁ、残念だ」


 ドワーフ戦士が答えた。 

 正直な男だ。

 というか――


「ドワーフの女性ってあまり胸の大きいイメージが無いんだが……」


 思わず聞いてしまった。

 ドワーフ戦士は大きくうなづく。


「だからこそ、胸の大きい女性が好きだ」


 堂々と答えた。

 そして、魔法使いさんと神官さんに思いっきり頭を叩かれてる。もちろん装備品があるし、なによりドワーフの屈強な戦士。この程度の攻撃ではビクともしていない。


「なんにしても、魅了が本当ってことは……情報を聞き出せるかい?」

「もちろんですわ。何を聞きます? 初体験の思い出から恥ずかしい秘密まで、なんでも話させることができますわよ」


 なんだその短い範囲の『なんでも』は。


「だったら、何でもいいのでダンジョンに関する知識を話させてくれ」


 エリオンの頼みにルビーはうなづき、男たちに命令する。

 限定していない『ダンジョンに関して』の話を男たちは、まるでウワゴトのように話はじめた。ただし、残念ながら先ほど聞いた情報ばかりで新情報は含まれていない。


「どうして地下7階の話を聞かないんです?」


 パルがこっそりと聞いてきた。


「簡単な話だ、パル」

「なんですなんです?」


 俺もこっそりと返事したので、なんだかナイショ話をしているみたいだ。パルのテンションが妙に上がってしまっているのはそのせいだろう。かわいいヤツめ。


「限定しない理由だが……攻略組以上に地下7階を知っているわけがないだろ」

「あ、確かに」


 ましてやトップチームと言われているドラゴンズ・フューリー。

 彼らが知っているダンジョンの知識以上の物が、単なるおぼっちゃんの御守で来ているこいつらから出てくるとは思わない。


「じゃぁ、なんで聞いたんです?」


 セツナも聞いたし。

 ドラゴンズ・フューリーも聞いた。

 ならばそこに意味はあるはず、とパルは考えたらしい。

 偉いえらい。

 小さな情報を得て、そこから推測を広げるのは良いことだ。


「思わぬ物を持っているからだ」


 なんですかそれ、とパルは首を傾げた。


「簡単な話さ。パルだって俺が知らないことをたくさん知ってるだろ?」

「え~、そんなのひとつも無いですよぅ」

「食べられる虫とか」

「あぁ~。アリって苦いのとスッパイのがいるのは有名ですけど、甘いのもいるんですよね~」

「へ~……」

「なんで引いてるんですか、師匠!?」


 いや、ごめん。

 苦いのとスッパイのがいるのって有名なんだ。俺、知らなかったよ。甘いアリどころのレベルじゃなかったよ。


「とまぁ、こんな感じで案外と知らない事実も多いわけだ」

「ほへ~。ナユタさんはそういうのある?」

「え、あたい?」


 突然話を振られたナユタがびっくりしてた。

 ちょっと笑っちゃった。


「あたい、虫を食べるのはちょっと……」

「倭国でも食べないんだ」

「イナゴを食べる地域もあるけど、あたいは苦手だなぁ」


 うへ~、と舌を出すナユタ。


「どっちかっていうと、海産物を食べる文化だな倭国は。島国だし」

「ドラゴンって何食べてるの?」

「ご先祖様は人間を食べてたなんて言われるけど、ありゃ眉唾だな」

「あ~、えっちな意味だったんだ」

「ちがっ……おい、エラント」

「今の俺が悪いの!?」


 もう、パルパルさん!

 なんでもかんでもえっちな意味に捉えると、頭が吸血鬼になってしまうぞ。


「ごへんひゃはい」


 パルのほっぺたを左右に伸ばす。

 やわらかくて、むにむにして、ブサイクになった顔もカワイイ。

 完璧だな、この美少女。


「龍が食べてたのは、基本的には野菜と肉、米に魚って具合……かねぇ」

「ほへ~、見たことあるの?」


 ちょっと赤くなったほっぺをムニムニと撫でながらパルは聞く。


「いんや。ただの予想。あたいら半龍族といっしょに生活していたのなら、食事も同じじゃないか、と思ってね」


 なんて話をしている間にも、ふたりの男はペラペラと話していく。

 そのどれもが取り留めのない物であり、有益な情報は無さそうだ。あまり探索に力を入れているわけではないので、主にどのモンスターを狩るのが効率が良いのか。

 そういう話ばっかりのようだ。


「やはり、無益か」


 セツナは肩をすくめる。エリオスも苦笑しているので、同感のようだ。

 と、そこへ――


「おらぁ! どういうつもりだおまえら!」


 問題児がやってきた。

 デレガーザくん14歳。

 今日も元気に不平と不満を周囲に振る舞いているようだ。

 悪ぶっているのがカッコいいと思っているのかもしれない。

 そんな悪ぶってるのがモテるのは若い内だけだよ、デレガーザくん。

 もしも悪い人間がモテモテになるのなら、今ごろ山賊は超人気職業になっているはず。山賊にさらわれた女の子も、めっちゃ喜んでいるはずだろう。

 だが、そうはなっていない。

 それが世界の真実だ。

 はやく気付いてくれデレガーザくん。

 物珍しさに周囲の人間がこっちを見ていたが、デレガーザの登場により途端に視線を外して他人のフリをするのは、普段の行いの悪さがうかがい知れるというもの。

 まったくもって、恥ずかしい限りだ。


「ひざまづきなさい」


 もっとも。

 そんな悪行も今日で最後、と言わんばかりにデレガーザくんはルビーの言葉を聞いて平伏した。

 額をこすりつけんばかり、とはこの事か。無言で土下座をするデレガーザ。

 同じく、彼の後ろに従っていた他のダイス・グロリオスのメンバーも膝を付いている。

 ……デレガーザだけ扱いがアレなのは、ルビーもちょっと思うところがあるらしい。

 こういうのを尊厳破壊というのだろうか。

 もう二度と、地下街にはいられないかもしれないデレガーザくんの土下座姿は、周囲に思いっきり披露された状態になっていた。


「よろしい。ついでですので、あなた達もダンジョンについて話なさい」


 ちょうど良かったわ、とルビー。

 ドラゴンズ・フューリーの皆さんも、若干引いている。

 そんな周囲の反応にはおかまいなしにベラベラと話し始めるダイス・グロリオス。全員が一気に話し始めたので、聞き取るのが大変だ。

 まぁ、内容は似たり寄ったりで得に有益な物は無さそうだが――


「ん、今のをもう一度話させてくださいませんか」


 魔法使いさんが何か気付いたのか、引っかかったのか。

 ルビーにお願いした。


「もう一度、今のところをゆっくり話しなさい」


 ルビーの命令にデレガーザくんはハッキリとうなづきながら答えた。


「ハイ。地下6階の柱の罠。あのボタンを押して扉を開錠する罠は十回以上間違えているボタンを押しても扉は開きます」


 なんだそりゃ?

 正解のボタンを押さなくても扉は開くってことか?

 いったい、なぜ?


「そもそも何故そのようなことを?」


 罠の仕様も気になるところだが、ルビーはそれを実行した理由を聞いた。

 確か、間違えたボタンを押すと天井が下がってきたはず。

 間違えたボタンを連打したってことは、逆に考えると自殺しようとしたようにも思えるが……


「気に障ったヤツを殺そうとしただけです。潰れた姿を笑ってやろうと思いました」


 ――悪趣味な話だった。

 露悪的な話だった。


「この――!」


 そんなデレガーザの頬をルビーは叩く。

 パチーン、と大きな音が周囲に響いた。


「わたし、人間は大好きですけど、人間のことが嫌いな人間は大嫌いです。虫以下の行いです。恥を知りなさい。いいえ、人間を知りなさい、この愚か者」

「はい」


 粛々とうなづくデレガーザ。

 しかし――


「落ち着けルビー」


 俺はそう声をかける。

 拳を握りしめているのが分かった。本当に怒りを覚えているようだ。

 割りとマジで怒ってるルビーは、初めて見るな……


「すいません。つい、手を出してしまいましたわね」


 ルビーが本気で殴った場合、どうなってしまうのかは理解している。なにせ、俺の腹がちぎれかけたので。

 デレガーザの首が無事な以上、理性的にキレた上での一撃だろう。

 上に立つ者としての行動だろうか。

 これこそ、支配者としてのルビーの姿なのかもしれない。


「申し訳ありません。ですが、次にまた同じことをすれば、あなたをその者と同じ目に合わせた上で処理します。よろしいですわね」

「はい」


 果たしてデレガーザの答えたハイとは。

 眷属化によって言わされたのか。

 それとも、本当にハイと答えたのか……

 どちらにせよ。

 このロクでもない少年は、ロクでもない大人になるところだったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る