~卑劣! 迷宮の支配者さま~

 地下街の外れ。

 ルビーの残した意味がありそうで実はまったく意味の無い言葉が刻まれた場所へと、俺たちは転移で戻ってきた。


「ふぅ」


 安全地帯とは言え、まだダンジョンの中。

 真の意味では、油断ならない場所ではあるが。

 地下七階よりはよっぽどマシな環境と言える。


「宿でも取ります?」


 ルビーの言葉にセツナは首を横に振った。


「それだったら、初めから地上に転移している。今回は情報収集に加えて『見せる』のが目的だからな」

「どういうことです、セツナっち?」


 絶妙に眉をしかめつつも、セツナっちは説明してくれる。


「いやなに。ずっと転移で移動しているだろう? たまにはこうして姿を見せておかないと、怪しまれると思ってな」


 それは確かに、と俺もうなづいた。

 黄金城の迷宮における特性では、ダンジョン内で他の冒険者に出会うことはほとんど無い。

 もちろんゼロとは言わないが、地下七階まで行ってしまうと冒険者が少ないだけに、出会うのは不可能と言える状態だろうか。

 なので、俺たちが本当に攻略をしている、という証拠や証明はマジで無い。

 もちろん地下7階の正しい地図という証拠はあるし、それなりの金を持ち帰っている、という証明はあるが。

 だからこそ、逆にこういった場所で姿を見せていないと怪しくなってしまうわけで。

 普通に冒険してますよ~、という姿は見せておいて損はない。

 ただでさえ怪しい仮面の集団だしな。


「なるほど、目立てばいいのですね」


 ルビーはパチンと指を鳴らした。


「なにしたの?」

「階段付近でわたし達を見張っていた眷属を呼びつけました。好きに命令してもいいですわよ、パル」

「あ~、あの人たちか。『ダイス・グロリオス』だっけ」


 多感なお年頃のデレガーザをリーダーとした、御貴族さま冒険者一行だ。

 ルビーが全員が眷属としておいた、と言っていたので、そのメンバーを呼びつけたのだろう。

 しかし、俺たちを見張っていたのか。

 仕返しでもするつもりだったんだろうけど……残念ながらお前が相手をしようとしているのは魔王四天王のひとり、知恵のサピエンチェだ。

 今のところ、勇者ですら勝てない相手。

 十四歳のお多感なボーイでは、どうあがいても勝てないだろう。

 もちろん。

 お多感じゃなく立派な大人になった俺でも勝てないが。

 ……立派?

 俺、立派な大人を名乗っていいんだろうか?

 う~ん?


「呼びつけてどうするつもりだい? 悪趣味なのは、あたいは好かないよ」

「悪趣味な相手でも、それを言うのですかナユタ」

「相手と同じところに堕ちる必要はないさ」

「確かに、そのとおりですわね」


 そんなことを話しながら俺たちは中央広場へと移動する。

 相変わらず冒険者の休憩所みたいになっているので、さまざまな冒険者たちの視線が向けられるが――そんな中で、ふたりの男が膝を付いて俺たちを出迎えてくれた。


「「おかえりなさいませ、ルビーさま」」


『ダイス・グロリオス』に所属している盗賊職と神官職と思われるふたりの男が丁寧にルビーの名前を呼んでいる。


「おい」


 ナユタがギロリとルビーを見た。


「悪趣味ではないでしょう」

「いや、そうだが……あ~、なんて言ったらいいんだ?」


 ナユタんがガシガシと頭を掻きながら俺を見る。

 言いたいことは分かる。

 でもすいません。

 こっち見ないでください。

 俺は悪くない。


「悪趣味だったら、どんなことさせてたの?」


 パルが悪趣味な質問をしている。

 やめなさい、愛すべき弟子よ。

 下品が感染する。


「ひとりを椅子にして、もうひとりを足置きにしていたかしら」


 なにそれご褒美じゃん。


「師匠」「ご主人さま」


 パルとシュユの声が重なった。

 ごめんなさい!

 でもさすがだセツナ。

 おまえとは運命を共にできる!


「こ、こほん。え~、ルビー殿? その人たちから情報は聞き出せますか?」


 セツナが誤魔化すように商人モードになった。

 ちくしょう、いいなぁ。

 俺も欲しいなぁ、商人モード。変装スキルとかぜんぜん持ってないんだよな。前に怪しいメイド教育者になったけど、あの程度が限界だ。


「聞いてみましょうか。ほら、あなた達。顔をあげなさい」


 はい、と返事をして膝を付いていた男たちは顔を見せた。

 年齢は、俺よりも年下かな。

 そこそこ実力は高そうだが、デレガーザぼっちゃんの御守をしているってことは真面目に冒険者をしているわけではあるまい。

 お金で雇われた護衛みたいなポジションか。

 デレガーザ本人がそれを知っているか知らずに付き合っているのか、は聞かない方が彼の為かもしれない。

 さてさて。

 ダイス・グロリオスのメンバーは、恐らく地下6階で金を稼いで遊んでいるんだろう。

 なにより、この世界で一番目が届かない場所とも言えるわけで。

 デレガーザおぼっちゃんの反抗期が終わるまでは、地面の下での生活だ。

 かわいそうに、とは思うものの。

 まぁ、評判がよろしくないところを見るに、こいつらも同罪か。

 なんて。

 そんなことを考えている内に男たちは情報を口にしている。ただし、こいつらが知っているのは地下六階までらしく、地下七階の情報はまったく無かった。


「使えませんわね」

「「申し訳ありません」」


 ルビーの一言に男たちは沈痛の面持ちで頭を下げた。

 どうやら、俺やパルが受ける眷属化よりも、かなりのレベルを上げられているようだ。

 俺たちの場合、なんというか無表情な感じになるんだけど。

 このふたりを見ていると、眷属化に魅了の効果も加えられているような感じがする。


「そういえば、ルビーは魅了の魔眼を持っていたか」

「あまり役には立ちませんけど。あ、すでに使っておりますのでこれ以上は無理ですわ、師匠さん」

「そうか。まぁ、ほどほどに……?」

「うふふ。嫉妬と捉えておきますわね」


 いや、ぜんぜん違うけど。

 ま、いっか。


「しかし、この状況は悪目立ちだな」


 セツナが嘆息して言った。

 ダイス・グロリオスの悪評は地下街では大きいのだろう。地上で冒険譚を収集しているナライア女史すら知っているのだから、悪い意味で有名なのは間違いない。

 そんなダイス・グロリオスのメンバーが膝を付いて忠誠を誓っているような相手がいるなんて!

 という状況だろうか。

 そうでもなくとも視線を受けていたというのに。

 視線が更にチクチクと肌に刺さるようだ。

 逆の意味で仮面を付けていて良かった、と思ってしまう。

 素顔だったら、恥ずかしくてやってられないよな、これ。


「まぁまぁ、良いではありませんか。どうせ歴史に名を残すのですから、今のうちに目立っておいても損はしませんわよセツナ。あなたの望む『情報』が集まるやもしれませんので」


 むぅ、とセツナは難しそうに唸る。

 良いこともあるが、悪いこともある。

 目立つというのはそういうものだ。


「やぁ、ディスペクトゥス・ラルヴァの諸君」


 と、そんな俺たちに話しかけてくる集団がいた。

 ドラゴンズ・フューリーの面々だ。

 偶然にも地下街に滞在していたらしい。

 まぁ、これほど悪目立ちをすれば、気付かれない方がおかしいというものだ。


「もう復帰ですか」


 セツナの言葉に彼らは苦笑する。


「全滅しかけたと言っても、怪我ではないからね。地上で休めば、すぐに回復したよ。あんまり休み続けても体がナマって危ないだろうし」


 体の水分をほとんど失った状態だっただけ、と言えばそれまでだが。

 それでも尚、迷宮攻略に復帰するとは。

 なかなかの胆力ではある。

 しかし――


「名誉欲には気をつけることだ」

「……そうだね。盗賊殿の貴重なアドバイス、心して受け取る」


 その言葉を言えるのなら、大丈夫だ。


「師匠ししょう、名誉欲ってどういう意味です?」

「富、名声、金、権力。そのどれもがいらないが、名誉は欲しい。なんていう人間は時々いるんだ」


 もしくは、人々はそれを『勇者』と呼んだりする。

 時には正義の味方と呼ばれるが。

 無償で人々を助けるその姿は、見方を変えればもはや狂気。

 歴史書にその名前を刻むことだけを考えた人生は、果たしてマトモと言えるのかどうか。

 正しい行いのはず。

 それを正義と呼んでも良いはずだ。

 でも。

 どこか壊れている気がして、ときどき恐ろしくなる。

 勇者物語には、その一端が記されていて……名誉と共に死んでいく勇者たちの伝説が、世界には数多く残っていた。


「悪い言い方をすると、カッコつけて死んでいくなよ、ということだ」

「ほへ~?」


 パルは良く分かっていない様子。

 まぁ、仕方がないのかもしれない。

 なんというか、こういう名誉欲っていうのは、人生に余裕があるからこそ生まれてくる概念という感じがするので。

 路地裏で生きてたパルには、少し感覚が掴めないのかもしれない。


「それで、どうでしょう。7階層の探索は進みましたか?」

「えぇ、それで情報を集めているのですが――」


 おっと。

 どうやらドラゴンズ・フューリーも単なるお礼で声をかけてきた訳ではなさそうだ。

 情報提供したんだもんな。

 それなりに進んでもらわないと困る、という意味合いもあったのかもしれない。


「もうここまで進んだのですか!?」


 リーダーのエリオンが驚いている。


「普通は1フロアか2フロアぐらいが限界だが……やはりディスペクトゥスの噂は本当でしたか……」

「噂?」


 気になるので、ちょっと聞いてみよう。


「パル。あのエルフの弓使いを呼んでもらえるか」

「はい」


 俺が動くと警戒されそうなので、パルにお願いした。

 子どもの言う事なら、なんか聞いてくれそうな気がするイケメン顔のエルフ。

 いや、エルフって俺たちから見たらみんなイケメンだけど。


「どうしました、何か聞きたいことでも?」

「師匠が質問あるって」


 子どもを使うな、みたいな視線を向けてくるエルフの視線をサっと避けつつ、素直に俺は聞いた。


「すまない。ディスペクトゥスの噂の内容を教えてもらえるか?」

「あなた達のことなのでは?」

「良い噂ならいいが、悪い噂なら訂正しておきたいと思ってな」


 なるほど、とエルフ弓手は肩をすくめた。

 この人の名前なんだったっけ? 聞いたような、聞いていないような。

 忘れてしまったな。申し訳ない。


「巨大レクタ討伐の噂ですよ。むしろ、こちらが聞きたいです。それは事実ですか、と」


 エルフの視線を受けたパルは、うんうん、とうなづく。

 ついでにルビーも後ろから現れて、もちろんですわ、と自信満々に答えた。


「盗賊ギルド、という話も聞いたのですが」

「そのとおりです。俺たちはディスペクトゥスという名の盗賊ギルドです。依頼があれば、なんでも引き受けますよ。ただし、暗殺はお断りです」

「ハハハ。殺したいほど恨んでる相手はいませんね」


 エルフは比較的大らかな性格をしている者が多い。

 それは長命種だからこそ、なのか、それとも森で生きているとそうなるのか。

 もっとも。

 森の外に出てくるエルフへの評価なので、エルフ全体への評価として正しいのかどうかは分からない。


「他には王族の姫を誘拐した、と聞いたことがありますよ。しかもリーダーの男は投獄されたと聞いたのですが、どうやら間違った情報のようだ」

「うはは。それが本当なら、俺はこの場にいませんからなぁ。真実なら、今ごろ処刑された後だ」

「首が繋がっているのが何よりの証拠ですね。今度その噂を聞いたら訂正しておくよ」


 頼む、と俺は心の中で全力で頭を下げました。

 後ろでパルとルビーが、くひひ、と笑っている。

 やめろ、バレたらどうするんだ。

 と、叫びたい。

 いや、叫んだらバレるので叫ばないけど。


「ま、悪い噂じゃないようで何よりだ」


 安心あんしん。

 噂がしっかりと浸透してきた、と考えていいだろうか。

 後は、勇者を支援できるような人物や組織と縁が繋がるのを待つばかり。

 まったく。

 成り上がる、ってのは面倒で難しいものだ。

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