~卑劣! 人間種の最高到達地点~

 行き止まりの通路。

 仕掛けで先へ進めるようになる、とは看破できたものの――その『仕掛け』らしき物は周辺では見つからなかった。


「恐らく別の場所にあるのだろう」


 7階層の地図を見てセツナがつぶやく。

 ドラゴンズ・フューリーから教えられた地図と俺たちの地図に差異は、今のところ無い。事前情報との過不足はいまのところ無い。

 つまり――


「通路の先へ進むためのリドルか、はたまた隠し扉か」


 この仕掛けを解かない限り、地下8階へは進めそうにない。


「地図から見るに、この通路の先が階段かねぇ」


 ナユタの言葉にうなづく。

 が、しかし。


「希望的観測は危険だぞ、那由多」

「おっと、そうだった。すまないねぇ旦那」


 そうだな。

 セツナの言うとおり、通路の先が階段だという希望は、もしも違った場合は精神的なダメージがでかい。

 あくまで先へ進むための仕掛けと思っていた方が良いな。


「では、どうしますの?」

「まずは、まだ行っていないフロアへ向かおう」


 攻略組が探索し終えているのは重々承知しているが、それでも見ておかないといけない。

 見逃しがあるかもしれないし、何か新発見があるかもしれない。

 と、言うよりも――

 先へ進む仕掛けが未発見なのだ。

 見逃しがある、というのは決定されているようなもの。

 というわけで残りのフロアを探索するべく地下七階を進む。

 ここからは罠だけでなく、隠し扉やその他の仕掛けにも注意して進むことになった。

 幸いなことにそこまで強いモンスターと遭遇することなく、俺たちは順調に進む。


「問題ないか、パル」

「疲れてるけど平気です。シュユちゃんは大丈夫?」

「むしろ回復してきたでござるな」


 大規模な仙術を使ってかなり消耗していたシュユだが、元気になってきたらしい。

 ニンジャすごい。


「師匠さん、わたしには聞いてくださらないの?」

「……一応聞いておこう。ルビーは問題ないか? ちなみに、疲れたからおんぶしてくれ、などという言葉は無視するので」

「疲れたのでおんぶしてくださ――あら~?」


 吸血鬼がワザと乗ってくれた。

 優しいのかふざけているのか、さっぱり分からない。

 まぁ、これくらいの雑談をしていないと逆に気が滅入る空間ではある。冷たい空気に変わり映えのしない白いタイルの連続。

 なにより罠の有無を見極めるために目と感覚を酷使しているので、息継ぎは重要だ。

 そんなやり取りをしつつも、最後のフロアまでやってきた。

 部屋の中にいたモンスターはゴースト種と魔法を使ってくるゴブリン。

 それぞれ三体ずつの合計六体。

 魔法攻撃や属性攻撃でないとダメージを与えられないゴーストに加えて、遠距離から魔法を行使してくるゴブリン、という最悪の組み合わせ。


「はぁ、はぁ、はぁ……もうダメでござるぅ~」


 後手にまわると一気に押しつぶされてしまう敵構成なので、シュユちゃんが頑張った。


「お疲れさま、須臾。休んでくれてかまわない」

「ありが、とうござい、ます、ご主人しゃま……はふぅ、はひぃ」

「せっかくですのでセツナ。膝まくらをしてあげなさいな」


 ルビーの進言に、えぇ、と驚いていたセツナだが……マグがあるとはいえ、冷たい床で倒れたままなのは可哀想に思ったらしく、シュユに膝まくらをしてあげた。


「な、なんだか緊張します、ご主人さま」

「せ、拙者もだ……」


 ふたりとも緊張したようにピシっと動かない。

 微笑ましいが、あれじゃ休憩にならないなぁ……

 とりあえず、このフロアで探索は終わりなのでふたりには休んでいてもらおう。


「パル、なんでもいい。どんな些細なことでもいいので見つけたら報告するように」

「分かりました、がんばります~。ふひぃ~」


 パルもかなり疲労している様子。

 劣悪な環境にはそこそこ慣れているはずのパルだが、やはり閉鎖的な空間を長時間探索し続けるのは無理があるか。

 そんなことを思っている俺も、かなり疲れているのは隠しようもない。

 むしろ、こんな状況で地上にも帰らず地下五階を拠点としている攻略組の凄さが分かる。

 加えて――こんな状況だからこそ、先へ進む仕掛けが見つかっていないのかもしれない。


「しっかりと休憩しないとな」


 だからといって、地上を往復するにはあまりにも遠すぎるわけで。

 なかなか上手くいかないのも、仕方がない。


「さて」


 一呼吸置き。

 俺は改めて部屋の中を見た。

 長方形のフロア。

 部屋の中央には大きな柱がある。扉の数はふたつ。あとはこれといって特徴のない、いつもどおりのフロアだった。

 まずは、四方の壁をチェックしていく。


「ふむ」


 罠と仕掛けの有無を確認していくが、何も無かった。

 次に中央の柱を観察する。

 さすがにタイル貼りはされていない柱であり、それなりに太い。まるでネジのようなデザインで筋が掘ってあり、それが螺旋のように上まで続いている。

 他の部屋にも柱はあったが、デザインはそれぞれ違った。縦のラインが入っている柱や、横のラインの柱もある。


「ナナメ、ということか」


 縦と横とナナメ。

 なにかしら意味があるのか……それとも無いのか。

 今の段階では、なんとも言えないな。


「罠は無さそうだな」


 とりあえず、一通りのチェックは終えた。


「パル、どうだ?」

「何にも分かんないです。ふへぇ~」

「疲れてるなら休んでていいぞ。膝まくらはしてやらんが」

「師匠のケチぃ」


 文句を言いつつもパルは探索を続けるらしい。

 偉いえらい。

 とは言うものの、何か見つかるわけでもない。


「ルビーは何か分かるか」

「分かったら報告しています。ズルはしませんけど、そのあたりを発見する喜びはわたしにも有りますので」

「思いつきでもなんでもいいので報告してくれ。ナユタも頼む」

「あいよ」


 一通りの安全は確かめたので、ルビーとナユタにも協力してもらう。

 四人であちこちペタペタと触ったりコツンコツンと叩いたりしてみるが――何も発見できなかった。


「はぁ~、ダメか~」


 息を吐き、俺はどっかりと床に座り込む。

 タイルの冷たさを感じないのは、ありがたいな。マグを作ってくれた学園長に感謝しないといけない。

 こんな風にまともに休憩することも不可能なのだから、迷宮製作者の意地悪さをうかがい知れるというもの。

 もっとも。

 モンスターで溢れる状況になるとは、作った者も思っていなかっただろうけど。


「師匠~、何か分かりました~?」


 ぐったりとしながらパルが膝の上に頭を乗せてきた。

 休憩したかったのか、膝まくらして欲しかったのか。

 いや、両方だろうな。

 なんて思いつつ、パルのおでこをなでなでする。


「では、わたしはこっちですわね」


 反対側の膝にはルビーが頭を乗せた。

 仕方がないので、ルビーのおでこもなでなでしておく。


「ナユタも乗せるか?」

「あたい、そういう冗談は嫌いなんだ」

「ごめんなさい」


 素直に謝ったらケラケラと笑ってくれた。

 良かったぁ。


「行き詰まったか」


 セツナの言葉に俺は肩をすくめる。

 さすが人間種の最高到達地点だ。

 おいそれとクリアさせてくれる様子はなかった。


「怪しいのは柱くらいかねぇ。ナナメなのは、この一本だけなんだろ?」


 ナユタの言葉に俺たちは中央の柱を見る。

 確かに縦のラインや横のラインのある柱ばかりで、ナナメなのはこの一本だけ。


「……このナナメの筋、隙間があるでござる」


 寝ころんでるシュユは柱の天井部分を指差す。


「うん?」


 俺の座っている位置からは見えなかった。

 どうやらシュユの座っている位置からだと視線的に見えるらしい。

 ラインと天井に隙間。

 それは、先ほどの通路の行き止まりと同じような状況だ。

 つまり――


「動くってことか!」


 俺は思わず立ち上がってしまい、膝の上に乗っていたパルとルビーを落っことしてしまった。


「あぁ、ごめん!」

「師匠ひどい……」

「その動きは吸血鬼のわたしをもってしても予想できませんでしたわよ……」


 ひとまずパルとルビーを助け起こしてから、柱へと近づく。ほぼ真下から見上げると、螺旋状に繋がる溝とも言えるラインは天井との間にわずかな隙間を発見できた。

 全ての部分に隙間があるわけではなく一部だけ。


「見逃していたな……」

 顔をしかめる。

 柱の一部分だけを見て、何も無い、と判断してしまっていたようだ。


「何かあるのは確実ですわね」

「まわったりするのかねぇ。よっ、と」


 ナユタが柱を回すように押してみる。

 しかし、ビクともしなかった。


「逆方向ではありませんの?」

「こっちか?」


 反対側へまわそうとしてみても、動かなかった。


「ん~? 動く様子がないぞ。ただの隙間じゃないのかい?」

「ルビー、頼めるか?」


 力が足りていないだけなのか、それだけでも確かめておきたい。


「仕方がありませんわね。いきますわよ」


 ふんっ、とルビーは力を入れて柱に抱き付くようにした。

 しかし柱はどちらの方向にも動かない。


「回るような仕掛けではないみたいですわよ?」

「ふむ」


 俺は魔力糸を顕現させ、柱の周りを一周させた。それを引っ張り、突っ張るような形にして柱を登る。

 天井付近まで登り、隙間を覗き込んだ。

 真っ暗でその先は見えない。その上、螺旋状になっているので、すぐに視線は柱のライン部分で見えなくなってしまう。

 俺は隙間に指を当てて、細い魔力糸を伸ばすように顕現させた。

 もしもこの先に何も無いのであれば、糸は伸びることはできないはず。

 だが――


「隙間の先には空間がある」


 魔力糸はどんどんと上に向かって伸びていった。

 それを確認して、俺は柱から飛び降りる。


「何か仕掛けはあるのは確実だ」


 それを伝えて、俺たちは改めて柱を探索した。

 しかし、どこを探索しても何も発見できない。柱は、単なる柱として部屋の中央に鎮座しているだけのようだ。


「また別の部屋に連動しているのでしょうか?」

「それも考えられるか」


 俺たちは地図を広げて、部屋の並んでいる様子を改めてみる。

 しかし、この部屋と連動しているような関係性は見い出せなかった。


「よし、一端切り上げよう」


 セツナが判断を下す。

 どちらにせよ、これ以上の探索は体力的にも精神的にも危険だ。

 むしろ、転移の腕輪があるからこそ無茶ができたような状況。本来なら、とっくに引き返している。

 二回か三回分の探索を一気に進められているのは有利と言える状況だが。

 ヘトヘトになるまで続けられるので、より良いアイデアが出ないことや、見逃しが増えてくる状況でもある。

 なかなか加減が難しいものだな。


「地下街で休憩しよう。何か情報が得られるかもしれないしな」


 異議なし。

 というわけで、俺たちは転移で地下街へと戻ったのだった。

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