~卑劣! 黄金城地下ダンジョン7階・その1~ 6

 シュユの強力な仙術により、ピンチを切り抜けた俺たち。

 本来なら、さっさと引き返すべき状態だ。

 まだ行ける、は、もう危ない。

 ダンジョンにおける常識ではそうなのだが――


「あと1回、使えるでござる!」


 シュユの強い要望と、転移の腕輪があるということで。


「では、進もう」


 セツナがそう判断した。


「大丈夫なのか、シュユは」


 セツナの判断に異を唱えるつもりはないのだが……一応は聞いておく。

 自分の身を守るため、とかじゃなくて。

 純粋にシュユちゃんの体力が心配。


「須臾は問題ない。もうダメだ、というところから動けるように訓練されている」

「訓練で何とか出来るものなのか、それ?」


 どう考えてもやっちゃダメな気がする訓練なのだが。

 これだから義の倭の国は怖い。


「最初に告げられた修行内容をこなし、ヘトヘトになったところで先生から告げられるそうだ。よし、今の内容をもう一度繰り返せ、と」

「なにそれニンジャ怖い」


 地獄じゃねーか。

 こんな小さい女の子に何て修行させてるんだ……

 あと、そんな内容をやり遂げてしまうニンジャも凄い……

 そしてやっぱり倭国が怖い。


「シュユちゃん凄い。あたしだったら逃げてる」

「逃げてもいいんでござるよ」

「そうなの?」

「先生から逃げ切れば、それはそれで立派な忍者でござるので」


 なるほど、確かに。

 パルはそれを聞いて俺をじ~っと見た。

 隙をうかがって逃げるつもりらしい。

 残念だったな、パル。

 ロリコンからは逃げられない――あ、いや、ものすごく語弊のある表現だったので今の無しです。


「捕まったらどうなるんですの、それ」

「お仕置きでござる。裸で訓練所の前に吊るされて、さらし者にされるんでござるよ」

「師匠さん、わたし今から逃げようと思いますので」

「おう。今までありがとうな」

「嘘です嘘です、見捨てないでくださいましぃ~」


 俺にすがりついてくるルビーを見て、ナユタが半眼でつぶやく。


「こいつ、本当に魔王の四天王なのかい……あんた騙されてないか?」

「俺も時々そう思う」


 ルビー以外が肩をすくめたところで。

 探索再開となった。

 罠感知をしながら次のフロアを目指し、部屋の中を探索して次に進む。

 幸いなことに、と言うべきかどうかは分からないが。

 そこから初見のモンスターは出てこず、進みは遅いが着実に七階層の探索を進められた。聞いていた地図を着々と埋めていける、という感じか。

 罠の把握方法も増えたので、その後も引っかからずに進むことができた。

 そして、とある場所へと辿り着く。


「行き止まり――か」


 通路の先には壁があるだけで、そこに扉は無い。

 今までの行き止まりと言えば部屋があり、その先が何も無い状態だった。

 こんなふうに通路で終わりとなっているのは初めてのパターンだ。

 なので――


「怪しいな。ちょっと調べてもいいか?」

「もちろんだ。頼む」

「休憩しておいてくれ」


 セツナたち前衛組には休憩してもらって、俺たち後衛組は行き止まりの通路の壁へと近づく。

 もちろん罠感知は忘れない。

 しっかりとランタンとたいまつの明かりを向けて、光の反射具合や屈折具合を調べておく。他にもタイルの浮き具合や傷の有無といったところをきっちりと把握していく。

 どうやら罠は無いようだ。

 魔力の流れや、奇妙な点も見つからない。


「でもなんか怪しいよね」


 パルの言葉に俺はうなづいた。

 今さら通路の終わりだけで部屋を作らず、罠も設置せず、単なる行き止まりなんか作るか?

 いや、まぁ、ここから新パターンがありますよ。とか、そう言われたらそこまでだけどさ。

 しかし、気になるものは気になる。


「ルビー、ちょっといいか」

「なんですの?」


 わくわくしながらこっちを見てたルビーに声をかける。


「すまんが、壁に触れてくれるか。罠が発動しないかどうかだけ頼む」

「了解です」


 まるで毒見役だ。

 申し訳ない、と思いつつ頼む。

 本人が楽しそうなのが救いではあるが。

 まだまだ探索が始まったばかりの時代では、奴隷や召使を罠感知に連れて行った、なんて話も聞いたことがある。

 それと同じことをしているような気分になりそう。


「ふんふふ~ん」


 俺の心を知ってか知らずか。

 ルビーは鼻歌を歌いながら壁に触れた。


「本物の四天王か、本物の馬鹿か」


 後ろでナユタが苦笑している。


「失礼ですわね、ナユタん。四天王ですってば」

「ナユタん言うな」


 そんないつものやりとりをしつつ、ルビーはペタペタと壁を触る。なにか動いたり、発動したりする様子はない。

 どうやら罠の類は無いようだ。


「ありがとうルビー。助かった」

「どういたしまして」


 にっこり笑うルビーと位置を入れ替わって、俺は壁へと近づいた。

 安全が分かったので、本格的に調査をしよう。


「ふむ」


 手の甲でコツコツと壁を叩いてみる。


「それは何をしているんですか、師匠」

「音を聞いている。そうだな、もう少し分かりやすくしよう」


 俺は投げナイフを取り出して、刃側を挟むようにして持ち、魔力糸を通す穴が開いた部分を壁にぶつけた。

 乾いたような、カンッ、という音が響く。


「この行き止まりの壁はこの音だ。で、たとえば床を叩いてみると――」


 同じようにして今度は床をナイフで叩く。


「ちょっと鈍い音?」


 わずかだが、なんとなく違うような気がする……くらいの音の変化を感じた。


「ふむ。じゃぁ今度は横の壁を叩いてみよう」


 右手側の壁を叩いてみると――床と似た音が聞こえた。


「やっぱり行き止まりじゃ無さそうででござるな」


 シュユの言葉に俺はうなづく。

 何か、壁の向こうに空間があるような、わずかな音の違いがあった。


「隠し扉か、何かの仕掛けで開くのか」

「ん~……あっ、師匠ししょう」


 パルが天井を指差す。


「あそこあそこ。タイルの切れ目がおかしいです」

「ホントだ」


 壁に貼られているタイル。

 もしも普通に作った壁であれば、タイルの切れ目は天井付近に見えているはずだ。しかし、タイルの上部分が天井奥にわずかにめり込んでいるように見えた。


「パル、肩車するから良く見てくれ」

「はい」


 パルを肩に乗せて、俺は立ち上がる。

 おぉ~。

 太もも……太ももに顔が挟まれている……

 いや、違う違う。

 そうじゃない。

 ……よし、心を無にしろ。

 俺ならできる。俺なら可能。俺は凄い盗賊なので。

 ポーカーフェイスならぬ、ポーカーマインドも得意なのです。

 たぶん。


「師匠、やっぱりおかしいです。タイルが重なってる感じ」


 俺が心を無にしようと頑張って太ももをムニムニしないようにしている間に、パルは調査を終わらせてしまった。


「ふむ。おろすぞ」

「もうちょっとこのままで」

「ん? 何か気になるところでもあるのか?」

「高いのが楽しいので」

「分かった」


 なにが分かったんだよ、とナユタんのツッコミが入ったけど聞こえないフリをしておいた。

 太ももムニムニタイムの継続だ!


「上に開く、と考えるのが妥当でござろうか」


 シュユちゃんが、壁の下を見るためにしゃがむ。

 うわぁ……タイルに反射して、ちょっとすごくえっちな感じで……ごめんなさい。見ません。不可抗力なんです。許してください。

 俺もその隣に屈んで、壁と床の交わるところを観察した。


「隙間、あるでござるか?」

「ん~……ちょっと分からんな」


 明るい場所であれば何とか見えたかもしれないが、ここはダンジョンの中。

 加えて、周囲が真っ白なタイルで覆われていて、ランタンとたいまつの火の灯りがゆらゆらと揺れている状態だ。

 残念ながら目視は厳しい。


「ならば、こういう時は――」


 俺は髪の毛を一本、ぷちん、と抜く。


「ハゲますわよ、師匠さん」

「ハゲても愛してくれるか?」

「もちろんです。わたしも一緒にハゲますわ」


 それは逆に愛が重い。

 なんてルビーに返答しつつ、俺は髪の毛を壁と床が交わる部分に向かって垂直に近づけた。 もしも、完全に隙間が無いのであれば髪の毛は入っていかないが――


「通ったな」


 どうやらわずかながらも隙間があるらしい。

 髪の毛は壁の下にある隙間に入っていった。


「上に開くってことか。よし、そろそろ降りてくれパル」

「はーい」


 パルがぴょんと降りたのを確認してから、俺は壁に手をぺったりと付けて上へと押し上げようとしてみた。

 しかし――ビクとも動かない。


「あたしも手伝う!」

「シュユも」


 せーの、と三人で壁を上へ押し上げようとするが……やっぱりピクリとも動かなかった。


「はぁ、はぁ、ダメだ……たぶん、仕掛けを解かないとダメなんだろう」


 単純に扉が重い、というのではなさそうだ。


「ルビー開けて~」

「ダメです。力任せに開けてはロマンが台無しですわ」

「ケチ」

「ケチで結構。横着していますと、お金だけを追い求めるダメな大人になってしまいますわよ、パル」

「ダメなの?」

「お金はあくまで代替品です。お金で商品は買えますけど、品位は買えませんわよ」

「あぁ~、お金でお金が買えないようなもの?」

「独特な例えですけど~……え~……合ってますそれ?」


 絶妙なラインで、なんとも言えない。


「難しいところだな。だが、言い得て妙、という言葉が倭国にはある。まさにそれではなかろうか」

「教養がありそうですわね、セツナ。サムライってみんなそうですの?」

「武士の矜持、というものがあるやもしれぬ。もっとも、全員がそうであれば苦労はない」


 結局はサムライも『冒険者』ということなんだろうか。

 もっとも。

 セツナが冒険者であるとは、ひとつも思っていないけど。

 いつかその正体を話してくれたら嬉しい。

 なにせ、同士なので。同好の士、なので。

 セツナとは末永く仲良くしたい。

 同士なので。同志なので。

 理解者って大切よ?

 そりゃ勇者もゲラゲラと笑って俺の性癖なんかを許容してくれてはいたが、実際にはあいつとまったく趣味が合わないわけで。


「さっきの女の子、めっちゃ胸をアピールしてきたんだが……これは、どうするべきだ?」

「俺に聞くなよ」

「エリスはいいよなぁ。こういう誘惑をひとつも我慢しなくていいなんて。うらやましい限りだ」

「なんだてめぇ?」

「おっ、この程度でキレるなんて。やっぱりロリコンは悪だな」

「露悪的な年増が好きな男は、やっぱり性格も悪くなるんだなぁ。あぁ~ぁ~、かわいそうに。こんな勇者さまが世界が救うことになるなんて、後世に語り継がれる子ども達が哀れだ」

「それとこれは別だろうが」

「あぁ、やんのかコラァ」

「やってやらぁ!」


 そんなしょうもないことでケンカしたのを思い出した。

 俺は悪くない。

 悪いのは勇者です。

 ちなみにケンカを止めたのは戦士だった。


「アホかおまえら! 全てを平等に愛せ!」


 なんか知らないけど。

 戦士が一番勇者らしいことを言ってた気がする。

 さすが、夢が『王様になること』という男だ。

 器が違うね。

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