~卑劣! 黄金城地下ダンジョン7階・その1~ 4
地下ダンジョン7階。
まだまだ探索を開始したばかりだというのに、すでに半分ほどの余力を失った気がする。
敵の強さもそうなのだが、罠の有無やその解除にかなり精神力を削られる。
本来なら、これが転移無しの状態で探索を続けることになるわけで。
回復場所も冷たい空気とヒヤリとしたタイルの上に座ることになる。ましてや、戻ったところで地下街という環境のあまり良く無い場所。
肉体的にも精神的にも、疲労はどんどん溜まっていくだろう。
定期的に地上まで戻ることが推奨されるのは、考えるまでもない。
そりゃ遅々として進めないわけだ。
むしろ、転移というチート無しでここまで進めている凄さに感服する。
攻略組の凄さに頭が下がる思いだ。
「気合いを入れなおさないとな」
扉を開けた先が――行き止まりの部屋。
白いタイルが敷き詰められているのは同じであり、罠が有るようにはまったく見えない部屋だ。
「ドラゴンズ・フューリーはここで戦闘中にミスった、と」
そう言っていたな。
つまり、あの盗賊は超一流だったわけだ。
なにせ――俺にはどこに罠があるのか分からないのだから。
「情報によると、床に仕掛けられているのだったか」
セツナの、そうだったよな、という視線を向けられて。
俺は肩をすくめた。
「すまん。正直言って分からん」
「ふむ。正直で助かる」
ここで見栄や虚勢で分かると言っても意味がない上に、パーティ全滅の危機を招くだけだ。
過小評価されるのは気分的によろしくないが、過大評価されるのもイヤなわけで。むしろ、パーティ全滅を誘発するキッカケになる可能性もある。
自分の実力はしっかりと示しておくべきだ。
ついでに、コミュニケーションもしっかりと取ろうね。
じゃないと、俺みたいに追放されちゃうので。
「須臾は分かるか」
「ごめんなさいご主人さま。シュユにも分からないでござる……」
「謝る必要はないよ」
セツナはそう言ってシュユの背中をポンポンと叩いた。
「いいなぁ~、俺の背中も叩いて欲しい。なんて師匠さんが思っていると思われますので、わたしが代わりに叩いてさしあげますわね」
「ちょっと吸血鬼は黙っててください」
いま真剣な場面ですので。
「さて、ドラゴンズフューリーから聞いた罠は――部屋の奥にある、らしい。魔力の流れなどはどうだろうか?」
セツナの言葉にルビーは首を横に振る。
このパーティにおける魔法使い的なポジションはルビーとなる。専門家ではないが、俺たちの中で一番マシなのがルビーなので、仕方がない。
「変化はありませんわね。もっとも、変化が分かるようでは罠とは言いませんので。それはただの仕掛けですわ」
なるほどな、と全員で納得する。
「できれば須臾やエラント殿、パル殿に罠感知能力を向上させてもらいたい。ここで時間を使っても良いだろうか」
「セツナがそう言うのであれば、それに従うまでだ」
ただし、と俺は転移の腕輪を腕から外し、セツナに預けた。
「罠を発動させてしまう危険性がある。そうなった場合、俺たち全員を連れて安全な場所へ転移してくれ」
「分かった。気にせず遠慮なく発動させてくれてかまわない」
「イヤな冗談だなぁ、それ」
カカカカカ、とノンキに笑うセツナに肩をすくめてから。
俺たち盗賊組は本格的に罠感知へと向かった。
「師匠ししょう」
「なんだ?」
「ドラゴンズフューリーの盗賊の人は、ここまで来れる盗賊だったら見分けが付く、って言ってましたよ?」
「……そうなんだよなぁ。結局、俺にはその程度の実力が無いってことなんだと思う」
「そんなことないですよ! 師匠はすっごい盗賊です!」
ありがとう、と慰めてくれた愛すべき弟子をなでなでする。
好き。
パルが弟子で良かった。
好き。
「そこのアホ師弟。イチャイチャしてないで、真面目にやってくれ」
「「あ、はい」」
ナユタさんに怒られました。
ちゃんと頑張ろう。
「と、言ってもなぁ」
俺とパルはフロアの中を見渡して首をかしげる。
何か罠があるようには見えないんだよなぁ……
「シュユちゃん分かる?」
「ホントに分からないでござる。どこにも違和感が無いでござるよ」
そうなんだよなぁ~。
床に罠があることは分かっている。
なのに、その床におかしいところは何も見つからない。
「間違っているところがあるはずなのに、その間違いが分からない……みたいな状態だなぁ」
真っ白なタイルが敷き詰められているフロア。
等間隔に並んだそれは、綺麗な四角で統一されており、うっすらと光を反射している。
おかげで冷たく感じるのは、氷を彷彿されるからだろうか。
もっとも。
本来ならひんやりと感じるはずの冷たいタイルも、マグのおかげで問題ないのだが。
「ふむ。もしかしたら冷たさが違うとか?」
思いつきで言ってみたが――
「それだと触った時点で罠が発動するでござるよ、エラント殿」
「そうでござるよなぁ」
シュユちゃんの否定はごもっともでござる。
う~ん。
「近づいたら分かるんじゃないですか?」
「その可能性はある。だが、離れた位置から見破れないとなると……危険性が高い」
「ん?」
パルが首を傾げた。
「師匠ししょう。それが『罠』なんじゃないですか?」
「どういうことだ?」
「遠くから見破れないとダメ、っていう常識」
「なるほど。言いたいことは何となく分かった」
罠を見破る方法の第一は『違和感』だ。
それが言語化できずとも、なにかおかしい、どこか変だ、という勘のようなものがスタートラインとなる。
だからこそ、離れた場所から全体を見て違和感を見つけるのが通常の罠感知となる。
そこで見つけた違和感をより深く探るのが第二段階というわけだ。
つまり、第一段階の『違和感』が無ければ、罠がない、と判断して良い。間違っててもいいので、違和感というものを大切にしておかないといけない。
……というわけなのだが。
その違和感が無いとなぁ……とっかかり、というべきものは必要だ。何もないツルツルの崖を登れと言われているようなもの。
ツルツルなのは女の子の――あ、いや、なんでもない。
ふぅ。
あまりにも罠のレベルが高すぎて思考を放棄するところだった。
危ない危ない。
とんでもない罠だぜ。
よし、気合いを入れなおして罠と向き合おう。
「違和感を覚えさせない罠か」
そんな第一段階の罠を突破するレベルの罠という可能性か。
恐ろしく厄介なことには違いない。
「さっきの罠ももしかしたら、そういうタイプだったのかもしれないな」
回転する床。
罠の印が見つからなかっただけで、実はあったのかもしれない。
「パルちゃんの意見を実行してみるでござる?」
「俺たちがここで罠感知レベルをアップさせない限り、この先を進むのはかなり厳しいものになる。危険でも踏み込むしかないだろう」
違和感の無い罠。
恐らく、そんなものを作るのは不可能だ。踏めば発動する罠、というタイプである限り、なにかしらの違和感が生まれるはず。
なにより、罠とは設置した者がハマらないようにする印もあるはずだ。
もともと黄金のツボを隠していた地下迷宮。
管理していたのは冒険者ではなく、あくまでお城の管理している者。
なにかしら目印があるはずなんだよな。
だが、それを隠している。
いや隠してるのではなく、俺たちに気付かせない程度の違和感と言えるだろうか。
もしくは、この距離では分からない。
見つからない。
特別小さな物……?
「ならば、近づくしかないか」
パルとシュユもうなづく。
「覚悟をよろしく」
後ろで待機してるセツナに伝えてから、俺たちはジリジリと奥の壁に向かって進んだ。
一歩、一歩、確実に。
タイル一枚分を一歩だけ進むのに、一呼吸も二呼吸もかけて進む。
一枚進むことに、タイルのすべてをチェックする。
ジリジリ、とゆっくり着実に確実に。
罠感知をしながら進んで行った。
後ろで何も言わずに待ってくれるルビーやセツナ、ナユタの対応がありがたい。
きっと。
勇者パーティの賢者や神官は文句を言っていたに違いない。
もちろん、戦士もそれには同意しただろう。
あいつら待つということを知らんのだ。いいじゃねーか、その間に勇者とイチャイチャしてろ、と言いたい。
いや、戦士まで勇者とイチャイチャし始めると困るけど。
そうやって進んで行くと――
「「「あ」」」
三人で同時に声をあげた。
ようやく見つけた『違和感』だ。
いや、違和感ではないな。
ピンポイントで怪しい部分と言える。
それは――
「タイルの反射だ!」
パルがとんとんとんと罠へと近づいていく。
危ないぞ、と声をかける必要はない。
答えを見つけたのだから、もうどこにも危険はない状態だ。
俺もそのタイルに近づき、答え合わせをする。
ランタンとたいまつの明かりを近づけると――タイルの一部分の反射がわずかに屈折した。
「……分かるか、こんなもん!」
いや、分かったよ?
見つけたよ?
でもさぁ、他のタイルも微妙に歪んでるじゃん?
その歪みが、すべて同じ方向だとは……なんていうか、狂気の沙汰だよなぁ、これ……
罠のタイルだけ、その歪み方が違った。
つまりこれ、動きのある光源、では見えなかった可能性もある。ゆらゆらと揺れる炎の揺らめきのせいで全てがバラバラだと思い込んでいた。
だが、違う。
全て完璧に同じタイルであり、炎の揺らめきは全て同じ反射の仕方をしている。
近づいて、更に注意深くタイルの一枚一枚を確認したからこそ見破れた罠だ。
こんなの動きながら見ていたら余計に分かるわけない!
「ドワーフの仕事かな……すごいね!」
「まさに神技でござるなぁ」
タイル一枚を持って帰るだけでも価値がありそう、とは思ったが。
まさか、この全てが同じ精度というか、完全に同一の物と言えるタイルだとは――
いやもうこれ、手作りじゃないだろ。
ぜったい神の仕業だ。
旧神話時代。
神さまが地上を歩いて大冒険していた時代の忘れ物。
古代遺産、アーティファクト。
この迷宮事態が、それの可能性が大きい。
「レベルは上がったのかい?」
後ろからナユタが声をかけてきた。
「はい、姐さま。シュユたちはひとつ段が上がった気分でござる。見てください、ここでござるよ」
どれどれ、とナユタが近づいてくる。
ルビーも楽しそうに近づいてきて、罠の設置されたタイルを見た。
「……分かりませんわね」
「あたいにも分からん」
「えぇ~、ほらほら見て。他のタイルはこんな感じで縦に光が揺れるけど、このタイルだけちょっとだけナナメに揺れるでしょ? ほらほら」
「ナユタちゃん、分かります?」
「ナユタちゃん言うな……いや、別にいいか。ナナメに揺れるって言われてもなぁ……分からん」
「わたしにもサッパリですわ」
「ふむ。拙者でギリギリか」
セツナは見破れたらしい。
さすがだ。
「しかし、言われて説明されてようやくだ。イチから見破れ、と言われたら逃げるしかあるまい」
よくやった、とセツナは俺たちを褒めてくれる。
「ご主人さま、イイ子イイ子してください」
「……ま、まぁ、そうだな。きっちり褒めてやってこそ、だよな?」
なぜかセツナは俺を見たので――
「その通りだ」
俺は力強くうなづき、パルを抱き寄せてぐりぐりと頭を撫でた。
「むふー」
満足そうに息を吐くパル。
「俺たちはレベルアップした。次はセツナ殿がレベルアップする番だ」
「せ、拙者が……!?」
「そのとおり。さぁ、シュユちゃんをこう抱き寄せて。そしたら、そっと頭に手を置いて、ぐりぐりと優しくふんわりと頭を撫でる」
「こ、こうか……」
「ああぅ、ご、ごごご、ご主人さまがシュユを、シュユの体に手をををを!?」
あ。
しまった。
「きゅ~~~」
「シュユ!?」
真っ赤になったシュユは、へなへな、とその場に崩れ落ちた。
「シュユのレベルが足りてなかったな」
「あはは、シュユちゃんカワイイ」
ちょうどいいので。
少しだけ休憩していこう。
とりあえず。
俺たちの罠感知スキルはレベルアップしたのだった。
たぶん!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます