~卑劣! 黄金城地下ダンジョン7階・その1~ 3
行き止まりの部屋から引き返し、もう一方の扉を調べる。
罠感知と気配察知、聞き耳判定を経て安全を確かめた後に扉を開いた。
「通路か」
扉の先はまっすぐな通路。
真っ白なタイルがそのまま奥へ伸びるように並んでいる様子に、目の焦点がズレそうになる。
ランタンとたいまつの明かりがまるで乱反射しているようでもあり、暗いのか明るいのか、それすらも分からなくなってきそうだ。
まったくもって、イヤな造りをしている。ヒヤリとした空気は大丈夫だが、精神的に疲弊させられる構造はどうしようもない。
「頼むぞ、エラント殿」
「頑張るよ、セツナ殿」
リーダーに背中を叩かれては頑張るしかない。
まっすぐに伸びる通路を、罠感知しながら進んで行く。
コツンコツン、と靴音を立てながら移動していくと――
「四辻、か」
セツナがつぶやいた。
通路の先で、左右前方と路が別れていた。
縦横十字の形に交差した道を、倭国では四辻というらしい。
罠が無いことを確かめて、俺たちは交差する中央に立った。
「イヤになるな」
どの方向も、まっすぐに続く白いタイルの通路。
まったくもって特徴の無い、真っ白に敷き詰められた空間で、こうも綺麗に垂直に交わられればどっちから来たのか分からなくなる。
迷わないように注意が必要だな。
と、そう思った瞬間――
「なっ!?」
「うわぁ!?」
足元のタイルが回転した。
ぎゅるる、と予備動作なしで素早くまわる。前の回転する部屋と同じ仕掛けだ。
しかし、今回のは通路の一部分だけ。
小規模でより速く回るようだ。
「大丈夫か、みんな」
「問題ないさね」
転んだ者はいない。
この程度の勢いならば、方角を見失うこともなかった。
しかし――もしも転んでいたとしたら。
どっちの通路から来たのか分からなくなってしまう。
俺は、思わず左右と前後の通路を見渡した。どの方角も、まったく同じ形をしている。どの方角が帰り路か分からなくなったとしたら、『おしまい』の光景かもしれないな。
「恐ろしく精巧な造りだ」
セツナが苦笑しつつ足元のタイルを見る。
回転した、ということはタイルは円形に区切られているはず。しかし、その区切りのようなものは見えなかった。
罠が発動した後だというのに、それすらも発見できない。
「これは見破れんな……」
俺はしゃがみ込み、足元のタイルを触る。
定期的に床が回転しているわけもなく、恐らく何かがスイッチとなっているはずだが……そのような物は見当たらなかった。
罠感知に失敗した、というよりも知覚できる最大限の更に上を行かれた、という感じだろう。
「シュユも無理か?」
同じく、シュユも足元をうかがっているが。
「これはシュユでも無理でござる。修行不足でござる……」
美少女ニンジャは首を横に振った。
いやいや落ち込む必要はないだろう、と俺は嘆息する。
「俺も15年以上は盗賊をやってるけど、こんなの見破れる気がしないぞ」
「エラント殿でも無理でござるか」
「俺は才能なんて欠片もなかったしなぁ。シュユはニンジャの才能はあったのか?」
「あったような……なかったような……うぅ」
あら。
なんか聞いちゃいけない話題だったのか。
これは申し訳が無い。
「まぁ、自分にできることをやるのが一番だ。もちろん、できないことをできるようにするのは大切だけど」
と、俺はシュユの頭を撫でようとして踏みとどまった。
危ない。
パルと同じノリで撫でてしまうところだった。
「師匠、代わりにあたしを撫でてください」
「よし」
右手の行き場所を見失っていたので助かった。遠慮なくパルの頭を撫でさせてもらおう。
わしゃわしゃわしゃわしゃ。
「にひひ~」
弟子が嬉しそうでなによりだ。
「これは吸血鬼でも分からんのか」
「ん~、本気を出せば分かるかもですわね」
ナユタの言葉に、口元に人差し指を当てつつ、ルビーは床を凝視した。
虹彩に金の環が浮かぶ。
吸血鬼らしい魅了の魔眼を浮かべ、ルビーは罠のあった場所を凝視するが――
「ダメですわ。マジで分かりません。というか、わたしより師匠さんやシュユの観察眼が優れております。これは、おそらく神の所業と思われますわね。罠を司る神とか存在しまして?」
残念ながら聞いたことがない。
罠神がいたとしても、果たして信仰は篤いのだろうか?
狩人には、信仰されそうな気もする。
「吸血鬼殿にも無理となると、さすがに厳しいな。人間種の最高到達点なだけはある」
セツナは苦々しく言った。
「恐らく、この回転床は警告レベルだ。ここから先は容赦しない、という意味で設置されているような感じだろう。親切なチュートリアルだ」
見破る方法はあるのかもしれない。
だが、俺でもシュユでも見破れないとなると……答えを知っている者のみが避けることのできる罠という可能性もある。
もっとも。
そんなものは事故が起きる可能性が高いので、本来なら有り得ないと思うが。
「なるほど。道理でドラゴンズ・フューリーの面々が死に物狂いで戻ってきたわけだ」
「罠の位置は聞いているんだよな」
「あぁ。須臾、地図を見せてくれ」
はい、とシュユが地図を見せてくれた。
飢餓の罠があった部屋は、この先だ。恐らく、俺やシュユが罠感知をしたところで発見できなかっただろう。
「あそこであいつらと出会えたのは運が良かったねぇ。僥倖ぎょうこう」
ナユタは肩をすくめる。
「この先、罠を踏む可能性がある。申し訳ないがエラント。彼らは罠を把握していた。そなたも可能だと拙者は信ずる。よって、罠感知の制度を上げてもらいたい」
「……レベルをあげろ、ということか」
あぁ、とセツナはうなづく。
「須臾も頼む。もちろんパル殿にもお頼み申す」
わかりました、と美少女ふたりは笑顔でうなづいている。
「エラント、失敗してもかまわない。ただし、いざとなったらそちらの判断で遠慮なく全員を転移させてくれ」
分かった、と俺はうなづいた。
「ルビー殿もお頼み申す」
「わたしに罠に堕ちろというのですね、サムライ」
「申し訳ないが、そのつもりで頼む」
「ふふ。言ってくれるわね、サムライ。このわたしが魔王直属の四天王がひとり『知恵のサピエンチェ』と知った上でのお願いかしら?」
「無論そのつもりだ」
「よろしい……では、わたしはこう答えましょう」
ルビーは、トン、と自分の小さな胸を叩いた。
「喜んで!」
うん。
状況によっては仲間思いのとても素晴らしい返事なんだけど。
なんでかなぁ~。
ルビーが言うと、いまいちカッコつかない。
「やっぱりルビーってマゾなんじゃないの?」
「やっぱりって何ですの、やっぱりって!」
いや、俺もそう思った。
やっぱり。
はてさて、ノンキな会話を終えて俺たちは先へと進むことにした。
回転床で方向は見失っていない。
しっかりと把握できてたところで俺たちは右の道へ進む。ドラゴンズ・フューリーが発動させてしまった飢餓の罠があるのがこの先の部屋だ。
有ると分かっている罠。
それを発見できれば――罠感知レベルが上がった、と言えるだろう。
「陣形を少し変えよう」
今までは前衛後衛の3・3で別れていたが――ここからはルビーを先頭にして、1・2・3という隊形になった。
ルビーには申し訳ないけど、罠に落ちてもらう役目となる。
もちろん、ちゃんと罠感知はしながら進むけどね。
「先頭を歩くのは気分がいいですわ。ふんふふ~ん」
「普通は怖がるもんだけどな。おまえさん、やっぱり被虐趣味なんじゃないのかい」
「聞き流しておきますわ、ナユタん」
「ナユタん言うな」
そんないつもどおりのやり取りをしつつ通路を進んで行くと――扉があった。
罠は、無し。
たぶん。
続いて部屋の中の気配を探り、聞き耳を立てるが……気配も物音もゼロ。
一応、パルとシュユにも確認してもらったが、ふたりとも同じ答えだ。
「行くぞ」
カウントダウンに合わせて、俺は扉を開いた。
まずルビーが入り、後に続いて前衛、後衛と入って行く。
「何もいないな」
槍をかまえていたのを解き、ナユタは息を吐いた。
どうやらモンスターはいなかったらしい。ここまで来ると、全ての部屋にモンスターが常駐していそうなイメージがあったが、そうでもないようだ。
「ふむ。宝箱があるぞ」
部屋の中央には金属製の箱があった。
かなり大きめだな。
パルなら入ってしまえそうなほどの大きさだった。
「ミミック?」
「かもしれんな」
ここまで大きいと逆に怪しい。
箱に擬態したモンスターの可能性もあるので、気をつけないといけない。
しかし、微妙に邪魔な位置にある。
次の部屋に行く扉の前。
迂回することは可能だが、どうしても宝箱に全員で背を向けることになる。
「素直に開けておいた方が安全か」
しかし、さっきの回転床の罠を見るに――果たして俺に罠を感知して解除することができるのかどうか……不安だなぁ……
「師匠、お手伝いします」
「ありがとう、助かる」
パルを役立たず、とか、レベルが足りない、なんて言うつもりはない。
二重のチェックで罠の有無を確かめて損はないはずだ。
「シュユも手伝うでござるよ」
よし、三重のチェックだ。
というわけで、俺たち三人は慎重に罠感知をしながら宝箱に近づいていった。
宝箱の周囲に罠は無し。
つづいて、箱自体に罠があるかどうか。
振動を与えるために、ナイフを投擲してみるが……反応なし。
ふぅ、と三人で一息ついてから箱へと近づいてみる。見た目に罠らしき物はないので、ナイフをフタの隙間に挿し入れて、一周する。
手応えは無し。
「エラント殿。ここ」
「ん……針か」
フタの角部分に針らしき尖った物があった。ちょうどフタを外す時に指をかけようになる部分だな。
「あ、こっちにもあったよ」
「いわゆる毒針か。他にも注意しろよ」
毒針の位置を避けて、せーの、でフタを持ち上げる。
かなりの重さがあるようだが慎重にゆっくりとフタを持ち上げた。
そのままフタの後ろを覗くと――何か仕掛けがある。
これは液体の瓶か?
まずいな。
「ルビー、手伝ってくれ。フタを平衡に保ったまま移動させる」
「了解ですわ」
ナナメになると瓶の中の液体がこぼれる仕掛けだ。
わざと重いフタにしてある理由が分かった。力の弱い者の方へかたむき、そちらに液体がこぼれて、何かが発動するような仕掛けと思われる。
ルビーに支えてもらうようにしてフタを移動させ、平衡を保ったまま慎重に床へと下ろした。
「はぁ~。罠解除成功だ」
毒針に加えて、液体の罠。
どんな罠だったかは発動させてみないと分からないが、ロクなもんじゃないのは確かだろう。
「中身は……鎧かね、こいつは」
宝箱の中には乱雑に金属製の鎧が入れられていた。
どうやら全身鎧――フルプレートと呼ばれる種類の鎧だ。
質が良さそうに見えるが……俺はパーティメンバー見渡す。
「装備できる者はいないな」
武器ならば使い道はあっただろうけど、鎧となると使える者が限られてくる。
なにより、身長や体型が合わないと簡単に装備できるものでもないしな。
「なら、わたしが預かりますわね」
そう言ってルビーは自分の影の中に鎧をずぶずぶと沈めていく。
まるで闇の中に取り込まれていくようだ。
恐ろしい。
「あとで売ってしまいましょう」
それがいいか。
「では、いよいよ本命か」
この先の部屋が、ドラゴンズ・フューリーがハマった罠のある場所。
それを確認しなくてはならない。
かなり精神力を消耗してしまったが……俺は大きく息を吐いて先を見据える。
なるほど。
これは、結構キツい。
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