~卑劣! 黄金城地下ダンジョン7階・その1~ 2
さて、次に進むべき扉はふたつある。
奥にある扉か、右側にある扉か。
多数決の結果――
「奥か」
またしても多数決に破れたセツナは、ちょっぴり肩を落としている。
運が無いというか、貧乏くじを引くタイプというか。
「あら、わたしとふたりっきりの意見では不満ですの、おサムライさま?」
「そういうわけではないが……」
「では、意見の合う相性の良いふたり、ということです。ほら、師匠さんとニンジャ娘に見せつけてあげましょう」
ルビーはセツナの腕に抱き付こうとするのだが――セツナは素早く逃げた。
「さすがでござる、ご主人さま」
シュユちゃんが嬉しそう。
「もう! そこはわたしに抱き付かれて、ちょっとイヤそうだけどなんだかんだ言って嬉しそうに見える~、っていうのを演出してニンジャ娘に嫉妬させる場面ですわよ」
「「いらないいらない」」
セツナとシュユ、同時に拒絶されてナユタがゲラゲラと笑った。
そんな余裕のあるのも、寒さを防ぐマグのおかげかな。
なんて思いつつ、俺とパルは奥の扉を罠感知した。
「どうですか、師匠」
「問題なし、だな」
ドラゴンズ・フューリーに聞いていた罠の位置は、ここではない。
しかし、だからといって罠が無いとは限らないわけで。
下手をすれば、迷宮が新たに罠を設置している可能性すらある。
「油断せず、確認していこう」
「はいっ」
元気よくお返事できました、と俺はパルの頭を撫でてから扉の向こうに聞き耳を立てた。
「――気配は無いか」
「師匠、あたしもやっていい?」
「いいぞ」
というわけで、愛すべき弟子といっしょに扉に耳をくっ付けて様子をうかがう。
より確実な聞き耳判定だ。
「ん~……なんか変?」
「確かに」
気配は無いのだが、どうにも異音がする。
その異音は、わずかに聞こえるだけであり、何の音かは判別できない。
「お腹の音みたい」
「なんだそれ」
パルの言葉に、思わずパルのカワイイお腹を見たくなった。
できれば手を当ててみたい。
そんな誘惑を全力でぶっ飛ばしながら、どういうことだ、と聞いた。
「ん~……勘」
「なるほど」
適当な答えのようでいて、『勘』というものは否定できない。
なんかイヤな予感がする、と思った時は大体当たるもの。
それは魔力や神聖な神のお告げとかではなく、今までの経験が警告してきた、と言うことができる。
そう。
何も知らない者には勘など働かない。
上手く言語化できないものなんかもあるしね。
特に女性の勘……いわゆる『女の勘』というやつは馬鹿にできたものではなく。
たとえ素人の村娘であっても、ベテラン盗賊を凌駕する観察力を持っているものだ。
わずかな変化を違和感として捉える恐るべき能力。
そう。
浮気など、するべきではないのだ。世の男性の浮気は、だいたいバレてると思った方が良い、とは戦士ヴェラトルのありがたい御言葉でもある。
うんうん。
まぁ、俺が言えた義理はないんだけど。
いいのかなぁ、パルとルビーを両方を好きというか、愛するというか、なんというか。
そこにお姫様が容赦なく加わる気でいるのが怖い。
むしろ、それでいいのか王族の姫!?
と、言いたい。
「逆か。むしろ王族だからこそ、なのか……?」
「んえ? ベルちゃんがどうかしました?」
「いや、なんでもない」
「も、もしかしてベルちゃんのお腹の音とつながりが!?」
「ないない」
そりゃぁヴェルス姫のお腹に耳を当てたくないか、と言われたら全力で、当てたいですぅ、と答えてしまう準備は整っているが。
いや、嘘だけどさ。
冗談だけどさ。
そんなことしたら問答無用でパーロナ王から処刑を言い渡される……気がする。いや、さすがに娘が大事でもそこまではしないだろうか……
う~む。
娘というか、パルのお腹に知らないおっさんが嬉しそうに顔をうずめているのを想像してみる。
ふむ――処刑は決定されたも同然だな。
首が繋がっているのが許されない。
よし、やめておこう。
無しだ、無し。
お姫様のお腹に顔をうずめるなんて素晴らしい行為。
この世で実行できるのは結婚相手だけです。
うらやましいなぁ~、まったくよぉ!
「ふぅ」
よし。
一息入れて落ち着いた。
だいじょうぶ。
俺は冷静だ。
「行けるか、パル」
「いつでも行けます師匠」
よろしい、と伝えてからみんなに合図を送った。
いつも通りのカウントダウン。
ゼロになった瞬間、扉を蹴破りセツナたち前衛が突入した。
先に入った前衛からの報告は――無い。
そのまま後衛の俺たちも部屋の中へと入ったが……
「何もいないのか?」
どうやら行き止まりの部屋だったようで、長方形をしている。壁には扉はなく、ただただ真ん中に柱が一本立っているだけの普通の部屋だった。
「ルビー、柱の裏を見てきてくれ」
「オトリですわね。了解ですわ」
申し訳ない、と思うけど。
これが一番安全な方法であるのだから仕方がない。
まぁ、ルビーが吸血鬼じゃなかったとしても、盾役として役目を担うことになると思うので。
どっちにしてもルビーに頼んでいると思う。
「そこの柱の影に、どなたかいらっしゃいますのー?」
アンブレランスを片手に、ゆっくりと柱へ近づくルビー。
声をかけるが――もちろん返事はない。
しかし部屋の中には、どうにも第三者的な雰囲気がただよっていた。
それが何か、どこにいるのかが判断できない。
もしかしたら幻術の類の罠、なのかもしれないな。
「――おかしいでござる」
シュユが言った。
「何が、おかしい?」
セツナの言葉に、シュユはクナイを取り出し――床に落とした。
クナイは床に落ちる。
そして、音も立てずにその場に転がった。
「音がしていない――!」
床に何か、と思った瞬間には足元が滑るように動いた。
まるで大きな板挟みのように床が持ち上がり、真ん中に向かって動き出す。俺たちは折りたたまれる中に挟まれるような状況になり、床を転がった。
「なんだこりゃ!?」
ナユタが叫びつつ、板挟みになるところを槍で受け止めてくれる。
「それいいですわね!」
ルビーもアンブレランスをつっかえ棒のようにした。
「頼む、ルビー!」
「もちろんですわ!」
めくれあがった床をルビーが殴るようにして穴を開けてくれた。俺たちはその穴から抜け出し、なんとか板挟み状態から脱出する。
「なになになに、なんですか師匠これ!?」
「知らん知らん! 俺も初めてだ!」
慌てて部屋のすみっこへ全員で集まり、その正体を見る。
透明のスライム、と言えばいいだろうか。
それが柱を中心にして、部屋全体に広がっているようだった。いや、柱もよく見ればモンスターの一部のようにも見える。
一部を硬質化させ、挟み込んで押し潰す……ような感じか?
とにかく、何かしらの気配を感じていたのは、すでに俺たちがモンスターの中に入ってしまっている状態だった。
「トラップハウス、というところでしょうか。もしくはモンスターハウス」
「知ってるの、ルビー?」
パルが聞いたが、ルビーは肩をすくめた。
「さすがにこんなモンスターは初見ですわ。どういうことなんでしょう? ダンジョンのためだけに生まれてきたようなモンスターですわよね、これ」
確かに。
部屋の中の柱に擬態するモンスターとか、街の外とかにいるわけがない。
いや、もしかしたら木に擬態していて、未だに誰にも発見されずに人間種を捕食し続けている……という恐ろしい予想はできたが、あまりにも荒唐無稽……ということにしておきたい。
恐ろし過ぎて認めたくないよな、そんなモンスター。
「なんにせよ、正体が露見すれば巨大スライムとそう変わりありませんわ」
手持ちの武器を失ったのでルビーは殴りかかった。
「吸血鬼ぱーんち」
それなりに威力があるはずの吸血鬼パンチ。
パチーン、と弾けてスライムの一部が弾け飛ぶ。だが、それ以外は波紋のように揺れるだけであまり効いている様子はなかった。
それどころか――
「あら?」
持ち上がっていた床部分である板状の体がルビーに向かって倒れてきた。
というか、俺たちも危ないので壁にくっ付くようにして避けるしかない!?
「フッ!」
そんなピンチの状況を助けてくれたのはセツナ。
すばやく仕込み杖を抜刀し、落ちてくる巨大スライムの壁を切り裂いてくれた。切られたスライムを手で支えるようにして難を逃れる。
しかし、前へ突出していたルビーは――
「ふぎゃー」
ずずーん、と叩き潰された。
床とスライムに挟まれる吸血鬼。
まぁ、死にはしないだろうけど……早く助けないと窒息死するな、これ。
なるほど。
トラップモンスターの攻撃は二段構え、ということか。
板挟みにして圧殺するか、それを逃れられて近づいてきたところを圧殺するか。
どちらにしろ、素早く動かせるのは床に擬態していた部位のみ。
となると――
「弱点は柱と見た」
セツナの意見に全面的に同意!
「総攻撃だ!」
というわけで、俺たちは床に挟まれたルビーの救出を後回しにして、中心にある白い柱へと向かった。
またしても板挟みにしてこようとするはず。
その前に一気に倒してしまわないといけない。
「うりゃああああああ!」
パルもシャイン・ダガーで連続で斬りつけている。俺もその隣で七星護剣・火で柱を連続攻撃した。
こういう場合、やっぱり盗賊って一番攻撃力が弱いので、前衛組の邪魔にならないようにはしたい。
セツナの仕込み杖とナユタが取り戻した赤の槍、そして七星護剣・木を思いっきり振り下ろすシュユ。
倭国組の攻撃が見事にハマり、白い柱はずぐりと音を立てて折れた。
もちあがっていた床の体は、力を失ったようにずしーんと落ちる。
ので。
「うぐぅ」
ルビーが無駄にもう一撃くらったことになってしまった。
まぁ、それもすぐに消滅したので無事に助かったとは言えるけども――
「わりと余裕じゃん」
床に倒れていたルビーは、なぜか分かりやすく両手両足を直角に曲げて、親指と人差し指と小指を立てた謎ポーズをしている。
カエルがそのまま潰された、と言えばイイだろうか。
わざわざそのポーズを取ってつぶされるとか、ちょっと遊び過ぎじゃないか?
「ほれ、ルビー。あんまりふざけてるとセツナに怒られるぞ」
「それはあんまりなのでは!?」
ガバッと白タイルから顔を引き剥がすようにしてルビーが抗議してきた。
「なんだかわたしばっかり攻撃をくらっている気がします。師匠さんは女の子がモンスターに攻撃されているところを見るのが好きなサディストだと思われますわよ?」
「心外だ。おまえが無駄に前へ出るからだろ」
「……はい?」
ルビーは考え込むように首を傾げた。
「ちょ、ちょっと覚えがありませんわね。あ、金が落ちてますわよ、わーい」
ダメだこりゃ。
とりあえず、トラップハウスというか、トラップモンスターというか。
ダンジョンに特化したモンスターもいる、ということを肝に銘じつつ。
先へと進もうか。
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