~卑劣! 冗談と本気の境界~
黄金城の入口はいつだって冒険者たちで溢れている。
ルーキーからベテランまで様々だ。
色んな種族がいて、いろんなパーティがいて。
いろいろな装備を整えた冒険者たちが、黄金城の門前で装備点検をしているのは、もはや黄金城の日常風景と言えた。
そんな風景のひとつ、と成りたいところだが……
やはり、俺たちの風貌は注目を集めてしまうらしいが。
なにやらジロジロとした視線を受けるのは――そろそろ仮面の集団だから、ではなさそうだ。
「噂が廻り始めたか」
セツナがぼそりとつぶやいた言葉に俺はうなづく。
恐らく、キッカケとしてはドラゴンズ・フューリーを助けたこと、かもしれないな。
奇妙な仮面の集団から攻略組へと昇進したわけだ。
攻略組というだけで黄金城では奇異の目で見られるわけで、それが仮面付きともあれば尚更だ。
面白集団だと思ってたヤツらが、実は大真面目だった。
なんて。
誰でも見てしまうものだろう。
道化がお姫様を救う英雄譚など、未だに聞いたことがないのだから。
「今ごろ、賭けの対象になってるかもな」
「あら、どんな内容ですの?」
興味深そう、というよりも楽しそうにルビーが聞いてきた。
賭けに参加しようとしているに違いない。
「何日で全滅するか、だ」
「それだと永遠に決着が付きませんわね。クリアするんですもの」
つまんない、とたいまつをぶんぶん振りながら進み始めるのを苦笑しつつ追いかける。
俺たちが黄金城の中へと進むと――やはり、後ろからゾロゾロと人が付き従うように移動し始めた。
「師匠~」
うへぇ、と後ろの気配をチラチラと探りながらパルが声をあげる。
「仕方がないだろ。ちょっとでも楽をするのがダンジョンのセオリーだ」
大真面目にダンジョンを進んでも、楽をしても、結果はほとんど同じなわけで。
自分たちの目的階層までは戦闘をできるだけ減らして進みたいのは、誰もが同じ。
というわけで――
「地上一階を走れ」
「鬼ごっこ、でござるな。あ、こっちではオーガごっこというんでござる?」
「なぁにそれ?」
知らない遊びなのでパルが聞き返した。
タッチしたら追いかける者が入れ替わる、追いかけっこの遊びらしい。
いやいや、それってレッサーデーモンの類の喰われたらその人間に成り代わる、というニュアンスじゃないか……
「義の倭の国……恐ろしい……」
「カカカ」
俺のつぶやきを聞いてナユタが笑った。
やっぱり文化が違うんだなぁ、と思いつつ、はぐれないように走る。
地上階を適当に走り回ればすぐに後方の冒険者たちを撒くことができた。
視線がゼロなのを確認してから、転移の腕輪で地下五階の街まで転移する。
「ふぅ」
無事に、ルビーの残した意味のあるようでまったく無いメッセージの前に転移完了。
「さて、先に依頼を進めるか」
セツナは手紙を取り出す。
「ママからの心配でちゅ手紙ですわね」
「でもナライアさんは注意しろって」
パルはちょっぴり心配そうに言うけど、まぁ大丈夫だろう。
この年代の男の子っていうのは、背伸びしたい年頃だ。成人したての頃は、それこそ大人として扱われるので緊張感もあるが、そこから二年も経てば気分も変わる。
つまり、一人前になった気でいるが、まだまだ子ども扱いされてしまうこともあり。
なんというか~……変になってしまうんだよなぁ。
十四歳。
いろいろとやらかしてしまう年代。
それを笑っていいのは、それこそ年上の女性だけだろう。
年上のお姉さんだけがそれを笑っても許される。
そう。
俺たちは笑えない。
なにせ、同じことをやってきたし、気持ちもすっごく分かるので。
「怖い人でござるかな」
「荒れてるって言ってたし、そうかもしれねーな」
シュユとナユタは警戒している感じか。
まぁ、そっち方面でもある。
大人の話というか、アドバイスがすべて鬱陶しく感じられることもあるので、まるで冒険者のルーキーからベテランに足を踏み入れたところ、みたいな状態だ。
ここで調子に乗ると死ぬ。
色々と痛い目を見ることも多い。
だが。
死んでないってことは、実力はある、と言えるので……
なるほど。
無駄に実力があるせいで、誰も咎められない。
そんな感じか?
自分は世界で一番強くて偉い人間である。
と、思っているのかもしれない。
貴族であれば、尚更か。
「まずは聞き込みか」
依頼してきた執事のような男によると、件の人物は地下五階を根城としているようだ。
なので、まずはどこにいるのか確かめないといけない。
ナライア女史が知っていたくらいだ。
そこそこ有名なはず。
というわけで、適当な食べ物屋を開いている商人の屋台に移動する。
地上ではオンボロと表現されるであろう屋台でも、この地下街では立派な建物だ。なにせ、こんなところまで木材を運んできたのだから。
商魂たくましい商人には敬意を払いたいところだが、売っている物は硬い干し肉を焼いたもの。しかも恐ろしく値段が高いので、商魂も行き過ぎるとどうかとは思う。
「すまない、主人」
「おう、いくつ買う?」
「ふむ。では人数分もらおうか」
「ほらよ」
炭火で適当に焼かれた干し肉を受け取る。
まぁ、美味しそうではあるのだが……それ以上に硬そうだし、しょっぱそうだ。
「にへへへ」
「なんだ、そんなに嬉しいのかお嬢ちゃん。ほらよ、オマケだ」
「ホント!? おじさん大好き!」
「お、おう……へへへ」
「わたしも大好きですわ。今晩、ごいっしょにいかがかしら?」
「ありがたい申し出だが子どもと寝るつもりはねぇなぁ。ほらよ、オマケが欲しいなら、そう言いな」
商魂たくましい商人は倫理観が正常だった。
道徳って素晴らしい。
「……師匠さんといると、忘れがちになってしまいますわね」
「安心しろ。世界が間違っているんだ。なぁ、セツナ」
「うむ」
うなづくセツナを見てシュユがびっくりして、ナユタがケラケラと笑っている。
「おまえらディスペクトゥス・ラルヴァだろ。有名になってきてるぜ」
「ふむ。では、肉を買わずとも教えてもらえたか」
「それとこれとは話は別だな、白仮面の兄ちゃん。で、何が聞きたいんだ?」
「『ダイス・グロリオス』のデレガーザという者を探しているんだが」
セツナからその言葉を聞いた瞬間、商人はすこしイヤな顔をした。
俺らが厄介者、というわけではなく、どうやらあまり聞きたくない名前らしい。
「こういっちゃなんだが、あんまり関わるような連中じゃないぜ」
「そのようだな。手紙を預かって、届けるだけだ」
「ならいいが……」
商人はチラチラとパルやルビー、シュユとナユタへ視線を向けた。
「たぶん、嬢ちゃんたちに絡んでくるはずだ。女癖の悪いヤツだからな。噂じゃ下は8歳、上は80歳までイケるって話だ」
俺たちの同士……とは、言えないか。
イエス・ロリィ、ノー・タッチの原則は守らなければならない。
8歳だって?
冗談じゃない!
10歳が至高だろうが!
「上まで幅広いですわね。それは相手がエルフの話ですの?」
「悪いがニンゲンだ。ドワーフでもエルフでも獣耳種でも有翼種でもハーフリングでもない。女なら何でもいいってガキだ」
「それは素晴らしいですわ」
人間大好きな吸血鬼が満面の笑みを浮かべる。
「人を年齢で見ることなく、性別で見ている。なかなかできることではありません。随分と素晴らしい概念をお持ちのようですわね。お話するのが楽しみですわ」
「嬢ちゃんはアレなのか。その年齢で男なら誰でもいいってタイプか?」
「失礼ですわね。わたしは師匠さん一筋です」
なんだそのチグハグな意見は、という視線をルビーではなく俺に向けられた。
分かります分かります。
俺も意味不明です。
ぶっちゃけ、俺も容姿とか性格じゃなくて、血の美味しさだけが目的と思われてるんじゃないか、と疑う時もあるので。
「あたしもあたしも。師匠大好き!」
「兄ちゃんはアレか」
「アレじゃないですよ」
「そ、そうか……ま、まぁ頑張れよ」
よし。
俺の名誉は守られた。
そうだよな! そうだと言ってくれ勇者!
「で、『ダイス・グロリオス』のデレガーザはどこを根城にしているんだ?」
「向こうにある宿だな。『ルーザーズ・フィールド』だったか。そんな名前の宿がある」
イヤな名前だな。
冒険者が泊まるとなると、皮肉が効いている。
「負け犬広場? 大層な名前だな」
ナユタの苦言に商人も苦笑する。
意訳ではあるが、そんな感じか。倭国民だからこその感覚なのかねぇ。より一層と皮肉の利いた名前になってしまった。
むしろ、そんな宿を根城にしているのが十四歳らしいといえば、らしい、のだが。
コジれてるねぇ……
笑えはしない。
通ってきた道だ。
うん。
「気をつけなよ」
「ありがとう」
商人に礼を言ってから立ち去る。
さてさて、パルたちを置いていきたいのはヤマヤマだが……ここで別行動するのも危険なのは同じだ。
なにせ目立ってきたし、名前も通ってきたからなぁ。
不思議なダンジョンへ行く以外はできるだけ行動は共にしていたほうが良いだろう。
教えてもらったルーザーズ・フィールドへと移動する。
まぁ、地下街でどこも同じような『あばら家』。隙間だらけのオンボロに見える宿で、外から覗こうと思わなくても中が見える。
そんなあばら家でも比較的マシな部類がルーザーズ・フィールドのようで、荒れくれ者たちの中でも、そこそこ余裕のある連中が根城としているようだ。
もちろん、お金のある場所には娼婦や男娼が集まってくる。
地上よりも尚のこと激しい姿と言えば伝わるだろうか。
もう見えてるじゃん、ってくらいの薄着で宿の近くで『立ちんぼ』をしている。
「おぉ~」
パルが感心するように男娼を見た。
もう女の子じゃん。
かわいい下着付けてんじゃん。
目が合ったのか、男の子はにっこりと笑ってパルを見た。
「見ちゃいけませんパル」
「にひひ。大丈夫だよ、師匠。あたしは浮気しないもん」
「いや、でも、しかし……う~ん……」
「嫉妬ですわよ、パル。こういう時は甘んじて受け入れておけば、師匠さんは喜びます。独占欲というやつですわ」
冷静に解説しないで、ルビーさん。
「なるほど。安心してね、師匠。あたしの全部は師匠の物だから」
「よぉし、一泊していくかパル」
「はいっ!」
今から俺たち、一線を越えます!
「エラント殿パル殿、冗談は後にしてもらいたいのですが」
なぜか商人モードの笑顔でセツナ殿が迫ってきた。
「あ、はい」
「ごめんなさいっ!」
「ルビー殿もあまり甘言を使わないでもらいたい」
「あ、はい」
ルビーも怒られた。
残念。
俺たちの一線は、まだまだ遠い場所にあるようだ。
まぁ、冗談だったけどね。
「え?」
「え?」
冗談だった……よね?
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