~卑劣! イキり散らかす恥ずかしい病気~

 ルーザーズ・フィールド。

 ナユタ曰くの『負け犬広場』に入ると――


「泊まりですか、それともその女を抱きますか」


 くひひひ、とイヤらしい笑みを浮かべる太った商人が受付らしきカウンターから声をかけてきた。

 どうやってこんな所まで来ることができたのか、理解不能でダンジョンの謎と同じくらい不可解なくらいにお腹がでっぷりとしており、不自然なくらいに肌が白い。

 そして、頭にかぶった帽子を挟むようにして生えている、垂れたピンクの耳。

 どうやら獣耳種のようで……予想でしかがないが『豚タイプ』のようだ。くるん、と細く巻いたしっぽを確認できれば確実に言えるのだが……

 おっさんのしっぽをわざわざ確認したくないので、豚ということでいいや。

 そんな太った豚商人がジロジロと下卑た視線で俺たちを見てくる。

 恐らく俺たちのことはすでに知っているはずだ。

 品定めをしているフリ、というのが正解だろう。

 もっとも。

 それを指摘したところで何も起こらないわけで。

 粛々と依頼を達成することを優先するべきだ。

 セツナもここまで仮面を付けながら旅をしてきた人間であり、そのことは重々に承知している。

 豚商人の視線にかまうことなく、用件を告げた。


「『ダイス・グロリオス』のデレガーザ殿を探している。この宿にいると聞いたのだが、おられるだろうか」


 セツナの質問に豚商人は目を少しだけ開いてみせた。

 何か意味はあるんだろうか、その演技に。驚いている、と見せかける意味はちょっと分からない。

 まさか実際に驚いているわけではあるまい。


「あぁ、どうだったかな。ちょっと記憶が曖昧でしてね」


 豚商人は短くも見える腕を組んで、考えるフリをした。

 セツナはため息を吐くこともなくカウンターにお金を置く。

 上級銀貨1枚。

 この地下街では『はした金』もいいところなのだが……この程度の情報ではこれくらいが妥当だろうか。

 豚商人は銀貨を持ち上げ、親指と人差し指で挟むとスリスリと指を動かした。


「おやぁ、おかしいですね。音がしない」

「はぁ。強欲な商人だ」


 セツナは上級銀貨をもう一枚、カウンターの上に置いた。

 豚商人はそれを持ち上げ、重ねる。同じように指を動かすと、シュリシュリと銀貨同士がこすれる音がした。


「そうそう、これこれ。この音を聞くとね、いろいろ思い出すし、喉のすべりも良くなるんですよ」


 くひひひひ、と豚商人は笑う。

 まぁ、商人らしいと言えば、らしい態度、ではある。

 こんなところでずっと商売を続けているんだ。

 冒険者に嫌われないギリギリの程度を弁えているんだろう。

 それは商売上手とも言えるし、上手く生きているとも言える。

 まぁ、でも、しかい、だ。

 ずっとこんな地下にもぐっていたのでは、人生の楽しみも何もあったもんじゃない。

 手に入るのはお金ばかりで。

 美味しい物も食べられないだろうしなぁ。


「それで、デレガーザ殿がどこにいるか教えてもらえるだろうか?」

「そう話を急ぎなさんな、ディスペクトゥス・ラルヴァの旦那」


 やはり俺たちのことを知っていたか。


「こちらはさっさと攻略を開始したいのでね。用件を済ませてしまいたい」

「まぁまぁ、そう急がず。そちらの話も聞くんだ。こっちの話を聞いてくれても良くはないですかな」


 ぐふふ、と豚商人は鼻を鳴らすように笑った。

 そこまで豚に成り切る必要はないんじゃないか、とも思うが。

 これもまた商人の生きる道なのかもしれない。


「なんだ? 荷物運びでも依頼するのか?」


 いえいえいえ、と豚商人は大げさなほどに首を横に振る。しかし、脂肪で隠れているので首も見えないし、つられてでっぷりと太ったお腹がゆっさゆっさと揺れた。


「実は娼婦の斡旋も行っておりましてね。そこのお嬢ちゃんたちは良い値段になりそうだと思いまして。どうでしょうかぁ、あなた方だけではなく冒険者の皆さまにお嬢さん方を平等に提供するというのは」

「話にならん」

「あぁ、もちろんお金は弾みますとも。年齢がお若いですからねぇ。本来なら半額にも届かないでしょうが、特別に正規の料金を払いますとも。それに加えて売り上げの30%を旦那さまに払ってもいい。ぐふふ、将来は化けますよぉ、そこのお嬢さんたちは」


 ふむ。

 見る目はあるな、豚商人。

 パルとシュユは――うわぁ~、という目で豚商人を見ている。

 ルビーは嬉しそうだ。


「おいおいおい、そこの豚。おまえはどこに目を付けてんだ、えぇ?」


 そして、唯一娼婦の候補に上がらなかったナユタが笑いながら豚商人の胸ぐらを掴み上げる。


「ぶひひひ。ハーフ・ドラゴンさまは需要が謎でしてね。あなたは娼婦ではなくボディガードとして雇いたいくらいですよ。お強いのでしょう?」

「ふん。間違っちゃいないがウチの須臾とパルをそんな目で見るんじゃねーよ。こいつらは娼婦でも情婦でもねぇ。立派な戦士だ」


 ナユタがそう啖呵を切る。

 この場合の戦士とは、職業ではなく『戦う者』という意味だ。


「あら。わたしは含めてくださいませんの、ナユタん」

「ナユタん言うな。おまえは戦士じゃねぇ。道楽者だ、遊び人」

「裏を返せば賢者ということですわね」

「愚者を裏返しても愚者は愚者だろうがよ」


 ナユタはフンと鼻を鳴らす。


「おやおや、仲良きことですな。ぐふふ、黒いお嬢さんとハーフドラゴンさま、ふたりで一組となれば売れますぞ。珍しい種族の方を抱くのが好きな人は多い。ハーフドラゴンさまなら、二倍の料金でも抱きたいという方がおられるでしょうな」


 むしろおまえが抱きたいんじゃないか、という勢いで豚商人は鼻息を荒くした。


「お断りだ。さぁ、おまえの話は聞いたぞ。次はこっちの話だ」


 セツナのお断りに、残念です、と豚商人は大げさなほどに落胆し、息を吐いてみせた。

 どこか演技染みているし、なにより『らしい雰囲気』がある。

 もしかすると、これが豚商人の『予防線』なのかもしれない。

 こうやって微妙にイヤな人間を演じることによって、味方と敵を作っていないのかもしれないな。

 誰とも仲良くなければ、恨みを買うことも買われることもない。

 こんなところで強欲にガメつくお金を稼いだところで、誰にも羨まれることもない。

 そんな寂しい生き方をしているようにも思えた。


「――買いかぶり過ぎか?」

「どうしたんです、師匠」

「なんでもない」


 肩をすくめておく。

 明日の朝、新参者が死体で見つかってもおかしくないような場所だ。

 他人のことを考えるのは時間の無駄だな。

 そう思って、観察を終了した。


「デレガーザはちょうど奥の部屋にいますよ。ぐふふ、お楽しみの真っ最中かもしれませんが」


 娼婦を買った、というわけか。

 まぁ、確実にいるのならタイミングが良い。

 俺たちは豚商人にお礼を言ってから奥へと進んだ。

 あばら屋らしく、壁には隙間だらけ。

 あちこちから人の気配が漏れているし、声も聞こえてくる。

 壁の扉には適当に彫られたような数字が刻んであった。部屋番号だろう。それらを眺めながら教えられた数字を探していくと、奥にその扉はあった。

 セツナは躊躇することなく扉をノックする。


「あぁ?」


 中から男の声が聞こえた。

 ふむ。

 この声質から言って、年齢は間違いなく14かそこらだな。

 若い。

 それでいてイラ立っているのが分かる。たかがノックにケンカ腰だ。相当に荒れてるのが理解できるというか、なんというか。

 それをモンスターにぶつけていれば良いのだが……こういうタイプは全方面にぶつけるからなぁ。

 何にもしなくても敵対してしまう、厄介なタイプだ。

 前を横切っただけでもケンカを売られたと感じてしまうので、対策のしようもない。


「失礼する」


 扉の役目を果たしていないような扉を開けると、裸の少年がそこにいた。

 布団の上にあぐらをかくように座っている。


「あわわ」

「おっと」


 シュユちゃんとナユタちゃんが慌てて後ろを向いた。

 パルがジロジロと見ているので、両手で目を覆っておく。


「見えないです師匠」

「俺だけを見ろ」

「――好き」


 パルの両目に添えている手の上に、パルの手が重ねられた。

 絶対に見ないぞ、という意思を感じられる。

 う~ん、好き。


「なんだおまえら」


 デレガーザ、と思わしき少年は悪態をつくように俺たちを見た。

 なるほど――ガキだな。

 身長はそれほど高くないし、身体も出来上がっていない。意識だけは増長したようなタイプではあるが、横に転がっている装備品はなかなか良い物だ。

 おそらく武器や防具の力とパーティメンバーの力でここに留まっているようなタイプか。

 それを自分の力と思い上がっているのかもしれない。


「師匠さま」

「大丈夫だ。こっちから手を出さない限り、向こうも何もしてこない。シュユも、いいな」

「――分かったでござる」


 デレガーザに危険を感じたのではない。

 何者かが俺たちを監視している。

 隣の部屋か――なるほど。

 隙間だらけの部屋が逆に護衛にも適しているというわけか。

 デレガーザの部下か、パーティメンバーだろう。

 過保護なことで。

 余計にこのおぼっちゃんが調子に乗っちゃうからやめたほうがいいと思うんだけどなぁ。

 これ、きっとデレガーザ本人は気付いてないぜ?

 申し訳ないけど、娼婦と遊んでるところもバッチリ監視されながら護衛されてしまっている。

 かわいそうに。

 プライベートが筒抜けじゃないか。


「なんだ、おっさん」


 悪態をつく少年。

 そんなデレガーザを意にも留めず、セツナは手紙を取り出した。

 足元に転がる娼婦を避けて、デレガーザにそれを渡す。


「手紙を預かってきた。それだけの用事で、君に関しては特にどうという用件もない。では確かに、デレガーザ殿に渡したぞ」

「ちっ」


 少年はそれを受け取ると――中身を確認することもなく封筒ごと破り捨てた。

 まぁ、そうするよな~。

 ママからのお手紙だもの。まかり間違っても、誰にも見せることもできないし、見られたら尊厳が死ぬ。


「では、これで失礼する」


 依頼達成だ。

 簡単な仕事でなにより――で、終わるわけがない。


「待てよ、おっさん」


 デレガーザが呼び止めた。


「いや、おっさんらはいらねーわ」


 デレガーザはニヤニヤと笑う。


「その女どもを置いて、さっさと帰れよ」


 パルとルビー、そしてシュユとナユタを見て少年は粋がるように笑った。


「俺が抱いてやるよ」


 あぁ~ぁ。

 まったくもって、恥ずかしい。

 やだやだ。

 これだから十四歳っていう年齢は、よろしくない。

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