~卑劣! 生きる屍の助言~
装備を新たに。
「しゅっぱーつ」
「おー、でござる」
俺たちは黄金城地下ダンジョン攻略を再開することにした。
「不思議なダンジョンは後回しですの?」
「先にこいつの性能も確かめておきたい」
いってらっしゃいませ、と看板娘のマイが丁寧に頭を下げてくれるのに手をあげて挨拶をしながら、俺は新しい装備であるマグをコツンと手で叩いた。
魔具『カリドゥム・セルヴァ』。
寒さ対策で作ってもらった新しいマグであり、その効果がシッカリと発動しているかどうかの実験はまだ出来ていない。
なにせ、学園都市は普通に『秋』の気温だ。
いわゆる冬対策のようなマグなので、実験してみるのはなかなか難しい。
まぁ、『冬の国』とも呼ばれているヒエムス・パトリエ国に転移しても良かったのだが……
「もしもマグが不完全であった場合――俺の知っているヒエムス・パトリエ国はヤバイ」
「そうなのか?」
セツナ殿の言葉に俺はうなづく。
「なんの防寒対策もせずに行くとマジで死ぬ。行くなら夏がおススメだ」
ある意味、魔王領よりも危険な場所だ。
砂漠国と同じく、人が住むには過酷過ぎる場所。
雪と氷と夜と静寂。
冬になると、なにもかもが凍ってしまう世界。
まるで時間すらも凍っているようにも思えた国だ。
雪と氷、夜と静寂。それら『静』に関する神への信仰が篤い結果として生まれた国なのだが……そうまでして過酷な環境で生きていく信仰心が俺にはよく分からない。
と、神への信仰に色々と考えてしまう国だ。
まぁ、そんなところへ転移して確かめるより、実際にダンジョンにもぐって確かめたほうが分かりやすい、と言える。
冬の国で使い物にならなくとも、ダンジョンの寒さに耐えるだけで良いのだから。
求めているのは、あくまでダンジョン探索用のマグなので。
もちろん、氷の国であるヒエムス・パトリエ国でも有用であれば良いのだが。
多くを求めすぎて成功しているものを失敗と評するのは愚かではある。
しっかりと物事を見極めていきたいものだ。
そうこう話していると、見知った人物がひょこひょこ前を歩いているのが見えた。
「ナライア女史」
「お? やぁやぁ待っていたよ、『ディスペクトゥス』諸君」
俺たちに気付いたナライア女史は、義足の足を少し持ち上げるようにして笑ってみせた。
「お散歩ですか?」
「そうだよ、サティス。もしも黄金城の魔物が外に出た時に、私も戦わなくてはならない。その時になって剣を取っては手遅れだからね。まさに『足手まとい』にはなりたくないのさ」
あっはっは、とナライア女史は自虐で笑う。
それ、笑っていいのかどうか微妙なラインなので、非情に対応が難しいです。
「素晴らしいお考えですわね。見習わねば」
「ふふ、君は良い精神をしているね、プルクラ」
「あなたのような高潔な人間種には敵いませんわ」
謙遜する吸血鬼。
むしろ、ルビーのほうがナライア女史を気に入っているようだ。
「とろこでディスペクトゥス諸君。君たちは手紙を預からなかったかい? ちょっと小耳に挟んだのでね。あぁ、安心してくれたまえ。私の耳はまだちゃんと付いているよ」
わざわざ耳を見せてくれるナライア女史。
耳フェチにはたまらない状況だろうけど、残念ながら耳に欲情するような特殊性癖になった覚えはないので安心だ。
あと、それも笑っていいのかどうか分からないので。
対応に困ってしまう。
まぁ、本人が笑って欲しくて言っている冗談なので、笑ってもいいんだろうけど。
「ほえ?」
それはそれとして、パルのお耳は可愛いなぁ……と、思って見たらバレた。
なんでもない、と言っておくけど、なんだか気になったみたいでパルは自分の耳を触っている。
かわいい。
「どこでその話を聞いたんですか……というのも、愚問ですかね」
「愚問だよ、セツナ。すでにおまえ達は名が通ってきている。その仮面は、すでに看板になりつつもあるぞ。どうだい、改めて私に冒険譚を聞かせてくれないか。レクタ・トゥルトゥルの件は心が踊った。もっと他にも面白い話があるだろう!」
義手を含めて、ナライア女史は両手を大きく広げる。
大げさなポーズだが、それが不思議と似合ってしまっているのが問題だ。
なにより、ここは往来のど真ん中。
いつだって冒険者が溢れている黄金城でも、やっぱり目立ってしまうわけで。
看板となっている仮面が、余計に目立つことになりそうだ。
「冒険者ではなく吟遊詩人になったらどうだ、ナライア女史」
冒険譚と言えば、吟遊詩人。
酒場で人気の職業ではあるし、彼女にならピッタリと思ったのだが――
「ははは! 実はその道を目指したこともあったんだが……」
あ、しまった。
そうか、片腕では楽器が――
「私は音痴だったのだ」
「あ、そっち」
「うむ。君は楽器を使ったことがあるかね?」
俺は首を横に振った。
生まれてから今まで、残念ながら楽器という物に触れたことはない。
せいぜい手拍子くらいだろうか。
まだ勇者とふたり旅だった頃、おどけて歌うあいつに合わせて手を叩いたりした程度。
楽器なんていう高価な物を持ち歩くには、勇者の旅は過酷過ぎる。
まぁ、たとえ楽器が手に入ったとしても、戦闘や冒険に役立つわけではないので持ち歩く意味はないけどね。
「悪い物ではないのでおススメしておくよ。そういえば義の倭の国では独特な楽器があると聞いた。確か、シャク……シャクハッチだったか?」
「尺八ですよ」
セツナが答える。
シャクハチ……確か、笛だったか。
そう、それだ! とナライア女史は嬉しそうに答える。まるで子どもみたいな表情だ。
「楽器はいい。音楽とは冒険譚を豊かにするものだ。冒険の後で皆が飲み語らい、酒を酌み交わす。あの場に賑やかな音楽があってこそ、盛り上がるというもの」
やはり、ナライア女史のすべての根幹には『冒険者』がある。
もはや呪いだな。
「シャクハチもやってみたいものだ。なかなか気持ちの良いものだと聞いている」
「ん。んん」
「お、おう」
なぜかセツナとナユタの反応がおかしかった。
「ナライア殿、尺八は静かで落ち着いた楽器でござる。あまりどんちゃん騒ぎには似つかわしくないでござるよ」
「そうなのか、シュユ? それは残念だな。だが、ひとつ私の知識が増えたのは間違いない。これでシャクハチをめぐる冒険をすることになっても困ることはないな」
全ての事柄は冒険に通じる、とでも言うつもりなんだろうか。
……言うつもりなんだろうな。
なんだよ、シャクハチを巡る冒険って。
仮にあったとしても、それは音色は関係ないだろうに。
「シュユ。君はニンジャだが、シャクハチの修行などはあっただろうか?」
「あったでござる」
「ほう! それは興味深い。どんな音色を奏でるんだい?」
「静かだけど、上手くやると高い声も出るそうでござる。シュユは模擬的な練習しかしていないので、実際にはやったことがないでござるよ」
声?
義の倭の国では、音を声と表すのか?
なるほど。
さすがミヤビの国でもある。
「そうなのか。いつか本物を吹けるときがくるといいね」
「はい! 頑張るでござる!」
シュユは元気良く返事をして、セツナを見上げた。
なぜかセツナは視線をそらして明後日の方向を見る。
あ~、楽器って高いからなぁ。
きっとシャクハチも値段が高いのだろう。
そうそうと手が出せる金額でもないので、目をそらせたい気持ちは分かる。
しかし……なぜナユタまで顔をそむけているんだ?
もしかして、ナユタも音痴なんだろうか。
歌わされると思って、顔をしかめているのかもしれない。
ハーフ・ドラゴンの弱点を発見、という感じだな。
「おっと、話がそれてしまったな。いやいや、冒険に寄り道は付き物だが、会話の寄り道はあまりおススメされていないらしい。さて、手紙の件に戻ろう」
あぁ、そうだった。
「わざわざ手紙に関して。ということは……渡す相手に何か問題でも?」
「うむ。察しが良くて助かる。少々評判の悪い連中でね。気をつけるように、と助言したくなったんだ。これを老婆心というのかな。年を取ったつもりはないが、お婆ちゃんの話も聞いておくと良いぞ」
「あら。ナライアがおばあちゃまと言うのであれば、わたしなんてすでに骨と皮のスケルトンになってしまいますわ」
「そうかい、プルクラ? 君の骨と皮は美しいぞ」
「スケルトンは否定してくださらないの?」
「ならば、私はゾンビだと思ってね。死んではいるが、まだまだ動き続ける。生きる屍とはまさに私のことだ。いずれ、ゾンビの戦士になるのも悪くはない。冒険者に倒されるのもまた一興というものだ」
狂ってやがる。
とは、口が裂けても言えないな。
後ろでメイドさんが瞳を光らせているし、なんなら助言をもらった相手なわけで。
そんな恩人に悪態をつけるほど、腐っちゃいない。
俺は、まだまだゾンビではないのだから。
「危険な人物なのか」
セツナは手紙を取り出す。
ルビーが内容を読み取ったところ、母親からの激甘ラブコールらしいのだが。そんな手紙を受け取るような人物が危険な存在とは思えない。
「端的に表すのなら、荒れている、というやつだ。君たちにもあっただろう? 十四歳くらいの思い出が」
「「うっ」」
俺とセツナは同時に声をあげた。
その年齢の頃はアレだ。アレなんです。一番ちょっとアレだったんです。
具体的に思い出すと、あぁぁあぁぁああああぁぁぁぁ、って声が漏れるので思い出したくもないし、反省もしたくないのでアレですけど。
まぁ言ってしまえば、勇者アウダクスが一番絶好調な時期であり、その一番の仲間である盗賊プラクエリスが一番調子に乗っていた時期でもあります。
「師匠、どうしたんです?」
「ご主人さま、どうされたでござる?」
パルとシュユが俺たちを心配してくれる。
ありがとう。
でも、放っておいてください。
「私にもあるぞ、その時期が。ちなみに私は邪剣を求めていた。呪われた剣だ。なぜか自分には制御できると思い込んでいたのだが……残念ながら呪われた剣は手に入らなかったんだ。もしも手に入れてしまっていたら、危なかったかもしれない。運が良いのか悪いのか、微妙なところだ」
うんうん、と思い出をふりかえるナライア女史。
強い。
この貴族女史、精神力がバケモノ級に強い。
見習いた――くは、ないか。
うん。
自分の恥ずかしい思い出を自信満々に話せる人物など、勇者アウダとナライア女史のふたりで充分だ。
「それでは、私は散歩の続きを楽しむことにするよ。くれぐれも気をつけたまえよ、ディスペクトゥス諸君。もっとも、酷い目に合ってその内容を話してくれることを期待している私もいるので、何か揉め事を起こしてしまった際は是非とも聞かせてくれたまえ。私を巻き込んでもらってもかまわないぞ。是非!」
面倒事が起こる前に首を突っ込んでくる人を俺は初めて見た。
勇者でさえ、揉め事が起きてしまう前に、それを解決しようとするぞ?
やっぱり狂ってる。
「……とりあえず、ダンジョンに入ろうか」
「そうしよう……」
セツナのうめくような声に合わせて。
俺も静かに答えるのだった。
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