~流麗! お手紙は開けずに読むタイプ~

 不思議なダンジョンから無事に脱出して。

 わたし達は倭国区の宿に戻りました。


「あ、おかえりなさい!」

「ただいま帰りましたわ」


 宿の看板娘に挨拶されましたので、挨拶は返さないといけません。

 マナーです、マナー。

 あと、人間種が楽しそうに挨拶してくれるんですから、お相手をしないともったいない。

 コミュニケーションは大事ですわ。


「しばらくダンジョンに潜りっぱなしだったんですね。皆さんすごいです」

「にへへ~」


 宿娘に褒められて、パルが笑っております。

 ホント、お調子者ですわね。

 もっとも。

 きっちりと『嘘』を真実にする工夫なんでしょうけど。

 まさか転移で学園都市に行っていた、なんて思ってもいないでしょうし。しかも、帰ってきてそのまま不思議なダンジョンに挑戦していた、とも思わないでしょうし。

 もっとも。

 きっちり説明しても信用されなさそうですわよね。

 わたし達、強そうな冒険者には見えないでしょうから。


「そうそう。お客さんが来てらっしゃいますよ」

「客でござるか?」


 はい、と宿娘はうなづく。

 わたし達は首を傾げました。

 客。

 この黄金城でわたし達の知り合いはそこまで多くありませんが……


「貴族の人っぽいですよ」

「メイドさんだった?」

「いえ、執事? なんかビシっとした黒い服を着た初老の男の人」


 もしかしたら、片腕片足の誇り高き貴族女史かと思われましたが――違うようですわね。


「誰だろう?」

「実際に確かめたほうが早いですわ」

「それもそっか」


 あれこれ考えたところで、現状のわたし達にお手伝いできることもないでしょう。

 知り合いでもないのでしたら、余計にです。

 もしも、何かできることがある、もしくは、何かをして欲しいのであれば、師匠さんからサインがあるはず。

 宿娘を利用した伝言ぐらいはありそうですが、それも無さそうですし。

 何も見当たらないし、そういったメッセージがないのであれば、できることはありません。

 余計な詮索はせず、さっさと自分の目で確かめたほうが良いでしょう。


「ルビーちゃんなら、能力を使って誰が来てるかを見れるでござる?」

「やりませんわよ」

「あれ……どうしてでござるか?」

「つまらないですもの」


 そうだったでござる……やら、これだからアホ吸血鬼は、という小娘どもの声を無視して、わたしは宿の部屋へと移動しました。

 部屋の入口の前で、少し耳をすませてみます。

 ふむふむ。

 盗賊ではありませんが、わたしにだってこれくらいはできますとも。


「あたしもあたしも」

「シュユも聞くでござる」


 というわけで、三人でピトッと扉に耳を付けて中の声を聞きました。

 ぼそぼそと漏れ聞こえる声は――男性の物。師匠さんでもセツナでもありません。

 良かった。

 浮気現場ではなさそうです。


「当たり前じゃん」

「分かりませんわよ。こっそりとナユタんと楽しいことをしてるかもしれませんでしたし」

「那由多姐さまはそんなことしません。で、ござる」


 あ、ちょっとシュユっちが怒りました。

 ごめんなさい。

 ちょんちょんと膨らんだほっぺたを突っついて謝辞を表してから、扉を開けました。

 もちろん――


「ただいま帰りましたわー!」


 スパーン! と、勢い良く開けますのでご安心ください。

 わたし、こういう『場』はわきまえておりますので。

 うふふふ。


「――び、びっくりしました……はぁ~、心臓に悪い……」


 師匠さんやセツナっちは気付いてたはずです。

 客人の正体を確かめるつもりも兼ねて扉を開いたのですが……どうやら、『普通の人間』のようですわね。

 冒険者でも訓練された者でもない、普通の執事。

 身なりはきっちりとされているので、およそどこぞの貴族に仕えている者なのでしょう。

 種族は獣耳種。

 犬タイプか、もしくは狼タイプのようですわね。

 驚いたせいで、しっぽがシビビビビと立っております。

 かわいらしいですわ。

 それなりに年齢がいっているらしく、黒髪に白い毛が混じっていますが。

 人間のように白髪なのか、もともとそういう毛並みなのか。

 ちょっとわたしには判断できません。


「あら、失礼しました。まさかお客様がいらっしゃるとは思わず。申し訳ありませんわ」

「いえいえ、大丈夫です」


 老紳士のように執事はにこやかに笑う。

 貴族に仕える者として、時に横柄な態度になる者もいるそうですが。

 この老紳士は大丈夫みたいですわね。

 ドラゴンの威を借るゴブリン、のようなマヌケな人間種でなくて幸いです。


「それでは私はこれで失礼します。どうぞよろしくお願いします」


 老紳士は丁寧に頭を下げるとわたし達にも頭を下げて帰っていきました。

 しっかりと足音が離れるまで待ったあと、わたしは師匠さんに伝える。


「眷属に後を追わせましょうか?」

「いや、その必要はないよ」


 師匠さんは穏やかに首を横に振る。


「なんだったんですか?」


 パルの言葉に答えたのは、師匠さんではなくセツナっちでした。


「手紙を託されただけだ。なんでも地下五階にいる冒険者宛のようでな。どうやら貴族の息子らしい。時折、こうして手紙を出されていると」


 セツナは封筒を持ち上げて見せてくれる。

 確かに、普通の封筒であるし、何の変哲もない。

 魔力等も感じられませんのでホントのホントのお手紙のようです。


「どうしてシュユたちに頼んだのでござる?」

「拙者たち、ではなく正確にはエラント殿たちへの依頼、だな」


 その言葉に師匠さんは、コツン、と仮面を叩きました。


「部屋の借主である拙者が対応しただけ。本来はエラント殿への客人だった。盗賊ギルド……なんだったか?」

「『ディスペクトゥス』ですわね」


 そうそれ、とセツナが苦笑する。


「発音しにくくて悪かった」

「なかなか慣れない言葉ではある」


 義の倭の国は独特の文化がありますけど、言葉遣いもその内のひとつのようですわね。

 名前からして少し違いますし、なんとなくですけど、わたし達の呼称するシュユと、シュユちゃんを呼ぶセツナやナユタの『シュユ』では違いがある感じがしますし。

 やっぱり興味深いですわね。


「で。無事に帰ってきたようだが、どうだった?」

「あのねあのね――」


 パルが喜び勇んで師匠さんに報告している。

 さてさて、報告はパルに任せておいて……

 その間にわたしはセツナが持つ手紙を調べさせてもらった。


「内容は聞いておりますの?」

「近況報告とは聞いている。詳しい内容は聞かされてはいないな」


 ふ~ん、と返事をしながら封筒をチェック。


「なんだ、盗賊の真似事か?」

「そのとおりですわ、ナユタん。毒でも仕込まれていたら、わたし達が犯人にされますもの」

「どうやって毒なんて仕込むんだ? まさかこっちの国では封筒を食べちまうってのかい」

「ヤギの獣耳種の方に怒られますわよ、そんなこと言うと。あなたこそ、お手紙を読まずに燃やしてしまうタイプでしょう」

「あたいは火は吹けないタチでね。あいにくと手紙を燃やすには苦労してるよ」


 もっとも、手紙なんて一通ももらったことないね。

 という悲しい事実は、付け足して欲しくありませんわ。


「では、落ち着いた頃にわたしが出してあげます。お名前を教えて頂けます?」

「那由多だ、那由多。ちゃんと覚えとけ」

「ナユタん了解」

「ナユタん言うな、ルビたん」


 うふ。

 ナユタん大好き。

 お別れするときには鱗を一枚もらえないかしら?

 しっぽのところでいいので、欲しい。

 宝物にします。


「で、毒なんて仕込めるのかい?」

「簡単でござるよ、姐さま」


 シュユたんがクナイを取り出して、説明してくださる。


「たとえばでござるが、封筒の中の手紙に薄い刃を仕込んでおくでござる。クナイの先っちょだけが貼ってあると想像したら簡単でござる」

「なるほど。その先端に毒が塗ってあるってことだね」

「はい。さすが姐さま、理解が早いでござる」


 いやいやそんなことないぞ、とナユタはシュユの頭を撫でるので、ついでにわたしも撫でておきました。


「なんでルビーちゃんも撫でるでござる?」

「かわいいので」

「は、はぁ……」

「それで、ルビー殿。何か仕掛けられてそうかな?」


 セツナの言葉に、わたしは首を横に振りました。


「いいえ。完全に紙だけのようですわね」


 蝋で封をしている封筒。

 それを外から確認するのは盗賊ではないわたしにとって至難の技。

 ですので、ちょっとしたチートを使いました。

 影です。

 中にちょちょいのちょいと影を入れてやれば、刃や毒の有無くらいはすぐに分かりますからね。


「なんなら手紙の内容も読み取れますわよ。インクか、そうでないかの位置を割り出して、それを文字化させれば可能でしょう」

「なんだそのバケモノみたいな所業」

「失礼ですわね、ナユタ。わたし、これでも吸血鬼です。バケモノではありませんわ」

「そうだった。バケモノだったわ」

「だから、バケモノじゃないって言ってるじゃないですか。噛みますわよ」

「あぁ、すまん。悪かった」


 素直に謝るのでしたら、最初から言わないで欲しい……と、思いましたが、たぶん、本気でバケモノって言いましたわね、このハーフドラゴン。

 まったくまったく。

 失礼しちゃいますわね、ぷんぷん。


「で、何が書いてあるんだ?」

「ちょっと待ってくださいね。いま書き出しますから」

「言葉で伝えろよ」

「いえ、そこまでやるにはちょっと脳の要領が……」


 大変ですのよ?

 影から伝わるおぼろげなインクの感覚を形として捉えて、それを文字に変換するのって!

 というわけで、紙に記していきましたが……


「これは……アレですわね」

「アレだな」

「アレでござるな」

「うわっちゃぁ……見ないほうが良かったな……」


 内容は単純明快。

 でろっでろに甘やかすような母親からのラブラブ近況報告ですわね。

 しかも、危ないことしないで早く帰ってくるんでちゅよ~、みたいな内容と、心配で心配でママは夜も眠れませ~ん、みたいな自分語りと、最近は誰ソレがひどいこと言ってきたので、今度息子にあったら潰しておいてね、みたいな内容でした。


「貴族の闇ですわね。滅ぼしますか人類」

「やめてくれ」

「大丈夫です。セツナは対象外ですので」

「いや、そういう問題では……」

「では倭国は残しておきましょう」

「あ、いや、むしろそっちは――」

「え?」

「え?」


 いまちょっと、セツナっちの闇が見えましたわね。


「忘れてくれ」

「そうしますわ。あと、何かあれば相談に乗ります。もちろん、力も貸しますわよ」


 なにせわたし。


「人間種が大好きですので」


 仲良くなった人間のしあわせは、確保したいタイプですの。

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