~流麗! ヒトを映すモノ~

 迷宮エルフ。

 その正体は『鏡』でした。

 人間で言うところの胴体に当たる部分が鏡になっていて、そこに手足と首がくっ付いて浮かんでいるようでした。

 えっちさの欠片もない肉体です。

 非情に面白くありませんが……それは肉体だけでなく行動も同じ。

 襲ってきたかと思えば、出口へと案内しようとする。

 敵かと思えば、味方のように振る舞う。

 まるで絵本の『コウモリ』のようにも思えましたが。

 どうにも雰囲気が違います。

 もっとも。

 明確な『敵』である人型とは、まったく違う存在のようですわね、このエルフ。


「さしづめ、案内人とガーディアンを兼任しているのでしょうか」

「サシヅメ? 爪を刺す?」


 変なところに引っかかるパルですわね。


「結局、とか、つまり、みたいな意味でござるな。いまのところ、こんな感じ、みたいな感じで使うとそれっぽいでござるよ」

「なるほど。ありがとうシュユちゃん」

「どういたしまして」


 この状況でノンキですわね。

 まぁ、混乱されるよりマシですけど。


「案内するわ、付いてきて」


 エルフはエルフでマイペースだし。


「とりあえず案内されましょうか」


 倒すにしても、倒しきれない印象がありますし。

 攻撃が通じていないというか、意に返していないような印象というか。

 手応えみたいなものを一切感じないんですよね。

 拘束はできましたけど、攻撃が当たらないのはどういうことなんでしょうか?


「分からないことだらけですわ」


 ここは大人しく引き返すのが得策でしょうか。

 このまま迷宮を攻略してもいいのですが、一応はエルフが迷宮に閉じ込められた『かわいそうなエルフ』ではないことが確定しました。

 しかし、エルフの正体が明確に分かったとは言い切れませんし、師匠さんに相談してみるのが良いのかもしれません。

 きっと良いアイデアを持っているに違いありませんわ。


「エルフを裸にした、と言えば喜んで話を聞いてくれるでしょう」

「んふふ。師匠、ぜったいに期待しちゃうよね」


 なんだかんだ言って、師匠さんてば男の子ですからね。

 女の子の裸に興味がない少年なんていませんわ。

 それが大人の女性であろうと、幼い少女であろうとも。

 胸の大きさに関係はありません。

 もっとも。

 おっぱいの代わりに鏡があり、そこに自分の顔が映ってしまう裸に興味があるのかどうかは難しいところですが。

 とりあえずエルフが先行するのに合わせて付いていきました。

 鏡は後ろから見ても、鏡。

 普通、鏡は後方からでは確認できないものなんですけどねぇ。

 両面が鏡になっているのは、むしろ有り得ないように思えます。確か、ガラスに何か反射する物を塗りつけてるんでしたよね?

 違います?

 まぁ、とにかく鏡に手を触れると少し隙間ができて『厚み』を確認できますので、間違ってはいないはず。

 それを考えると、両面の鏡は奇妙である、と認識できますわね。


「いや、そもそも攻撃をすり抜ける鏡は奇妙どころじゃないよ?」

「――ごもっともなツッコミですわ、パル。あなた天才って言われません?」

「ルビーは、ホントに良くあたしのこと天才にしてくれるね」

「他人を認めて褒めてこその人生ですわ。人が笑顔で生きていくのは褒め合ってこそですわよ」

「人間じゃないくせに」

「人間種も魔物種も、似たようなものでしょ」


 それもそっか、とパルは笑いました。

 対してシュユは複雑な表情をしております。


「何か魔物に対して思いでもありまして?」

「いえ、シュユはルビーちゃん以外の魔物種を知らないでござるので……これって、世界の常識がひっくり返ることではござらぬか?」

「そう思いまして、秘密ということにしてあります」


 なるほど、とシュユは考え込むように腕を組みました。

 意外と考える頭は持っているようですわね。

 ご主人さまにベッタリかと思っていましたが、さすがニンジャです。主人の考えを盲目的に妄信するのではなく、自分で思考するのは大事ですわ。

 じゃないと、わたしの領地なんて一瞬で滅びますからね。

 ありがとうアンドロちゃん。

 あなたがナンバーワンだ。

 いっそのこと、次に魔王さまに会った時はアンドロちゃんを四天王にしてもらえるように交渉してみたいところです。

 ぶん殴られるかしら?

 でも、それもまた一興ですわね。


「おっと」


 エルフに案内されている状態でも人型の敵は襲ってくるようですわね。

 ということで影を利用して早めに退治しておきます。

 もちろん、落とす金は回収していきますわよ。

 お金は大事ですので。


「ねぇねぇ、ルビー」

「なんですか、今ちょっと忙しいので後にしてもらえると嬉しいです。具体的には、あの屋根の上の弓兵を倒すまで待ってください。ほら、倒せましたわ」

「余裕あるよね、それ」

「ふふん。で、なんでしょう?」

「いつの間に太陽の下で能力が使えるようになってるの?」

「……ん? 能力……? あれ?」


 え?

 あれ?

 そういえば、普通に使ってますね。


「あららららん?」


 思わずわたしはその場で立ち止まって、自分の影を見下ろしました。

 太陽の下では確かに能力が減衰していたはず。

 それはマグ『常闇のヴェール』のせい、とも、おかげ、とも言える状況でした。

 太陽の光を浴びた段階で、わたしの能力はかなり制限されていたはず。普通の人間の女の子くらいの能力になっていたはず?

 そりゃ最近は重いアンブレランスを振り回せるようになったと喜んでいましたが……


「いや、あららららん、じゃなくてさ。もしかして、ずっと使えないフリをしてたとか? あたし達を騙してた?」

「とんでもない! 誓って、嘘はついておりませんわ。むしろ、わたしが驚いています」

「どういうことでござる?」


 状況を把握できていないシュユに説明をしました。

 立ち止まっているのに、律儀に待ってくれるエルフに更なる奇妙な感覚を覚えますが、それはそれ、これはこれ。

 あと無限に湧き出てくる人型を倒しながらもシュユに説明しました。


「つまり、ルビーちゃんは太陽を克服したでござるか」

「そう言えますわね」

「無敵じゃん」

「無敵ですわね。これはもう世界を征服したと言っても過言ではありませんわね。今なら太陽神すら倒せるかもしれません。いえ、倒せるでしょう!」


 おーっほっほっほ、と笑ってみせるわたし。

 憧れのお嬢様に一歩近づける気がしました。


「じゃぁ、マグは外しても大丈夫なのかな」

「きっと能力が減衰するに留まるのでしょう。マグのおかげで太陽の下で歩ける能力が手に入りました。これは神聖なる宝として未来永劫祀り上げるために――あっづぅ!?」


 話ながらマグを装備から外すと、体が燃えました!

 ひいいいい!

 ひだるまですわー!?

 あついあついあつい!


「ぎゃー! ルビー殿! 大丈夫でござるかー!?」

「あはははははは!」


 慌ててマグを装備しなおしましたが……全身が燃え上がってしまいました。

 ぷすぷすと煙が髪から昇っています。

 うぅ。

 こんな情けない姿、とてもじゃないですけど師匠さんに見せられません。

 不思議なダンジョンの中で助かりました。


「笑うなんて酷くありませんか、おパル」

「あははは、ごめんごめん。燃えるだろうなぁ、って思ってたら、ホントに燃えたから」

「そう思ってたんなら言ってくださいまし!」

「ゴミのように燃えたね」

「せめて薪のように燃えたと表現してくださいまし!」


 ごめんごめん、と全然反省してるように思えない態度で謝るパルパル。

 まったくもって失礼な小娘ですわね、ホント。


「えっと……大丈夫なんでござるか、ルビー殿」

「問題ありませんわ、シュユちゃん。ほら、もう治ってるでしょ。遠慮なくルビーちゃんと呼んでくださいまし」

「心配したんでござるよぅ……大丈夫でござるのよね、ルビーちゃん」

「大丈夫? 早く脱出したほうがいいわ」


 なぜかエルフも心配してくれました。

 ふ~ん。

 なるほど。

 ちょっと分かってきましたわね。


「鏡は姿を映すものですが……どうやら、このエルフの鏡は『人の心』を映しているのではないでしょうか?」

「んえ? どういうこと?」


 とりあえず、再び脱出するために進みながらわたしは説明しました。


「簡単に言えば感情でしょうか。基本的にはダンジョンから出るように促すエルフですが、敵対した時は敵対しました」

「それは当たり前なのではござらぬか」

「えぇ。ですが、敵意を納めた時には再び元の状態に戻りました。普通、相手に襲われてそう簡単にコロコロと態度は変わりませんわ」


 確かに、とパルとシュユはうなづく。


「怒りには怒りを、不平不満には不平不満を、心配には心配を返すのがこのエルフの鏡なのでしょう。もしかしたら、不思議のダンジョンに入った時に『迷い込んだ』という不安を映しての脱出を促す態度なのかもしれません」


 詳細は分かりませんが、とわたしは肩をすくめた。


「つまり、突然襲いかかる人物には突然襲いかかってくるエルフになる、ということでござるか」

「自己防衛にもなる、ってこと?」


 そうでしょうね、とわたしはうなづく。


「先ほどエルフはわたしの心配をしました。それはシュユっちの感情を鏡映しにしたのかもしれません。もちろん、確実なことは言えませんけどね」


 ですが、と付け足す。


「攻略の糸口は見えた気がします」

「どういうこと?」

「この不思議なダンジョンは『鏡の世界』ではないでしょうか。シュユっち、あなた確か、無限に続く日ずる区を見たと仰いましたわよね」

「屋根の上から見えたでござる。どこまでも同じような建物が――合わせ鏡でござるか!」

「そうでござるよ」


 マネをしたら、ちょっとイヤな目で見られたでござる。

 ごめんなさい。

 でも、ござるってカワイイですわよね。

 お嬢様言葉には劣りますが。


「合わせ鏡って、どういうこと?」

「やったことありませんの、おパル」

「鏡を合わせるの?」


 パルは両手がガッチャンと拍手するように合わせました。


「なんか、中で無限の世界が生まれてそう。こわ。きもちわるっ」

「言いたいことは分かりますが、それをちょっと離して覗き込むんですの。そうすると、鏡の中に永遠と自分の顔が見えますわ」


 ほへ~、とパルはなんとなく納得した様子。


「ちょうどこの不思議なダンジョンも、そんな合わせ鏡の中なのかもしれません」


 無限に広がる空間のように見えて。

 実は端っこは鏡のようになっているのではないでしょうか。

 もっとも。

 その端っこは遥か先にあるみたいで、わたしの影が到達していないほどの規模ではあるかもしれませんが。

 もしくは、影すらも鏡の世界に反射して未到達だと『意識を改変』されているのかもしれません。

 どうにも曖昧模糊な空間ですからね。

 もこもこ。


「ならば唯一、無限に存在しないのが黄金城でござるな」


 ちらりと建物の陰から見える背の高いお城。

 本当に合わせ鏡の世界ならば、黄金城すらも無限に存在するはずですが。

 そうではない、とするのならば――


「やっぱり黄金城がゴールってことね」

「そういうことでしょうね」


 とりあえず謎は解けた……ような、気がしないでもないことは無きにしもあらず、というところでしょうか。


「確証はありませんので、確信にまでは至りませんが」

「情報を持ち帰るだけでも褒めてもらえるでござる。死ねば、何の意味もないでござるからな」

「それ、ニンジャの教えなんですの?」

「そうでござるよ。大昔、忍者は間者でござったので」

「……病気だったの?」


 ぶふっ、とシュユちゃんが吹き出しました。


「ふふふ」


 エルフが楽しそうに笑いましたわね。


「間者とはスパイという意味ですわ。盗賊の仕事と同じよ、おパル」

「なるほど。じゃぁ、やっぱりシュユちゃんは友達だ」

「ありがとでござるパルちゃん」

「にひひ~」


 笑顔でパルとシュユは首を傾げ合った。


「アホの会話みたいですわよ」

「うるさいなぁ、ちょっと人外は黙ってて」

「ひど! 種族差別ですわ! 吸血鬼だって立派に生きてるんですのよ!」

「どう立派なのさ」

「日々、師匠さんの愛を受け入れられるように準備をしております。いつ抱かれてもオッケーですわ~!」

「変態だ」

「変態でござる」

「ふつうですぅ!」


 まったく。

 この小娘どもは、愛を知りません。

 愛を。

 まぁ……わたしも、あんまり知らないんですけどね。

 愛。

 気持ちいいらしいですけど。

 愛。

 愛という名のセッ――


「あ、いま師匠さんから『言わせねーよ!』とツッコミが入った気がします。うふふ、通じ合っていますわ~!」

「なに言ってんの?」


 パルからツッコミが入りました。

 通じ合っていますわ~。

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