~流麗! ヴァーサス・迷宮エルフ~
エルフ。
人間種の中でも最長の寿命を持ち、全員が美男美女。特徴的な長い葉のような耳を持ち、細い体躯で森で暮らす存在。
その長き人生における変化の無い生き様は、それこそ植物と同じ。
だからこそ長寿命なのか。
それとも、長寿命だからこそ、そうなったのか。
今となっては誰にも分かりませんが。
ひとつ言えること。
それは、『エルフ』と『ハイ・エルフ』は違う種族であること。
恐らくですが。
エルフとは『ハーフ・ハイエルフ』と思われます。
すでにこの世界にたったひとりしか残っていないハイエルフですが。大昔は、大勢いたと言われています。
その中には人間と恋愛をして、子どもを残した者もたくさんいるでしょう。
まぁ、それはわたしの想像でしかありませんので。
真実をハイエルフに聞くしかありません。
もっとも。
答えを聞いたところで、まともに話してもらえるかは分かりません。
どうしてハイエルフ以外の『ハイエルフ』が消えてしまったのか。
そこに答えがあるやもしれませんからね。
ま、それはそれとして――
「どうやら目の前のエルフは森での生活に飽きたようですわね」
森の人、妖精種と呼ばれるエルフですけど。
中には『植物』に成れ――いえ、慣れなかった者や、植物から人間に戻った者もいます。
わたしと同じように退屈に殺された者。
森という閉鎖的で何も変化が起こらない日常に、精神を殺された者。
とても素晴らしい、人間らしい、と言えます。
えぇ。
親近感が湧きますが――
「どう見てもエルフじゃないよぅ」
「なんか口が裂けてるでござる」
目の前のそれは、エルフでもなんでもなかったようですわね。
子どものエルフ。
小さく幼いと思っていたその顔立ちが不気味に変化していました。
一度砕け散ってしまったので、元に戻らなかったのでしょうか?
眼球は黒へと染まり、口を大きく三日月のように裂ける。
細かった手足は、細いままに伸びていました。
それこそ、植物のツルのようにも見えます。
「さてさてどうしましょうかパルさん、シュユさん」
「え、なになに、何か問題でもあった?」
「いえいえ、ちょっとした会議です。相談しましょ、そうしましょ」
「もうすぐ襲ってきそうな雰囲気なんでござるが!?」
なんて言ってる間にエルフは手を振り上げました。
びょるるる、と伸びる指。
まるで柔らかい枝をしならせる鞭のようです。
空気を打ち付けながら、それを振り下ろしてきました。
「おっと」
わたし達はその攻撃を後退するように避け、続けて突き刺すように伸ばしてきた指をアンブレランスで弾くように防ぎました。
うふふ、ラークスくんの作ったアンブレランスは素晴らしいですわ。
この調子ですと、完成した時にはとても優れた武器になるに違いありません。
もっとも。
重すぎる可能性もあるので、並の戦士では扱えないでしょうけど。
「それで、どうします?」
「だから何が!?」
「みんなで戦います? それともわたしがやっちゃってよろしいでしょうか?」
「いいでござる!」
許可が出ましたのでわたしは下から切り上げるようにアンブレランスを振り上げ、迫る五指の軌道を変える。
「ふふ」
そのまま身を低くするようにして、エルフへと肉薄しました。
「退屈するのも、ここで終わりですわね」
真っ黒な瞳で見下ろされても。
裂けるような口が悪態を付こうとも。
残念ながらわたしには関係ありませんので、さっさと終わってもらいましょう。
「えい」
突撃する勢いのままアンブレランスを突き出した。
この一撃で終わらせる――つもりでしたが。
「あら?」
エルフの体に確かに突き刺さっているはず。
ですが、手応えが軽い。
「やった! さすがルビ――」
「まだです! 油断なさらないで!」
パルに警告しましたが、その甲斐はあったようです。
わたしが弾いた長く伸びる指。
それが、後ろでパルとシュユに襲いかかりました。
「うわぁ!?」
放射状に広がる指。
それが上から広がるようにしてパルとシュユを目掛けて、突き下ろされました。
絶対に突き指してますわよ、それ!
と、叫びたいのをこらえて――
「大丈夫ですか!?」
パルとシュユの心配をしてあげます。
わたしって優しい。
師匠さんが見ていたら、改めて惚れなおすところですわね。
そう思うくらいには余裕で避けられる一撃。
「大丈夫! けど!」
指はそこで止まりませんでした。
突き指をしても尚、パルとシュユを追いかけるように伸びます。
不気味!
「女の子ならもっと可愛く戦ってくれませんこと!」
手応えの無いアンブレランスを引き抜き、わたしは上段から振り下ろしました。
ズダン、と叩きつぶすような一撃はさすがに避けないといけないのでしょう。
エルフは後ろに跳び退って攻撃を避けました。
「終わらせますわよ!」
後方で指を避けるふたりが、いいよ、と言ってくださいましたので遠慮なく。
「串刺しですわ」
アンブレランスの性能を誇りたかったのですが。
そうも言ってられない相手のようですので、素直に影で穿ち殺すことにしましょう。
「ホイホイっと」
わたしの影を伸ばして、エルフの足元からランスのように硬質化した影を突出させる。
幼い体を串刺しにするのは、見た目が最悪ですが。
この際、目をつぶりましょう。
モンスターであれば、消滅しますし。
「えい」
影が伸び、エルフが悲鳴を上げる間もなく影がランスのように貫いた。
股下から頭にかけて。
びくん、と一度だけ震えるエルフ。
開いた口の間から影ランスが貫くのが見え、それが頭の上まで到達しました。
文字通り串刺し。
念には念を、ということで持ち上げるように高らかに掲げてみました。
「趣味わるっ!」
小娘の感想がヒドイ。
「助けてあげましたのに。その言い分はヒドイですわ」
「あ、ごめんなさい」
素直に謝るパル。
つまり、本音だった、ということですわね。
ますますヒドイ。
「御二方、まだ油断するには早そうでござるよ!」
シュユの言葉に見上げれば――
エルフの歪んだ口が開かれ、そこからボトボトと黒い物が落ちてきました。
「うわ、きもちわるっ! なにあれ!」
ピリピリとする感覚。
恐らくですが、あれはわたしの影ですわね。
「わたしの一部を気持ち悪いとは。さっきからヒドイことばかりを仰るのね、パルパル」
「これは事実だから仕方がなくない!?」
「……確かに気持ち悪いですわね」
なんて言ってる間にエルフの目からもわたしの影がボトボトとこぼれましたし、串刺しにしていて浮いている足からも、まるでおもらしをしたみたいに足を伝って影が流れ落ちました。
「どうやらわたしの影が溶かされたみたいです」
トスン、とエルフは着地しました。
いつの間にやら指は元に戻っている様子。
「来ますわ」
一瞬にして飛び掛かってきたエルフの首を掴み、そのまま地面へと叩きつけ、その胴体にアンブレランスを刺し込みましたが……やっぱり手応え無し。
服の下がどうなっているのか。
剥ぎ取って中を確認しようとしましたが――倒れたまま指を伸ばしてくるエルフ。
そのままわたしの体を締めあげるようにグルグル巻きにされてしまいました。
あらら。
拘束されてしまいましたわ。
「とりゃぁ!」
「ハッ!」
パルのシャイン・ダガーとシュユのクナイでの攻撃が指に振り下ろされました。
ありがとうございます。
おふたりの協力がなくても脱出できましたが、ありがとうございます。
と、思って逃げようとしたのですが。
「あら?」
指が巻きついたままで、解放されませんでした。
切り離されても、まるで意思があるような締め付け具合。
どうやら切り離されても機能するようですわね。
わたしもマネしてみようかしら。
夜中にベル姫を拘束してあげると喜びそうです。
ドスケベ姫ですので、ドスケベな状況は何でも喜んでくださるでしょう。
「なんてね」
うふふ、と笑いつつわたしは影の中に沈みました。
もちろんエルフ指はわたしの王国に連れていけませんので、地面の上に残る。
少し後方へ移動したところで地上に頭を出すと、アンブレランスが飛んできました。
エルフが投げてきたのでしょう。
慌てて避けるパルとシュユ。
その後方にいたわたしはちゃんとキャッチしました。ラークスくんが一生懸命つくった武器ですからね。わたし以外の者がゾンザイに扱うのは許せませんわ。
「他人の武器を投げつけるなんて、失礼ですわね」
「――」
「答える口が裂けてしまっていますわ。縫い合わせてさしあげましょうか?」
足元から無数の影を伸ばした。
一本の串刺しでダメならば、何本もの影槍で穴だらけにしてさしあげます。
うらやましいですわね。
これで、殿方に入れられたい放題ですわよ。
避ける素振りを見せますが、逃がすものですか。
エルフが指を伸ばすように。
わたしは影を伸ばして、エルフの足を拘束しました。巻きつくロープのように拘束し、その場に留めると、容赦なく影槍をエルフへと浴びせた。
さてさて。
無数の穴だらけにして、バラバラにしてさしあげるつもりでしたが――
「随分と丈夫ですわね」
反対側が見えてしまうくらいに全身に穴が空いてるというのに、まだ人の形を保っているとは。
「でも、正体が露見しましたわね」
全身に無数の穴が空いているということは、着ていた服は使い物にならないということ。
千切れて霧散してしまった服の下から出てきたのは――
「鏡?」
パルがつぶやくように言ったのが正解でしょう。
疑問形なのもうなづけます。
「まるでモンスターでござるな」
シュユの言葉にもうなづけました。
わたしもそう思います。
エルフの服の下には鏡がありました。
まるで愚劣のストルティーチァが使っているような、豪華絢爛な装飾がほどこされた鏡。
それこそ、お姫様の部屋に飾られていてもおかしくないような一品です。
鏡は胸から下腹部にかけて浮いており、そこに頭と手足が浮くように付いていました。
「おかしいですわね」
疑問が浮かびました。
鏡のモンスターだというのなら納得するのですが。
さっきから鏡部分に攻撃が当たっているはず。
ですのに、割れていないどころか傷ひとつ付いておりません。
「どうなってるんでしょ? パル、ちょっと投げナイフを投擲してくださいません?」
「いいよ」
拘束したままなので余裕で当てられるでしょう。
パルがナイフを投擲すると――ナイフは鏡を通り抜けて反対側へ飛んで行ってしまいました。
「どうなってるの!?」
「シュユもやってみるでござる」
同じく、シュユもクナイを投げましたが、結果は同じ。鏡を通り抜けて、反対側へと飛んでいく。
確かに鏡があるはずなのに、通り抜けてしまっていた。
「鏡であって、鏡ではない。水鏡、ということでしょうか?」
ならば、と魔導書『マニピュレータ・アクアム』を起動させてみます。
水ならば反応があるはず。
ですが――
「反応なし」
念のために、と周囲の水分を集めて指先ほどの水球にしました。
魔導書はちゃんと作動している。
水球を鏡に向かって飛ばしてみましたが、やはりすり抜けてしまいました。
「うぅ~ん……ねぇねぇルビー、一度帰ったほうが良くない?」
「そうですか? 倒せなくとも、このまま拘束し続ければ先へ進めますわよ?」
「先に進んでどうなるの?」
「どうって……ゴール?」
「エルフ殿は鍵を探してこい、と言ってたでござるが、あれは嘘なんでござるかね」
「確かに。今となっては答えてくれるのかしら?」
どうなんですか、とわたしはエルフに聞いてみました。
すると――
「鍵は必要よ。そうしたらわたしは外に出られる」
エルフはそう答えました。
素直!
「……どうなってますの?」
敵対しているのか、していないのか。
さっぱり分かりませんわね。
「ふむ。分かりました。一度帰りましょう。案内してくださる、エルフ」
「分かった。こっちよ、付いてきて」
拘束されたまま、エルフは歩き出す。
もちろん、足はその場で固定されているので、鏡と手、頭だけが動き出した。
「どういうこと!?」
「なんでそうなるんでござる!?」
世の中。
やっぱり飽きることはないですわね。
「ふふ、面白いことが起こってますわ」
これだから。
生きるのをやめられないのですわ。
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