~卑劣! 危ない薬~

 学園長に依頼した魔具が完成するまでは学園都市に留まることにした。

 もちろん、転移の腕輪があるのでダンジョンに挑戦しても良いし、ジックス街に帰っても良い。

 なんなら、遠隔会話装置があるので、ルビーに頼めば四天王の元へ直接乗り込むことができる上に勇者と繋いで気まぐれにパーティに参加しても良いのだが。

 精神的にも肉体的にも、わざわざ疲れる必要はあるまい。


「リンリーさんに挨拶くらいはいいんじゃないの?」

「大勢で押しかけるのもなぁ」


 パルの言葉に俺は、う~む、と腕を組んだ。

 さすがに俺たちだけでジックス街に帰るというのも、なんかよそよそしい気がする。

 他人行儀というか、なんというか。

 だからといってセツナたちを連れて行くと、それはそれで何とも説明が難しい気がするし。

 いや、まぁ、お友達です、で通せるっちゃぁ通せるんだろうけど。


「難しく考えすぎじゃないかねぇ、エラント」

「ナユタはこざっぱりした性格だな」


 カカカと笑うハーフ・ドラゴン。


「他のハーフ・ドラゴンも同じような人たちですの? ハーフリングみたいに」


 ルビーの言葉に、今度はナユタが苦笑した表情を浮かべる。


「さぁてね。あたいは半龍の郷から追放された身だ。他の半龍人がどうかは、ちょっと分からないね」

「あら。大罪でも犯しましたの?」

「あたいじゃなくて、親が」


 う~む……

 なんと言ってよいやら……

 返答に困る内容だな。

 親の犯した罪を子どもまで引き継がれてしまうのは、どうにもやるせない。


「なに。おまえさん達みたいに捨てられたわけじゃない。あたいは立派に育てられたんだ。文句なんか無いさね」


 親と共に追放されるのと、親に捨てられるのと。

 どちらがマシか。

 なんて、そんな愚かな質問は無しだ。

 どちらもヒドイに決まっている。

 もしも、『普通の家庭』というものがこの世にあるのなら。

 その、普通の家庭が良いに決まっているのだから。

 もっとも。

 そこに貴族や王族は含まれないのだろうけど。

 ヴェルス姫が『普通』とは思えないし。

 甘やかされてるわけではないけど、まぁ普通に愛されて育ったのは充分に伝わる。

 なにせ、お姫様の裸を見ただけで俺は投獄されたんだし。


「いや、激甘じゃねーか」

「何か言いましたか、エラント殿」

「いいや、なんにも」


 商人モードのセツナに肩をすくめておく。

 そんな感じで学園都市でマグが完成するまで適当に過ごすことになった。

 休暇と思えばいい。

 ダンジョンでの連戦続きは、やはり精神的に疲弊するもの。

 太陽の下でのんびりする時間は必要だ。

 パルたちは適当に冒険者を楽しんでいたし、セツナとナユタは物珍しそうに学園都市を見物していた。

 で、俺は――


「元気だったか、タバ子」

「タバ子って名乗った覚えはないけどさぁ~。久しぶりに顔を見せたと思ったらヒドイ」


 有翼種の盗賊。

 タバ子が盗賊ギルドでいつものようにヒマそうにしていたので声をかけた。

 相変わらずぷかぷかと煙をくゆらせている。

 その煙の色がオレンジ色なので、いよいよヤバイ物に手を出したのかもしれない。


「オレンジの煙を作ると、オレンジ味になるかと思って」

「訂正。ただの馬鹿だった」


 誰が馬鹿だ、とケラケラと笑うタバ子。

 やはりタバコは健康に悪い。

 むしろ、脳に悪いようだ。


「で、なにしに来たの?」

「何か情報は無いかと思ってね」


 俺は指で中級銀貨をタバ子へ向かって弾いた。

 放物線を描いて回転するそれをタバ子は難なくキャッチして、すぐにポケットにしまう。


「先払いとは気前がいいわね。いいことあった?」

「この世に悪いことなんてひとつも無い」

「アハハ! しあわせな生き方ね。不幸になりそう」


 そうかもな、と俺は肩をすくめる。


「残念ながら情報は無いわね。おめでとう、『情報が無い』という情報を得ることができたじゃない」

「そいつは貴重な情報だ。おつりはあるか?」

「ケチな男。つりはいらない、と言っておけば、一晩のロマンスがあったかもよ?」

「おつりじゃなくて、こっちが払ってもらいたい話だ」

「失礼なヤツ!」


 再びケラケラと笑ったタバ子は帰れ帰れと手を振った。

 まだ帰らねーよ、と笑いつつ奥にいたギルドマスターの元へ移動した。

 三つ子の盗賊、イウスとシニスは静かに頭を下げた。


「盗賊ギルド『ディスペクトゥス』に関して、なにか動きはあるか?」


 そう言いつつ、俺は上級銀貨をカウンターに置く。

 イウスがそれを手に取りつつ、シニスが口を開いた。


「砂漠国での活躍は聞き及んでおります。各国の王族に話が進んでいる様子ですが、今のところそれを利用しようとする動きはありません」

「巨大レクタの討伐も相まって、危険視する意見もあるようですが。まぁ、問題があるようにも思えません」


 ふむ。

 およそ全国に名前は行き渡った、と思って問題ないか。


「その危険視ってのは、お偉いさんか?」

「いいえ。盗賊ギルドです」


 あ、そっちか。

 そうだな、どこの国にも街にも所属していない盗賊ギルドなど不穏ではあるし、本家盗賊ギルドが危険視するのも無理はない。

 利益を横取りするつもりはまったくない、というのを証明しておく必要はあるが……


「ふむ。ディスペクトゥスは『盗賊ギルドの依頼も受ける』という話を流しておいてもらえるか?」


 俺はルビーから預かっていた仮面を装備しながら、金貨を一枚カウンターに置いた。


「どんな無理難題でも?」

「内容による。が、多少の無茶は可能だ。神殿から神さまのアーティファクトを盗み出すくらいはできるぞ」


 たとえ実力で不可能であっても。

 吸血鬼さまがズルをしてくれるので、なんとかなるだろう。


「ただし、暗殺の依頼は請け負わない。『ディスペクトゥス』は正義の盗賊ギルドだ」


 いずれ勇者パーティと合流することになる。

 そんな人間種が、暗殺もやっていた、なんて話は――後の世が許しても、あいつが許さないだろうからな。

 正義。

 正しい義。

 そこに『正しさ』があったとしても。

 人を殺して報酬を得たのでは、きっと許してくれないだろう。

 まぎれもなく、勇者アウダクスは『勇者』なのだから。

 偽善と笑われたこともあったか。

 それはそれで、甘んじて受け入れるしかない。

 勇者として生きていくのは、むしろ偽善とも言える。

 だからこそ、俺がいた。

 露悪としての活動は、俺が請け負っていた。

 それもまた、俺が追放された一員でもあったのかもしれないなぁ。


「……」


 自然と首元の聖骸布に手を添えてしまった。

 なにせ、これ。

 盗んだものだからなぁ~。

 いつか怒られるかもしれない。

 破ったりしてるので、もしかしたら死罪かもしれない。

 まぁ、その時はルビーに助けてもらおう。

 うん。


「分かりました」

「そう接触してきたと流しておきます」


 頼んだ、と俺は仮面を外す。

 踵を返すと、タバ子は頬杖を付いたまま話しかけてきた。


「えらく真剣ね。どんな依頼なの?」

「聞き耳は立ててなかったのか?」

「マナーは守るほうなの。で、話せる内容なわけ?」

「なに。ちょっとした世界を救う方法を模索してるだけだ。いざとなったら、タバ子の力も借りるぞ」

「ほへ~。なんでも言って? お金さえもらえれば、なんでもやるよ」

「ちょっと年齢を十歳くらいに若返ってくれないか? そしたら頼みたいことが山ほどある」

「なんでもやるって言ったけど、不可能なことはできないからね!?」

「そうか、残念だ」


 実はその方法があります、とは言わない。

 まぁ、逆にそんな方法があることが漏れてないってことだ。

 すぐ近くで、時間遡行薬が研究されているとは夢にも思うまい。

 というわけで。

 盗賊ギルドの次はナー神殿へと移動した。

 中に入るとサチはいない。

 なにせ、今はパルとルビーといっしょに冒険に出ている真っ最中だ。

 毎回別れ際にちゅーをしてるんだけど……

 めちゃくちゃうらやましい。

 俺も、おやすみのちゅーは習慣んしても……

 いやいや、ダメだ。

 ぜったい我慢できなくなる!


「はぁ~……よし。雑念は晴れた。うん。よし。さて、今日のパル達が請け負った依頼はなんだったんだろうな~」


 夜にでもパルから冒険譚を聞かせてもらおう。

 なんて言いつつ、神殿の中にちょこんと座っているナーさまの像に頭を下げる。

 ご神体なんだろうけど、その正体はルビーの作り出した影人形。

 すっかり分離されてしまったようで、今やタダの人形と化しているようだ。

 ナーさまも一安心だろう。

 そんなナーさまに挨拶をしつつ、俺は隠し階段から地下へと降りる。


「順調か?」

「おっと、エラントくん。そのとおり、順調だよ!」


 ハーフ・ハーフリングのミーニャ教授は、ぐつぐつと煮えたぎる鍋の前で笑顔を浮かべた。

 元気そうなのだが、目の下のクマが疲れを物語っている。

 相変わらず学園都市の人間ってのは、加減を知らない生き物だ。

 死ぬことを恐れずに向かってくるボガートを笑えたものじゃない。


「完成の目途がついたのか」

「いや、もう少しだ。今はこの保存のランドセルの代替品を作ってもらっている最中でね」


 差し出されたランドセルを受け取る。

 もともとパルの物なのだが、エクス・ポーションの製作に役立つかも、と貸していた。

 保存のランドセルは、中に入れた物を『保存』する。

 つまり、劣化を防ぐということ。

 エクス・ポーションを作る時に経過してしまう時間。

 それを可能な限りゼロに近づけるという方法。

 実はそれが――


「大正解だった! つまり、エクス・ポーションの劣化した物が時間遡行薬なんだよ!」


 という話だ。

 ポーションとは『回復を促す薬』ではなく、『ダメージを無かったことにする』側面が強い。

 ハイ・ポーションとなると、その効果はより確認できる。

 もしもそれが『完全回復薬』となると、完全に『時間の遡行』となるわけだ。

 そんなエクス・ポーションが劣化すると『若返り』の効果が発生する。

 つまり、効果範囲が壊れている、と仮定することができた。

 効いて欲しい部分だけでなく、無駄に効果が広がってしまう。より強い効果が、身体全体に及んでしまう、という効果らしい。


「そういう話だったんだよ」

「まぁ、説明されたところで俺には良く分からないが」


 俺なりに説明を咀嚼した感じで、一応の理解を得たんだが……

 なんで劣化したら効果が強くなるんだ?

 という疑問すら、ある。

 時間を置いたら深みを増すお酒のようなもの、なんだろうか?

 腐敗して美味しいもの、も有るには有る、と聞いたこともあるし、それなのか?

 まったくもって良く分からないが……


「エクス・ポーションが完成したのでなによりだ」

「まだだ」

「はい?」

「まだ理論が完成しただけで、今度は完全に劣化を防ぎながらポーションを沸騰させる装置を作らないといけない。だが、安心したまえ。すでに発注済みだ。そのランドセルは解析が終わっている」


 ……なんか、サラっととんでもないことを言っている気がしないでもないが。

 に、人間種の技術が飛躍的に進んでなによりだ。

 神さまに感謝しよう。


「ぎりぎりエクス・ポーションにならなかった時間遡行薬を持って行くかい? これなら、若返るリスクが小さいよ」

「そうなのか。無傷で使ったらどうなる?」

「エラント君の場合、赤ちゃんぐらいで止まるだろう」

「……間違っても使えないなぁ」


 しっかりと封をしたポーション瓶を受け取る。

 つまり、25年ほど若返る薬というわけだ。


「……」


 ――35歳くらいの女に使えば。


「くれぐれも犯罪には使わないように」

「あ、はい」


 うん。

 それはロリではない。

 ロリババァだ。

 うん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る