~卑劣! 覚醒めるハイ・エルフ~

「あぁ~、ここでお別れなんて! 悲劇はいつだって起こってしまうのですね師匠さま。でも私は諦めません。諦めませんとも! いつか師匠さまをお迎えにあがりますわね。いいえ心配はいりません。大丈夫です。平民のままで結婚してみせますとも。具体的には私が平民に堕ちればいいので、国家転覆を画策しましょう。お父さまの裁量で処刑は免れ、国外追放に上手くもっていってくださるはず。そのあとは師匠さまがお迎えに来てくだされば完璧です。えぇ、えぇ、その時は盗賊ギルドにお世話になりますので、どうぞ師匠さま、その時までに充分に成り上がっていただければ幸いです」


 俺は正々堂々と答えた。


「お断りします」

「もちろん冗談です。そんな事をするより、師匠さまを貴族にしてしまうほうがよっぽど簡単ですわ。どこか辺境の小さな土地をお父さまからもらって、私たちだけの平和な領地でしあわせに暮らしましょう」


 もちろん俺は正直に答える。


「イヤです」

「えー」

「えー、じゃないですよヴェルス姫。俺は貴族には成りたくないですし、人の上に立つような学も知識も教養も器量もない。領民が不幸になるだけです」


 統治?

 政治?

 税とか俺がもらっていいの?

 なにひとつ分からないんですけど?


「領主になれば、法と常識を自由にできます。わたし達の領地では、10歳の少女と結婚しても誰も疑問に思わない素晴らしい領地になります」

「!」

「いま一瞬グラついたな、盗賊クン」


 しまった!

 気取られたか!?


「カカカ。いま旦那も移住を決意しただろ」

「な、なんのことだ那由多。せ、せせ、拙者は何もそんなことは思ってないでござりますよ?」


 セツナが動揺を気取られている。

 ちくしょう!

 なんて魅力的な世界なんだ!

 夢の国を探したけれど見つからなった。でも、答えは自分で作ることだった。

 みたいな!


「だが、しかし――残念ながら盗賊クンとサムライくんの夢は叶わないよ」

「ど、どういうことだ学園長!?」


 俺とセツナ殿は驚きの表情で学園長を見た。


「考えてもみたまえ。法という意味では変えられるだろう。だが、それは可能という意味であって、常識が受け入れられるのは数百年あとだ。少女と結婚できたとしても、白い目で見られるのは確実だよ。あぁ、私の瞳は真っ白だが、私はそんな目で見ないので安心したまえ。世の中、小さい女の子が好きな男がいても、なんにも問題ない。誰が誰を愛そうが自由だ。ただし、無理やりはイケないよ。まぁ、常識が入れ替わるのはせいぜい君が死んで、君の子どもが受け継いで、孫が継承してようやく……というくらいの話だろうね。それも運が良くて、だ。人間種は魔物種と結婚できる、と言われても実際に結婚する者など現れないだろう?」

「ここにいますわ!」

「余計な口を挟まないでくれ、我が親友。話がややこしくなる」


 ごもっともなツッコミだった。


「つまり、結局は後ろ指を刺されてしまうよロリコン領主さま。それでも尚、君が貴族になるというのなら、私は止めはしないし、君の元に嫁ごうと思う。きっと毎日、ゲラゲラと笑って過ごせると思うからね」

「ありがた迷惑だ」


 なんで!? とハイ・エルフさまは笑いながら声を荒げた。


「ヒドイです学園長さま。もうちょっとで師匠さまを騙せましたのに」

「おいおい、お姫様。人を騙して得たしあわせなど、長くは持たないよヴェルス姫。まぁ、盗賊クンは優しいからなぁ。生涯、騙されたフリを続けてくれるかもしれない。君か盗賊クン、どっちが早く死ぬかは私には分からないが、最後の最期まで、それは口にはすまい。きっと魂が神さまの元に到着したとしても、口を割らないだろう。果たしてそれはしあわせかな?」

「……やっぱりヒドイです学園長さま」


 ぷい、とヴェルス姫はそっぽをむいてしまった。

 かわいらしい。

 ちょっとふくらんでるほっぺたをむにむにと触りたい。

 ぜったい柔らかいだろうなぁ。


「さて、それではヴェルス姫を送ってくるよ。ついでに王様に叱られてこようと思うから、しばらく中央樹のところで待っててもらえるかな?」


 分かった、と俺たちは返事をする。


「今日は楽しかったです! またいっしょに冒険しましょうね、パルちゃん、ルビーちゃん、シュユちゃん! サっちゃんにもよろしくお伝えください」

「キスはしなくて良かったの?」


 冒険者ギルドで依頼達成の報告をした後、サチとは神殿で別れた。

 その際に――


「サチ、お別れのちゅ~」

「……うん。ちゅ~」

「では、わたしも。ちゅ~」

「……ちゅ~」

「こ、これが大神ナーの『教え』なのですか!? ひ、ひえー!?」


 お姫様は思いっきりサチのキスを見ながら逃げてました。


「しゅ、しゅしゅしゅしゅゆシュユも遠慮しておくでござる……はぁ~……すご……女の子同士で……すごい……」


 シュユもモジモジしながら見てました。


「……」


 ちなみにマルカさんは何も言ってませんが、なんかちょっとうらやましそうに見てたので、騎士人生が長いと割りと狂ってしまうんじゃないか、という疑いが出てきてしまった。

 どうぞ健全なる恋愛を経験して欲しい。

 俺はもう手遅れなので。

 そんなお別れのちゅーをしたいのだろうか。

 ヴェルス姫はもじもじと指を動かした。


「キ、キスはそのぉ……」


 ヴェルス姫は俺を見る。


「師匠さまとしてからが……やっぱり……」

「かわいそうですわね。師匠さん、今すぐキスをしてさしあげたらどうでしょう?」

「マルカさんに刺されるのでイヤだ」


 たぶん避けられない速度で来ると思う。

 俺の盗賊人生の全てを賭けた回避行動すらも上回る一撃のはず。

 そう。

 斬られるのではなく、刺される。

 ここがポイントだ。


「マルカ、見ないでください」

「その前にその男を斬り捨てます」


 せめてキスしてから殺されたいものだ。

 いや、殺されるくらいならいっそのこと……


「師匠がダメなこと考えてる」

「なんのことだ、我が愛すべき弟子よ」

「ベルちゃんの代わりに、あたしだったらいっぱいしていいよ?」

「あ~、ズルいズルいズルいですパルちゃん!」

「あははは!」


 ヴェルス姫がぷんすかと怒りながらパルを追いかける。

 パルはケラケラと笑いながら逃げた。


「ほら、そろそろお別れの挨拶を終わらせてくれ。この調子だと、いつまで経っても学園長のお仕置きが始められん」

「チッ。覚えていたのか盗賊クン」

「忘れるものか」


 お姫様誘拐の罪。

 本来なら死罪だろう。

 まぁ、誘拐された本人が楽しそうではあるし、親の了承も事後承諾ながら得たので、問題はないのかもしれないが。

 それでも、だ。

 しっかりと罰を受けてもらおう。

 だって、たぶん、パーロナ王の俺の印象、勝手に悪くなってると思うもん。

 俺、ひとつも悪くないのになぁ。

 前回だって、お姫様を守ったはずなんだけどなぁ。


「それでは師匠さま。近い内に必ずお伺いします」

「はい。お待ちしております」


 それが社交辞令と分かっていても。

 お姫様はそう言うしかないだろうし、俺もそう答えるしかない。


「アクティヴァーテ」


 転移していくお姫様とマルカを見送って、俺はひとつ息を吐いた。


「しかし、エラント殿はモテるんだな。勇者といると、そうなってしまうのか?」


 クククと仮面の下で笑うセツナ殿。

 まったく。

 好き放題に言ってくれる。


「確かに勇者はモテてたけど、俺にはメリットなんてひとつも無かったぜ? 仲間に戦士の男もいたんだが、あいつはモテてた雰囲気がまるで無かったな」


 勇者アウダの一人勝ち。

 ただし、賢者と神官が許さないが。

 村娘が近づいてきてみろ。

 鋭い眼光で牽制していた。

 許されたのは小さな子どもだけ。

 少女だけが勇者に振れることを許されていた。

 うらやましかったなぁ~、子ども達に囲まれているの。

 俺も抱っこしてあげたりしたかった。

 いや、これではロリではなくペドの領域か。

 単純に可愛かった、という話であり、性愛の対象ではない。

 いや、性愛って言っちゃうとちょっとアレだなぁ。

 俺はパルやヴェルス姫をそんな目で見てな……い……よ?


「俺的には、正直この状況で良いのかどうか、迷ってる。義の倭の国でも一夫多妻制ではないだろ?」

「そうだな。後宮という制度があるにはあるのだが、いわゆる皇族だけの制度だしな」


 後宮。

 いわゆるハーレムというヤツか。

 もちろん正しい意味での『ハーレム』であって、女性にモテモテの状況を意味するハーレムではない。

 男子禁制の領域であり、そこではドロドロの女性同士の争いがあるとか、無いとか。


「まぁ、拙者が支えられるのはせいぜいひとり。須臾を愛するだけで精一杯だ」


 セツナがこっそりと伝えてくれる。

 そういうのは、本人に言ってあげるのが一番良いと思うけどなぁ。

 照れくさいのは分かるが。

 そんな話をしつつ、中央樹で待つこと数十分。

 転移で戻ってきた学園長が降ってきた。


「おっとっと」


 慌てて受け止めてやると、にんまりと笑う学園長。


「ふふ。必ず受け止めてくれると信じていたよ、盗賊クン。やはり君の愛は本物のようだ」

「愛じゃなくて、転びそうな人がいたら助けるだろ? それが普通だ」


 それはどうかな、と学園長は俺の腕から降りながら言った。


「他人を平気で助けられるのは才能だよ。それが老人であろうと、少女であろうと、男か女かも関係なく君は助けるだろ?」

「まぁ、確かに……」


 勇者がそうするのだから。

 俺もそうする。

 そんなふうにずっと生きてきたのだから、今さら変えられるものじゃない。


「君は優しいんだよ、盗賊クン。時に、その優しさは君の障害になる可能性がある。助けたのだからと見返りを求めてしまうこともせず、君だけが損をする時が来るかもしれない。いや、君のことだ。実際にそういう目にあってきてるだろう」


 否定はしない。

 事実、俺は勇者パーティから追放されているのだから。


「そういう優しさを私は好ましく思っている。なにせ、こんな私にも声をかけてくれるのだからね。ましてや、君の好みの正反対の存在だろう、私は? どんなに私が君を愛したところで、君は答えない。応えやしない。私も堪えないことはない。それでも、君は私に関わってくれる。縁をつないでくれる。これほど君の優しさを感じることはない。君との間に子どもが欲しいと言っているのは、そういうところでもあるのさ。きっと盗賊クンは、生まれたきた子を愛してくれるだろうから」

「……冗談はよしてくれ」

「照れるなよ、盗賊クン。愛してるぞ」

「はいはい、分かった分かった」

「うむ。それでは私はお風呂にでも入ろうと思うので、これにて。あ、覗いちゃダメだぞ。めっ」

「それでごまかされると思うなよ、ババァ」


 ひぃ、と走り出すハイエルフ。


「ルビー」

「お任せを」


 ルビーの足元の影が伸びて、それがヨタヨタと逃げる学園長を捕らえる。


「んー! んんんんー!?」


 触手のように手足と口を影が覆うと、そのままこちらまで引っ張るように学園長を連れてきた。便利な影だなぁ、まったく。


「これよりパーロナ国王から正式に請け負った罰を執行する。我は王の代行者なり。学園長が得る情報を一切遮断する。よろしいか? 返事は聞かない。いいぞルビー、やってくれ」

「了解ですわ」

「――ぷはぁ! ちょ、まっ、あわわわわわ」


 さすがの学園長も影に襲われては恐ろしいらしい。

 慌てふためいているが、ルビーはさっさと学園長を拘束した。

 影がぐにゃりと実体化して、学園長の手を後ろ手に縛り、目と耳を真っ黒な闇が塞いでしまう。

 本来なら、口の中に布を詰めて覆うのだが……そこまではやらないでいいだろう。


「これで三日ほど放置だな」

「え、え、見えないぞ、聞こえないぞ、盗賊クン? え、うひゃぁ!? な、なんだ、誰が触ったんだい!?」


 パルが学園長の腕を突いて遊んでいる。


「え、え、誰だい? というか、まだそこにいるの? ちょっと、誰か答えておくれよ。どうなってるんだい、私はいま、ちゃんと座れているのかな? あ、あは、あははは、なんだこの感覚は。あぁ、そうか、そういうことか。理解したよ。これが放置プレイの喜びというものだな!? 分かった! この感覚が快楽に変わるのを理解したよ!」


 理解がはえーよ、人間種の叡智!

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