~流麗! 浮気宣言を受け入れよ~
ワイン樽をお店の倉庫にひょひょいのひょいと運び終わると、無事に依頼は終了しました。
「ざっとこんなものですわね。素晴らしい交渉術でしたわ、ベル姫」
「ふふん」
ベル姫は小生意気にも得意げに胸をそらしました。
この程度で自分の価値を誇るとは、小物臭がする姫ですわね。
思いっきり揉んでやりたいところですが――鎧を着ていますので、やめておきましょう。
揉もうと思えば、問題なく揉めます。
しかし、揉めてしまっては不自然ですものね。
漆黒の影鎧ですが……これもまた大神ナーの依り代と同じく、眷属としてではなく『鎧の形』として眷属召喚していたみたいで、すっかりと分離状態になっています。
眷属化を解除せず、そのまま放置していた影響でしょうか。
もちろん操ろうと思えば操作はできますけど、普通にマジックアイテム化してしまったような気がします。
「ベル姫。よろしければその鎧、持ち帰ってくださいな」
「ほあ?」
パルみたいなマヌケな声をあげましたわね、この王族。
「な、何を言っているのですかルビーちゃん。とても貴重で強力な防具ではないですか、この鎧は。そんなおいそれと他人に譲って良いような物では――」
「前にも説明しましたが、ホントに使い道は無いんです。売ってしまうのも、なんだか忍びないですし、今なら『某国のお姫様が実際に装備していた鎧』と触れ込んで売ってしまいそうですわ」
「うっ」
さすがのベル姫も自分の装備した鎧と触れ込まれて売られるのはイヤみたいですわね。
「し、師匠さまはこの鎧どうします?」
「俺にはどうすることもできませんよ?」
「いえ。舐めるか舐めないかで言いますと、どっちですか?」
「何言ってんの?」
師匠さんが素でツッコミを入れましたわね。
「あ、そういう意味の『舐める』ではなく、物理的な舌を使っての舐めるであって……」
「いえ、説明しなくても分かります……すいません……」
なぜか師匠さんが謝ってますわ。
強いですわね、お姫様。
「それで、ホントに頂いてしまってもいいのです? もらったところで、お部屋に飾るだけになってしまいますけど」
どうなんだ、どうするつもりだ、どんな意図があるんだおまえ――!
という意思を持った視線が師匠さんからわたしに向かってビシバシと飛んできますが、甘んじて受け入れました。
だって愛する人からの視線ですのよ?
これを嬉しく思わないで、何を幸福にせよというのでしょうか。
えぇ、えぇ。
わたし、愛されております。
「ふふ、師匠さんからも許可が出ましたので問題ないです。ちょっとしたお守りに使ってくださいな。あなたのおはようからおやすみまで、ベッドの片隅で鎧が見守り続けますわ」
「そんな神さまの彫像みたいな効果があるんですか」
どちらかというと、魔物の邪神像みたいなイメージですけど。
安心してください。
呪われませんわ。
加えて、ホントにベル姫の命を守ってくれるでしょう。
「聞けばベル姫は剣の訓練をしているそうじゃないですか。この際です、鎧もセットで鍛えてみてはいかでしょう?」
わたしはマルカ近衛騎士を見る。
「……そうですね。訓練中に万が一のことが起こるとも限らない。鎧があったほうが、その万が一の確率は減らせます」
「で、では今日から私は『姫騎士』を名乗ってもいい、ということでしょうか?」
姫騎士。
英雄譚などで、ときどき主役になる存在ですわね。
王族の姫が奪われた宝を魔女から取り戻す物語などは、もはや使い古された王道と言えます。
絵本に出てくるお姫様も、剣と鎧を取って勇気を示す物語もありますし。
姫騎士という存在は、もしかするとすべてのお姫様が一度は憧れる存在、なのかもしれない。
もっとも。
それは過言でしょうけど。
蝶よ花よとデロデロに甘やかされて育ったお姫様が、自分の足で旅に出ることなど憧れるほうが狂っております。
どこかわたしと似ている部分がありますからね、この末っ子姫。
きっと、退屈に殺されるような人間種だったのでしょう。
この娘が結婚する前に出会えて良かったです。
死んだ後では、蘇らせるのに一苦労も二苦労もしますので。
「ありがとうございます。でも、こんな価値の推し量れない物を頂いてしまったのなら、それなりのお礼をしなければなりません」
ベル姫はわたし達に頭を下げる。
慌てて後ろに控えていたマルカも頭を下げました。
「どうします、師匠さん。嫁にもらえる程の価値は、その鎧にあると思いますけど」
「笑えない冗談を言うな、ルビー」
わたしは肩をすくめました。
「いいえ、師匠さま。それくらいの価値があると思います。ですが、私の婚姻は私の手で自由にできるものではありません。あげたくとも、それはあげられないのが口惜しいです」
困ったような笑顔で笑うベル姫。
……そんな表情は見たくありませんわね。
「では、こういうのでどうでしょう」
師匠さんが提案します。
「盗賊ギルド『ディスペクトゥス』を、ヴェルス姫が懇意にしている。そう噂を流させてください」
「それは、師匠さまの盗賊ギルドですよね」
はい、とこちらへ視線を向ける師匠さん。
その意図を読み切り、わたしは後ろ手に仮面を作り出して顔に装備しました。
「これですわ、これ」
「そう、その仮面でしたね」
ベル姫とマルカの視線がこちらに向いた瞬間、影を使って師匠さんに仮面を渡す。
素早く装備した仮面で、何食わぬ顔で師匠さんは話を続けた。
「ちょっとした目的がありましてね。情報は多いほうがいい」
「まぁ! さすが師匠さま。いつの間にか仮面を」
ふっふっふ、と不敵に笑う師匠さん。
ですけど、それわたしの技術ですからね。
後で褒めてくださいまし。
じゃないと、夜に涙が出てきて慰めてもらうことになるかもしれません。
うふふ。
「それは、砂漠国のあの話にも通じることですか?」
「えぇ」
「なるほど、分かりました。でしたら、私の名前を自由に使うことを許します。喜んで汚名をかぶりましょう。ディスペクトゥスの情婦になった、という話でもいいですわ」
ジョーフって何、とパルがこっそり聞いてくるので。
愛人という意味ですわ、と答えておいた。
「それだと、あたしとルビーも情婦になっちゃうね」
「あなたは正妻でしょうに」
「え? ふへへへ~」
嬉しそうに笑いますわね、パルパル。
いいですいいです、わたしは愛人一号で充分ですので。
今、ここで、こうして皆さまとお話しているだけで最高に楽しいんですもの。
師匠さんを独占したいなどと思いません。
だってそれは。
とても退屈なつまらない結果ですもの。
「それでは、冒険者ギルドに依頼達成の報告へ行きましょう」
「それでしたら、わたしは荷車を返してきますわ」
「いいのですか?」
「効率的に行きましょう」
分かりました、と冒険者ギルドへ移動する皆さんと別れて、わたしはひとりで荷車を引いて移動しました。
「ふふ、ふふふふ。こんな姿、アンドロが見たら卒倒するかもしれませんわね」
わたし、これでも一国の姫のようなものですから。
ベル姫が魔王領で荷車を引いているようなものです。
きっと、マルカがそれを見たら泡を吹いて倒れるでしょう。
アンドロちゃんは、倒れてくれるかしら。
下手をすれば侮蔑の表情で見られるかもしれません。
「いえ、一歩間違えれば爆笑されるやも」
アンドロちゃんの爆笑は貴重ですからね。
お腹を抱えて笑ってくだされば、それだけで十年は楽しく過ごせるでしょう。
今度、話してみましょうか。
なんて、どうでもいいことを考えている内にラークスくんのおうちに付きました。
お店の前に荷車を置いて、店の中へと入る。
「いらっしゃいませ――あっ、ルビーお姉ちゃん」
おかえりなさい、とラークスくんが出迎えてくれる。
「ただいま。イイ子にしていました?」
「お留守番じゃないですよ、僕。お店の番はしてましたけど」
えへへ、と笑う。
やっぱりカワイイですわね~。
撫でてあげましょう。
「そう、それは良いことです。イイ子イイ子」
「わ、お姉ちゃん。もう~、僕はそんな子どもじゃないってば」
「ふふ。わたしからすれば人間種はみんな可愛らしい子どものようなものです」
「ルビーお姉ちゃんってエルフなの?」
耳は尖ってませんわよ、とわたしは笑った。
「触ってみます?」
ラークスくんの手を取って、わたしの耳へと持って行く。
もちろん、わたしの耳は尖っていませんし、普通の人間と変わりありません。
身体的な特徴は歯だけでしょうか。
「あわわわ」
「あら、この程度でうろたえていては立派な紳士になれませんわよ」
「だ、だってお姉ちゃんの髪はサラサラで綺麗で……」
「あら。耳じゃなくて髪を気に入ってくださるなんて。綺麗にしている甲斐があるというものですわ。よろしければ梳いてみます?」
わたしは背中から取り出すフリをしてクシを影から召喚した。
真っ黒なクシをラークスくんに手渡して、わたしは後ろを向いて座る。
「どうぞ」
「え、え、そんな急に言われても」
「レディを待たせるのは失礼ですわよ、ラークスくん。上から下へ向かって、やさしくクシで撫でていくような感じです」
「わ、分かった」
ごくん、とラークスくんが緊張する様子が伝わってきて、ゾクゾクとする。
「さ、触るね」
優しさと緊張の混じった指が髪に触れ、クシの感覚が分かる。
ゆっくりと下ろされていくクシ。
少しだけ絡まっていた髪が解きほぐされていくような感覚と、ラークスくんの息遣いが少しだけ頭に触れて、とても心地良いですわ。
「んっ……いいですわ、ラークスくん。荒々しい力仕事の鍛冶も、繊細な指の動きもできるなんて。将来はきっと大物になりますわね」
「そうかな。そうなれたらいいな……」
「自信を持ってください。あなたの作ったアンブレランスは数々の敵を打ち倒しております。頑強さに目を付けたのは素晴らしいですわ」
「ほんと?」
「嘘など言うものですか。もしも嘘ならば、今すぐラークスくんと結婚して、明日にでも子どもを三人ほど産みたいと思います」
「あはは、早すぎるよお姉ちゃん」
「それは結婚が、ですか? それとも赤ちゃん?」
「りょ、両方……」
そうですか、とわたしはくすくすと笑いました。
「ふぅ、気持ちよかったですわ」
「僕、下手じゃなかった?」
「とってもお上手でしたわ。ふふ、ラークスくんはきっと寝相も良いんでしょうね」
「ど、どういうこと?」
「夜の生活ですわ」
「はぁ……?」
「うふ、かわいい。ちゅーしていいです?」
「だ、ダメ!」
あら残念。
「きょ、今日は汚れててきたないから、また今度」
ラークスくんは慌てて顔をゴシゴシとこする。
ひとつも汚れてませんのに。
照れちゃって。
「それでは、荷車をお返しします。貸していただき、ありがとうございました。このお礼はいずれ必ず、ラークスくんの好きな形で」
「お姉ちゃんがアンブレランスを使ってくれるだけで、僕は嬉しいよ」
「ふふふ。では、世界一の武器だと証明しなくては。ちょっと魔王さまをこれでぶっ殺してきますわね」
「む、無茶はしないでね」
あはは、と笑うラークスくんにわたしは手を振ってお別れしました。
さてさて。
冒険者ギルドに向かうとしましょう。
今ごろアレでしょうか。
美少女に囲まれてる師匠さんが、また誰かに嫉妬されて因縁を付けられている頃合いでしょうか。
またどこぞの愚か者が転ばされてるかと思って喜び勇んで冒険者ギルドに来たのですが――
「あら、師匠さん。どうしました?」
「ん? あぁ、もう用事は終わったのか」
冒険者ギルド前に立つ師匠さんに出会いました。
「えぇ。ラークスくんと浮気していました。師匠さん、嫉妬します?」
「ちょっとモヤモヤするな。でも、俺もルビーのこと言えた義理じゃないからなぁ……」
「誠実なのか不誠実なのか分かりませんわね」
確かに、と肩をすくめて師匠さんは笑いました。
「それで師匠さんはこんな所でどうしました? 中には入りませんの?」
「いや、前回ここで絡まれたせいで、エライことになったからな」
なんだ。
ちゃんと学習しますのね。
「では、今度はこちらからケンカを売りましょう。安心なさってください。これでもわたし、魔王直属の四天王のひとりなので」
「なにひとつ安心できないんだが?」
「ふふ。興が乗りました。今夜、血を吸わせて頂いても?」
「いいぞ。死なない程度で頼む」
「はい」
わたしは師匠さんの腕を取り、絡め、体重をトンと預けました。
心地良い場所。
ひとつもイヤな顔をせずにそこに立っててくれる師匠さんが好きです。
もちろん――
「ちょっとえっちなことを考えているでしょ、師匠さん」
「な、何の話ですか?」
内心ドキドキしちゃってる師匠さんも可愛くて好きです。
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