~姫様! 笑顔のゲンキ~

 重たい!

 もちろん!

 私の師匠さまへの想いではなく!

 荷車が重いです!


「くぅぃぃ! すいません、やっぱりルビーちゃんとシュユちゃんも手伝ってください!」

「ぐぬぬぬぬにににに!」

「……もう、無理ぃ」


 集落から学園都市への帰り道。

 力持ちのルビーちゃんとシュユちゃんに、ちょっとだけ手伝うのをやめてもらって、重さを実感したかったのです。

 私とパルちゃんとサっちゃんだけで引いたり押したりしたかったのです。

 重みを実感したかっただけなんです。

 一度動き出せば、荷車というものは動き続けてくれます。

 勢いをつけて、せーの、でなんとかなりました。

 でも――


「上り坂は、のぼりざかは無理ですぅ!」


 荷車が動かないどころか、後ろへ引っ張られていく勢いです。

 その場で耐えるのが精一杯。

 まるで巨大な壁を押してるかのような感じ。

 もしくは、巨人が前から私たちが進むのを邪魔しているのでしょうか。


「ぐにににに!」


 もちろん、それに屈してしまうと後ろから押してくださっているサっちゃんがつぶれてしまいますので、絶対にくじけられません。

 この程度で!

 この程度で心が折れるものですか!


「にぃぁぁぁ! これが人の命を預かるってことですかー!?」


 あぁ、なんて重いのでしょう。

 私の命令ひとつでマトリチブス・ホックは死んでくれる。

 盾になれ、と言えば喜んで盾になってくれる人たちです。

 それは知ってはいましたが、実感できていなかったように思えます。

 理解しました。

 真の意味で理解しました。

 人の命というものは、この荷車よりも重い、と。


「大げさですわねぇ、ベル姫は」


 限界が近づいてきたのを見てか、ルビーちゃんが荷車を引っ張ってくれました。

 途端に軽くなったので、私の足はつんのめって前へと転んでしまう。


「あいたっ」

「姫様!?」


 慌ててマルカが助け起こしに来ましたが、私は問題ないと手で制しました。


「これくらい、ひとりで立てます」

「ですが」

「むしろ、ひとりで立てなくてどうするのですマルカ。夜中、ひとりでおトイレに行って裾をふんずけて転んだ時、誰かにあそこ丸出しで助けが来るまで待つのですか?」


 いえ、それは……と、言葉を濁してしまうマルカ。


「そんなことあったんですの?」


 ルビーちゃんが嬉しそうに聞いてくる。


「ちょうどランタンの油が切れてしまったみたいで。トイレが真っ暗になって怖くなって、おろおろとして、裾を踏んずけてしまいました」

「それは悲惨でござるな。急な暗闇はホントに真っ暗になるでござるからな」

「シュユちゃんも経験があるんですか?」

「忍者は夜目のスキルも鍛えるので、安心でござるよ」

「嫁のスキル……暗闇でも旦那さまを迎え入れるスキルですか。興味深いです!」


 明かりを消して、ってそういう意味だったんですね!


「なにそれ……ひぃ、ひぃ、あたしも、知りたい……」

「……私は別にいらない」


 疲労困憊という感じでパルちゃんとサっちゃんも倒れながら嫁スキルについて思いを馳せていました。

 いつか獲得したいですね、嫁スキル。


「花嫁修業とか、王族はしないのか?」


 師匠さまがマルカに聞く。


「全てメイドがやるので、王族は趣味程度ですね。料理が趣味でも、包丁は持たせてもらえなかったりしますよ」


 そうか、と師匠さまは何とも言えない声色で答えていました。


「お姫様は貴重な体験中というわけか」

「王が知ったら何と言われるか……」


 マルカは微妙な表情をする。

 それではまるでお父さまが親バカみたいではないですか、とも思いましたが。

 実際、親バカなので何とも言えないです。


「はぁ~」


 少し休憩をしてから、再び出発。

 今度はちゃんとルビーちゃんとシュユちゃんの力も借りて進みます。


「できればふたりには休んで欲しかったのですが」

「この程度で音をあげるような生まれではありませんわ。お任せください、ベル姫」

「シュユも、仙術を使っているので余裕でござる」


 適材適所というやつなんでしょうか。

 冒険者になられる人はすごい。

 英雄譚に残っている話は、誇張でも何でもなく事実ということなんでしょう。


「ほら、学園都市が見えてきましたわ。もう少しですので頑張りなさいな、お姫様」

「はひぃ、がんばり、ますぅ」


 頑張ってる実感を与えてくれるためか、ルビーちゃんもシュユちゃんも支える程度で力は入れてらっしゃらない様子。

 私とパルちゃんとサっちゃんだけでワイン樽満載の荷車を運んでいるような物です。

 いえ、ちょっとは手伝ってくださってるんでしょうけど。

 それでも重い。

 パーティ一回分にもならないワイン樽5個。

 それでも、こんなに苦労して運んでいるんですのね。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 たとえお馬さんが運んでいたとしても。

 これからは、もっと感謝して飲まないといけません。

 まぁ、パーティでワインなんて飲んだことないですけど。


「や、やっと帰ってきました……はぁ~、はぁ、ふぅ~ぇ~」


 そんなこんなで学園都市に到着しました。

 街のはしっこはさすがに静かですが、遠くからは賑やかな喧噪のようなものが聞こえてきます。

 ここまで来れば、もう安心安全。

 ん……?

 え、もう学園都市!?


「――あれ!?」


 私は思わず声をあげてしまいました。


「どうしました、姫ちゃん。リボンでも忘れました?」

「姫ちゃんじゃなくて、ベルちゃんって呼んでくださいルビーちゃん。あと、今日はリボンを付けておりませんわ」


 お休みでしたし、髪は整えることなくそのままでした。


「何か忘れ物?」


 はぁはぁ、と息を切らしながらもパルちゃんが聞いてきました。


「いえ、違います。これって、もうワインを渡せば依頼が終了じゃないですか」


 そうですよ、という感じでみんながうなづく。


「こういう時って、最後の最後に強いモンスターと遭遇するのがお決まりのパターンなのでは?」


 英雄譚や小説、絵本でさえもそうです。

 最後にボスという感じの強いモンスターが現れて、みんなで撃退するもの。

 一番盛り上がるところです。

 ですが――


「ここから最終戦なのですか!?」


 もう街中に入ってしまっていますよ?


「現実はこんなものだよ、ベルちゃん」

「えー」

「えー、って言われても困る」


 パルちゃんはケラケラと笑った。


「ご期待とあれば、不肖ながらわたしがラスボスを務めましょうか。魔王さまよりは弱いですけれど、そこそこ強いと自負しております。では――かかっておいでなさい」


 ルビーちゃんが、ジャキン、とおっきな武器をかまえました。

 やめて! とパルちゃんとシュユちゃんが叫びます。

 そうですそうです、仲間と争うなんて、もっともっと後の話ですわ。三巻目あたりの冒険の途中です。

 そこの最終決戦で仲直りしたりして、ボスを倒すんですよね。

 これが男女の物語でしたら、そこでゴールインです。

 お互いの友情が愛情へと変わり、ふたりは同じベッドに入るのですわ。

 朝チュンは逃げです。

 すべての本を製作する人間は、すべてを書きなさい。記しなさい。描写しなさい。

 これは姫の命令です。

 情緒?

 知ったことではありません。

 ベッドシーンこそ、最大の見せ場!

 カットするなんて有り得ません!


「ですわよね、師匠さま!」

「え、なに……なんですか、ヴェルス姫」


 しまった。


「いえ、なんでもありません。つい興奮してしまって……はしたないところを見せてしまいました」

「いえ、問題ありませんよ。慣れておりますので」

「ベッドシーンに慣れておりますの!?」

「何の話!?」


 今度こそ師匠さまが驚いた声をあげました。

 やった。

 勝ちましたわ!


「師匠さまに突っ込まれました!」

「言い方ぁ!」


 うふふ。


「姫様、お水を飲んでください。少し落ち着いてはいかがでしょうか」

「ありがとうございます、マルカ。ちょっと、気分が高ぶっていたでしょうか」

「いえ……あ、いえ。かなり高ぶっていたご様子です」


 いけないいけない。

 今の私は影鎧で姿が覆われていますが、姫は姫です。

 気品は保たないといけませんわね。


「……こういう時にハメを外してこそ王族」


 サっちゃんがぼそりと私の近くでつぶやきました。


「そういうものですか?」


 こくん、とうなづくサっちゃん。

 もしかしたら、神さまのアドバイスでしょうか。

 ありがたく受け取っておきましょう。


「さぁ、小休止は終わりです。さっさとワイン樽を受け渡して、店主に文句を言ってやろうではありませんか」


 ルビーちゃんの意見に賛成です。

 というわけで、目的のお店まで荷車を押していき、準備中の看板のかかる店内に声をかけました。


「こんにちは! 冒険者です。依頼のワイン樽、お持ちしました」

「待ってたよ」


 店の奥から出てきたのは――おばあさんでした。

 シワがたくさんありますが、背筋はピンと伸びていて、たばこの紫煙を吐き出しながら出てきました。


「姫様後ろへ。たばこの煙は毒です」

「なんだいなんだい、冒険者がこの程度で。騎士のお嬢ちゃんは軟弱だね」


 きひひひ、とおばあさんは笑いながら荷車に乗せられたワインを確認しました。


「ふむ、問題ないね。あんた達、ついでだ。店の倉庫まで運びな」


 分かりました、と返事をしようとするルビーちゃんのお口を手でふさぎました。


「あら? 危うく噛んでしまうところでしてよ、ベル姫」

「ルビーちゃんの歯は鎧より硬いんですか?」


 もちろんですわ、と豪語するルビーちゃんの冗談はさておき――


「おばあさま、その命令は聞けませんわ」

「おや、小生意気な冒険者だね」

「無礼者! なんたる口の聞き方――ええい、邪魔をしてくれるなエラント!」


 ありがとうございます、師匠さま。

 だから好きなんです。

 後でたっぷり愛の告白をしますね。


「おばあさまの依頼は、ワインを買ってくること。そうでしたわね?」

「あぁ、そうさ。だから届けるまでが仕事だろ」

「いいえ。買ってこい、というところまでが仕事です。ワイン樽が5つだったのは、まぁ、こちらの見落としが悪いと思いますが。ですが倉庫まで運ぶのは依頼に含まれていませんわ」

「それくらいサービスしな、ルーキー」

「お断りします。さぁ、入口の前にどーんとワイン樽を置いて帰りましょう、皆さま。今日は良い仕事ができて私は満足ですわ」


 おばあさんは、ちっ、とたばこを捨てて足で踏みつぶしました。

 ふふ、マナーが最悪ですね。

 パーロナ国で私の前でそんなことすると、牢屋行きになっちゃいますよ?


「分かった分かった。ひとり銀貨1枚、1アルジェンティ払ってやる。それ以上は無しだよ」


 おばあさんがポケットから取り出した銀貨を受け取る。

 ちゃんと人数分あるのを確認してから、私はルビーちゃんとシュユちゃんにお願いしました。


「さぁ、チャチャッと運んでください」

「分かりましたわ」

「了解でござる」


 おふたりは、ワイン樽をひょいっと持ち上げると簡単に運んでいきました。

 シュユちゃんなんてふたつもワイン樽を持ち上げてるんですけど……どうなってるんですの、あれ。


「やってくれたね、嬢ちゃん」

「あら、なんのことですおばあさま。正当な報酬はもらうべきですわ」

「ちっ」


 ふふ、完全勝利です。


「むぐぐぐぐ!」

「ほら、抑えて抑えて。せっかくの勝利が台無しになってしまいますよ、マルカさん」

「しかし、しかし……!」

「王からの命令は命を守ることだ。尊厳を守ることは入っていない」

「それは詭弁だ。これだから盗賊は嫌いなんだ……!」

「まぁ、嫌われる仕事だからなぁ」


 ……なんか、師匠さまとマルカが仲良くなってません?

 むぅ。

 いいなぁ、ちょっとした悪態をつける仲。

 いいなぁ~!

 私も、もっともっと師匠さまと仲良しになりたい~ぃ~!

 そう思いました。

 神さまにお祈りしたらいいんでしょうか?


「……ダメだって」

「神さま!?」


 無垢に無邪気にお祈りしてもダメですか!?


「……ダメだって」

「なんでですの!?」

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