~姫様! お姫様のアレが開発される~

「ルビー!? ルビー、全力で持ってる!? ルビー!?」

「はいはい、持っていますわよ。ほら、なんと両手を使ってあげています。がんばりなさい、小娘ども」

「……重い」

「ルビー!? ホントに持ってる!? ルビー!?」

「持ってますってば。お姫様を見習いなさいパル。文句ひとつ言わず持っていますわよ?」


 はい!

 持ってます!

 私、生まれて初めてこんな重い物を持ってる気がします!


「ふぐー! いいいいいい!」


 言葉も出せないほどですけど!


「……つらい」


 いっしょに持ってるサっちゃんがちょっと泣きそうになってます。

 パルちゃんも全力で持ってる声がしますけど、ルビーちゃんは余裕そうですわね。

 ホントに持ってくれてるんでしょうか?

 そう思って、チラリと横を見れば――ガクンとワイン樽が揺れました。


「あ!? あぁ あぁ、ごめんな、あぁ、あ、あ、助けて!」


 余所見をしたせいで、バランスが崩れました。

 体勢を立て直そうにも重すぎて無理です。

 中でワインがちゃぷんと揺れて、重心が変化してしまう。

 このままでは転んじゃう、と思ったところで――


「おっと」

「大丈夫ですか、姫様!」


 師匠さまとマルカが支えてくださいました。


「はぁ~……助かりました師匠さま。マルカもありがとうございます」

「やはり、私も手伝ったほうが……」

「いいえマルカ。これは私たちが請け負った仕事です。ちゃんとやらせてください」


 私たちは冒険者です。

 依頼を請け負った責任があります。

 誰の手も借りてはいけない、なんてルールはありませんが。

 冒険者の矜持、というものはあります。

 荒れくれモノと言われる冒険者にだって、持ってるんです。

 私はお姫様ですけど……私にだって『矜持』くらいはありますので、頑張りたいのです!


「はぁはぁ……大丈夫ですか、パルちゃんサっちゃん。ルビーちゃんもいけますか?」

「大丈夫、イケるイケる」

「……うん」

「余裕ですわ。さぁ、もう少し頑張りますわよ」


 おー、とみんなで気合いを入れてから進み始めました。

 なぜか、周囲の大人たちが慈しみの視線を向けてくるのが気になるところですが。

 分からなくもないですね。

 きっと、子どもが頑張ってるように見えるのでしょう。

 えぇ、そうですとも。

 そうですとも、ですわ。

 私は冒険者ですけど、お姫様で、まだ子どもです。

 子どもだからこそ、こうして冒険者をやることを許されているのです。

 きっともうすぐ。

 大人になってしまえば、許されないこと。

 だから。

 だからです。

 今のうちにやれることは、楽しんでおかないと。

 そうじゃないと、きっと永遠にこの日を後悔してしまいます。

 結婚して、子どもを生んで、しあわせな毎日を過ごしたとしても。

 きっと、不意に思い出してしまうんです。

 そんなもの。

 まっぴらごめんですわ!


「頑張るでござる。もうちょっとでござるよ」


 ひょい、とひとりでワイン樽を抱えてるシュユちゃんが追い越していく。

 ニンジャの仙術というものらしいです。

 身体強化の魔法みたいなもので、ものすごく力持ちになれるみたい。

 私たちがワイン樽をひとつ運ぶ間に、シュユちゃんは4つを運び終わっていました。

 荷車に乗せたワイン樽は落ちないようにロープでぐるぐる巻きにされています。

 それも全部シュユちゃんがやってくださいました。

 シュユちゃんが仲間で良かったです。


「皆さま、もう少しですわよ。パルパル、気合いを入れなさい。サチ、あとでご褒美をあげますわ。ベルは頑張っていますわね、素晴らしいです」

「あり、ありが、ありがとうベルちゅあん!」


 歯を喰いしばって。

 私は全力でワイン樽を運びました。

 もうすぐ。

 もうちょっと。

 あと少し。

 荷車の上に乗せられた4つのワイン樽。

 その上に最後の5つ目として乗せるのですが――


「ひぃ、重い!」

「……これ、無理」

「手が、手がぷるぷるしますぅ~!」

「ほら小娘ども。これくらい持ち上げなさいな。こんなこともできないと、師匠さんをお姫様抱っこするなんて夢のまた夢ですわ」

「「そんな夢、見たことなーい!」」


 逆です、逆!

 師匠さまにお姫様抱っこしてもらいたいです!

 私ぃ!

 お姫様なのでー!


「うりゃああああー!」


 という気合いと根性と何かしらのアレを込めて、ワイン樽を持ち上げました。

 思わず、どっせーい! という声をあげそうになってしまいましたが。

 ルビーちゃんに感謝です。

 危なかった。

 お姫様の品位が危なかった。


「はぁ、はぁ、はぁ……なんとか、乗せられました……はぁ、はぁ~……」

「重かった~! もう無理~!」

「……ひとつで……限界……」


 パルちゃんとサっちゃんも、その場に座り込む。

 ふたりとも手がプルプルと震えています。

 もちろん私もですが。

 指先まで震えていて、まったく力が入りません。


「はぁ、はぁ……」


 これからは力仕事をしている人たちに、もっともっと感謝をしないといけませんね。


「まったく三人とも情けないですわ。それでも乙女でして?」


 ルビーちゃんはピンピンとなさっています。

 さすが前衛で大きな武器を振り回すだけはありますね。

 冒険者ってすごい。


「よし、ロープで固定できたでござる。これでいつでも帰れるでござるよ」

「シュユちゃんもすごい……私も忍術が使えたら……はぁ、はぁ~……」

「調べてみるでござるか?」

「ほえ?」

「立つでござるよ」


 私がその場で立つと――

 あっという間に甲冑を脱がせるシュユちゃん。

 えぇ~、どうなってるんですか!? と問うヒマもなく脱がされてしまいました。


「忍法『武装解除の術』でござる」


 そんなのあるんだ!?


「ホントは足の鎧も脱がせられるでござるが、今回は上だけでござる」


 さすがにお店の前で下着だけの状態にされちゃったら恥ずかしい。

 シュユちゃんの配慮に感謝ですね。


「配慮してるのなら、脱がされませんよ姫」

「あれ?」


 マルカが周囲に見えないように壁になってくださいました。


「シュユ殿、あまり姫様をはずかしめないで頂きたい」


 申し訳ないでござる、とシュユちゃんは苦笑してる。


「はい、背筋を伸ばして立つでござるよ。仙骨を調べるでござる」

「あ、は、はいっ」


 シュユちゃんは私の横に立つと、お腹の下あたりに手を当てました。

 背中側の、お尻のちょっと上くらいにも手を当てて、挟むような感じです。


「センコツって何なのでしょう?」

「仙術を使う時に重要になる骨でござる。持っている人と持っていない人がいて、持っていない人は、どんなに頑張っても仙術は使えないんでござるよ」

「そうなんですか……はぅんッ!」


 シュユちゃんが下腹部を押さえた時に、なんか気持ちよくて変な声を出しちゃいました。


「だ、大丈夫でござる?」

「ごめんなさい。続けて」

「ベルちゃんはくすぐったがりでござるか。我慢するでござるよ」

「はいっ……んっ、くっ」


 これ、くすぐったいって感覚なんですか?

 なんかとちょっと違う気がするんですけど?


「う~ん、ベルちゃんも仙骨が無いでござるね」

「はぁ、はぁ……そ、そうですか、残念です。ちょっと名残惜しいです……」


 クセになっちゃいそう。

 気持ちいい気がする……


「……シュユちゃん、私も調べて」

「了解でござる、サっちゃん」


 同じようにサっちゃんも調べてもらってる。


「……んっ、もう……もうちょっと、強く……んっ」

「どれだけ強く押しても見つからないものでは見つからないでござるよ、サっちゃん。残念ながらサっちゃんも仙骨が無いでござる」

「……ふぅ。ありがとう」

「どういたしまして?」


 サっちゃん。

 うすうす感じてましたけど……えっちですわね!

 しかもオープンな感じ。

 私もこれくらいオープンになってもいいのかしら?


「ふふ。あ、そうだ。マルカも調べてもらってはいかがかしら? 仙術が使えるようになれば、護衛の手段が広がりますよ」

「い、いいえ! 私は遠慮します!」


 マルカが逃げました。


「追いなさい、ルビーちゃん」

「了解ですわ」


 あら、ホントに行くとは思いませんでした。

 加えて――


「く、くるな! 私は関係ない!」

「うふふ、良いではないか、良いではな――あ、いえ、ちょっと本気で逃げないでくださいまし?」


 マルカが本気で逃げてるとは思いませんでした。


「ごめんなさい、ベル姫。さすがに本気で嫌がっている人で遊ぶのは少しわたしの同義に反しますので……」

「ルビーちゃん律儀。私も同意見です。いっしょに謝りましょう」


 ごめんなさい、とマルカに頭を下げました。


「いえ、そんな姫様に頭を下げていただくわけには……あぁ、ルビー殿も頭をあげてください」


 マルカに許してもらったところで、パルちゃんが声をあげました。


「お腹すいた~。なんか食べて帰ろう?」

「……賛成」


 そういえば、ぶどうを食べただけで他は何も食べていませんね。


「はい、何か食べましょう。私もお腹がすきました」

「お店を探してくるでござる」


 シュユちゃんが颯爽と調べに行ってくださいました。

 しばらくすると戻ってきたシュユちゃん。


「食堂があったでござる」

「では、そこで食事にしましょう。異議のある人は言ってください」


 私が見渡しても意見は無し。

 一応と師匠さまの表情をうかがいましたが、何も問題はないみたいです。

 マルカは――


「早く帰りたいところですが。文字通り背に腹は代えられませんね」


 というわけで、みんなで食堂に行くことにしました。

 その際にちゃんとワイン屋の店員さんにもお礼を言っておきましたので、ぬかりはありません。

 ――ぬかりって何でしょうね?

 まぁ、ぬかってないので、ぬかりは無いです。


「あたしお肉が食べたい」

「シュユはお魚が食べたい気分でござる」

「わたしは果物があれば、それで」

「……ん~、私も肉」

「では、私もお肉で」


 仲間とお食事ができるなんて。

 ちょっと嬉しいです。


「ど、毒見とか大丈夫でしょうか」

「マルカは心配性ですね」

「しかし――」

「そんなに心配なら良い手があります」

「なんでしょうか?」


 うふふ、と私は師匠さまを見た。


「師匠さまに毒見役をお任せしましょう。私は師匠さまの残りでも充分に美味しく食べられますし、なんなら口移しでも――」

「「却下です」」


 なぜかマルカだけでなく師匠さまにも否定されてしまいました。

 良い案だと思ったのですが。

 う~ん……


「やっぱり、あ~ん、だけでも!」

「却下です――あれ!?」


 今度はマルカだけで、師匠さまは却下しませんでした。

 驚くマルカを見て、私は思わず笑ってしまう。


「師匠のすけべ」

「師匠さんのえっち」


 パルちゃんとルビーちゃんにジト目でにらまれて。

 そっぽを向く師匠さまが可愛かったです。

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