~流麗! 優しさとお節介~

 魔具『カリドゥム・セルヴァ』が完成しました。

 名前の候補に『カロール・レタンティオニス』があったのですが――


「ダサいですわ」


 というわたしの崇高なるアドバイスのおかげで却下することができました。

 危ないあぶない。


「ピッタリだと思うんだけどねぇ」

「ごはんみたいでイヤですわ」


 どういうこと、とパルが聞いてきたので言葉の意味を教えてあげました。


「旧き言葉で『保温』という意味です。あまり人に使う言葉ではないでしょう?」

「確かに」


 後ろでサムライも納得しています。


「で、罰はこたえたか?」


 師匠さんが質問しました。

 ここ数日、ずっとわたしの影がハイエルフの目と耳を覆っていました。かわいそうなので、おトイレはちゃんと連れていってあげましたので、ご心配なく。

 もちろん、わたしの影がやってくださいましたのでご安心ください。

 間違っても師匠さんにはやらせられませんからね。

 師匠さんのことです。

 きっと我慢ができなくなるでしょう。

 いろんな意味で。

 そんなわたしの質問に対して、ハイエルフは肩をすくめます。


「堪えたか、応えたか、それとも答えたか。どちらにせよ、こう答えておくよ。楽しかった、と」


 はぁ~、と全員で息を吐きました。

 きっとこの最古の人間種は何でも楽しんでしまうのでしょうね。

 だからこそ、『学園都市』が生まれたのかもしれません。

 何でも楽しみ好きになり、興味を持つ。

 きっと、いつだって最高の人生を送っているに違いありません。

 そういう意味では、ひとつ疑問があります。


「あなた、どうして未だに処女なんですの?」


 生物としての本能として、快楽を求めるのは当然の話だと思うのですが?

 むしろ人生において一番興味があることだと思います。


「おいおい。それは愚問だぞ、ヴァンピーレ。君は私と同類だと思っていたのだが、違うのかな? ん?」


 なんですか、その吸血鬼を馬鹿にしたような表情は。

 その美しい真っ白な肌を傷だらけにして真っ赤に染めてあげましょうか、まったく。


「私はソレを、この世で一番の『瞬間』と捉えている」

「――理解しました」


 なるほど。

 そうですわね。

 いえ、そうでしたわね、と言うほうが合っているかしら。

 わたし、師匠さんと出会ってしまったせいで、すっかりと舞い上がっていたようです。


「どういうこと?」

「シュユも分からないでござる」


 小娘どもが首を傾げている。

 かわいいですわね~。

 後ろで分かってるフリをしながら、実は分かっていないような微妙な表情を浮かべているハーフ・ドラゴンも可愛い。

 これだから人間種は好きなのです。


「簡単な話ですわ。世の中には二種類の人間種がいます」


 わたしは指を二本立てました。


「好きなおかずを最初に食べるタイプと最後に食べるタイプです。パル、あなたは最初に食べるタイプでしょ?」

「あ、うん。じゃないと誰かに取られちゃうかもしれないし」


 路地裏で生きていた、というのであれば、そうなっても仕方がありません。


「ニンジャ娘は最後に取っておいても平気なタイプです」

「微妙な言い回しの違いはなんでござるか?」

「気にしないでくださいまし。まぁ、とにかく、そういうことなんですよ」

「え? ちゃんと説明してよぉ、分かんない!」


 理解力の低いお嬢ちゃんですわね、まったく。


「わたしもハイエルフも、子どもを作ることをこの世で一番尊ぶべき最高の行動と位置づけました。そうなると、どうでしょう? そこらの馬の骨と子どもを作ろうとします?」

「馬の骨が相手ではもったいないな」


 ハーフドラゴンの言葉にわたしはうなづきました。


「そう。最高の相手と最高のシチュエーションを迎えて、人生最高の瞬間にしたいのです! せっかくの『初めて』なのですから!」


 と、わたしは師匠さんを見ました。

 なぜか高速でわたしの視線から逃げられましたけど。


「そういうわけなんだよ、盗賊クン。どうかな、私の愛の真実に気付いてくれた感想を聞かせて欲しい。いや、言葉など不要だ。是非とも行動で示してくれ。子どもは十人ほどでいいので!」

「知らん」


 えぇ~、とハイエルフが不満の声をあげました。


「師匠、意地悪はダメですよ?」

「いやいや、おまえはそれでいいのかよ愛すべき弟子」

「うんっ」

「え~……パルはレベル高いなぁ……」

「えへへ~」


 頭を撫でられて喜んでいるパル。

 なにそれうらやましい。


「分かった分かった。俺の負けだ。何もかもが終わって、世界が平和になって、なんかヒマだな~って思って、学園長のことを思い出した時でもいいか?」

「もちろんだとも!」


 超遠まわしの断り文句ですけど。

 師匠さん。

 それ、『長命種』にはお断りになってませんよ?


「あれ?」

「失敗しましたわね、師匠さん。でもそういうところが好き」

「なにが!?」


 驚く師匠さんをくすくすと笑いました。


「では、そろそろ黄金城へ戻りましょうか。助かりましたわ、ハイエルフ」

「魔具の指輪に不具合があるようだったらすぐに言ってくれよ、ルゥブルムくん。もっとも、君は不具合に気付けないかもしれないけど」

「失礼ですわね。寒暖差くらい理解できますわ」


 たぶん。


「よろしい。では諸君、またいつでも会いに来てくれたまえ」


 ハイエルフはちらりとサムライを見ましたわね。

 何か事情があるようですが……まぁ、それはわたし達には何ら関係ないこと。

 口を挟むのは、野暮というものでしょうか。

 それとも、人間種の矜持というものでしょうか。

 どちらにせよ、言わぬが花、でしょう。

 言葉の使い方が間違ってる気もしますが、気にしない気にしない。


「アクティヴァーテ」


 師匠さんにつかまり、わたし達はまた黄金城近くの岩場へと転移してきました。


「地下5階の街でも良かったんじゃないですか、師匠?」

「ひとつ試したいことがあってな」


 師匠さんはわたしを見ました。


「不思議なダンジョン、ですわね」


 あぁ、と師匠さんはうなづく。


「どういうことだ?」

「ヴェルス姫の一件で気付いたことがある」

「お邪魔虫のマルカ近衛騎士のことですわ」


 どういうことだ、とサムライは怪訝な表情を浮かべました。

 いっしょに冒険には行きませんでしたので、サムライが気付いていないのも無理ありません。


「お節介、という言葉をご存知かしらセツナ」

「もちろんだ」

「では、セツナ。危ないのでダンジョン攻略など止めなさい、と言われたらどうします?」

「申し訳ないが聞き入れない。こちらには事情があるのでな」

「そうでしょうか」


 わたしはニヤリと笑いました。


「あなたはそれを他人にやりましたわよ」

「どういうことだ?」

「そこのニンジャ娘に、です。不思議なダンジョンは危ないから、と近づくことさえも禁止しました。もちろん、それは優しさです。別にあなたを責めているわけではないので、勘違いしないでくださいね」


 分かった、とサムライは苦笑した。


「それと同じことをやっている存在がもうひとり、いますわよね」

「ふむ。不思議のダンジョン内にいたというエルフか」


 そのとおりですわ、とわたしは答えた。


「優しく諭すようにダンジョンから追い出す。これほど優れた罠は初めて見ました。おそらく、普通の人間であればあるほど、まともな人間であればあるほど、普通の思考であればあるほどに騙されますわね」

「迷い込んでしまった『子ども』を救済する方法だと俺は思うけどな」


 師匠さんは肩をすくめる。


「どういうことだい?」


 ハーフドラゴンの疑問に師匠さんは答えました。


「推測でしかないが、あれはハーフリングが入るために作られたダンジョンだ。無謀で無鉄砲な彼らは人の話を聞かない。罠があるのに、罠にハマりにいくような連中だからな。つまり、帰れと言われて帰る種族ではない。そういう小さな人間種だけが攻略できるダンジョン――なのかもしれない」


 そのダンジョンにいったい何の意味があるのか?

 答えはまったく分かりませんが、とにかくマトモじゃない存在だけがクリアできるダンジョンであるのは間違いなさそうです。


「では、記憶が改竄されるというのは嘘だったか?」

「半分正解で、半分は嘘なのでしょう」


 わたしは影から眷属を召喚する。

 真っ黒な犬で、不思議なダンジョンの中に置いてきたのと同じです。

 わたしが意識すれば動かすことができますが、命令を与えておけばある程度は自律して動いてくれる眷属。


「この眷属召喚ですが、一応は自我があります。最近分かってきたことなのですが、しばらくすればわたしから切り離されたように独立するのです。もっとも、消そうと思えばいつでも消せるので、完全な独立とは言えませんが」

「それは勝手に動き出す、という意味か?」

「無意識に存在し続ける、という言葉のほうが良いでしょうか。もっと的確に言えば、切り離した腕が自在に操れていたのが、感覚を失ってしまう、という感じです」


 大神ナーの神殿に置いてある影人形が、まさにその状態です。


「不思議のダンジョンの中に、これと同じ眷属を置いています。もしも、記憶の改竄や上書き、認識の阻害や変更が行われるのであれば……今ごろとっくに感覚遮断が起こっていると予想できますわ」

「つまり、何も変化がない、と」


 そのとおり、とサムライに向かってわたしはうなづきました。


「自分が何者か分からなくなる、という状態は起こらない。エルフがついた、人間種を追い返すための嘘だと思われます。ただし、ダンジョンの中が無限に続く日出ずる区画であり、その構造は入るたびに変化するのは事実だと思われますわ」


 新しい路が増えたのをハッキリと覚えている。

 それが相まって、記憶の改竄や定着が行われる、と思い込んでしまったのでしょう。

 もちろんエルフの言葉があってこそ、の話ですが。


「黄金城の地下ダンジョンを攻略する前に、不思議のダンジョンの秘密を暴いてしまいましょう。攻略は無理でも、この仮定が真実かどうかだけでも見極めておくのがよろしいかと」

「なるほど、了解した」

「では、参りますわよパル、シュユ。嘘吐きエルフの正体を暴きに行きましょう」

「はーい」

「了解でござる」


 というわけで。

 年齢制限ではなく身長制限のあるダンジョン。

 嘘吐きエルフの不思議のダンジョンへ向かうことにしました。

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