~姫様! 神聖なる少女の素足で踏んでくれ~
鎧を脱いで、髪をリボンで結い。
くつ下をおろして、荷物の中に入れていたスカートを履いた。
さすがにドロワーズが丸見えの状態でいるわけにはいきません。
私だって乙女です。
でも師匠さまだけが見てるのであれば、それもやぶさかではないですけど。
「えっと……何ですか?」
「なんでもありませんわ、師匠さま」
私はスカートを少しだけ持ち上げる。
「うふふ」
師匠さまの視線を感じます。
でも、私が顔をあげればきっと視線をそらしてしまわれますので、このままで。
「ここで足を清めるんですのね」
ぶどうが入れられた桶の隣には、足を洗うための綺麗な水がありました。
小さめの桶に張られた透き通った水。
これも、神さまへの感謝を込めて祈りを込めて清められた水らしいです。
ポーションまではいきませんが、それなりに神聖な水なのでしょう。
興味深いですね。
「汚れを落とす意味もあるけど、足を清めるっていう意味が強いんだって。それにしてもあなた、とっても綺麗な髪をしているのね。鎧で隠れてるなんてもったいないのに」
さっきまでぶどう桶に入っていた同年代の女の子に褒めてもらえました。
「ふふ、ありがとうございます」
お礼を言いつつ、手を持ってもらって水の中に足を入れる。
そろそろ寒い時期なので、水の冷たさに思わず全身が震えてしまった。
「ふわわわ」
なんだかちょっと、おトイレに行きたくなっちゃいそうな気分。
「あはは、綺麗に洗わないと神さまに怒られるからね。我慢してよ」
「は~い」
お酒を司る神さまに怒られるのは、ちょっと怖いですね。
酔っ払った暴漢に襲われるかもしれません。
師匠さまに助けてもらわないと。
「ふふ」
乙女のピンチに駆けつける師匠さま。
きっとまた、カッコ良く助けてくださいますでしょう。
さてさて。
水桶の中で、足の裏だけでなく指の間を洗わないといけない。
「師匠さま、洗ってください」
「……マルカさんお願いします」
「はい」
師匠さまがそっぽ向いてしまった。
ざんね~ん。
「あはは、あははははははは!」
先にぶどう桶に入ったパルちゃんがなぜか爆笑してる。
「そんなに楽しいでござるか?」
同じくシュユちゃんも先に入ってぶどうを足でつぶしてるんだけど、ふたりの感情に物凄い差があって興味深い。
パルちゃんもシュユちゃんも素足だったので、先に足を清めて早く入ってます。
それにしても――シュユちゃんの服って凄いですよね。
前垂れだけ、という感じなんですけど、ぱんつはいてない……ニンジャってみんなこういう服を着てるんでしょうか。
これもまた興味深いですね。
「あたし食べる物大好きなんだけど、それを踏みつぶしてる罪悪感がすごい! あははは!」
「罪悪感で笑ってるでござるか……」
パルちゃんの独特の感性。
でも、分からなくもない気がします。
「いいですよ、そのまま桶に入ってね」
「はい、分かりました」
スカートが汚れないようにもう少しだけ高くあげながら、ぶどう桶の中に足を入れる。
ぐじゅぅ、とぶどうがつぶれる感触。
布越しですが、ぶどうの皮が弾けて中から果汁が出てくるのが分かりました。
あぁ、ホントですね。
「うふふ、あははは」
食べられる物を踏む感覚。
これは、罪悪感があります。
悪い事をしている背徳感というのも感じるのでしょうか。
よく分からないけど、笑えてくるのは確かです。
「ベルちゃんもでござるか!?」
「いえ、いえいえ、これは分かります。確かに笑ってしまいますね。いいえ、ホントは笑ってはいけない感覚なんでしょうけど」
「……難しいことを言うのね」
「ふふ。サっちゃんは神官なので、リーベロ・チルクイレ神さまにご意見をもらえるのかしら?」
「……聞いてみる?」
聞けるんだ!?
と、その場の全員で驚きました。
その間にルビーちゃんも準備が整ったようで、ぶどう桶に入ってくる。
ルビーちゃんは、特に何も感じていないみたい。
普通にぶどうをつぶしています。
むしろ師匠さまの視線を楽しんでいるように思えました。
「どうでしょう、師匠さん。わたし達の踏みつぶしたワインにどれくらいの価値を見い出されますか?」
「神に戦争をしかけてでも飲みたいな」
「「「好き」」」
なぜか、私とパルちゃんとルビーちゃんの声が重なりました。
「お若いの、罪な男だなぁ」
「は、ははは……盗賊ですので」
なるほど、とお爺ちゃんは笑っていました。
「はい、師匠さま。踏みつぶしたぶどうです。あ~ん」
「いやいや、それは『酸っぱいぶどう』にするつもりだろ?」
「ふふ、さすがですね」
師匠さまは苦笑する。
「どういう意味でござる?」
「ちょっとした童話ですよ、シュユちゃん」
知ってる知ってる、とパルちゃんとサっちゃん。
「わたしは知りませんわね。どういう話ですの?」
ルビーちゃんは知らないみたいですね。
「きつねが木になっているぶどうが欲しかったのです。頑張って取ろうとしましたが、ついには取れなかったのです。そしてきつねは思いました。あのぶどうは酸っぱかったに違いない。取らなくて正解だ。という話です」
自己を正当化するお話でもありますが――
「負け惜しみのお話でござるな」
「つまり、あ~ん、してもらうのを遠慮した師匠さんが、『そのぶどうは酸っぱい』と言ってしまうことで『負け惜しみ』をしていることになるわけですね」
「どうあがいても、私の勝ちになります。えっへん」
「さすがベルちゃん。はい、あ~ん」
パルちゃんが差し出してくれたぶどうを食べる。
「あ~ん……すっぱ!」
やっぱり、とってもすっぱいです。
そして、みんなであははと笑いました。
ぐっちょぐっちょ、ぐっちゃぐっちゃ、ぱっちゅんぱっちゅん。
そんなふうに、みんなで手をつないで輪になりながら、ぶどうを踏みつぶしていきます。
マルカと師匠さまがそれを見てて。
集落の女の子たちが、伝統的な唄を歌ってくれて。
お祭みたいな雰囲気になりました。
あぁ。
楽しい。
楽しい楽しい楽しい!
ハイエルフさまは大変に叱られてしまいましたが、それでも私は感謝したいと思います。
ありがとうございます!
とても楽しいです!
「……リーベロ・チルクイレ神さまから伝言です」
「えぇ!?」
ちゃんと返事があったことに驚きです。
サっちゃんすごい。
「……いえ、凄いのは私じゃなくてナーさまです」
「あ、心の声が聞こえてるんですのね」
「そうそう。変なこと思っちゃうとナーさまに怒られるから気をつけてね」
パルちゃんの警告に、改めて気をつけよう、と思いました。
いえ、別にナーさま? を否定するつもりは一切ないのでご安心ください。えっと、お祈りすればいいですか?
偉大なる、ナー神のご繁栄を願っております。
――こう?
「……それでいいって」
「良かったです。あ、それでリーベロ・チルクイレ神はなんと?」
私たちだけでなくワインを作っていたお爺ちゃんや女の子たちも興味津々です。
「……毎年ありがとう。そなたらのおかげで大神生活も安泰だ。豊穣のぶどうを約束しよう。……だって」
「おぉ~! ありがとうございますリーベロ・チルクイレ神さま」
お爺ちゃんは大空に向かって頭をさげた。
やっぱり神さまからの声をもらえるのは嬉しいものですね。
それにしても、ナーさまってすごい。
「他の神さまからの伝言をしてくれるなんて、ナー神さまは優しい神ですね」
「……そうなの?」
「普通の神さまは自分の神官が他の神の話をするのを嫌がる、と聞いたことがあります。仲の悪い神殿同士の話も聞いたことがありますし」
「……ナーさまが苦笑してる」
「それはどういう意味でしょうか?」
「……答えてくれない。あ、切れちゃった」
キレた?
怒っちゃったってことですか!?
「ど、どうしましょう。私、なにかヒドイことを言ってしまったんでしょうか」
「……ん~ん。ナーさまと繋がってるものが切れた。お話はおしまいっていう合図」
「神託、みたいなものでしょうか」
そうポンポンと神託されるのも凄いですけど。
サっちゃんとナー神さまの信頼って、物凄いのではないでしょうか。
世の中には、知らないことがたくさんあるとは分かっていましたが。
こんなにも身近なところで知らないことがあるとは思いもよりませんでした。
「ヴェルスさま、あの、そろそろ……風邪を引いてしまいます」
「これぐらいで風邪なんて引きませんよ、マルカ。それに、あなたもぶどう桶に入る権利があるんですから、体験してみてはいかが?」
「な、ちょ、ひめ、ベルさま!?」
「ほう。あんたも乙女なのかい」
「いいえ! 私は大人ですので!」
マルカが見栄を張りました。
愚かですわね~。
私が生まれてからずっといっしょにいるのに。
処女を失う機会なんて、一度も無かったくせに。
あぁ。
ごめんなさい。
でも、そんな言葉は口にはしませんからね。
あなたの決意を無駄にしません。
ですから。
いつかあなたが見栄を張らなくて良い相手が見つかったら、一番に教えてくださいな。
目一杯の祝福を送りたいと思います。
告白方法は私に任せてください。
必ず成功させてみせますわ!
ですが――
「嘘吐きは泥棒の始まりと言いますよ、マルカ。騎士を卒業してパルちゃんの弟子になりますか?」
「んふふ~。いつでも教えるよ、マルカさん。まず魔力糸の作り方からね。はい、歩きながら細くするところからスタート!」
「で、弟子入りしません! やめてください!」
ぷい、と背中を向けてしまいました。
護衛失格ですよ、マルカ。
あはは、と笑って。
私は、その頼もしい背中を見るのでした。
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