~姫様! 冒険でしょでしょ~

「荷車ですか? それならどうぞ使ってください」


 ルビーちゃんの目的は荷車だったらしく、ラークスくんは心置きなく貸してくださいました。


「ありがとうございます。このお礼は必ずしますね」


 私が丁寧に頭を下げると、いえいえ、とラークスくんは笑顔で手を振った。


「気にしないでください。ルビーお姉ちゃんにはものすごくお世話になったので、そのお礼です」

「聞けば、あの大きな傘のような武器もラークスくんが作ったらしいですね」

「はい。まだ試作段階ですけど上手くいっているようで……」

「私にも何か武器を作ってくださる?」


 お店の裏から皆さんが荷車を取ってくる間に、私はこっそりと依頼してみました。


「えっと、ベルさんはどういう戦い方をするのですか?」

「戦い方?」


 そうでした……

 私、戦わないんでした。

 でしたら――


「カッコいい戦い方をします」


 後ろでマルカが大きくため息をつきました。


「カッコいい戦い方!?」


 ラークスくんも驚いています。


「私はこのとおり……んぅ! 力も弱くて、ダメダメな冒険者です、のでっ、んっ」


 お店に飾ってあったロングソードを持ち上げてかまえてみせる。

 重たくて、剣はプルプルと震えてしまうし、振ってみても体が泳いでしまう。

 どう肯定的に見たとしても、冒険者には見えないことでしょう。

 立派なのは、この鎧だけです。


「お飾りの冒険者として、見た目だけは立派にしたい、と思いました」

「なるほど……では、少々お待ちください」


 ラークスくんはお店の奥へ移動すると、すぐに戻ってきました。

 その手に持っていたのは一本の剣。

 真っ黒な細身の鞘に、ちょっとトゲトゲとしたデザインの鍔と柄。

 確かに、カッコいい剣です。


「儀礼用の剣です。展示用の物として作られたようですが、倉庫に置きっぱなしになっていたものですので、どうぞお持ちください」

「良いのですか?」

「はい。製作の参考にしていたのですが、儀礼用の剣は他にもあります。倉庫の中にいるより、使われる機会があるほうが良いと思いますので。あ、でも戦闘向けじゃないので、普通に使うと折れるかもしれないので注意してくださいね」


 鞘から引き抜いてみると……なんと真っ黒な刃でした。

 一応は刃も付いているみたい。

 細身なので、そこまで重くないので私でも装備できそうです。


「マルカ、装備させてくださる?」

「ハッ」


 漆黒の影鎧の背にナナメ掛けになるようにマルカに装備させてもらう。


「どうでしょう、カッコいいですか?」

「はい! 鎧にとても良く似合っておいでです」

「ありがとうございます。大活躍して、ラークスくんの名前を世に広めますね」

「あはは。どうぞよろしくお願いします」


 あとでお父さまに報告しましょう。

 パーロナ国の儀礼用の剣はラークスくんが作った物を使わせてもらえば、それなりにお礼になるはずです。


「準備できたよ、ベルちゃん。乗って乗って」

「ルビー殿が引っ張ってくれるでござるよ。牛でござるな」

「せめて馬と言いなさい、ニンジャ娘」

「……こっちこっち」


 サっちゃんが手を引いてくれて、私も荷車に乗る。

 女の子四人が乗っても大丈夫なようで、ルビーちゃんは平気で荷車を操った。


「ホントに馬のようですね、ルビーちゃん」

「種馬のように働く所存ですわ」

「それを言うのなら、馬車馬ではないのですか?」

「種馬です」


 訂正を訂正されてしまいました。

 ルビーちゃん女の子なのに。

 優れた子どもを残せる、という意味でしょうか?

 だったら、正解かもしれません。


「私も種馬になれるように頑張らないと」

「ひめ――ベルさま、なんてことを言ってるのです!?」


 マルカがびっくりした表情を浮かべている。

 あはは。


「それでは荷車を借りていきますわ、ラークスくん。お礼は後ほど。種馬のようなお礼を、いいえ、ラークスくんが種馬になってもらうほうでしたわね」

「お姉ちゃん!?」


 ラークスくんの繁殖ですか。


「私も見学してもいいでしょうか?」

「見ないでくださいぃ!」


 ラークスくんに拒絶されてしまいました。

 残念です。


「それでは行って参りますわ~」

「しゅっぱーつ!」


 パルちゃんの声に合わせて、


「おー!」


 と、私は右手をぐーにして上げました。

 あはは!

 楽しいです!

 ガタゴトと荷車は動き出し、その後ろを師匠さまとマルカが歩いて付いてくる。

 うふふ。

 いつもは馬車ですが、こんな乗り心地の悪い乗り物も良いですわね。

 もうすぐ冬が近いですけど、空が青くて高いです。

 あぁ。

 今日は何て良い日なのでしょうか。

 しあわせです。

 きっと生涯忘れることのない一日になるでしょう!

 ――と、思っていたのは最初だけ。


「おえぇ……気持ち悪い……」

「あらら、大丈夫ベルちゃん?」

「荷車って酔うんですのね……おえぇ……」


 道端で吐いていました。


「姫様、水です」

「ありがとうマルカ……」

「サチ、魔法で何とかならないの?」

「……なる」

「なるんだ。使ってあげてよ」

「……もうちょっと見ていたかったから」


 今、サっちゃんがヒドイこと言いませんでした?

 いえ、気のせいでしょう。

 はい。

 気のせい気のせい……おえええぇ……


「オルディネイショネム」


 キラキラと魔法の光がサっちゃんの足元にあふれ、神さまの聖印が現れる。

 私の体もうっすらと魔力の光が覆うようになると、すぅ~っと気持ち悪さが消えた。


「あ……はぁ……ふぅ……楽になりました。ありがとうございます、サっちゃん」

「……こちらこそ、ありがとう」


 え?

 なにが?


「相変わらずサチはレベルが高い」

「……そう? これくらい普通だよ」

「サチが普通だったら、あたしなんてザコだよ」


 良く分からないパルちゃんとサっちゃんの会話。


「皆さま、ご歓談のところ申し訳ありません」


 ルビーちゃんが、立って立って、とうながしてきた。


「あぁ、足を止めてしまってごめんなさい。早く進みたいですよね」

「いえいえ、違いますわベル姫。敵です」

「はい?」

「モンスターの襲撃ですわ」

「モンスター!?」


 魔物ってことでしょうか!?

 モンスターとは、怪物という意味があったはず。

 つまり、怪物が襲ってきた!?


「ど、どどど、どこですの!?」


 しかし、見渡してもそんな姿はどこにもありません。

 もしかしてゴーストとか、そういう類のモノなんでしょうか。


「上ですわ、上」

「上?」


 バイザーの隙間から見ているので、空は確かに見えていませんでした。

 なので、しっかり頭をあげて空を見てみると――何か飛んでいますわね。


「あ、あれが敵なのでしょうか」

「そうですわ。さぁ、姫騎士の出番ですわよ。しっかりと盾役を務めてくださいまし」

「冗談ではありません。姫さまは後ろへ」


 マルカが私をかばうように前へ出ましたが……空から飛んでくる相手に対して、後ろも何もあったもんじゃないと思うんですが。

 真上に来られた場合、どうするんでしょう?

 股の下に逃げるとか?


「師匠、アレなぁに? ガスクラウドっぽけど、なんかちょっと違う」

「う~む、空を飛ぶなんかモヤモヤした物だが……ガストだろうか。ガスクラウドの下位種だな」

「どんな魔物ですの?」


 私がマルカの後ろから顔を出しつつ質問すると、師匠さまが答えてくださいました。


「魂と影が融合した存在、大昔は怨霊などと呼ばれたこともありましたが……今では魔法生物に分類されているモンスターですね。確かレベルは――」

「2!」


 パルちゃんが元気良く答えてくださいました。


「そう、レベル2のモンスターです」

「レベル2……確か、レベルって同じ数字同士だと同等、でした? つまり、あの魔物……モンスター? は、レベル1ふたりで倒せる強さ、ということでしょうか」

「あくまで目安ですけどね」


 師匠さまは肩をすくめました。

 それもそうですね。

 私だってレベル1ですが、今ここで私がふたりいたところでガストと呼ばれるモンスターに勝てるとは思えませんし。

 強さの指針ではあるけれど、明確な数字ではないのでしょう。


「なかなか降りてきませんわね。襲ってくる気配がありませんわ」

「無視する?」

「後ろから襲われでもしたら最悪ですわ。ここはきっちり倒しておくべきかと」


 ルビーちゃんの言う事は、もっとも、です。

 後ろから襲われたら、びっくりしてしまいますので。


「ちょっかいを出してみるでござるか」


 えい、とシュユちゃんは棒状の短いナイフを投げつけました。

 クナイ、という名前でしたっけ。

 上空に投げつけられたクナイは見事にガストに当たりましたが……あまりダメージがあるように思えません。

 すり抜けている感じがありますね。

 ですが、よろよろと落ちてくる感じで高度が下がってきました。

 ダメージが無かったように見えて、実は効いていたのでしょうか。

 変な魔物……モンスターですね。


「ちょっといいでしょうか。皆さんは魔物じゃなくて、モンスターと呼称するのですね。それが冒険者の常識、なんでしょうか?」

「いいえ、違いますわ」


 ルビーちゃんがにっこり笑って、言いました。


「魔王サマの呪いで発生した存在をモンスターと呼んでおります。それだけのことですわ」

「はぁ……?」


 え?

 それだけ?

 え~っと、どんな違いがあるのかよく分かりませんでした。


「いずれ説明する日がくると思いますので、それまでお待ちくださいませ。さぁ、ガストが降りてきましたわ、ベル姫。トドメを」

「私が!?」


 指名されてしまったので儀礼剣を抜きますが――


「御下がりください、姫」


 マルカが前へと立った。


「あら、姫の邪魔をするとは近衛騎士も偉くなったものですわ。出過ぎた真似は嫌われますわよ」

「ふざけないでください、ルビー殿。ヴェルス姫を守るのが騎士の務めだ」


 マルカはそういうと、さっさとガストへと近づき一撃で斬り伏せてしまった。

 レベル2のモンスターですからね。

 マルカの攻撃には耐えられないのでしょう。


「保護者がでしゃばると、冒険にならないのではなくて?」

「――挑発ですか、ルビー殿」

「ケンカを売っているのではありませんが、そちらが買うとなれば売りますけど」

「いいえ、買いません」


 マルカは怖い顔をしつつも剣を納めました。

 ルビーちゃんはつまらなそうに唇を尖らせる。

 それがなんとも子どもっぽい仕草で、私はくすくすと笑ってしまう。


「ルビーちゃん、ケンカはダメですよ。私は困っていないのですから」

「ふふ。まぁ、ベルベルが楽しそうに笑うのでしたらわたしからは何も言うことはできませんわね。ですが、もしも戦いたくなったらいつでも言ってください、姫。そこの近衛騎士はわたしがぶっ飛ばしてあげますので」

「そんなことしなくていいですよ、ルビーちゃん。大丈夫、私は充分に冒険を楽しめていますわ。さっきだって嘔吐しましたし! お城の中では絶対に体験できない貴重な経験です。レベルアップです!」

「ゲロ吐いて喜ぶ姫とは新しい。わたし、あなたのことを侮っていましたわ」

「見直しました?」

「はい。これからはドスケベ姫ではなくドスゲロ姫と呼びます」

「やめて!」


 それは可愛くない!


「――えぇ。言ってからわたしもそう思いました。この世で一番ひどい蔑称を付けるところでしたわ。危なかった……」


 ドスゲロ姫と呼ばれるくらいなら、ドスケベ姫のほうが何倍もマシですよね……


「ここからは歩いて行こうか、ドスケベ姫」

「そうでござるな、ドスケベ姫」

「だからといってドスケベ姫って呼ばないでください、パルちゃんシュユちゃん!」


 えへへ~、とふたりは笑ってる。

 まったくまったく。

 私の後ろでマルカが超怖い顔を浮かべていますわよ、どうするんですの。


「……えっち姫」

「その呼び方はなんかマジっぽいので、遠慮してくださいサっちゃん」

「……残念」


 あはは、と私は笑いました。

 さぁ!

 冒険を続けましょう!

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