~姫様! 実はなんでもイケる口~

 依頼が書かれた紙をカウンターに出して、正式に受理されました。

 冒険の内容は簡単です。

 近くの集落で作られているワインを買ってきて、それをお店に届けるだけ。

 子どものおつかい、というレベルですが。

 さすがに子どもを街の外に出すわけにもいきませんので、冒険者に依頼するしかありません。

 大陸の南側は魔物が少なく安全とは聞きますが。

 それでも、ゼロではありません。

 少なくとも冒険者の出番がある程度には魔物も出現するのでしょう。

 もっとも。

 達成料金はとても安いので、ホントに子どものおつかいレベルですけど。


「ぎりぎり赤字回避、というラインでしょうか」


 この依頼を達成したとしてもレベルは上がらないでしょうね。

 ひどい言い方をしてしまいますが……こんな依頼だから残っていたのでしょう。


「依頼を受けれたのか?」

「あ、師匠さま!」


 神殿でのお祈りが済んだ師匠さまが冒険者ギルドに入ってきた。

 後ろでギルド員のお姉さんが、


「保護者が増えた……」


 と、つぶやいているのを聞きながら、私は師匠さまに駆け寄りました。


「見てください、師匠さま。依頼を受けられました」

「えらいえらい」


 師匠さまは甲冑の上から頭を撫でてくださいましたが、ハッと気付いて手を引っ込めた。


「し、失礼しました。つい……」

「いいえ! 気にしていませんし、失礼でもなんでもありません。人を褒めるのに上も下もありませんわ。そんなことをしていると、王の政治を誰も評価できなくなってしまいます」

「……なるほど、確かに」


 詭弁ですわねぇ、とルビーちゃんが後ろで言っているのを無視して、私は頭を差し出す。

 もう一度頭を撫でてもらって、私は満足しました。


「師匠、あたしもあたしも」

「おまえは何にもしてないじゃないか」

「ここまでベルちゃんを護衛してました」

「……なるほど、確かに」


 詭弁にもほどがあるでしょう!? と、ルビーちゃんが驚いていましたが、師匠さまはパルちゃんの頭を撫でていました。


「師匠さん、このパターンでいくと次はシュユたんの番ですが、それでは浮気になってしまうのでわたしの頭を撫でてくださいな」

「シュユを巻き込まないで欲しいでござる……」


 師匠さまは苦笑しながらルビーちゃんの頭を撫でていました。


「……エラントさんの代わりに撫でて」


 そんなパルちゃん達を見て、なぜかサっちゃんは私に言いました。


「私でいいのですか?」


 こくん、とうなづくサっちゃん。

 良く分からないですけど、頭を撫でました。

 姫だとバレたので遠慮されるかと思ったのですが……サっちゃんも凄いですね。

 神官は、やはり神に仕えている人。

 普段から接しているのは、王族の姫よりも上位ですので……所詮は同じ人間種、という考え方なのでしょうか。


「……ありがと」

「サっちゃんが嬉しそうでなによりです」


 良く分かんないですけど。

 嬉しいのであれば、問題ないでしょう。


「マルカの頭も撫でましょう。しゃがんでください」

「え、遠慮しておきます」


 なんでですか、もう!

 素直に褒められていてくださればいいのに!


「恥ずかしいんです」

「ちゃんと労われることも騎士の務めでは?」

「善処します……」

「努力なさい」

「はい」


 そんなやりとりをしていると、師匠さまが依頼書を見て顔をしかめました。


「すいません姫……依頼をちゃんと読みました?」

「ベルと呼んでくださってもいいですけど、プリンチピッサもお気に入りですわ師匠さま」

「あぁ~……はい。で、ベル姫。これ、読みました?」

「はい?」


 師匠さまから依頼書を受け取って、読んでみる。


「ワインのおつかい、ですわ」

「……」


 師匠さまは少し困ったような表情を浮かべてパルちゃんを見ました。


「ワインのおつかいですよ、師匠」

「ワインのおつかいですわね、師匠さん」

「ワインのおつかいでござる」

「……ワインのおつかい」


 つづいて、みんなを見て――最後にマルカを見ました。


「私は見ていません」


 師匠さまは肩を落としました。


「見て欲しかった……」


 あら?

 何か重大な失敗でもしてしまったのでしょうか。

 私たちは依頼書を覗き込むようにみんなで見ました。


「えっと……ワインを近くの集落『ヴィネア』から買ってきて届けてください。料金はすでに支払い済みなので、受け取り運んでください。……ですよね? これのどこが問題なんですか、師匠さま」

「その下に、小さく書かれている物を読んでください。いわゆる備考欄です」

「はぁ……え!?」


 師匠さまの言う備考欄。

 定型文的な注意事項が書かれているのかと思いましたが、違いました。


「ワイン樽5個!?」


 てっきり瓶に入った物を数本かと思っていましたが、違いました!

 ワインの樽が5個!

 1個が私と同じくらいの大きさがあるというのに、それが5個も!?


「詐欺じゃないですかー!」


 私は思わずカウンターの奥にいるお姉さんに叫びましたが……なんと、お姉さんの姿はどこにもありません。

 逃げました!

 ズルい!


「どうりで依頼が残っていたはずですわね。どうしましょう? 転がして運んでやりましょうか?」

「それだと評価がめっちゃ下がりそう。レベル0ってあるのかな?」

「……無いと思うけど、逆に弁償させらるかも」

「それは避けたいでござるな」


 仕方がありませんわね、とルビーちゃん。


「わたしに良い考えがあります。皆さま、付いてきてください」

「イヤな予感しかしないけど分かった」

「素直じゃないですわね、小娘」

「ルビーの日頃のおこないが悪い」

「ぐうの音も出ない正論ですわ」


 おーほっほっほっほ、と高笑いするルビーちゃん。

 あ~、いいないいなぁ~。

 今のパルちゃんとルビーちゃんのやりとり、仲良しの証明みたいなやり取りです!

 ずっといっしょにいるからこそ、素直に悪態をつけるといいますか、甘噛みしても許される仲というか。

 それこそ同じ殿方を好きでいる仲ですものね。

 これくらいのやりとりは当然かもしれませんが……そんな中に入っていけないのが、ちょっと悲しいです。


「んお? どうしたのベルちゃん。大丈夫、ルビーはアホだけど、馬鹿じゃないよ」

「――ふふ、知っておりますわ」

「ちょっとちょっと、ベルベル。そこは普通に否定するところですわ」

「ベルベルと呼ばれるのは初めてですわね、ルビルビ」

「そこはビルビルと呼んでいただけると新しいですわよ?」

「びゅるびゅる」

「その卑猥な擬音語はやめてくださいます!?」

「あら。どうしてビュルビュルが卑猥な音だと?」

「分かってるくせにぃ、このドスケベ姫」


 バンバンと背中を叩かれましたが、鎧のおかげで痛くありません。


「一国の姫が、あんな会話をしていいんでござるか。大陸とは、まことに懐の深い国でござる」

「……たぶん、ダメだと思う。お付きのマルカって人がすっごい顔してるもん」

「あぁ、ホントにござるな……」

「……シュユは好き?」

「な、なにがでござる?」

「……うふふ」

「なんでござる!?」


 ふふ。

 あはは。

 ちょっと疎外感を感じましたけど、飛び込んでみたら受け入れてくれるのが嬉しい。

 内容がちょっとアレでしたけど。

 いえ、この内容に付いてきてくださるからこそ、仲良しの証明ではないでしょうか。

 うふふ。

 仲間入りできた気分です。


「さぁ、行きますわよ。わたしの手下のように付いて来なさい」


 そんなこんなでビュルビュルちゃん改め、ルビーちゃんが案内してくださったのは一件の武器屋さんでした。

 見たところ綺麗な武器が多く、単純なロングソードやダガーナイフ、バトルアックスなどが売っていて、ルーキー向けな様子です。

 値段もそこまで高くありませんし、おみやげに一本ロングソードでも買っていきましょうか。


「でも、どうして武器屋さん?」


 ワインの樽を運ぶのに、なんの関係があるんでしょう?


「使える物はなんでも使え、と昔から言います。というわけで、わたしのコネを使いますわ」


 ルビーちゃんはそういうと、店の奥に向かって叫びました。


「ラークスくーん! あっそびましょー!」


 遊びのお誘いでした。

 なんで?


「えええええ!?」


 と叫びながら出てきたのは少年。

 私たちとそれほど変わらない年齢に見えますが、汚れたエプロンを付けていて、なにやら作業していた様子。

 ちょっぴり女の子に見えますけど、可愛らしい男の子ですね。


「ど、どうしたのお姉ちゃん……って、皆さんおそろいで?」


 ラークスと呼ばれた少年は、私たちを見まわして冒険者であることを理解したらしい。

 それでも自分が呼ばれた理由が分からないのか、首を傾げていた。


「ラークスくん、ちょっとお願いがあります」

「は、はい! なんですかルビーお姉ちゃん。僕にできることなら、なんでもやりますよ!」


 頼られるのが嬉しいのか、ラークスくんが笑顔で言う。

 なんでも。

 なんでもいいですね!

 と、私の心の中の悪い子が叫びましたが、この場での発言権がありませんので我慢しました。


「なんでもいいんですのね!」


 代わりにルビーちゃんが言ってしまいました。

 最低ですね、ルビルビ。ホントにビュルビュルしそうです。


「うん! なんでも言って、僕がんばるから」


 あ、ダメなパターンですこれ!

 少年があんまりにも純粋なので、えっちなことを頼めないヤツです!


「では、服を脱いでください」

「ええええ!?」


 叫んだのはラークスくんではなく、私でした。


「冗談ですのに、何を本気にしているんですかベルちゃん。そんなだからムッツリ姫って呼ばれるんですのよ?」

「呼ばれておりません! オープンにしてますぅ! ベッドの下に何にも隠してなんかいませんですわ!」

「お里が知れる言い訳ですわ、ムッツリベルたん。女ならば堂々としなさい。実家を全裸で歩くなど、できて当然ですからね」

「それくらいできます! やってやりますわー!」


 と、答えたところで頭をマルカが鷲掴みにしてきました。


「ダメです」

「あ、はい」

「ダメです」

「はい」

「ダメです」

「分かりました」


 三回返事をして許してもらえました。

 おかしいですわね、私は姫ですのに。

 なぜだかマルカより立場が下のような気がしてきましたわ。


「……露出徘徊」


 サっちゃんがなぜか嬉しそうな顔をしていたんですけど、あっちには注意しませんの?


「忍者の修行で全裸で山に放り出されたでござるが、あまりおススメしないでござる」


 シュユちゃんが経験者でした。


「あ、あうあうあう」


 ラークスくんが赤くなってる。

 かわいい!


「ダメですわ、ラークスくんはわたしの物です」

「お、お姉ちゃんの物……」


 ラークスくんが嬉しそうに笑いました。

 かわいい!

 ……いや、でも――


「師匠さま師匠さま。ルビーちゃんが堂々と浮気宣言をしていますが……いいんですの?」

「いや、俺もパルとルビーの両方が、その……あとベル姫もそこに入れていいのであれば、その、尚更なにも言えないというか……」

「なるほど。少年もイケると」

「言ってませんけど!?」


 ちょっと『有り』だと思ってしまったのは、私だけではないはずです。

 ですよね、マルカ!

 師匠さまとラークスくんの、男性と少年の恋愛物語。

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