~姫様! 冒険者になろう!~
パルちゃんとルビーちゃんに案内されて、私たちは冒険者ギルドへと向かいました。
「あの、シュユちゃんとサチちゃんとお呼びしてもいいでしょうか? 良ければ私のことも、ベルちゃんと呼んで頂ければ嬉しいです」
「い、いいんでござるか?」
シュユちゃんは私が姫だと知っているので、少し及び腰のようです。
対してサチちゃんは――
「……呼び捨てでもいい?」
以外と積極的!
「もちろんです、サチちゃん。あ、私はちゃん付けでもいいです?」
「……『サチちゃん』って呼びにくくない?」
「あ、確かにそうですね。では、サっちゃんと」
「……うん」
サっちゃんはちょっぴり嬉しそうに微笑んだ。
なんだか独特な雰囲気の女の子ですね。
静かな印象だったのですが、積極的というか情熱的というか。神さまに仕える方ですので、もっと厳格な人かとも思いましたが、そうでもない感じです。
「……」
「なんでしょう?」
「……なんでもないわ」
私のバイザー越しに、じぃ~、と瞳を合わせてくださるサっちゃん。
やっぱり神官という存在は神さまと繋がっているだけに神秘的なのでしょうか。
これを神秘的と表現して良いのかどうか、少し疑問ですけど。
「そういえば、サっちゃんの信仰する神さまはどんな神さまなのですか?」
「……ナーさまのこと?」
はい、と私はうなづきました。
申し訳ないのですが、その『ナーさま』という名前を聞いたことがありません。もしかして略称なのでしょうか?
神さまを略称で呼ぶのも非常に珍しいです。
たとえば、知識を司る神。
シュレント・カンラ。
学園都市には多くの信徒がいるだけに、その聖印をチラチラと見かけるのですが。この街では親しみのある知識神でも、シュレント・カンラ神のことを『シュレさま』などと決して呼びませんし。
シュレント神、シュレント神さま、シュレント・カンラさま、などなど。
そう呼ぶのが一般的です。
神さまの名前を親しみを込めて呼べる仲というのは、あんまり想像できないことです。
ましてや神官。
神さまに仕える者が、親しみを込めて愛称で呼ぶなんて。神さまに叱られないんでしょうか?
「……ナーさまは『無垢』と『無邪気』を司る神さま」
「無垢と無邪気……」
ほほ~。
無垢と無邪気を司る神さま、ですか。
やはり聞いたことがありません。
それに――
神さまが司る要素はひとつなのが一般的ですが。どうやらナーさまは無垢と無邪気のふたつを司っているようです。
無垢も無邪気も似たようなもの、だからでしょうか。
きっと凄い神さまに違いありません。
「……なぜかナーさまがニヤニヤしてる」
「へ?」
サっちゃんが空を見上げてました。
私も思わず空を見上げましたし、隣で聞いていたシュユも空を見上げています。
後ろを付いてきているマルカだってそうでしょう。
こういうのを『視線誘導』と言うのでしょうか。
盗賊スキルにあったような気がします。
いえいえ、そうではなくて――
「ナ、ナーさまがお声をかけてくださったんですか?」
「……うん。……サチをよろしくね、末っ子姫。……だって」
「バレてます!?」
思わず私が叫んでしまうと、パルちゃんがケラケラと笑いました。
「神さまは人間の心が読めるんだよ、ベルちゃん。あたし、それで天罰くらったもん。変なこと考えちゃダメだよ~」
「天罰!? ちょ、ちょっと、そんなの本当にあるんですの?」
確かに天罰という言葉はありますし、神さまが与える試練とか、不敬に対する罰だとか、そういうのは聞いたことありますが……
ぐ、偶然に起こったことを『天罰』としているのではないのですか……?
え?
マジ?
「……マジ。だって」
「な、ナーさまが?」
こくん、とサっちゃんがうなづきました。
ひ、ひえー!
ごめんなさい、神さま!
えっちな小説とかいっぱい読んでごめんなさい!
「……それはサチよりマシ。ってナーさまが言ってるけど、どういうこと?」
「なんでもないですぅ! ナーさま秘密で、秘密でお願いします!」
私は天に向かって祈った。
こんなに一生懸命、神さまに祈ったことなんてない。
それぐらい強く願いました。
えっちなこと、黙っててください、と。
いえ。
普通です、普通。
年頃の娘はみんなえっちな小説を読んでいます! 貴族の娘とか、そりゃもう!
ですよね、ナーさま!
「返事がありません……!?」
どれだけ強く訴えても神さまの声は聞こえませんでした。
「……ベルは神官になれないみたい」
「そうですか、残念です」
ナーさまの声が聞こえないようでは、その資格はないのでしょう。
仕方がありません。
というか、サっちゃんてば私の正体を知っても呼び捨てにするんですのね。
度胸があるというか、なんというか。
私はむしろ好感が持てますけど。
「ふふ。……よろしくね、ベル」
サっちゃんは手をにぎってくださいました。
優しい!
きっとこれが『仲間になる』ということなんですのね。
サっちゃんは私をお姫様とかお友達とかじゃなく、ちゃんと仲間として見てくれているみたいです。
こんなにドキドキわくわくすることはありません。
あぁ。
まるで英雄譚の登場人物になったような気分です!
「こちらこそ、よろしくお願いしますサっちゃん」
私はサっちゃんとギュっと手を握って答えました。
マルカが少し警戒していますが、大丈夫です。
だって、師匠さまも動いておりませんので。
サっちゃんはイイ子です。
だってパルちゃんのお友達ですもの。
そんなこんなで、新しいお友達、と言いますか仲間が増えたところで冒険者ギルドに到着しました。
英雄譚では定番の場所とも言えますし、小説なんかでも登場する冒険者ギルド。チラチラとパーロナ国王都では見たことがありましたが、こうやってマジマジと見るのも初めてです。
なにせ、冒険者は基本的に荒くれモノの集まり。
そんな危険な場所に王族が立ち寄れるはずもなく、見ることもあまり許されなかった場所。
そこへ『遊び』に行ったとお父さまに知れたら卒倒されるかもしれませんね。
「姫様、ご注意を」
「心配いりませんわ、マルカ。今では私も『冒険者』ですもの。むしろ、マルカが一番心配する必要があるかもです」
私たちはどう見ても冒険者ですけど、マルカは立派な『騎士さま』ですもの。
荒くれモノが絡んでくるのは、私じゃなくてマルカのほうです。
「あらあら、こんなところにお高く留まった騎士サマが来るとは場違いではなくって」
「くっくっく、しかも女だぜ。イイ女かどうか、確かめなくっちゃなぁ、げっへっへっへ」
ルビーちゃんの冗談にパルちゃんが悪ノリを重ねました。
では、ここは私も。
「そんなお飾りの鎧より生身の体の方が美しいではないですか、へっへっへ~」
「微妙に貶してないでござるな」
「……ベルちゃん、下品がヘタ」
下品がヘタ!?
「は、初めて言われましたわ。私って、下品に向いてないのでしょうか」
向いてないねぇ~、と満場一致。
「むぅ。頑張っておぼえますね、下品」
「覚えなくていいです!」
マルカに怒られました。
今日めちゃくちゃ怒りますね、マルカ。
まぁ、無理もないけど。
「シュユちゃんって冒険者登録はしてるの?」
パルちゃんの質問にシュユちゃんは首を横に振りました。
「依頼を受けているヒマなど無いでござるからな。冒険者登録はしていないでござるよ」
「そうなんだ。じゃぁベルちゃんといっしょに登録だね」
「了解でござる」
ひとりじゃない、というのは何とも心強い感じがしますね。
そう思いながら冒険者ギルドの中に入ると――ガランとしていました。
ほとんど人がいません。
冒険者はすでに冒険に出た後。
もしも冒険に出なかったら、こんなところで休んでるわけもありませんし。
当然、冒険者ギルドはガラガラになりますわね。
そんなギルドの中をきょろきょろと見渡しながら進むと、カウンター奥にギルド員の方がヒマそうに座っておられるのが見えました。
「こんにちは。冒険者登録をお願いします」
そう声をかけるとギルド員は慌てて居住まいを正されました。
「新しく登録ですね。では、こちらの紙に記入をお願いします。文字が書けないのであれば、代筆もしますので遠慮なく申し出てください」
「私は書けます。シュユちゃんは書けますか?」
「シュユも書けるでござる」
カウンターでふたりで紙に記していく。
名前の欄では少し考えてしまいましたが……まさか本名を書くわけにもいきませんので『ベル』とだけ記しておきました。
年齢制限とかないのでしょうか?
パルちゃんが大丈夫なくらいですから、私も素直に11歳と書いて大丈夫そうですわね。
「できました」
「シュユもできたでござる」
全身甲冑ですので、職業は騎士にしておきました。
シュユちゃんはニンジャと書いてあるんですけど、ギルド員の方はスルーされてますね。
案外、なんでもいいんでしょうか?
「姫って書いてたらどうなったのか、ちょっと知りたい」
「では、わたしは吸血鬼と書いておけば良かったですわね」
「あはは。ルビーちゃんが魔物だったら、世の中がひっくり返りますね」
「国家転覆ですか? 物騒ですわね、ベル姫」
「クーデターはおススメしませんわよ? 結局、自分の命も狙われてしまいますもの。圧倒的な力と恐怖が必要です。それこそ魔王くらいなものでしょう」
安定しない国など、迷惑を受けるのは国民です。
甘い汁をすすりたいのであれば、何もトップをひっくり返さなくてもいいと思います。
相応、というカテゴリーから逸脱するから狙われてしまうもの。
もっとも。
悪いことを肯定するわけではありません。
世の中、平和が一番ですので。
魔王なんて、早くいなくなってしまえばいいのに。
そんな魔王みたいな悪い考えを持つ貴族も、出て行って欲しいものです。
だからといって、無理に叩くと出てくる埃でくしゃみをしてしまうのが難しいところ。
政治というよりも人付き合いの難しさ、なのかもしれないですね。
「お待たせしました。こちらが冒険者の証となります。死亡された際は、こちらを仲間に持ち帰って頂ければ依頼主に失敗のお伝えができますので」
イヤな説明をされるのですね。
まぁ、仕方がないことなのでしょうけど。
「分かりました」
受け取った一枚のプレート。
そこにはベルという名前と騎士という文字に加えて、レベル1と刻まれていました。
「パルちゃんとルビーちゃんはレベルいくつなのですか?」
「1だよ」
「1ですわね」
「えー!?」
見せてくれたプレートには、ホントに1って刻んでありました。
「いやぁ~、レベルってぜんぜん上がらないよね?」
「この世で一番難しいのではないでしょうか。冒険者レベルを上げるのって」
なんでだろうね、とふたりは肩をすくめている。
「依頼はこっちでござるかね」
シュユちゃんは楽しそうに掲示板を見に行ったので、私もそちらへ向かいました。
ほとんどの依頼はすでに受注された後なんでしょうか。
掲示されている依頼は数枚だけ。
その内容を検めていきますが……
「採取依頼……ドラゴンの卵!?」
なんでそんな依頼がありますの!?
「こっちはゾンビの心臓って書いてあるでござる。無茶が過ぎる依頼でござるなぁ」
さすが学園都市。
求めている物が意味不明ですわ。
「なんかいいのあった~?」
「意味不明な依頼が残ってます。どれが頃合いなんでしょうか?」
「草むしりがおススメですわよ」
「そんな依頼ないでござる」
「あ、これなんていかがでしょう?」
私は掲示板の下のほうに貼ってあった依頼を指差した。
その内容は――
「……ワインを買ってきて。……おつかい?」
サっちゃんの言葉に私はうなづきました。
「これなら私でもできそうです」
「じゃぁ、これで決定~」
掲示板から、びり、と依頼書を剥がして。
私たちは、がんばろ~、とハイタッチをするのでした。
「こちらの依頼ですね。承りました。あの、ところで後ろの騎士の方はいったい……?」
「保護者です」
「保護者!?」
ギルド員のお姉さんがビックリしてらっしゃいました。
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