~姫様! お友達になろう~

 師匠さまとセツナさまに出て行ってもらって――


「装備できました!」


 私は漆黒の影鎧『ニーギリ・オンブラーミス』を皆さんに着させていただきました。

 ホントはひとりでもちゃんと装備できるのですが、マルカが手伝ってしまうものでどうしても皆さんが手伝ってしまうことに。

 もう!

 これでは子どもみたいではありませんか!

 とは、思うものの。

 貴族や王族ではこれが普通みたいです。

 甘んじて受け入れましょう。

 それにしても――


「ルビーちゃん、どうして鎧を持ち運んでいるんですか? と言いますか、さっきまで無かったように思えるんですが……」

「はて? 何をでしょうか? 名誉とかそのあたりでしたら邪魔でしたので捨てましたけど」

「プライドは捨てないでくださいね」

「ふふ。プライドはありませんが、矜持は持ち合わせております。こんなこともあろうかと鎧はいつでも持ち運んでおりますわ。方法は秘密ですが……ヒントをさしあげましょう」


 そう言うと、ルビーちゃんは背中から大きなスピアーを取り出した。


「まぁ! どこに隠し持っていたんです?」

「それを言ってしまっては世界のルールがひっくり返ってしまいますので。秘密ですわ」

「あら残念。お姫様にも明かせない秘密ですの?」

「もしも勇者サマが魔王さまを倒した時には、すべてを語りましょう」


 そうですか、と私は返答した。

 もちろん勇者さまは今も頑張っておられるし、噂によるとすでに魔王領に入っているとか。

 応援はしております。

 ですが、出会ったこともないのでどうにも現実感が薄く……本当に魔王を倒せるのかどうか、あまりにも遠い出来事のように感じます。


「少しだけネタばらししますと、その鎧の研究をしてもらうためでもあります。なにせ、この街は専門家だらけですので。もしかしたら、その鎧と似たような性能のものを作れる可能性だってあるでしょ?」

「なるほど。でも、その研究中の物を借りてもよろしいんですか?」


 私がハイ・エルフさまの顔を見ると――


「問題ないよ。一通りのチェックは終えているさ」


 と、答えてくださりました。

 それこそ、もしもこの鎧を複製して大きくできるのでしたら。

 是非とも勇者さまに装備して欲しいものです。

 私には、もったいな過ぎる性能ですので。


「ねぇねぇ、ベルちゃん。はやく行こうよ~。まず冒険者登録からしないと」


 パルちゃんが手を繋いで引っ張った。


「あはは。そんな急いでも冒険者ギルドは逃げませんわ」

「依頼は逃げちゃうよ」

「確かにそうですわね。急ぎましょう、皆さま。でも、私でも冒険者になれるのでしょうか?」

「偽名で大丈夫だもん、誰だってなれるよ~」


 そういうものなんですね、と納得するしかない。

 英雄譚や小説では、こういう場合にテストや一悶着あるものですが。現実では、そんなに大きな出来事は起こらないんですのね。

 ちょっと残念な気もします。

 部屋の外に出ると師匠さまとセツナさまが待っておられました。


「師匠さま、ちゃんと覗きましたか?」

「我慢しました」

「ふふ、見てくださっても良かったのに」

「ではいずれ機会があれば――あ、いや、冗談ですマルカさん!」


 私の悪質な冗談に付き合ったせいで師匠さまが怒られてしまいました。

 これは申し訳ないですわね……


「行きますわよ、マルカ。しっかり守ってくださいな」

「あ、お待ちください姫様!」


 学園長さまとセツナさま、そしてナユタさま(なんとハーフ・ドラゴンという大変珍しい種族なので、あとでじっくり話をしたいところ)はお留守番をするみたいで。

 私とパルちゃんとルビーちゃん、新しいお友達のニンジャのシュユちゃん、そして引率の師匠さまとマルカで校舎の外に出ました。

 もちろん校舎の中も凄かったです。

 あちこちで生徒が眠っているのも面白かったですが、いきなり何かが光ったり、どこかで爆発音がしたり、良いにおいがしたかと思ったらキッチンでもない場所で美味しい料理を作ってる人たちがいたり。

 きっと、同じ場所に一日中いても飽きないでしょう。

 そんな校舎の中を抜けると、目の前には筋骨隆々の男女が冬も近いというのに上半身裸でえっほえっほと走っておられました。

 さすがに女性は完全に裸ではないですけど。


「あれはなんですの?」

「筋肉研究会、だったかな」


 師匠さまが苦笑しつつ答えました。

 筋肉研究会。

 なるほど。

 どおりで肌を露出させているわけです。


「ふむふむ。女性も下着だけで走っても良い文化があるのですね。マルカも取り入れてみては? 明日からマトリチブス・ホックは半裸で筋肉を誇示しながら走りなさい」

「む、っむむむむむ、無理です姫様! 勘弁してくださいぃ!」


 真っ赤になって全力で拒否するマルカを楽しみつつ、私たちは『乗り合い馬車』というものに乗りました。

 もちろん乗り合い馬車は知っています。

 が、私の知っている乗り合い馬車とはぜんぜん違ったので驚きでした。

 なんでも試作機らしく、車高は全体的に低め。

 まるで地面を這うような馬車でした。

 乗り心地は最悪でしたが鎧のおかげでお尻は痛くありません。

 古代の技術に感謝です。

 到着して少し歩いた場所にあったのは――


「神殿?」


 小さくてこじんまりとした新しい神殿がありました。

 そこには見たこともない聖印が刻まれていますが……どうにも普通の聖印とは違う様子。

 普通の神殿とはちょっと違うのでしょうか。

 もしかして――


「ここが冒険者ギルド?」

「ん~ん、友達がいるの。いっしょに冒険に行こうって誘おうと思って」

「なるほど、神官の方ですのね」


 うん、とパルちゃんが神殿に入って行く。

 私たちも後に続いて中へ入ると――


「あ……はぁ~……んぅ……」


 奥の彫像の前で恍惚の声をあげている神官さまがいました。

 彫像は、椅子に座るようにして眠っておられるツインテールの少女。

 この少女が神殿で祀られている神さまでしょうか。

 まるで生きているみたいに精巧に作られてて、それこそ本物の肉体のように感じられます。

 芸術として逸脱しているようにも思える神の像。

 そんな神さまの足にすがりつくようにしている神官さま。

 何をしているのかと思ったら、神さまの足を舐めているようです。


「あぁ」


 一目で分かりました。

 ヤバイですわね、ここ。

 あ、いえ。

 神さまのお祈り方法が足を舐めろというのであれば、それはそれは仕方がないことだと思います。

 神官さまを悪く言うのは違いますよね。

 たぶん……。


「サチ~、冒険に行こう~」

「はうぇ!?」


 神官さまの名前はサチというようですが……私たちが入ってきたのにも気付かないくらいに熱心だったようです。

 え~。

 なんかすごい。


「……びっくりした」

「んふふ~。相変わらず熱心にお祈りしてるね」

「……うん。ちょうどナーさまが忙しい時間だから」


 神さまが忙しいのにお祈り?

 応援という意味なんでしょうか?

 というか、神さまって忙しい時間とかあるんですか?

 ちょ、ちょっと良く分からないですわね。

 普通は、神さまにお願いとかを聞いてもらいたいから祈るのでは?

 どういうことなんでしょう?


「あの、初めましてサチさま」

「……ん。初めまして。……新しい友達?」


 サチさまはパルちゃんを見る。


「うん。ベルちゃんっていう子で、騎士だよ。これから冒険者になるから、サチもいっしょに冒険に行こう~」


 パルちゃんの、粋な計らい、というやつでしょうか。

 私のこと、名前だけしか紹介しなかった。

 つまり、姫であることを隠したほうが面白いといいことですね。


「よろしくお願いしますサチさま。ベルと申します。ホントに素人ですので、助けてくださると助かります」


 私は顔のバイザーをあげて、目元だけを見せる。

 ぱちくり、とサチは私の顔を見てまばたきをしましたが……すぐに笑顔になりました。


「……そう。よろしくね、ベル」


 呼び捨て!

 思わずドッキリしてしまいましたが……でも、それでこそ冒険者の仲間という感じがします。

 後ろでマルカが難しい顔をしてそうですが、無視です無視!


「うふふ、頼もしいですねサチ」

「……そう?」

「はい。後方は任せましたよ」

「……うん。ところで、そっちの子は……? ニンジャ?」

「須臾でござる。よろしく頼むでござるよサチ殿。拙者も後衛でござる」

「……よろしく」


 サチとシュユが仲良く握手したところで――サチの視線はマルカへと向いた。

 そりゃ気になりますわよね。

 ですので、こう紹介しておきます。


「私の保護者です」

「……保護者同伴の冒険」


 なんとも情けない響きではありますが、事実なので仕方がありません。


「マルカはベルちゃんの師匠なのですわ、サチ。彼女は王宮の騎士でもあるので立派な方ですのよ。失礼のないように」


 ルビーちゃんの嘘。

 流れるように出てきた嘘なので、ちょっと笑いそうになってしまいました。


「……そうなんですか、失礼しました」


 私には頭を下げないで、マルカには頭を下げる。

 マルカはすっごく複雑な表情をしていましたが……面白いので、このままにしておきましょう。


「……ベルは近衛騎士になりたいとか?」

「ゆくゆくは。ですが、今は自分の身は自分で守れる程度の強さを手に入れたいかと」


 実は、レッサーオーガ事件の後に剣術を習い始めました。

 まだまだ訓練は初歩の初歩ですが。

 軽い剣ならばそれなりに振れると自負しております。

 もっとも。

 実戦では私なんて使い物にならないでしょうけど。


「……でも、こんな時間に依頼なんて残ってる?」

「薬草採取とかあればいいんだけど」

「わたし的には、ミノタウルスぐらいは倒したいかと」

「「却下!」」


 ルビーちゃんの意見はパルちゃんとサチに却下されてしまいました。


「ミノタウルスって危ないんですか?」


 確か牛頭の亜人でしたわよね。

 パルちゃんもルビーちゃんも強いので、勝てそうな気がするんですけど。

 不思議に思ってシュユちゃんに聞いてみました。


「ミノタウルスは人間の女性を捕らえて繁殖するんでござる。つまり、全女性の敵でござる」

「なるほど。えっちな魔物、というわけですか」

「呼びました?」


 なぜかルビーちゃんが『えっちな魔物』に反応した。


「呼んでない呼んでないです。ルビーちゃんってミノタウルスだったんですの?」

「人間の女の子が大好きですので。最近は神さまも捨てがたいと思っておりますわ」


 人間種と神を同位に捉えるなんて。

 もしも神さまが聞いていたら激怒しそうな内容ですわね。


「……割りと大丈夫」

「え? な、なにがですか?」


 サチがそう言って椅子に座ってる神さまの像を見つめた。


「え? え? え?」


 どういう意味ですの?


「……さぁ、お出かけしましょう」

「は~い。冒険にしゅっぱーつ」

「楽しみですわね」

「そうでござるな」

「あ、置いてかないでください」


 慌ててみんなを追いかけると、なぜか師匠さまはその場に残られました。


「俺はちょっとお祈りしてから行くよ。先に冒険者ギルドへ行っててくれ」

「あら。師匠さまってここの神さまを信仰してるんですか?」


 私がそう言うと、師匠さまは苦笑した。


「ちょっとした縁があって」

「ふ~ん。かわいい神さまですものね」

「いや、それは関係ない……です……たぶん……」

「パルちゃん、あんなこと言ってますよ!」

「師匠のえっち!」

「師匠さんのロリコン!」

「浮気者でござる」

「……変態」

「ウチのひめさ――こほん、近づかないでください!」

「おまえら、言って良い冗談と悪い冗談があるからな。俺は普通に泣くぞ!」


 みんなで一斉にごめんなさいしました。

 あはは!

 楽しいです!

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