~可憐! 師匠、マジギレする~
ベルちゃんを転移の足輪で誘拐してきた学園長。
「いくら最古の人間種で、この世のすべての知識を持っていると言われるハイ・エルフであろうとも、やっていい事と悪い事があるぞ!」
そんな学園長を師匠が叱っている。
「これが本当のサイコ、というわけだな」
「真面目に聞いてんのか、このババァ! これだから年上はイヤなんだよ! ちくしょうが! どうしておまえらは、こう、なんだ! うわああああ!」
うわぁ……
師匠がマジギレしてる……
マジギレしてる上に自分の責任みたいなものを感じて悩みまくってる……
「師匠さまは優しいです。どう考えてもハイ・エルフさまの仕業ですのに」
「そうは言っても問題があります、姫様。さっさと転移で帰らせてもらいましょう」
マルカさんがため息をつきながら言った。
「え~、もう帰っちゃうの?」
あたしはマルカさんを見上げる。
ベルちゃんも、そうですよね~、と同意してくれた。
「パルちゃんの言うとおりです、マルカ。せっかく来たのですからもう少しくらい滞在してもいいのでは? 幸いにも本日の予定はありません。部屋の外で立っているだけでは飽き飽きでしょう、マルカも?」
「それはそうですが……」
マルカさんも退屈なんだ。
でも、そりゃそうか。
何にもしないでお姫様の部屋を守るだけっていうのは、つまんないだろうな。ベルちゃんがお散歩とかしたら護衛で付いていくんだろうけど、お部屋の中でひとりでいたいって言われたらどうしようもないし。
近衛騎士っていうのも大変な仕事だ。
毎日の訓練とかもあるだろうし。
その代わり、お給金は良さそう。
「このまま師匠さまに転移で送ってもらうと、師匠さまが私の部屋に残ることになります。それはそれで、大事になってしまいますよ? 若い男女が部屋でふたりっきり。何も起こらないはずがありません!」
「あたしもいないんだ」
「そうでした! パルちゃんとルビーちゃんと、ニンジャのシュユちゃんもいっしょに師匠さまと盛り上が――」
「シュユはご主人さま一筋でござるよ!?」
真っ赤になったシュユちゃんは、慌てて否定した。
「あら、師匠さまハーレムが増えたと思ったのですが……どうやら私たちだけのようですわね。後輩ができたと思ったのですが、残念です」
「ベルちゃんは増えたほうがいいんだ……」
あたしはイヤだけどなぁ。
でも、ルビーとベルちゃんは仲良しだから、まぁ、たぶん、なんとか……いや、でも、う~ん……?
「そのお気持ちは分かります、パルちゃん。私だってできれば独り占めしたいです。でも、そんなこと言ってしまうとパルちゃんとルビーちゃんに申し訳がありませんので」
さすがベルちゃん。
優しい。
……優しい?
優しいの、これ?
よく分かんない。
「あら。恋も愛も早い者勝ちではありませんわ。そうであれば、幼馴染一強となってしまいます。誰がどの順番で好きになろうとも優先権はございません。問題は師匠さんがどの順番で手を出してくださるか、それだけです。わたしは後でも充分ですので、パルとベル姫は先に抱かれてくださいな。後ろで観ていますので。そう、じっくりと。むふっ」
この吸血鬼。
遠慮してるフリをして、ぜったい後ろで楽しむつもりだ~。
変態。
変態吸血鬼。
「なるほど。それでしたら、やっぱりパルちゃんが一番ですね。第一夫人ですもの。私も後ろで視ていますので。むふふ」
ベルちゃんもベルちゃんで、なんか目的がありそうで怖い。
ミるってなに?
何を見ているの!?
「ご主人さま、ナユタ姐さま、大陸とは恐ろしいところでござりました……」
「拙者も恐れおののいておる……」
「文化の違いどころじゃないねぇ、こりゃ。倫理観すら違う……」
シュユちゃん達がドン引きしていた。
「姫様、外国の方にとんでもない誤解が発生しております。おやめください」
「んふふ。冗談ですよ、シュユちゃん。セツナさまとナユタさまも、本気になさらないでください。王室ジョークというものです」
「な、なんだ、そうだったでござるか~」
嘘だ。
ぜったい本気だったよ、ベルちゃん!
あたし盗賊だから、人が嘘をついてるかついてないか分かるもん。
ベルちゃんはマジだった。
もちろんルビーもマジだった。
後ろであたしの初体験、見てる気まんまんだったもん!
「さぁ、帰りますよ姫様。エラント殿の説教が終われば転移で運んでもらいましょう」
「え~!」
「えー、ではありません。こんなことが知れたら王にどう言い訳しても大事になります。ヘタをすれば学園都市との関係が危うくなる可能性もありますので」
「だったら連絡すれば良いのです。ちょうど、そんな装置がここにあるではないですか」
はい? と、みんなで首を傾げる。
ベルちゃんは足元をちょんちょんと指差した。
「遠隔通話装置です。お父さまに連絡しましょう」
「おぉ! それは良い考えだヴェルス姫。さっそくこの装置に有効的な使い道を示してくれるとは、王族とは素晴らしい教養と知恵を持っている。いやはや、人間種も捨てたもんではない――いた、いたたたたた、盗賊クン頭をつかまないでくれない、いたたたた! 割れる! 人類の叡智が割れる!?」
師匠のお説教を聞いてなかった学園長が師匠に頭を鷲掴みにされてる。
盗賊職だから、そんなに握力が強いわけじゃないけど。
それでも学園長には痛いらしい。
ちょっぴりうらやましいなぁ。
あたしも師匠に痛いことしてもらいたい。
だって師匠優しいから、怒る時もそんなに痛いことしないもん。
「いっしょに初めての痛みを感じましょう、パルちゃん」
うふふ、と隣で微笑まれた。
「心を読まないで、ベルちゃん」
王族って怖い。
凄いんじゃなくて、怖い。
「まぁまぁ、良いではないですか。パーロナ王はちゃんとした人間種ですから、話してみれば以外と許可が取れるかもしれませんわよ。さぁ、パル。ハイ・エルフの行動は覚えていますわよね?」
「あ~、うん。たぶん」
「壊れはしませんわ。やってしまいましょう」
はーい、とあたしはうなづきながら学園長の行動を思い出しながら装置を動かしていく。
途中で学園長から指摘された。
「あ、パルヴァスくん。二度目の起動はそっちではなく、右だ。そう、そこ――あ、聞いています。あ、いだだだだだ!? 待って待って、聞いていますから盗賊クン。いや、だって、私の大切な装置が勝手に動かされ、え? 壊す? そんなご無体な! なんでもする! なんでもするからぁ!」
「いらん。おまえには何の価値もない」
「そんなひどいことを言わないでおくれ! 穴ぐらいの価値はあるぞ、好きに使いたまえ」
「いらねー!」
師匠が絶叫ツッコミしてる。
珍しい。
本気で怒ってる。
ちょっと笑っちゃった。
「あ、動きました! 水晶にうつってますよ! お父さま~、私です。ヴェルスです~!」
水晶の中に王様の姿が見えた。
謁見の間とかじゃなくて、自室のような場所なのかな。なんか書類に向かって仕事をしてる感じ。
そういえば王様って普段はどんな仕事してるんだろう?
なんか座って誰かと話してるだけのイメージしかないや。
『ん? んん!? な、なんじゃああああああ!?』
案の定、ベルちゃんのお父さまは悲鳴をあげた。
誰だってそうなる。
あたしだって、悲鳴をあげた。
きっと人類共通のリアクションだと思う。
『どうなさいました、王!?』
あれよあれよという間に、王様の部屋に人が集まっていく。武装した近衛兵とお付きの人とかメイドさんとか、王様を守るように防御が固まった。
すごい!
これが王族を守るってことなのかぁ。
暗殺するのって難しそう。
一撃で決めないとダメっぽいね。
「お父さま、私ですよ私。幽霊でもゴーストでもなく、末っ子姫のヴェルスですわ」
『ヴェルス? ヴェルスなのか……? どういうことだ?』
というわけで、王様が少し冷静になったので説明をする。
もちろん師匠に説教中の学園長が呼ばれて、王様から物凄く怒られてた。
『エラント、そやつにふさわしい制裁はなんだ?』
「はっ! 三日ほど情報を遮断してやるのがふさわしいかと」
『三日? かなり甘い裁定ではないか?』
「申し訳ありません、パーロナ王。それ以上だと自死するかと思われます。こいつは情報を喰うバケモノのような存在。飲まず喰わずでは死にはしませんが、情報を遮断すると途端に弱り始めるでしょう」
『そうか。ならばおぬしの裁定で好きにして良い。あとで娘に報告させる』
「分かりました」
『ヴェルスよ』
「はい、なんでしょうかお父さま」
『ついでだ。遊んできてもかまわん』
「お父さまのこと愛していますと世界中に公表してもかまいませんか?」
『恥ずかしいから秘密にしておいてくれ』
「承知しました」
ベルちゃんは嬉しそうにちょこんとスカートを持ち上げて、カーテシーで挨拶をした。
『そこに近衛兵のマトリチブス・ホックがいたか』
「ハッ!」
マルカさんは膝を付いて頭を下げるが、見えなくなったらしいので王様から立つように命令された。
『パーロナ王として命令する。ヴェルス・パーロナをその命に代えても守れ。これはヴェルスの命令よりも重要とされる最上級の命令だ。そのことを忘れぬように』
「ハッ! 命に代えましてもヴェルス姫を守り抜きます」
うむ、と王様はうなづいた。
最後に王様はジロリと師匠を見る。
「う……」
『おまえも頼むぞ』
「ハイ……心得ております」
なんとも言えない複雑な表情を浮かべる師匠と王様。
その意味はまったく違うんだろうなぁ。
なんて思った。
「さぁ、お父さまから許可がでました。何をして遊びましょう?」
「それでしたら、これですわね」
ルビーがそう言って、こつん、とそれを叩く。
そう。
いつの間にか、ルビーが影の中からそれを取り出していた。
「まぁ!」
漆黒の女の子向けの鎧『ニーギリ・オンブラーミス』。
「冒険ですわね!」
マルカさんの表情が途端にシブくなったのは、言うまでもない。
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