~可憐! お姫様誘拐事件~

 ベルちゃんの部屋に入ってきたマルカさん。


『おのれ今度はゴーストかぁ!』


 ――と。

 やっぱりゴーストと間違えられて一悶着あった後。


『これが人類種の最高峰技術ですか……』


 剣を振り回したマルカさんが額を汗をぬぐいつつ納得してくれた。

 もしもあたし達が本物のゴーストだったら。

 今ごろメッタ斬りにされてた。

 マルカさん、怖い。


『素晴らしい技術です。是非、私の部屋に設置してもらえないでしょうか、学園長さま!』

「おや、この素晴らしさを分かってもらえるとは、さすが一国の姫。末っ子姫だ何だと自由奔放に育てられているだけはある。おっと、これは皮肉ではないよ。褒めているんだ。ふふ、挨拶が遅れて申し訳ないヴェルス姫。名乗る名前を忘れてしまったハイ・エルフだ。君の部屋に『ロンジンクース・コンヴェルセーショネム』(仮)を設置したいと申し出てくれるのは嬉しいのだが、これをそのまま移設するわけにはいかないのでね。残念ながらゼロから作ることになってしまう。それでもいいかな?」


 挨拶だけで長くなってしまう学園長のお話。

 それでもベルちゃんは、こくこく、と嬉しそうにうなづいた。


『これがあれば、いつでもパルちゃんと一緒に冒険ができそうです。ゴースト冒険者として名を馳せることができるでしょう』

「ほう……なるほど! もしかしたらこれは冒険者の新人訓練に活かせそうではないかい? どう思う、盗賊クン?」

「え、俺!?」


 突然に話を振られて師匠はビックリしながら自分を指差した。

 ちょっとかわいい。


「う~む、あまりおススメはしないな……もちろん『観ること』は大事だし、『視た経験』は確実に活きるのだが。しかし、それで経験した気になってしまうのは逆に危うい。強いパーティに同席して、まるで自分が歴戦の戦士になってしまったような錯覚になる可能性がある」


 師匠は自虐気味に肩をすくめて笑った。

 もしかしたら、勇者パーティにいた自分のことを言ってるのかもしれない。

 そんなことないのに。

 師匠は盗賊として一流だし、なによりカッコいいし、強いし、ステキだし、優しいもん。

 だから、あんまり自分のことを悪く言わないで欲しいなぁ。

 ……でも、師匠がモテモテになっちゃうのもなんかイヤだから、このままでいいのかも。

 師匠ってばロリコンだから、かわいい子がいたらすぐ視線を向けちゃうし。


「……なんだパル?」

「えっち」

「なんで!?」


 びっくりした師匠を見て学園長がケラケラと笑った。


「あっはっは。どうやらヴェルス姫のことも盗賊クンが狙っているようだね。まったくもって悪い性癖だ。しかし安心したまえ。何を隠そう、私もそのひとりなのだよお姫様。どうかな、私と君でいっしょに初めての子育て経験を――」

『おやめくださいハイ・エルフさま。戦争になります』


 マルカさんがストップをかけた。

 さすがにお姫様に手を出しちゃったら、王様も激怒しちゃうよね~。


「なんだいなんだい、パーロナ国王はケチなんだねぇ」

『いえ、私が許せない』


 マルカさんがマジな雰囲気で言った。

 今にも剣で斬られそう。

 本当に『マジ』だ。


「あ、はい」


 みんなでそう答えるしかありませんでした。

 それはともかく――


「ベルちゃん元気そうで良かった~。今日はおやすみ?」

『はい、のんびりとした一日になる予定でした。パルちゃんも元気そうでなによりです。こうやってまたお話できたことがしあわせです。あぁ~、師匠さまの御姿を再び見ることができるなんて。一生そこにいてもらってもいいですか?」

「断る」


 師匠が断言した。


「――あ、いえ。それではいろいろと不都合がありますので、申し訳ないですが……」


 慌てて言い直す師匠。

 面白い。

 ベルちゃんは言葉遣い程度で怒らないのにね~。


『残念です。ですが、こうして再びお話ができることが分かりました。それだけでも私は満足です』


 ちょっぴり寂しそうに笑うベルちゃん。

 そうだよね。

 いくら友達になったとは言え、あたしは盗賊で、師匠も盗賊で、ルビーは吸血鬼。

 どう考えても、本物のお姫様と普通にお話なんかできるわけがない。

 もしもまた貴族会議があったとしても。

 お呼ばれなんか、されない。

 もしかしたら、もう二度と話せない可能性もあった。

 だからこそ、こうやってお話できることだけでも嬉しい。

 そんな雰囲気が、ベルちゃんから伝わってきた。


「何か離れていてもできる遊びなどがあれば良いのですが。ボードゲームでも開発します?」

「ぼーどげーむ……すごろくでござる?」

「そのようなものですわ」

『そういえば、そこのニンジャさんは誰なのでしょう? 奥にも初めて見る方がいらっしゃいますね。紹介して頂けますでしょうか?』

「あ、そうだった」


 えっとね、とあたしはシュユちゃんとナユタさんとセツナさんをベルちゃんに紹介した。

 反対に、ベルちゃんを紹介するとセツナさんは大慌てで頭を下げた。

 本物のお姫様だとは思わなかったらしく、貴族の娘だと思っていたらしい。


「王族とは露知らず……失礼した」

『良いのです、セツナさま。実際には離れているのです。面前というわけではありませんので、非礼も無礼もありませんわ』


 無礼者、と怒ったところでどうしようもないもんね。

 ベルちゃんが、ひっとらえよ、と命令したところでパーロナ国から学園都市までかなり距離がある。

 その間にいくらでも逃げられるので意味がない。


「さて、どんなゲームにしましょうか……もちろん罰ゲームはありですわよね? 負けた人は服を脱ぐとか……もしくはトップの人が最下位に好きな命令をできるとか……もちろん、えっちな命令もオッケーですわよ」

『ルビーちゃん、あなた天才って言われない?』

「さすが末っ子姫。見る目が高貴ですわね」


 おーっほっほっほ、とふたりは笑った。

 アホだ。

 あ、いや、ルビーがアホで、ベルちゃんはアホじゃないです。うん。


『大却下です』


 マルカさんに却下されて、ルビーとベルちゃんがシュン……と、なった。


「ふむ。遠隔でいっしょに遊べるゲームか。それは面白そうだがすぐに開発となると無理がある。ここはいっしょに遊んではどうだい? 見たところ、お姫様は休日のようだ」

『はい。今日の予定は何もありませんので読書に興じておりました。知見を広めるのは大事なことですので』


 どんな方向に知見を広めていたのかは、言わないことにしておく。

 でも、ちょっと小説は気になる。

 学園都市でも売ってるかな?

 あとでサチに聞いてみよう。


「では、共に遊ぼうではないか。なぁ~、盗賊クン」


 学園長はチラチラと師匠を見る。

 正確には、師匠が装備している『転移の腕輪』を見ていた。


「……学園長。自慢したい気持ちは分かるが……そのぉ……」

『まぁ、こちらに転移してくださるのですか!』

「おやおや、知っていたのかい?」


 はい、と師匠はうなづく。

 砂漠国にいっしょに行ったことを、短縮して説明した師匠。それを聞いて、ますます笑みを浮かべる学園長。


「さすがにこの人数で――いや、少数であったとしても王族の姫の部屋に転移するのは、かなり危ない行為になるので……」


 それでなくても、師匠は一度牢屋に入れられているので。

 次に見つかったら、本気で処刑されるかもしれない。


「なるほど。盗賊クンの言い分は分かる。それが自己保身とは思わないよ。正しい判断だ。甘き考えは身を亡ぼすというが、安全に安全を重ねて生き残ってきた盗賊の意見としては非常に正しい。だが――」


 学園長はニヤリと笑う。


「それでお姫様の心は納得するだろうか? 大好きな友と、こうして顔を合わせて会話する程度で、永遠の思い出となり得るだろうか? そう。もちろん答えは否だ。そう思うだろう、お姫様?」

『なんだか分かりませんが、ハイ! 否ですわ!』


 とりあえず全力で乗っかることにしたベルちゃん。

 やっぱりアレだよね。

 ベルちゃんって、ちょっとルビーに似てるよね?


「よろしい。お姫様の心が救済されたがっている。そうなると、ひとりの男として盗賊クンは動かなければならないのでは?」

「……王族の誘拐など、死罪では済まないぞ? もちろん、城に侵入するのもイコールだ。この場にいる全員が処刑対象となる」

「なに。バレる前に帰ればいいのだよ」

「二往復分のチャージなど、一日では終わらない。不可能だ。ぜったいにバレる」


 師匠は首を横に振った。

 それに対して、学園長はますます笑みを浮かべて――なぜかスカートをめくりあげた。

 真っ白なワンピースを着ている学園長。

 真っ白な足が膝上まであらわになって、細い太ももが見えた。

 もうちょっとでぱんつが見えちゃう、というところで――太ももに環があるのが見えた。

 環?

 輪?

 腕輪じゃなくて……足輪って言えばいいのかな?

 それとも太もも輪?

 とにかく、学園長の両方の太ももに複雑な紋様が刻まれたアイテムが装備されていた。


「それってもしかして」

「素晴らしい推察力だ、パルヴァスくん。そう、そのとおり! 転移の足輪だ」


 師匠の装備している転移の腕輪と似てるけどちょっと違う。

 全体的に幅が広くて、太ももに装備しているだけあっておっきい。


「そして、このように使う」


 学園長はスカートをあげたまま、内股になった。

 カチン、と転移の足輪同士を重ねると、紋様を伝うようにして青い光が輝く。それらが充分にチャージされると、転移可能となるみたい。


「使い方は基本的には同じだ。これは成長する武器の技術を応用して作られた試作品第二号というところだ。残念ながら私専用なので、次の目標は誰でも使えるようにすることだな。まだまだ改良の余地はある」


 キュイン、という感じで足輪がキラリと輝いた。


「アクティヴァーテ」


 始動キーを唱えると――学園長の姿がフッと消えた。

 どこに転移したんだろうか……って、思ったら――


『おーい、みんな。こっちだ』


 遠隔通話装置の水晶から声がした。


「ちょ、何やってんですか学園長!」


 師匠が慌てて水晶にかじりつくように覗き込む。


『おいおい、盗賊クン。そんなに顔を近づけてはキスしてしまうよ? いいのかい、いいんだね。ん~~~』

『あ、ズルい。私も私も! 師匠さまとキスします! ん~~~!』

『おやめください、姫さま! 品位が! 品位が下がります!』


 ベルちゃんのお部屋で、わっちゃわっちゃしてる。

 学園長すごいな。

 王族の部屋に転移しちゃうなんて……


「あれ?」

「どうしました、パル。おトイレですか?」

「違うよっ! そうじゃなくって、転移って知ってる場所にしか行けないんじゃなかったっけ?」

「あ、そうですわね。確かにそのはず……」

『その答えは簡単だよ、パルヴァスくん。君も今、見ているだろう? この場所を』

「あ、そっか」


 知らない場所じゃない。

 いま、見ている場所に転移するなんて……とっても簡単なことだ。

 つまり、遠隔通話装置を使えば、知らない場所でも会いに行けるんだ!


「それはいいが……どうするつもりだ学園長。俺は助けに行かんぞ。ミイラ取りがミイラになると言う言葉がある」

『なに、心配はいらないさ。さぁ、準備はいいかいお姫様。そこの従者クンも付いてきたまえ。お世話係は必要だろう』

『どういうことですか?』

『付いてきたら分かるさ』


 学園長は強引にベルちゃんとマルカさんの手を握る。

 そして――


『アクティヴァーテ』


 と、唱えると、あたし達の隣に転移してきた。


「ただいま。ふっふっふ、驚いたかね? なんと『転移の足輪』は二回連続の転移が可能となっている。これは幅広に大きくしたからという理由ではなく、回路の再設計と効率の向上した結果の賜物だ。いずれ指輪サイズにまで小さくすることが可能だと目論んでいる――どうした? そんなにビックリするようなことでは無いはずだが?」

「な、なななななな、なにやって、えええええ!?」


 師匠が絶叫してる。


「わーい、パルちゃん。会えましたわ~!」

「わーい、ベルちゃんだ~。やった~」


 とりあえず。

 あたしはベルちゃんと再会のよろこびに抱き付いたのでした。

 これが後に語られる『末っ子姫誘拐事件』。

 学園長がパーロナ国王に、めっちゃ怒られた事件です。

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