~可憐! 遠隔会話装置(仮)~

 宿に泊まって、翌日。

 あたし達は再び学園長の元へ訪れた。


「よしよし、採寸終了。これがあるのと無いのとでは、やはり装着感が変わるからね」


 マグの大きさを決めるために必要なのと、ついでに魔力の『馴染み』なんかをチェックされた。

 学園長は昨日から準備をしてくれたみたい。


「わざわざすまんな、学園長」

「何を言っているんだ盗賊クン。対価はもらっているんだ。ちゃんと仕事はするよ? むしろ仕事をさせてもらえることが嬉しい。なにせ、まだまだ外に出せる情報ではないのでなかなか実験するにも実証データが得られないんだ。実戦的な物が作れるだけでも良い機会なのさ」


 それに、と学園長は付け加える。


「作るたびに改良を重ねていく。次の段階へと進める。この悦び……いやいや、喜びは誰にも邪魔されたくないものさ!」


 ふひひひひ、と学園長は笑いながらあたし達のデータを計っていく。

 ポンデ・ラーティの時からかなり改良されているみたいで、いろいろとやることが増えているみたい。

 その分、効果があがってるんだって。

 よく分かんないけど。


「よしっ! 以上だ。協力感謝する。解散!」


 去れ去れ、と学園長は手を振った。


「そんな態度を取っているから、誰も来なくなるんですのよハイ・エルフ」

「君は読書中に話しかけられても喜んで応対するタイプか、吸血鬼」

「用事があるのなら返事しますわよ、普通」

「私はキレるタイプだ」

「文字通り、お話になりませんわね」


 ルビーは呆れて肩をすくめた。

 師匠も苦笑している。

 さてさて。

 早くも用事は終わっちゃった。

 しばらく自由にしていいぞ、と師匠に言われたので。


「ねぇねぇ、学園長がくえんちょー」

「なんだいパルヴァスくん。名前を二回連呼するのはいいけど、最後の文字が長音だとマヌケに聞こえるね」

「マヌケなガクエンチョーですわね」

「君は黙っていろよ、吸血種きゅうけつしゅー」


 吸血臭みたいになったのであたしはケラケラと笑う。


「それで、何の用事かな? 吸血鬼の話は聞くつもりはないが、パルヴァスくんの話は聞いてみても良さそうだ」


 ぶっ殺しますわよ、とルビーが怒ってる。

 そんなルビーを無視して、あたしは学園長に話した。


「前にサチとお話した遠くの人とお話できるやつ、使いたい!」


 あたしがそう言った瞬間、学園長の目が輝いた。


「もちろんだとも! さぁこちらに来たまえ、パルヴァスくん。マグの製作? そんなものはいつだってできるんだ。今はパルヴァスくんのお願いを聞くほうが先決じゃないかな。物事には優先順位というものがある。私はそれに従っているだけさ。あぁ、ただしアレはまだ改良が終わってないんでね。他にやることがたくさんあるし、報告書も読み込まないといけない。新しい本は毎日出ているからね。紙の発明とはまさに神の発明だ。頭に直接叩き込むしかなかった知識というものを物体化できる。これほど素晴らしいものはない。紙を司る神には毎日祈りを捧げてもいいと思う次第だ」


 そう言いながら学園長は歩き出す。

 どうやら中央樹から離れた部屋にあるみたい。


「師匠も付いてきます?」

「俺もいいのか?」

「もちろん!」

「シュユも行っていいでござる?」

「うんうん、いいよ~。セツナさんとナユタさんも来る?」


 特にやることもないし、とふたりも付いてくることになった。


「わたしには聞いてくれませんの?」

「どうせ来るなって言っても来るでしょ、ルビーは」

「トイレは覗きませんわよ?」

「見たいの?」

「マジで見ませんってば」


 結局、全員でぞろぞろと移動していくことになった。

 到着したのは地下の部屋。

 前に転移の腕輪を実験したりした部屋があったところで、そこに別の部屋が作られたりしていて拡張されていた。

 ちゃんと壁とか天井とかが作られているので、ドワーフさんが頑張ったに違いない。

 そんな部屋の中のひとつが、前にうっすらと見えた遠くの人と会話できる道具の部屋だった。

 部屋の中にはごっちゃごちゃに何かすっごい物が設置されている。

 魔力が流れているのが分かるんだけど、それが何がどうなって、何をしているのか、サッパリ分からない。

 なんというか、巨大なマジックアイテムの中に入っちゃってるような感じだった。


「じゃじゃーん! これが名付けて『遠隔会話装置』……『ロンジンクース・コンヴェルセーショネム』(仮)だ」


 かっこかり、までちゃんと言う学園長は嬉しそうに装置を紹介してくれる。

 ただし――


「さっぱり分かんない」


 全員でそう言った。


「え~、ちょっとは勉強したほうがいいぞ君たちぃ。そうだ、私がとっておきの教授を紹介してあげよう。魔法関連の魔力の流れに精通している学問を研究している教授でね、魔法の根源を解き明かそうと日夜思考を暴走させているよ。ほら、ときどき青白い光が空を覆うことがないかい? あの光の下に彼女はいる」


 てっきり男の人かと思ったら女の人なんだ。

 思い込みは危ないって師匠が言ってたけど、まさしくそのとおり、って感じの話だ。


「その教授に教われば魔法を習得できるんでございますの?」


 ルビーは魔法を使いたいのかな?

 そういえば、魔力とかいっぱい持ってそうなのに吸血鬼って魔法が使えないんだ。


「どうして魔法使えないの?」

「単純な理由ですわ。覚えてないからです」


 ふっつぅ~の理由だった。


「それで、ハイ・エルフ。どれくらいで習得できますの?」

「ルゥブルムくんだと……そうだね、ざっと50年くらいかな」

「……どのレベルの話でございますの、それ」

「私と会話できるレベルだ」


 却下ですわ、とルビーはきっぱり断った。

 学園長はちょっとしょんぼりしてる。

 いっぱいお話ができる友達が欲しいんだろうなぁ~。なんて思った。


「まぁ、魔法はこの程度で充分ですわね」


 ルビーが人差し指を立てると、そこに渦を巻くように水が集まってきた。すぐに小さい水の球になると、ちょんとルビーが指で弾く。

 パシャリ、と水の球は弾けて消えてしまった。


「上手いじゃないか、ルゥブルムくん」

「影の扱いと同じですわ。慣れたものです」


 なるほど、と学園長はぶつぶつとつぶやきはじめた。

 もう!

 話がぜんぜん前へ進まない!


「がくえんちょー。遠隔会話使いたい~」

「おっと、そうだった。ではパルヴァスくんはそこの円の中に入っておくれ」

「はーい」


 学園長が示した場所にあたしは立つ。

 ちょっと台みたいになっていて、それは大きな装置につながっていた。でも、その装置を見ても何をするものかさっぱり分からない。

 とりあえず、高そうっていうのは分かる。

 なにせ宝石がいっぱい取りつけてあるので。ガラス瓶に入れられているのか、液体に満たされた宝石が浮かんでいて、それがほのかに光ったりしてる。

 たぶん近づいたらビリビリと魔力を感じそう。


「では、会話をしたい相手を思い浮かべてくれ。ただし、複数人を思い浮かべると装置が起動しないので注意してもらいたい。確実にひとりだけだ」

「分かった!」


 あたしは強く念じるように思い浮かべた。

 その間に学園長はいろいろと準備をする。装置を動かしたり、ランタンに火を灯したり、真っ白な宝石が輝きだしたり。

 良く分からないけど、なんだか凄いことをしているのは分かった。


「よし、いいぞ。ではパルヴァスくん、その状態でこの大きな丸いガラスに触れてくれ」


 台座に乗せられた丸い大きなガラス玉。

 それをえっちらおっちらと運ぶので、師匠が慌てて手伝った。


「おっと、すまない盗賊クン」

「見てるほうが怖かった」

「そいつは尚更すまないね」


 むぅ。

 師匠は優しいからなぁ~、誰でも優しくしちゃう。

 ちゃんとそういうのが分かってるから、学園長も師匠のこと気に入ってるんだろうなぁ。

 あと、話を聞きに来てくれるのもあたし達しかいないっぽいし。

 それこそ、学園長に聞くよりも周囲の専門家さん達に聞いたほうが良いのかもしれない。

 さっき学園長が魔法の教授を紹介したみたいに。

 本当は魔法を教えられるはずなのに、それでもやっぱり学園長は専門家を紹介するんだと思う。

 だからそのうち、学園長の話を聞きに来る人がいなくなっちゃったのかな?

 でもまぁ、話が長いのは事実なので、なんとも言えないけど。


「いいぞパルヴァスくん。会話したい相手を強くイメージしながらこのガラス玉に両手を触れさせてくれ。ちょっぴり魔力の流れが発生するのでこしょばいかもしれないが、我慢してくれよ」

「はーい」


 あたしは一度目を閉じて、もう一度強く想像してから――両手でガラス玉を包み込むように触った。

 学園長が言ったように、ガラス玉とあたしの手の間にピリピリと魔力が流れているのが分かる。

 これはあたしの魔力じゃなくて、ガラス玉から入ってきたものだ。

 でも、魔力は馴染まなくて、ガラス玉へ戻っていく感じ?

 だからピリピリする感覚になって、なんだかちょっと、かゆい。

 こしょばい、っていうのも分かる。

 そんな感覚に耐えながらイメージしていると……ガラス玉の中に何か見えてきた。


「よし、つながったぞ。もう離れて大丈夫だパルヴァスくん」

「はーい」


 そんなあたしの声に気付いたのか、ガラス玉の中に見えてる女の子はきょろきょろと周囲をうかがった。

 そこは豪華で華々しい大きなベッドの上。

 真っ白なシーツの上に女の子がうつ伏せになっている。

 裸足の足をパタパタと動かして、声の主を探すようにキョロキョロと顔を動かした。

 長い金髪はサラサラで、それが揺れるたびに綺麗に動いている。

 まるで柔らかい絹みたいな動き。

 そんな女の子がベッドの上に寝そべりながら……本を読んでるのかな?

 ほとんど下着同然の姿で、油断している。

 そりゃそうか。

 自室だもんね。

 豪華絢爛、才色兼備……とまでは言わないけど、王族らしい女の子の部屋。

 パーロナ国の末っ子姫。

 ヴェルス・パーロナ姫こと、ベルちゃんとお話したかった。


「んん!?」

「なんと!?」


 後ろで師匠とセツナさんが慌てて後ろを向いた。

 あはは、そっか。

 ベルちゃん下着姿で、ぱんつ丸見えだもんね。

 見ちゃったら悪いと思って、師匠とセツナさんは視線を外した。

 師匠が紳士的なのはもう知っているんだけど、セツナさんも紳士。さすがシュユちゃんのご主人さま。やさしい~。


「見ました、ご主人さま?」

「見てないぞ」

「何色でした?」

「白……あ、いや、分からないな。何の話だ?」

「むぅ~」


 シュユちゃんがちょっと怒ってる。

 かわいい。

 そんなシュユちゃんを笑いながら、あたしは水晶の中に映るベルちゃんを覗き込んだ。

 う~ん?

 何の本を読んでるんだろう?


「学園長、もうちょっと上から見たい」

「難しい注文だなぁ、パルヴァスくん。だが、その好奇心は分かる」


 によによ、という感じで学園長はイヤらしい笑みを浮かべながら装置を操作した。

 ベルちゃんは、やっぱりあたし達の声が聞こえるのでキョロキョロとしてる。

 残念。

 いま、あたしはベルちゃんの後方、上にいます。

 天井を見上げないと発見できないのです。

 はっはっはー。


「文字ばっかりですわね。それこそお勉強の時間なのでしょうか」

「小説でござるな」


 シュユちゃんも気になるのか近づいてきた。

 みんなで水晶玉の中を覗くようにして、ベルちゃんが読んでる本の中身を見る。


「え~っと……リールナは甘くささやくようにディメロへと手を伸ばす。ディメロはそれを受け入れるが、震える指は隠せない。リールナはそっと口づけするようにディメロの耳元で言葉をつむぐ。綺麗だね、かわいいよ……だから、わたしの物になって。かわいい子犬ちゃん。ディメロはゆっくりとうなづき、ふたりは静かにくちづけをした……」


 あ、これ――


「えっちな本だ!」

「えっちな本ですわね!」

「えっちな本でござる!?」

『何なんですか!?』


 あたし達の声にようやくベルちゃんがベッドから起き上がって……あたし達と目が合った。


『ひゃああああああああああ! オバケ! 幽霊! ゴーストぉ!』


 ベルちゃんは慌ててベッドの上の大きな枕を手に取ると、こっちに向かって投げつけてきた。

 もちろん、当たらない。

 でも気持ちは分かる。

 だって、部屋の中に半透明な人間が見えたら、それはもう幽霊かゴーストであって。

 普通に考えて、魔力でお話してる、なんて思えるわけがない。


『ってよく見たらパルちゃん!? ルビーちゃんまで!? 知らないニンジャもいる! あぁ、なんてこと! 枕元に立つってことは、死んでしまったんですか!? 最期!? 最期の挨拶!? 逝かないでください! 私はまだいっしょに遊びたかったですのよ!』

「大丈夫だいじょうぶ、死んでないよあたし達~」

『幽霊はみんなそう言うんです! 自分が死んだって気付いてないんです! 目を覚ましてパルちゃん!』

「あたしは起きてるよ……目を覚ますのはベルちゃんの方」

『ハッ! もしかして死んでいたのは私!?』


 あ、ダメだ。

 ベルちゃんが混乱した。


「落ち着いてベルちゃん。あたしもベルちゃんも死んでないよ~」


 生きてる生きてる、とあたしはアピールした。


『そ、そうなんですか? ……どういうことでしょう? 生霊?』


 生霊ちがうっ!


「学園都市の最新技術だよ。『ロンジンクース・コンヴェルセーショネム』(仮)だって」


 かっこかり、までちゃんと言っておく。

 覚えてたんですの、とルビーがちょっと呆れてる。


『ロンジンクース・コンヴェルセーショネムかっこかり……遠隔会話、ということですか。素晴らしい技術ですね。へ~……え? ほんとに?」


 ほんとほんと、とあたしはうなづく。


「それにしてもムッツリ姫は健在ですわね。その小説面白いのでしょうか? 今度貸してくださいます?」

『誰がムッツリ姫ですか、誰が。ルビーちゃんはひどいことを言ったので貸してあげません』

「では訂正しますわ、ドスケベ姫」

『よろしい。やっぱりえっちなのはオープンにしておくべき――って、み、見られましたの?』

「がっつりえっちシーンでしたわよ。ねぇ、パルパル。シュユっちも見ましたわよね」

「見たでござる。かわいらしい雰囲気でござったのでそこまでえっちではないと思うのでござるが……」

「ベルちゃんのえっち~。あはは!」


 と、笑ったところでベルちゃんがいろいろと理解してしまったらしく――


『ひいいいああああああああああああ!』


 と、叫んだ。


『姫様ぁ! 二度目の悲鳴ですが、どうされましたか!』


 一回目の悲鳴は大丈夫なんだ、という変な報告にも聞こえることを言いながら近衛騎士『マトリチブス・ホック』のマルカ・ドゥローザさんが部屋のドアを蹴破りそうな勢いで入ってきた。

 たぶんだけど、ベルちゃんって普段から悲鳴とかあげてそう。

 だから二回目の悲鳴で入ってきたんだと思う。

 手遅れになっても知らないよぉ~?


「ぎゃああああああ! マルカも入ってこないでぇ!』

『なぜ!?』


 慌てて本をベッドの下に隠すベルちゃん。

 わっちゃわっちゃする水晶玉の中を見て、ゲラゲラと笑うルビー。

 そして――

 チラチラとこっちを見て、水晶玉の中の下着姿のベルちゃんを見る師匠とセツナさん。

 むっつり!

 もう!

 男の子だなぁ~。

 なんて、思いました。

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