~卑劣! 嬉しいと話が長くなっちゃうヒト~
「なるほど良く分かった。きっちり物理的な対価をもらってしまってはやらない理由はないからね。いやいや、むしろ良い機会を与えてくれたと思うよ、私は。感謝を表明したい。しかし、この金は何度見ても、何度触っても、どうにも奇妙な感覚を感じる。混じり物というわけではないが、純粋な金でもないような気がするのでね。いや、義の倭の国で言うところの『キツネやタヌキに化かされた』というわけではない、『眉唾物』というわけではない、本物の金であるのは確認済みだから安心したまえ。一晩経てば消え失せている、なんていう心配もないだろう。知っているかい? 有名な詐欺があるんだよ。ただの鉄くずを黄金に見せかけた詐欺師の話さ。結局バレて極刑になってしまったんだがね。いやいや、しかしその方法というのが傑作だよ。世の中に天才は溢れるほど存在するが、馬鹿は以外と少ないってことが良く分かる稀有な例だ」
あっはっは、とハイ・エルフは笑った。
相変わらず話が長いというか、話が反れるというか。
どうして金の話から詐欺師の話になってしまうんだろうか。
これさえなければ、みんな話を聞きに来てくれる……いや、やっぱり話が長いのでそのうち誰も来なくなってしまうか。
うん。
「よろしく頼む、ハイ・エルフ殿」
セツナが丁寧に頭を下げる。
それに対して学園長はにんまりと笑った。
「おっと。これはこれは失礼した、サムライくん。ふむ。儀礼的な頭の下げ方はやはり独特な文化だねぇ。ただ頭を下げられるより、より一層と義務感を強いられるような気分だ。いや、文句を言っているのではない。文化の違いから感じてしまう違和感を言語化するとこうなってしまうのだ。許しておくれよ、サムライくん。おっと、ニンジャくんはその敵意をおさめておくれ。私は大変に弱いので一撃で負ける。小指の爪でも死んでもしまう自信があるね。まだ死にたくないので安心したま――あれ、敵意じゃないな、それ。もしかして嫉妬かい、ニンジャちゃん?」
「ち、違うでござりますですよ!?」
図星だったようだ。
学園長のどこに嫉妬する要素なんてあったっけ?
なんて思ったけど、もしかしたらセツナ殿の好みの姿をしているから、なのかもしれない。
真っ白な肌に真っ白な髪に真っ白な瞳。
白く薄いノースリーブワンピースを着ていて、より一層と学園長のイメージを『白』にしている。
長い髪も相まって白で塗りつぶされているような印象でもあった。
唯一、違うのは赤い唇。
小さくて化粧っ気のない、かわいらしい唇なので良い。
こう、親指と人差し指で左右から、ぷにっ、と押し潰すような感じにして尖らせたりしたい。
「なにかな、盗賊クン。なにやら言いたいことがあるのかな? 私でも視線の意味くらいは読めるよ。無知は罪ではなく美徳だ。しかし、既知は愚かではなく秀才なのでね。さぁ、なんでも言ってくれたまえ。喜んで強力するよ? そうだ、そこのサムライくんといっしょに朝まで語り合ったりしようではないか。その間に何か間違いが起こるかもしれないし」
「その見境無さが無ければ、俺は惚れてたかもしれない。年上の女性であっても」
「あっはっは! そいつは残念だ。でも、誰でも良いわけじゃないよ。これでも『見る目』はあるからね」
ダウト、とルビーが嬉しそうに言った。
「嘘つきハイエルフですわ」
「なんだいなんだい、ルゥブルムくん。どこが間違いだと言うんだい、私の大切な友人よ。是非とも教えて頂きたいものだね。君も長く生きているんだ。早々と他人の自信を打ち砕くようなことを言うべきではない。それくらは知っていると思うんだが。どうなんだい?」
「いろいろとノタマイますが、一撃で論破できますわ」
「ほう。言ってくれたまえ」
「『見る目』があるのなら、今ごろあなたは子だくさんですわ」
「なるほど確かに!」
学園長は反論することなくゲラゲラと笑いながらひっくり返った。
もちろん紙束の上にひっくり返ったので、怪我をすることはない。
安心してゆっくり丁寧に後ろへと転がった。
リアクションも打算的なハイ・エルフ。
これが長生きのコツなのかもしれない。
「はぁ~、笑った。笑わせてもらった。しあわせな時間と感情だ。笑えるということは、私はまだまだ世界を楽しめているということだからね。退屈に殺されることは、まだまだ無さそうで一安心だ。見事な論破だよ、ルゥブルムくん。ただし、それを認めると君が惚れている盗賊クンが『価値の無い男』になってしまうが、大丈夫かい?」
「……そ、そうなってしまいますわね」
おまえ見る目ねーな、と言っているようなもので。
そんなヤツが口説いている相手というのは、ロクな存在ではないと言っているようなもので。
俺とセツナ殿は、どうやらダメな男だったようだ。
いや、ダメな男なんだけどね。
ロリコンだし。
そういやセツナ殿はロリババァもイケるんだろうか?
「……どうだ?」
「……やはり本物には無いものがある。ただし、それは蛇足と言えるかもしれん」
「なるほど。分かる」
「うむ」
俺たちは再びガッツリと握手した。
蛇足。
確かにロリロリ少女に『人生経験』を与えるのは蛇足だ!
分かる!
この無垢に無邪気に、一切として打算や裏の無い笑顔を浮かべられるのは少女の特権だ。
それを失わせるのが経験であり、時としてその笑顔は狡猾に使われてしまう。
ドロリと濁った瞳は、澄み切った瞳と比べるまでもない。
イヤだ!
そんなのイヤだ!
いつまでもステキな笑顔でいてほしい!
純粋な瞳で笑っていてほしい!
純真無垢な少女でいて!
……そう願うのは、俺の勝手なことなのだろうか。そう思ってしまうからこそ、俺はロリコンなんだろうか。
はぁ~。
学園長から知識を奪いたい。
そしたら、最高の状態になるのに。
「君、なにか恐ろしいことを考えなかったか?」
「いや、なにも?」
ポーカーフェイスで俺は否定した。
今ならギャンブラーにも負けない自信があった。
うん。
「まぁ、盗賊クンの考えていることなんて世界平和かそれ以外のことだろうから別にいいか。で、肝心の依頼だが……いわゆる魔具の製作依頼で良かったかな? それとも黄金城地下ダンジョンの攻略アドバイスが聞きたい、という意味だっただろうか?」
攻略アドバイスを聞いたら答えてくれるんだろうか?
いや、教えてくれそうで怖いけど。
「学園長はクリアしたことあるの?」
純粋なパルの質問に、まさか、と学園長は首を横に振った。
「残念ながらダンジョンになった後に黄金城を訪れた経験は私には無いね。もちろん、ダンジョンになる前に行った経験もないけど」
まどろっこしい言い方をするなぁ、まったく。
「ダンジョン攻略に知恵を貸して欲しい、と願えば聞いてもらえるのだろうか?」
「もちろんだとも、サムライくん。何でも聞いてくれたまえ。ただし、私の戦闘力はゼロに等しい。赤子の手を捻るよりは強い自信はあるが、赤子に手を捻られても負ける自信はあるよ。ドラゴンの対処方法は知っているが、実行できるかどうかは別問題というわけさ」
「ほう、どうすりゃいいんだい?」
ハーフ・ドラゴンという種族ゆえか、ナユタは気になったらしい。
少し挑発気味に質問した。
「簡単だよ、ナユタくん。ドラゴン以上の速度で動き、ドラゴン以上の強さで殴ればいい。ドラゴンなど、その程度で勝てる」
「詐欺じゃねーか」
「そうだとも。つまり、ドラゴンの存在自体が詐欺のようなものだ。しかも、人間種との間に子を設けることができるなんて興味深い。こうして、君のような半龍族に会える日が来るとも思わなかったよ。君たちはエルフ以上に外に出ないからね。理由を聞かせてもらっても?」
「申し訳ないがお断りだ、ハイ・エルフ」
「そうか。プライベートな質問をして悪かった。謝罪しよう」
学園長は素直に謝ると……土下座した。
そうなると慌てるのがナユタ。
「な、なにもそこまで謝ってもらう必要はないぞ……?」
「ふむ。そちらの文化はなかなか加減が難しいな。だが、楽しい。頭を下げる、という意味合いは相手へ弱点をさらけだして、無抵抗なことを意味している。それを地面に付けるほどの謝罪。それを考えれば、最大限の屈辱を自ら味わうことによっての謝罪という意味になる。だが、それをやっては相手へ萎縮させてしまう、申し訳ないくらいの謝罪。複雑な文化をしている。とても面白い」
感心しているところ申し訳ないのだが……
「学園長、話を進めてくれ。俺たちは残念ながら只の人。好き放題にそれていく話に付き合っていると老人になってしまう」
だから誰も話を聞きに来ないんだ、という言葉は飲み込んでおいた。
いくら学園長でも泣いちゃうかもしれないので。
むしろ一度は泣かせたほうがいいんじゃないか、とも思ったけど。
それも飲み込んでおいた。
「失礼。で、マグだったな。地下七階層の寒い空間でも耐える補助魔法となると……ふむ、やはり神官魔法『カリドゥム・セルヴァ』になるかな」
カリドゥム・セルヴァ。
寒い地域で活動する神官が良く使っている魔法で、体の周囲を温かい空気がまとってくれる魔法だ。
真冬にはそれこそ必須となる地域もあるので、外での活動をする際には必要となってくる。
ただし、あくまで温かい空気がまとってくれる程度なので、冷たい雪や氷に触れれば冷たいまま。
この魔法を過信して濡れた手袋やブーツでいても大丈夫ではないので注意は必要である。
「人数分、頼めるだろうか?」
「もちろんだとも。と、豪語したいところではあるが……ひとつ提案がある」
なんだろうか?
「今まで作ってきたマグは腕輪だったが……指輪サイズで作ってみたい、という要望がある。幸いにして、カリドゥム・セルヴァの魔法はそこまで神官レベルの高い魔法ではない。私の予想では指輪サイズに収まると踏んでいるのだが……その実験をして良いだろうか?」
指輪……か。
「俺はあまり賛成ではないな。ナイフの扱いが変わりそうでイヤだ」
「同じく、拙者もあまり指には付けたくないな」
同じ意味でパルにも遠慮してもらいたいし、シュユもあまり好みではなさそうだ。
「わたしはオッケーですわよ」
「あたいは遠慮するね」
ルビーは了承したが、ナユタもイヤそうだ。
やはり、戦闘職である限り、指先に物を付けるのは遠慮したいものか。
「ふむ。そう考えると、マグの指輪として作っても良いのは魔法使いと神官用というところか」
「すまない、ハイ・エルフ殿。要望には答えられず……」
「いや、気にすることはないぞサムライくん。こういう声こそ、むしろありがたいのだ。いわゆる『本物の意見』というやつだね。私みたいな頭だけで考えるタイプでは、その考えには至れない。知識があろうとも、それを活かすことはできないのだ。使用してくれる人がいて、初めて成り立つのが『新しい物』だよ。それは物であっても、文化であっても同じだ。挨拶は必ずキスをしなくてはならない、と決めたところで根付くかどうかは別の話だ」
そんな文化は滅んでしまえ、とも思ったが。
まぁ、挨拶でキスができる国というのは、きっと大らかで良い国には違いないんだろう。
「ハイ・エルフと子どもを作らなくてはならない、という文化でもいいぞ」
「そんなこと言ってるから、あなた達は絶滅したのでは?」
ルビーの言葉に、失礼な! と学園長は声をあげた。
「まだここにひとり残っている!」
「絶滅寸前ではありませんか。さっさとどこぞの馬の骨と子どもを作ってしあわせな家庭を築きなさい、我が友人」
「貴重なアドバイスだ、ヴァンピーレ。そういう君こそ、どこぞの牛の肉と子どもを作ってはどうかな? きっとステキな『家庭』となるだろう。その『仮定』は面白そうなので、ぜひとも立ち会わせてくれ。なんならお金を取れるか。チケット代は銅貨3枚でいいかな?」
やっす。
「ぶっ殺しますわよ、ババァ」
「歓迎するよ、未熟な老人くん」
きー、と叫ぶルビーの襟首を掴んで、どうどう、と声をかける。
「わたし、馬じゃありませんわ。師匠骨さん」
「誰が骨だ、誰が。あと俺は馬の骨でもないぞ」
「盗賊クンは牛の肉だもんね。さぁ、公開種付けショーといこうではないか、盗賊ク――あいたー!?」
ルビーが足元にあった本を投げつけた。学園長は避けられるはずもなく、もろに当たる。
そのまま、また後ろにひっくり返ってしまった。
「下品禁止ですわよ」
「……今のは、私の口が最悪に悪かった。反省する。これだから私は盗賊クンに嫌われてしまうのだろう。どうだい、サムライくんは私との間に子どもを作ってみる気はないかな?」
その流れで良い答えが返ってくるはずがないだろうに。
「無い」
「非常にありがたい言葉だ。しっかりと胸に刻んでおくよ。では、指輪タイプはルゥブルムくんのひとつだけ……と」
学園長は近くにあった紙に適当にメモしている。
他にもメモの類はそのあたりにいっぱい散らばっており、パっと見ただけでは何のことだかサッパリ分からないものだらけだ。
カゴいっぱいの砂鉄に海?
いったい何についてのメモなんだか。
しかし、こんなメモまみれでも忘れないのだから、恐ろしい。
さすが人類最古のエルフだ。
「さて、他に聞いておきたいことはないかな? 今ならお詫びとして何でも答えよう」
嘘をつけ。
いつ来ても何でも答えてくれるくせに。
「では……致死征剛剣、もしく七星護剣について知っていることを教えてくれ」
セツナ殿の質問。
それを聞いて、学園長の表情が少しだけ変化した。
「――知らん」
そう短く答える学園長。
ふむ……嘘だな。
明らかに、そう分かる態度で……学園長は平気で嘘をついた。
「悪いが『今は』何も知らんな。調べておこう。それがいいだろう、サムライくん」
そう言いながら、学園長は自分の額をコツンと叩く。
「……ふむ」
残念ながら俺には意味が分からなかったが。
セツナには、それが何を意味しているのか分かったらしい。
学園長は何かを知っている。
だが、それは今、語るべきではない……ということか。
「分かった。また頃合いをみて訪ねよう」
「そうしてくれ。いや、すまないね。私の口は転がり出したら止まるところを知らないんだ」
「あぁ、そのようだ」
仮面の下で苦笑するセツナ。
……あぁ、そうか。
もしかしたら、『仮面』に関わる話なのかもしれない。
それはまだ、俺たちに聞かせるべき話ではないのだろう。
珍しく学園長は空気を読んだようだ。
むしろ、いつもはどうして空気を読んでくれないのか……いや、あえて空気を読まないことを楽しんでいる節がある。
「では、しばらく学園都市に滞在するので、よろしく頼む」
「期待して待ってておくれ。どこか手頃な宿でも斡旋しようか?」
「いや、こっちで借りるよ。夜這いの心配があるからな」
「ちっ」
いま、舌打ちしなかったか?
「冗談だよ、盗賊くん。超一流の盗賊に私が夜這いできるわけないだろ?」
「残念。俺は二流の盗賊だ」
「なるほど。では私にもチャンスがあったというわけか」
学園長は肩をすくめつつも、笑顔で答えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます