~卑劣! 急がば転移で廻れ~

 結論から言おう。

 ドラゴンズ・フューリーは正しかった。


「特に何も無し……か」


 確かに隠し扉はいくつかあったし、その中に宝箱があったりしたのだが……それが迷宮探索の何かに繋がるかと問われればノーだ。

 宝箱の中身は鑑定しないと何とも言えないが、伝説級や神話級には到底及ばないアイテムだろう。ガラクタではないだろうが、鑑定して売ってお金にした方がマシと思える品だと予想できる。

 つまり、得られたものは――


「何も無かったな」

「ですね~」


 ただの部屋と隠し扉と通路だけ。

 地図から省略しても何の問題もなかったし、無駄に罠を発見して、無駄に避けたりするだけで、ほんと無駄になりました。


「先人の知恵と経験はバカにならんものだ」


 セツナも肩をすくめている。

 世の中、そんなものか。

 車輪の再開発とはよく言ったものだ。

 まぁ、実際には意味はあるんだけどな。

 再開発する上で、得られる物はゼロとは言えない。

 事実。

 パルの経験にはなったので、裏の目的は良しとしておこうじゃないか。

 うん。

 世の中に無駄なことなんて、ひとつもないんだから。

 うん。


「さて、地下七階への階段だが……」


 セツナが覗き込むのは、ひとりしか通れないような小さな階段。

 いよいよ迷宮製作資金も尽きてきたのか、なんて思わせるほど粗末な造りであり、武骨という言葉がぴったりなもの。

 おおよそ、お城の地下にあるような物とは思えなくなってきた。

 まぁ、それも黄金の湧き出るツボを隠したかった王族の考えなのかもしれない。

 ここまで来ると不安になるものな。

 それこそ、豪華な宝を隠すのは豪華な場所、なんていうイメージがある。

 大切な物をこんな薄汚れたようなところへ仕舞い込む王族なんていないんじゃないか。

 そんな逆の発想で作られた階段なのかもしれない。


「不気味でござるな」


 少女たちは階段を覗き込んでいる。

 おっかなびっくり、という感じで階段の下をうかがうパルとシュユがカワイイ。


「ルビーの実家に似てる」

「そうなんでござるか」

「うんうん。薄暗いところがそっくり」

「失礼ですわね。わたしの実家はもっと綺麗ですわ。毎日お掃除してもらってますもの」


 だからお城を実家というのはやめてもらいたい。

 なんていうか、こう、荘厳さみたいなものが消し飛んでしまうので。

 毎日お掃除してもらってると言うのも、そんなに大変そうに思われないから逆に怒られちゃうぞ、アンドロさんに。

 と、言いたい。


「七階への階段は確認できた。引き返そうと思うのだが、どうだろうか?」


 もちろんそれは賛成だ。

 六階層の探索に結構な時間を使ったので、転移の腕輪のチャージは終わっている。

 加えて、体力的には余裕だが精神的な疲弊があるのは確か。

 問題なくモンスターは倒せているものの、いつまたクロヒョウの時みたいな油断につながるとも限らないわけで。

 そうなる前に帰るのがダンジョン探索の鉄則だ。

 まだ行ける、そう思った時が帰り時。

 これもまた先人の知恵である。

 しかし――


「はい、師匠」


 珍しくパルが意見があるみたいで、手をあげた。


「どうした、パル」

「階段を下りるだけでいいので、七階に行きたいです」

「ふむ。理由は?」

「寒さ」


 なるほど、一理ある。

 地下六階層もそれなりに空気は冷たく、活動を阻害されるレベルではないが、寒いと言われれば寒い。

 もともと冬に近い時期だ。

 肌寒さは地上でも感じるので、それが七階層ともなると、もっともっと冷えてくる可能性があった。


「どうだろうか、セツナ」

「予定外の行動ではあるが――次に無駄足を踏む可能性も高いか」


 もしも明日、七階層に初めて降りた時に、寒くて寒くてとてもじゃないけど探索できない、となると無駄な行動となる。

 確かにそれはもったいない。

 そういう意味では、一度七階層の空気だけでも確かめておくのが良さそうだ。


「分かった。下りてみよう」


 ただし、何があろうとも探索は無し、という条件を改めて認識してから俺たちは七階層へ下りる階段へと足を踏み入れた。

 狭く一段一段が高い階段であり、急こう配になっている。

 間違っても転びたくない階段を下りていくと――第七階層へと到着した。

 そこは……また雰囲気が変わった。

 段々と自然のままに作られた洞窟のようになっていったダンジョン内部だが、七階層はそれが一気に変わる。

 一言で表すと、『白い』。


「真っ白な部屋ですわね」


 階段から下りた部屋の中は、真っ白なタイルで埋め尽くされていた。

 それらは全て正方形の真四角であり、綺麗に磨かれた物。明かりの中に俺たちの姿をうっすらと反射するほど綺麗な物だった。

 何組かの冒険者が足を踏み入れているはずなのに、足跡は一切ない。

 やはり、この迷宮は何らかの作用が働いているようだ。


「綺麗ですわね」


 ルビーが屈んで足元のタイルを触ってみる。


「これを持ち帰るだけでも価値がありそうですわ」


 確かに、と思って俺も壁のタイルを触ってみる。

 床と同じ素材の壁は、触れてみるとかなり冷たかった。触っていられない程ではないが、あまり心地良いものではない。

 逆に言うとそれは――


「休憩ができん、ということか」


 セツナが苦々しくつぶやく。

 なるほど、人間種が七階層で足止めをくらっている理由が分かった。

 ダンジョン探索でも、外での冒険でも、ただの移動であったとしても。人間種というものは休憩をしなければならない。

 もちろん不眠不休である程度動けるのが人間種の中でも只人……つまり、ニンゲンの特徴でもあるが。

 それでも、どんどんパフォーマンスは落ちていくわけで。

 適度に休憩を取ることによって、ある程度の体調を維持することが鉄則である。

 ましてやダンジョン内は昼夜も分からない状態だ。

 気が付けば睡魔に襲われる、なんてこともあるので、しっかりと休憩は取るべきだ。

 しかし――


「こうも床が冷たいとなると……座ってられないってわけか」


 ヒヤリとした床に座り続けるのは、体に悪い。

 雪や氷の上に座り続けるとどうなるのか、考えただけでも分かるだろう。想像するだけで風邪を引きそうになってくる。

 もちろん、今までのダンジョン内の床だって冷たい物だったが、この真っ白なタイルはそれ以上の冷たさだ。

 むしろ、座っている方がダメージが蓄積していきそうな具合だな。


「う~む」


 特に下半身を冷やすのは女の子によろしくない、というのを聞いたことがある。

 行動力を重視しているのでパルの装備は『薄い』。

 ホットパンツだけでタイルに座るのは、ちょっと厳しい気がするなぁ~。

 冒険者セットに布があると言っても、少し物足りない。

 ここはしっかり防寒装備を整えたほうが良さそうだ。

 まぁ、しかし、なによりパル以上なのは――


「シュユちゃんはさすがにムリだろ」


 だってこの子、ぱんつ履いてないし。

 なんか紙みたいな御札を貼っているだけだし。

 いや、そもそもそれ何なの?

 ニンジャってそれが普通なの?

 ぱんつって履かないもの?

 履かないって、儚くない?

 いや、履かなく儚くは穿かなくであり、はかなくなくなーい?


「……」


 しまった。

 シュユちゃんの下半身を想像すると、ついつい思考が暴走してしまう。

 煽情的過ぎるんですよ。

 よくこんなのに耐えれてますね、セツナ殿!?


「ようやく気付いたか、エラント殿」

「ハッ! そういうことか!」


 つまり煽情的な姿にしておくことで、セツナ殿自身の自制心を鍛えるという修行にも成っているのか!

 だって、手を出しちゃったら終わりだもんな、この関係性。

 いくらシュユちゃんがセツナ殿のことを大好きであっても、終わってしまうものは終わってしまうんだ。

 それは恋でも愛でもない。

 ただの一方的な性欲の捌け口と化す。

 そんな関係に成り下がってもいいのなら、手を出すが良い。

 ただし、二度と元には戻れないぞ。

 という覚悟が見えている。

 素晴らしい。

 すごい。


「尊敬する!」

「いやいや、エラント殿こそ凄い。拙者は触れることすら恐ろしかったというのに。そなたはパル殿を撫でてやれる。それでも我慢できているところが、拙者には恐ろしく感じるよ」


 ギリギリで踏みとどまれる勇気!

 と、セツナ殿は褒めてくれた。


「ありがとう。セツナ殿なら分かってくれると思っていた」

「エラント殿こそ。理解者でいてくれて拙者は嬉しい」


 俺たちはお互いに右手を差し出しあい、硬く握手した。

 嬉しい!

 理解者がそばにいてくれる。

 これほど嬉しいことはない!


「師匠が楽しそう」

「ご主人さまがご機嫌でござる」


 愛すべき弟子とニンジャちゃんがこっちを見てるので、ふたりしてにへへと笑っておいた。


「本性が出てますわよ、ロリコンさん達」

「「おっと」」


 俺とセツナ殿は仮面で隠れていない口元を手で隠す。


「はぁ~」


 ナユタが呆れたように肩をすくめた。


「で、どうするよ幼女愛好家さん共よぉ。須臾をヨコシマな視線で見る前に、状況を解決してくれるんだろうな?」

「ひどいことを言う、那由多ん」

「旦那までそれを言い出したらあたいはもう泣くぞ」


 悪かった、とセツナは悪びれもせず謝った。

 まぁ、先にひどいことを言ったのはナユタなので仕方がない。

 もっとも。

 先にひどい性癖をしている俺たちが悪いのは当たり前なんだが。


「ナユタも厳しいか、このタイルは」

「あぁ。悪いがあたいの鱗にゃ、ちと厳しい」

「ふむ」


 そうなると、毛布を持ち込む程度ではどうにもなりそうにないな。


「装備を考えねばならんか……何か案はあるか、エラント殿」

「サーマルマント、というマジックアイテムがあるが――いきなり四枚も手に入るとも思えないからな」


 ふむ、と俺はあご元に手をやって考える。

 その際に目に入ったのは――転移の腕輪だった。

 俺はルビーの腕輪を見る。


「ふむ」


 ここは、人類の最先端に頼ることにしようか。

 なぁに――そろそろ宝石の欠片も相当な量が手に入っているはずだし、技術的に成熟してきたころ。

 作りたいものがあるに決まっている。

 なにより――


「金ならある」


 カネと読むかキンと読むか。

 どちらでも問題ない。


「よし、転移するぞ。全員つかまってくれ」


 俺は魔力糸を顕現させつつ、全員にそう告げた。


「手はあるのか」

「いくらでも。なにせ、卑怯で卑劣な盗賊だからな」

「なるほど、頼もしい限りだ」


 セツナが魔力糸を掴む。その端をナユタが掴むのを確認すると、俺の腕にパルが腕をからめてきた。


「にへへ~」

「では、わたしはこっちですわね」


 ルビーは反対側の腕……ではなく、なぜか足にしがみついた。

 いや、まぁ、正しい意味で邪魔にならない場所なんだけど。

 こいつ着地のこと考えてないな。

 まぁ、いいけど。


「シュユは――」

「拙者の背中に」

「はい、でござる」


 シュユは、ぴょん、とセツナ殿の背中に飛び乗る。

 うぐぉ、と声をあげてたのは……まぁ、シュユちゃんって見えてないけど大荷物を背負っているので重かったんだろうなぁ。

 なんて思いつつも、俺は転移の腕輪同士を重ねた。

 頭の中に何度も訪れた場所を思い浮かべ――


「アクティヴァーテ」


 と、起動キーを唱えて転移する。

 遠ければ遠いほど『深淵世界』を知覚できなくなる。

 その例に従って、ほぼノータイムで俺たちは転移を完了した。

 空中に放り出されるように現れた体を制御し、なんとか本と紙束だらけの部屋で着地する。


「ぅげふっ」


 もちろん足にしがみついていたルビーは思いっきりお尻から落ちたけど。

 まぁ、ともかく転移は無事に完了した。


「んお!? やぁやぁ、三日ぶりだったかな。それとも三年だったか。今日は何の用事だい、盗賊クン」


 出迎えてくれたのはこの人。

 人類最期のハイ・エルフ。

 学園都市の学園長が、いつもどおりの真っ白な姿でにんまりと笑うのだった。

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