~卑劣! 黄金城地下ダンジョン6階・第2探索~ 3
「ひとまず七階層への階段を確認するか、それとも空白地を埋めるか」
さて、どうするか。
というセツナの言葉に俺たちは地図を見た。
恐らくドラゴンズフューリーは高価な用紙を使って地図を描いていたので、必要最低限にしていたのだろう。
なので、地図は七階層に向かう最低限のルートだけが記されていた。
そう考えられもする。
「ふむ……」
攻略組としてそれは正解なのだろうが、どうにも不安感がある。いや、恐らく最低限の探索は終えているだろうから、必要な部分だけを抜き出しているんだろうけど。
果たしてその後追いだけでいいか、と問われれば――どうにも不安があった。
「気になるのは七階層へ向かう階段のある部屋が隠し扉になってるところだ」
地図にはしっかりと『隠し扉』と記してある。
もちろん、パルとシュユの手描きだが。
「他にも隠し扉がありそうじゃないか?」
「ふむ。そういうものか?」
セツナの質問に俺は肩をすくめた。
「分からんが、ひとつ有るのなら、ふたつか三つ用意するもんだろ。ダミーとして」
「だが、それでは隠し扉が重要な要素と知らしめているようなもんだぞ」
「罠として誘導してくる、という意味合いでは確かに」
まぁ、実際のところ分からんが。
と、俺とセツナは肩をすくめ合う。
「なんにせよ地図を埋めねぇか。そのほうがスッキリするよ」
ナユタは眉をしかめながら地図を覗き込んでいた。
中途半端なのが許せない性格なのだろうか。
まぁ、分からなくもない。
どうにも、こういう空白地帯には何かお宝が待ってるんじゃないか。そんなことを思ってしまう。
七階層で足止めをくらっている理由がここにある可能性だってゼロではない。
さてさて。
どう判断したものか。
「では隠し扉に気をつけつつ進もう」
リーダーたるセツナの考えにここは従っておくのが一番か。
「……」
みんなが、おー、と賛同する中。
俺は少し気がかりになった。
待て待て。
今までこんなダンジョンの中で方針を決めていたか?
ダンジョン内に入る前に、しっかりと今回の目的を決めてなかっただろうか?
危うい。
非常に、危うい。
ブレブレになっている方針。
すっかりとダンジョン探索に慣れた危うさが出てきた気がする。
最初はしっかりと目的を話し合ってからダンジョンに入っていたというのに、今では内部で変更したりしている状態だ。
これを『慣れ』と言わずに何という。
「セツナ」
そう思い直し、俺はそれを伝えた。
「……拙者としたことが……」
セツナはシブい顔をして頭を振った。
もちろん、仮面の下で本当のところは分からないが、それでも表情を変えたことは分かる。
短い付き合いながら、だんだん分かってきたなぁ。
「これもダンジョンの怖さだ。冒険者はルーキーを脱出した頃が一番危ないというが、ダンジョンもそうなのだろう」
「納得の理由だな。慣れとは恐ろしいものだ……気をつける」
「頼むぜ、リーダー」
ポンポンとセツナの背中を叩いておいた。
ひとりに責任を押し付ける気はないが……それでも命は預けている。セツナの判断ひとつで全滅する可能性がある領域だ。
ここはひとつ、プレッシャーを受けてもらいたい。
「みんなも拙者が間違っていたら遠慮なく言って欲しい。須臾、おまえもだぞ」
「はい、ご主人さま!」
改めてダンジョンの恐ろしさを認識したところで――地下六階層の探索をしよう。
「パル、何か壁に違和感がないか見ておいてくれ。未発見の隠し扉が無いとも限らん」
「は~い」
「シュユも頼んだ」
「分かったでござる」
ホントはルビーに頼んで隅々まで影で見てもらうのが早いんだが……やってくれないだろうから、自力で頑張るしかない。
「むふ」
ルビーは何やら楽しそうだ。恐らく隠し扉と聞いてワクワクしてるんだろう。自力で見つけたいのかもしれない。
まぁ、確かにチート行為は興覚めだもんな。
気持ちは分かる。
「では進もう」
地下七階層へは向かう階段を目指さず、あえて違う方向へ進んでみる。
さて。
扉の先は通路になっており、どうやらしばらくまっすぐに続くようだ。
「――警戒!」
セツナの静かな警告に、俺たちは素早く腰を落として武器をかまえた。
――前から何者かがやってくる!
冒険者の可能性はあるが……どう考えてもモンスターだろうな!
「来るぜ」
ナユタが口の端をつり上げた。
ぼう、と燃え上がるように魔力の光が見える。
「魔法だ!」
遠距離からの魔法。
青白く燃え上がるような魔力の光はそのまま火のように燃え上がり、こちらに向かって飛んできた。
「おまかせを」
それをルビーがアンブレランスを広げて受け止めてくれる。
魔法の炎は金属であるアンブレランスを容赦なく燃え伝わり、ルビーの腕を焼く。それを振り払うようにしてルビーは魔法の炎を振り払うと、そのまま敵陣に突っ込んでいった。
相手の正体は――羽の生えた亜人!
ハーピーだ。
古来の有翼種とも呼ばれるが、大きな違いはツバサの生える位置。有翼種は背中に羽があるのだが、ハーピーは腕がツバサになっている。
鳥の姿を考えれば、むしろハーピーのほうが自然な形とも言えるが、その凶悪な爪と猛禽類を思わせる鋭い瞳はとても友好的には見えない。
有翼種が、文字通り天使に見える瞬間だ。
そんなハーピーが、まさかダンジョンの中にいるとは思わなかった。
なにせ、天井が低い。
空から襲いかかってくるはずのハーピーが地面に立ったまま魔法で攻撃をしかけてくる。
今までの常識というか、なんというか、そういうのが崩れてしまいそうだ。
しかし、だからといって余裕で対処できるかどうかは別。
なにせ――
「気をつけろルビー!」
「問題ありませんわ。魔法のひとつやふたつ当たったところで……あ、あれぇ……」
盾役としてハーピーの集団に突撃したルビーだが、その勢いが突然に止まる。
そう。
ハーピーの魔法の代表格といえば――
「そいつはソームノムの魔法だ!」
ソームノム。
相手を『眠り』へと誘う、この世でもっとも恐ろしい魔法のひとつだ。
なにせ、戦闘中であろうとも、戦場のど真ん中であっても、容赦なくいきなり――
「くぅ……すぅ……」
眠ってしまうので!
しかし、そこはさすがの吸血鬼。
常人なら武器を落として、その場で倒れるように眠ってしまうところを、器用にも立ったまま眠っている。
逆に凄い!
「ケギャギャギャ!」
それを見てか、ハーピーが笑うようにルビーへと襲いかかった。
無防備極まりない状況に、仕方がない、と俺はルビーに投げナイフを投擲した。
さくっ、とルビーの背中にナイフが刺さり――
「あいたー!?」
ルビーが目を覚ました。
ナイフが刺さって痛い程度で済む吸血鬼さまに感謝しつつ俺は叫ぶ。
「ルビー、前だ!」
「前!? なんですのー!?」
目の前に迫ったハーピーの凶悪な牙をルビーは寸前で避ける。
「あぶなっ! 危うく傷物にされるところでしたわ。えーい、寄らないでくださいまし!」
アンブレランスで薙ぎ払いつつ、牽制する。
その隙に俺たちはナイフを投擲してハーピーの魔法行使を妨害した。
「とーぅ、りゃ!」
飛び込みながらパルはシャイン・ダガーで斬りつける。俺も同じく七星護剣で切り裂き、後ろへと回り込むと、ハーピーにバックスタブを決めた。
その両サイドでセツナとナユタもハーピーを斬り伏せている。
残るは一匹――
「お返しですわ!」
再び魔法の炎がルビーを包み込むが、それをものともせず突撃し、ルビーはアンブレランスを叩きおろした。
ガゴン、と鈍い音と共にハーピーが崩れ落ちる。
「えーい」
そこへもう一撃、ルビーはトドメの攻撃を叩きつけた。
「ふぅ。ざっとこんなもんですわね!」
すべてのハーピーを倒して、ルビーはにっこり笑う。
「あぁ~ぁ~、こげてるじゃないかルビー」
「あら、気づかってくれますのナユタ」
「そりゃあたい達の盾になってくれたんだ。気にもする」
「優しいんですのね。師匠さんなんか背中にナイフを刺しましたのよ? ほら」
背中に刺さりっぱなしのナイフを見せるルビー。
ごめんなさい……
「そりゃおまえさんが悪い。ハーピーなんぞ、歌ってくるのは有名だろうに」
ハーピーの使うソームノムの魔法は、ときどき歌っているように聞こえることがあるそうだ。
なので、『歌う』と表現されることがある。
残念ながら、俺は歌われる前に倒すことが多いので、その声を聞いたことがない。
もっとも。
聞こえた時点でアウトなんだろうけど。
いや、精神力が高ければ耐えられるものなので、必ず眠ってしまうわけではないんだけどね。
それでも凶悪な魔法には違いないわけで。
ハーピーが歌っているのを聞いた時には、すでに夢の中なのかもしれない。
「ついつい楽しくて忘れていましたわ。で、抜いてくださる?」
「あたいが抜くのかよ……」
ナユタはちょっとイヤそうにナイフをゆっくりと引き抜く。
「あ、んっ……あぁ、ぬ、抜ける……んっ、ぅ」
「変な声だすなよ……」
「だ、だってゆっくり抜くんですもの。もっと早くパっと抜いてくださいな」
「そんなもんなのか……」
ごめんね、ナユタん。
ルビーが迷惑をかけます。
「拾えたでござる」
「あたしも~」
ハーピーの落とした金を拾って、俺たちは通路を再び進み始め、六階層の探索を続けたのだった。
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