~卑劣! 黄金城地下ダンジョン6階・第2探索~ 1

 ナユタの治療のため、大事を取って三日ほど休日とした。


「別に問題ないんだがなぁ。あたいはいつでも戦えるぜ?」

「いえいえ、私が休みたかっただけですよ」


 セツナが商人モードでそう言ってしまえば、ナユタに反論の余地は残っていない。

 それが嘘だとバレていても、だ。

 リーダーという存在はこういう時に重要だなぁ、なんて思う。

 決断力か。

 はたまた求心力か。

 そういうの、俺には無いからなぁ~。

 もしもこれが俺だったら、うそつけ、と一言で押し切られてしまう。

 それに加えて、パルやシュユにじ~~~っと見つめられるだけで降参してしまう光景が、目に見えていた。

 リーダーの仕事っていうより、役割っていうのかな。

 ロールプレイングは大事だいじ。

 というわけで――

 そんな休日である三日間では、教えられる限りナライア女史の少女パーティの訓練を見てやった。

 実力もあり、しっかりと基礎訓練をしていた彼女たちは第二階層まで難なく進めているが、もっと先へ進むにはやはり経験がいる。

 ゴブリンを倒し続けたところでレベルなんて上がるはずがない。

 対ゴブリンのエキスパートになるだけで、他のモンスターを相手するには実力ではなく経験不足が露呈するだろう。

 もっとも。

 それが上位種であるドラゴンとかなら、まったく話は別だが……そんな空想物語の絵空事で語るのはナンセンスなので、意味がない。

 現実は現実。

 しっかりと彼我の実力と状況を見極めて判断して欲しい。

 いつでも逃げられるとは限らないので、そこそこの訓練は必要だろう。

 最終日には元気になったナユタも加わってたし、なんなら少女パーティ以外の少年少女たとちも混ざっていたのだが……まぁ問題ない。

 別に授業料を取っているわけではないしな。

 むざむざ人が死ぬような危険な行為をしているのだ。

 それをちょっとでも防げるのなら、やる意味は多いにある。

 隣り合わせの灰と青春など、ホントは近寄るべきではないのだから。

 浪漫はあれど、青春なら他でもできる。

 たとえば――勇者と共に世界を旅する、とかね。

 さて。

 そんな三日間を終えた俺たちは地下五階層へと転移した。

 ルビーが残した意味深で何の意味もないラクガキの転移場所に着地すると、全員で状態確認。

 装備点検もやって、何事も問題なし。

 いつでも冒険に挑める。


「では進もう」


 ランタンとたいまつを準備して、俺たちは再び地下六階層に足を踏み入れた。

 最初の扉の先には、またしてもオーガ種がいたのでこれを難なく倒す。今回のオーガは前と違って体が小さいタイプだった。

 それほど苦労せずに倒せたのは、やはりオーガ種の種族差だろうか。


「やっぱり後衛の投擲が利くと違うな」


 セツナが、ふぅ、と息を吐きながら仕込み刀を納刀する。

 前のオーガには投げナイフがまったく効かなかったからなぁ。


「いい投擲武器があればいいんだが」


 俺は肩をすくめる。

 投げナイフやクナイ以外にも、投擲武器は存在するのだが……攻撃力をあげるとなると、それこそ大型になってしまうわけで。

 今さらトマホークを前衛に当てないように投擲できるか?

 そう問われれば――


「こ、怖いです」


 パルの意見に俺はうなづく。

 味方に当てちゃいそうで怖い。


「わたしの背中でしたらどうぞ問題ありませんわ。ただし、頭はやめてください。何も考えられなくなってしまうので」

「笑えない冗談はやめてくれ」


 そうですわね、とくすくす笑いながら返事をするルビーの頭を撫でておく。


「須臾の忍具に良い物はないのか?」

「クナイの他には手裏剣があるでござるが……威力は同じでござる。これ以上となると、仙術を行使した方が効率的でござるよ、ご主人さま。ですが、一手遅くなるでござる」

「ふむ。では……須臾は今後、クナイの通じない相手には仙術での攻撃を頼む」

「心得ました、ご主人さま!」


 別にセツナの許可が無いと仙術を使えないわけではないだろうが、一手遅れる、という認識を周囲が持っていることが重要だ。

 クナイが飛んでくるはずのタイミングで何も起こらない、となるとどうしても気が後ろへと向いてしまう。

 特にセツナ殿はそうなってしまうだろう。

 なにせ、シュユちゃん可愛いので。

 何かあったかと心配になっちゃうのは、分かる分かる。


「では次に進もうか」


 次の部屋は柱がたくさん立ち並ぶ部屋。

 正解のスイッチの位置はすでに把握しているので、ルビーがボタンを押した。

 もちろん、天井が下がることなく奥の扉が開く。

 だが――


「あれ?」


 扉の奥の通路を見て、パルが首を傾げた。


「ここ、もうちょっと坂道が急じゃなかったですか?」


 同じ階層なのに下り坂がある。

 そんな印象的な通路だった。


「確かに。なだらかになっているな」


 前回はその奇妙さに驚いたので、俺も良く覚えていた。もう少し角度というか、斜度が高かったように感じる。

 不気味さが減っているように感じた。


「気のせい……ではなさそうだな」


 坂道を歩くセツナも足元の感覚で納得したらしい。


「何かと連動している、と考えるのが普通ですわね。そうなると、この部屋のスイッチでしょうか」


 そう考えるのが普通だよな、とルビーの言葉に俺はうなづく。


「扉は開いたままだが、押してみるか」


 俺は手近な柱に移動してボタンを押してみる。

 しかし――


「何も起こんねーな」


 ナユタが肩をすくめた。

 前回は天井が下がってきたが、正解のスイッチを押した後では仕掛けは動かないらしい。


「とりあえず留意しておこう。何かしら問題があるのならば、戻ってくれば良い」


 そうだな、と俺たちは先へ進むことにした。

 しかし、次の部屋は『問題』があったところ。

 罠とかじゃなくて、ナユタが負傷した中央に大柱がある部屋だ。


「次こそ慎重に……」


 扉の外から気配察知と聞き耳をする。

 今回もまたモンスターの動き音や気配は察知できなかった。


「開けるぞ」


 全員の顔を見渡してから、俺は扉を開けた。

 不意打ちは――無し。

 それでも武器をかまえながら中に入ると、ジリジリと柱に近づいた。セツナの指示で、全員で左側から回り込む。

 可能であれば左右で分かれて挟撃の形を取りたいものだが……今回は安全性を優先という魂胆だろう。

 そこに『いた』のではなく、『あった』のは――

 石像……


「ガーゴイルだ!」


 完全な気配遮断も納得できるほどの擬態。


「お見事にございまする!」


 思わずシュユがそう言ってしまうのもうなづけるぐらいに石像と化していたガーゴイルが大口を開けて翼を広げ――ようとしたところをルビーのアンブレランスがそれを阻止した。


「追撃をお任せしますわ」


 吹っ飛ばされるガーゴイルを追ってセツナとナユタが走り込む。


「そらよ!」


 ナユタの攻撃。

 目一杯に伸ばした腕と、その延長線上のように鋭い赤槍での突きがガーゴイルを貫く。

 石像を砕かんばかりの一撃の後には、セツナの仕込み刀が一閃された。

 刃がたいまつの火を反射し、一瞬だけ赤く見える。

 まるで刃を見せたそれだけで、ガーゴイルの首が落ちてしまったように感じられた。

 ――速い!

 本気の一撃だな。

 哀れ、と言っていいのかどうかは分からないが……ガーゴイルの手番がまわってくる前に倒してしまった。


「……あたし、出番なかった」

「安心しろ、俺もだ」


 こういう時、後衛の出番って無いよね。

 まぁ、本来はそれが一番なんだけど。


「あらら。少々強さを上げ過ぎましたでしょうか。これではつまんないですわね……調整が難しいですわ」

「常に全力を出してもらってもいいんだが、吸血鬼殿」

「考えておきますわ、おサムライさま」


 うふふ、と笑いながらルビーは金を拾い上げる。

 ナユタは、ふぅ、と息を吐いて胸を撫でおろしていた。

 やはり、一度自分が負傷した場所というのは緊張してしまうものだ。それを無事に乗り越えられたので、なにより、というべきだろう。


「次に進むべき扉はひとつ、か」


 地図の照合をしている間に俺は扉の先の気配を読む。

 ふむ……


「何かいますでしょうか?」

「いるな」

「いるんですの!?」


 聞いておいてビビるなよ、ルビー……


「人型じゃない気がする……ともかくモンスターがいるな」


 動いている気配はあるが、足音は聞こえない。

 もちろん、足音を精巧に消している可能性はあるが、それにしては動いている気配がダダ漏れなのでチグハグだ。


「では、一気に参ろう」


 オッケー、と俺はうなづいて手のひらを広げた。

 カウントダウンに合わせて指の数を減らし、ゼロのタイミングで扉を蹴り開ける。


「一番、参ります――わきゃぁ!?」


 最初に突撃していったルビーがその場で思いっきり転んだ。

 なにやってんだ、と思ったが……無理もない。

 足元に思いっきりスライムがいた。


「あ、やべぇ」


 スライムと言えば、消化液。

 アルコールなんて持ってきてないので下手に手を出したら溶かされる……


「須臾!」

「はい!」


 セツナの言葉にシュユはすでに行動を開始していた。

 素早く指で『印』と呼ばれる形を結ぶ。

 そして大きく呼吸をして、『言葉』を発した。


「以火行為炎嵐――焼(火行をもって炎の嵐となす、焼け)!」


 途端に足元から炎がせり上がり、床を這うようにしていたスライムたちが炎に包まれていく。

 魔法にも似た技――仙術だ。

 もとより悲鳴をあげることはできないが、それでも声すら残さず焼き付くように炎の嵐が部屋の中を埋め尽くしていった。


「おぉ~……シュユちゃん凄いすごーい!」

「えへへ、ありがとでござる」


 スライムたちを倒せたようではあるが……シュユの疲労もそこそこあるようだ。笑ってはいるが、明らかに疲れているのが見える。

 魔法と同じく、便利だが連発はできそうにない。

 使いどころを見極めないと厳しいな。

 で――


「大丈夫か、ルビー」


 スライムの上に思いっきり転んだ上、容赦なく仙術の炎に焼かれていたが?

 普通だったら死んでるんだけどなぁ……


「ふっふっふ、あの程度の炎で死ぬようなわたしではありません。ですが……ひどいですわニンジャ小娘! 危うく服がすべて燃えてしまって、裸でダンジョンを歩きまわらなければならないところです。えっちな罠があるかと皆さんが期待してしまうじゃないですか!」


 どんな罠だよ、それ……


「えっちトラップダンジョンです。わたし、こっそりと作ってみようと画策していた時代がありました」

「どうなったんだ?」

「魔王さまにめっちゃ叱られました」


 ……魔王さまに賛成です。


「魔王って怒ると怖そうでござるね……」

「えぇ。えっちな部分をひたすら刺激する触手の罠に魔王さまが引っかかってしまったので。それはもう烈火のごとく怒られました……」

「……」

「なんですか? 誰か何とか言ってくださいまし!」

「いや、なんで生きてんのルビー」

「死ねと遠まわしにおっしゃるのですか、師匠さん!?」


 違うちがう、と俺は笑う。


「よく殺されなかったな、と思って」

「魔王さま、優しいですわよ?」


 それはまぁ、そうなのかもしれないが……


「魔王なのに優しいの?」


 なんかこう矛盾してる気がしてるので、パルが首を傾げるのもムリはない、と思うのだった。

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