~卑劣! うらやましいだろ?~
転移の腕輪のチャージが終わると、俺たちは地下街から第四階層に上がる。
そこから黄金城の外――こっちに来た時と同じ、黄金城から少し離れた岩場の上に転移した。
「無事に転移できたな。ナユタは無事か?」
「あぁ。問題ないさね」
少し冷や汗は出たみたいだが、ナユタは転ぶことなく着地している。
「ここは……黄金城の外でござるな」
額に手を当ててシュユが周囲を見渡した。
遠くに黄金城が見える程度で、他は森しか見えない。あとは街道がまっすぐに横切ってるだけで、天然の防壁となっている。
もしかしたら、大昔はこのあたりも開けていたのかもしれないな。
王族が城を放棄して、数百年は経過しているはず。
いつの間にやら森が拡大してしまった可能性もあるだろう。
今では、狩人にとって良い狩場になっているかもしれない。
なにせ黄金城では、アホみたいな値段で売れるだろうし。
「少々距離があるな。直接宿に転移するわけにもいかないし、もう少し考えねばならんな」
セツナの言葉にうなづく。
「今回はナユタの負傷があるので、万が一を避けた。通常時に帰るだけなら、城の地上一階のどこかに転移するのでいいのかもしれんな」
可能性は低いが、地上階でもモンスターはいる。
それが転移の場にいたとして、こちらが不意打ちを喰らう可能性も無いとは言い切れないので。
確実に安全な岩場を選んでおいた、というわけだ。
「ふむ。その場所も探っておく必要があるか」
いろいろと決めないといけないことは有るようだが、今はナユタを休ませてあげたい。
「那由多、歩けるか?」
「問題ないさ、旦那。あたいのことは気にせず、というのは今さらか。宿までは頑張って歩くよ」
ナユタのしっかりとした返事にうなづき、俺たちは岩場から下りる。
ここから先は街道まで森。
モンスターや野生動物がいるかどうか、パルとシュユに先行してもらって、進んだ。
「ふぅ」
幸い、危険に遭遇することなく街道まで到着した。
街道には相変わらずゾロゾロと冒険者と商人たちが黄金城へと向かっている。ここまで多くの人間がいれば、モンスターも野生動物も襲ってくることはないだろう。
黄金城を目指す流れに加わるが――さすがにこの時点から仮面を付けてると目立つ。
仕方がないけど、目立つ。
はてさて、どうしたものやら……
「良い宣伝ではありませんか。ほら、ディスペクトゥスの名前は売るのでしょう?」
「そうなんだがなぁ。なんというか盗賊として生きてきたので、なんかムズムズする」
俺の答えにセツナは笑った。
「盗賊とは難儀な生き方ですなぁ。英雄には成れそうにない……いえ、慣れそうにない」
微妙なニュアンスで笑うセツナに俺は肩をすくめた。
もとより、英雄なんぞに成り上がるつもりもない。
勇者パーティの一員だったのは、世界を救うためだとか、困ってる人を助けるためだとか、魔王が許せないのではなく……
単純に、幼馴染が勇者だったから。
そんな理由で英雄を目指すのは、少し『弱い』よな。
やっぱり英雄ってのは、あいつみたいな人間のことを言うんだろう。
ある日突然、精霊女王から勇者と任命されただけで。
本当に『勇者』になってしまうような、『強い』ヤツだ。
なので俺は、まぁ――
「せいぜい盗賊ギルドで成り上がるよ」
「そういうものですか、ディスペクトゥス殿」
「ハハハ。依頼があれば、何でも請け負うぜセツナ殿。誘拐や詐欺、泥棒に密売。ただし、殺しの依頼は受けない。それがディスペクトゥスの流儀だ」
いま決めた。
まぁほとんど冗談の類だけどな。
誘拐と泥棒はできるかもしれないけど、詐欺はちょっと俺では難しい……あぁいうのは、もっと頭の良いヤツがやるものだ。
せいぜい俺では『謎のメイド屋さん』ぐらいなものだろう。
「ふふ。では、これからも期待していましょう」
そんな雑談していると黄金城へと到着した。
ダンジョン内にいたはずなのに、外から帰ってくるとは奇妙な話だが……まぁ、そのあたりのことはバレる心配もないだろう。
なにせ、ダンジョンにいる俺たちを知っているのは、それこそダンジョンにいるのだから。
外から帰ってきた俺たちを目撃できる可能性は皆無に等しい。
「私たちは那由多を神殿へ連れていきます。エラント殿たちは自由にしてください」
「付き添わなくて大丈夫か?」
俺の言葉にナユタはカカカと笑った。
「問題ねぇよ、お人好しの盗賊さん。神官魔法でちょちょっと治してもらうだけだ。子どものお使いでも、もっと難しいぜ」
こういう時にパーティメンバーに神官がいないことが悔やまれるな。
「だったらサチを連れてき――ハッ! あたしが抜けることになっちゃう……!」
勝手に言って勝手にショックを受けてるパル。
「七人パーティでも問題ないんだが……まぁ、順当にいけばパルが外されるな」
「却下です師匠。無しです、無し。サチは学園都市でお留守番です」
誘ってもいないのにお留守番とは。
なかなか不遇な扱いのような気がして気の毒だなぁ。
いや、サチ自身も望んでいないと思うけど。
そのあたりどうですか、ナーさま。
「……」
当たり前だけど返事がない。
肯定ということにしておこう。
「さて、どこでイチャイチャします?」
何言ってるんだ、この吸血鬼。
なんでイチャイチャすること決定なんだよ……したいけど……
「休んでもいいし、訓練してもいいぞ」
「はいはい、師匠!」
「はい、パルヴァスくん」
「訓練したいです!」
「好き」
「あたしも師匠のこと好きです!」
「――すまん、間違えた。『偉い』って言いたかったんだ」
「えへへ~」
「すぐにイチャイチャし始めるの、やめてもらえます?」
ルビーがちょっとイジけてる。
かわいい。
「安心してくれ、ルビーも好き」
「堂々と浮気宣言をしましたわね、師匠さん」
「すまん、間違えた。『かわいい』って言いたかったんだ」
「あ~ん! わたしも好きですわ~!」
抱き付いてくる吸血鬼の攻撃を避けた。
そのまま地面に熱いキッスをするルビー。
すげぇな、本気で飛び込んできたぞ。笑いに一生懸命過ぎるだろ……どれだけ人生を退屈して過ごせばこうなってしまうんだ?
「マジで怖い」
「分かるぅ~」
俺とパルの意見が合致した。
エルフに生まれなくて良かったぁ。
いや、そんな風に思ってしまうからこそエルフの森から出て冒険者になったりする者が現れるんだろうなぁ。
まぁ、それでもゲラゲラエルフことルクス・ヴィリディはちょっとおかしいと思うけど。
あれもルビーと同族なんだろうか?
笑いに飢えすぎて、あんな風になってしまったとか?
退屈すぎると人間種っていうのは壊れてしまうらしい。
そういえば学園都市のハイ・エルフもちょっとおかしいもんな。
う~む。
長生きはするもんじゃないなぁ。
「あ、エリカちゃん達だ」
倭国区にまで戻ってくると、訓練場に見知ったパーティがいた。
ナライア女史に雇われてる少女パーティたち。
今日はダンジョン探索をしていないのか、訓練場で汗を流しているようだ。
他の区画でも訓練場のような場所はあるのに、わざわざここにいるということは……俺たちに何か用事でもあるのだろうか?
「こんにちは!」
少女たちは俺たちを見つけると、にっこり元気に挨拶してくれる。まるで貴族さまに挨拶するように整列した様子は、ちょっと壮観だ。
う~む……
……やばい。
ちょっと心の中の俺が、小躍りしてキャッホーと盛り上がっている。
しかし安心して欲しい。
なんてったって俺は盗賊であり、感情を封じ込めるのが得意なんだ。苦しい時こそニヤリと笑ってみせる気概はある。
つまり、かわいい女の子たちに囲まれたところでニヤニヤとスケベ心を表に出すような愚か者ではない。
イエス・ロリー、ノータッチの原則の基本だよな!
な!
「師匠、嬉しそう」
「嬉しそうですわね」
「気のせいだ!」
身内にはモロバレだった。
でも、ほとんど無い表情の機微を読み取ってもらえることにも嬉しさを覚えてしまう。
俺ってダメな大人なんだなぁ。
そう思いました。
さて、気を取り直して――
「今日はどうしたんだ?」
俺はリーダー少女のリリアに聞いてみた。
「今日は休日にしたのですが……みんなあんまりお金を持っていないので結局は訓練になったので……えへへ」
あぁ~、なるほど。
各々自由に過ごして良い、と決めたものの、自由に過ごすにはそれなりにお金がいる。
それが黄金城なら尚更だ。
普通の街では豪遊できるお金であっても、黄金城ではおやつ代にしかならない。
そんなおやつを買っていては、いつまでたっても装備品は向上しない。装備品が向上しないと戦闘が危うく、なかなか奥へは進めない。
なんていう悪循環を断ち切るためには、最初のおやつを我慢しなくてはならないだろう。
そうなると、全員の意思が訓練に向くのは仕方がない。
というよりも、そろいもそろって訓練をしよう、となるのはなかなかパーティメンバーの仲良し度は高いようだ。
うんうん。
なによりなにより。
仲が悪いより、よっぽどいい。
足手まとい、とか言って切り捨てたりするのは、悲しいもんなぁ。
あと、パーティメンバーが誰一人欠けていないので一安心だったりする。
なんだかんだ言ったところで、命がけのダンジョン探索だ。俺たちだって、ゴブリンの不意打ちで命を落とす可能性は充分にある。
地下一階だからと油断した者から死んでしまうのが黄金城。
何度だって言おう。
隣り合わせの灰と青春。
「それでは、今日はわたしが訓練をつけてさしあげましょう。どこぞの赤銅色の女と違ってわたしは手加減をしませんので、御覚悟をあそばせ」
ウソつけ。
手加減だらけじゃねーか。
むしろ日の当たる場所だと、ナユタより弱い可能性ありますよねルビーさん。
「よろしくお願いします!」
「どこからでもかかってらっしゃい」
そう言ってアンブレランスをかまえる。
まぁ、怪我をする心配もないし、怪我をさせる心配も無いからいいか。
「はいはい! ルビー、あたしも打ち込んでいい?」
「いいですわよ」
「ふひひ。じゃぁエリカちゃんは右からね。あたしは左から攻めるフリをして後ろから刺す」
「バックスタブの練習ね。ウチもやりたい!」
「じゃぁ後ろからいっしょに刺そう」
「うんうん!」
物騒過ぎる会話が聞こえてきたけど、聞こえなかったフリをしておこう。
というか、エリカちゃんも馴染んでるなぁ……
盗賊の女の子ってみんなこういうもんなの?
学園都市の有翼種盗賊タバ子もこんな感じだったし、みんなハーフリングの素養を持ってるというか、なんというか。
盗賊の女の子って、怖い……
「じゃ、俺はなんか差し入れでも買ってくる」
「あ、ではわたしはフルーツがいい――ぶべら!?」
「きゃぁ、プルクラさん!?」
いや、戦闘訓練中に堂々と余所見をしないでくれます?
思いっきり打ち込んだ方が気の毒になってるじゃないか、まったく。
「気を付けて訓練しろよ~」
は~い、というカワイイ女の子たちの返事。
知ってる?
あのカワイイ女の子たち、全員が俺を『なんか凄い人』みたいな扱いしてるんだぜ?
勇者!
おまえもこんな気分だったのか!?
まぁ、少女だけに好意を寄せられてるわけじゃないので、俺のほうが素晴らしい状況なのは間違いないわけだが。
くっくっく。
そんな状況なので、うらやましそうな顔で俺を見る周囲の少年たち。
はっはっは。
はっはっはっはっは!
君たちも俺のような男を目指したまえ、はっはっはっはっは!
――なんてな。
逆に言うと、こんな大人になんか成るんじゃねーぞ。
と言いたい。
なにせ勇者パーティに一度は捨てられた男だ。
端的に言うと、勇者に捨てられた男。
世界一情けない称号じゃないのかなぁ。
そんな風に思う。
まぁ、今となっては賢者も神官もそこそこ受け入れてくれた、とは思うけど……どうなんだろう?
一応は若返ったふたり。
だけど、精神年齢的には俺より上なわけで。
中途半端なだけに、より一層と奇妙な存在になっていることは確かだ。
いっそのこと12歳くらいまで若返ってくれたら、何でも許せたのになぁ。
たぶん。
いや、どうだろう。
でもなぁ……ロリロリでカワイイ女の子に嫌われたとしたら精神的なダメージが計り知れないので、今ぐらいが丁度良いのかもしれない。
「……そのうち悪用しないか心配だな」
時間遡行薬。
理論上、不老不死の薬だし。
「そう言えば、エクス・ポーションの研究は進んでいるんだろうか」
パルのランドセルを利用した保存における研究開発。
今度連絡があったら聞いてみたいところだ。
それに加えて……
「ナユタみたいなことがあるからな。エクス・ポーションでなくとも時間遡行薬はストックしておきたい」
パルやシュユには使えないが、セツナやナユタには使用できる。
死んでしまうよりマシだからな。
「機会があれば、学園都市にも行かないとな」
そんなことを考えつつ。
俺はお店で新鮮なフルーツの盛り合わせを購入するのだった。
……めちゃくちゃ高かったです。
いいよいいよ。
女の子たちが喜んで食べてくれるのなら本望さ!
正しいお金の使い方だね!
ね!
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