~卑劣! 命を賭して成さねばならぬ~

 幸いにして俺たちのパーティには『最強』がいる。


「モンスターの皆さま、ご苦労さまです。そしてサヨウナラ、またいつかお会いしましょう」


 帰り路に遭遇したオーガを影を利用した串刺しであっという間に倒してしまう吸血鬼さま。

 ひゅー。

 超つよい……

 セツナがドン引きしているのが分かる。

 なんで普段からこの強さを発揮してくれないんだ、という視線を俺は隣から受けた。

 ガシガシ俺の横顔に刺さってる。

 いや、だってこいつアホだし?

 みたいな視線を返すと、なんか納得してくれた視線が返ってきた。

 理解してくれてうれしい。

 そんな視線を返すと、おまえも大変だな、みたいなニュアンスでうなづかれた。


「師匠とセツナさんが見つめ合って微笑んでる……」

「ご主人さまぁ……」


 なんか愛すべき弟子とかわいいニンジャ娘が俺たちを良からぬ視線で見てきた。

 だいじょうぶ。

 俺たちの関係はラブではない。

 大親友のそれ。

 勇者とは築けなかった仲だ。

 あいつ、なんだかんだ言って大きいおっぱいが好きだったし。

 ふん。

 話の分からないヤツめ。


「いや、そんなことより早く進んでくれないか。あたい、これでもフラフラなんだけど」


 あ、ごめんなさい。

 みんなでナユタに謝った。

 なぜかルビーまでいっしょに謝ってたので、状況をめっちゃ楽しんでたのかもしれない。

 自分が本気でモンスターを倒しているのさえも面白いんだろう。

 まったくもって厄介な性格だ。

 もっとも――それでこそ吸血鬼らしいと言えばらしいのかもしれない。

 いや、おまえが吸血鬼の何を知っているんだと問われれば何も知らないけど。


「さぁどんどん行きますわよ。安心なさってください。あなた方の盾は、この世で五番目くらいに強い存在が務めますわ~」


 四番目とは卑下をしている。

 一番は魔王サマだとして、残りは四天王。その中で最弱という順番か……そう考えると、本当に『勇者』って勝ち目の無い戦いに挑んでることになるんだなぁ。

 こうやって懐柔するのが正解なのかもしれない。

 ……いや、乱暴のアスオェイローとは引き分けだったんだっけ。なかなかやるじゃん、勇者。その調子で頑張ってくれ。

 なんてことを考えつつも、何とか六階層から脱出できた。

 命からがら、とまではいかないが……それなりに危なかったのは確かだ。


「はぁ~」


 ナユタは無事に地下街まで辿り着いたとあって、大きく息を吐いた。


「姐さま、こっちこっち。こっちで休んでください」


 シュユちゃんも、ござる、を付けるのを忘れてるくらいだし。

 それなりにピンチだったのは確かだろう。


「助かった」


 俺も大きく息を吐きながらルビーに告げる。


「では、頭を撫でてくださいな」

「それだけでいいのか?」

「ふふ。わたしにとっては極上ですので」


 もっと『過激』なご褒美も覚悟していたところだが……空気が読めるというか、なんというか。

 こういうところが支配者なんだろうな。

 人心掌握が巧い。

 というわけで、ルビーの頭をナデナデしてやる。

 ぐりぐりぐりぐり、なでなでなでなで。と、いつも以上に入念に。


「あ、あ、あ、あ……溶ける……溶けますわぁ……」


 なにが?

 なにが溶けるん?


「ルビルビ、あたしもナデナデしてあげる~。イイ子イイ子~」

「ちょ!? なに上書きしてくれてますのパル!」

「うひひひひひ」

「待ちなさい!」

「やだよー!」


 愛すべき弟子と吸血鬼が仲良く追いかけっこを始めた。

 イタズラっ子のパルはカワイイなぁ~。

 ぜひ俺にも悪戯を。

 イタズラではなく悪戯を……あ、いや、なんでもないです。


「すまないエラント。あとどれくらいで腕輪は使えそうだ?」


 ナユタをゆっくり座らせて、セツナが聞いてきた。

 シュユはナユタのそばに付いてやっている。

 大丈夫だ、とは言っていたナユタだが、やはりつらそうだ。首に穴が開いていたんだもんな、そもそも。歩けていたのは彼女の強さゆえなんだろう。


「もうしばらくは必要だ。だが、歩いて地上に戻るよりは早くチャージができる。このまま待機しててくれ」

「そうか。助かる」


 普通に考えりゃ、本来はこの状況の時点でアウトだ。

 ダメージを負ったナユタを地上まで連れて帰るのは危険が伴う。

 だからと言って地下街にしばらく滞在するには莫大な資金が必要だ。それをナユタが回復するまで続けるとなると、かなり厳しい。

 仮に転移の腕輪が無かったとして――ナユタが回復するまでの資金稼ぎをやろうと思えばやれなくはない。

 ルビーに頭を下げて媚びへつらい、一生の奴隷を願い出れば、お金くらい簡単に稼いできてくれると思う。

 でも、めちゃくちゃイヤがるだろうなぁ、そういうの。

 お金を稼ぐほうじゃなくて、俺が頭を下げるほう。

 思い上がってるわけじゃなく、割りとマジでルビーの性格的に。

 というわけで、俺たちはしばらく中央広場――だったっけ? とりあえず地下街の中心にある広場で待機することにした。


「あぁ~、油断しちまったなぁ。情けねぇ」


 ナユタは何とも言えない複雑な表情を浮かべて座り込んでいる。

 寝ころんでまでいないのは彼女なりの強がりだろうか。

 もっとも。

 こんな場所で弱みを見せるのは、それこそ危険行為かもしれない。

 今もジロジロと俺たちは見られていた。

 もちろん奇異の目ではあるのだが……少なくとも害意もそこに含まれていると思っておいたほうがいい。

 金を持っているのは、何もモンスターだけではないのだから。


「ザっと一回りしてきましたが、特に面白い物はありませんでしたわ」

「ただいま~」


 追いかけっこのついでに街を見てまわったらしい。

 一石二鳥というか、悪ふざけに見せかけた本気というか。

 まぁ、そういうの嫌いじゃないけど。


「あたし師匠の隣っ!」

「では反対側はわたしが」


 んふふ~、とにっこり笑う美少女ふたりに囲まれて俺はしあわせです。


「……で、何か報告か」


 もちろんその意図はあるのだろう。

 盗賊スキル『妖精の歌声』でふたりに聞いてみた。


「どうにも監視されているというか、見られてる人数が多いように感じます」


 その聞こえてきた言葉に俺たちはギョっとした。

 なにせ、喋ったのはルビーではなく、ルビーの影。奇妙なことに、影に三日月の形をした口がぱっくりと割れるように穴が開いている。

 なんでもありだな、吸血鬼。

 というか、ビックリするので、そういうのをいきなりやるのは止めて欲しい……


「仮面が物珍しいだけ、と考えるのは楽天的過ぎるか」

「えぇ。明確な意思を持って見られている気がしますわね」


 俺は視線をパルに向けると、視線を下にズラして元に戻した。

 うなづく、という意味だろう。


「恐らくドラゴンズフューリーと接触したことが原因と思われる」


 セツナが口元を隠しながら言った。

 会話スキルは見につけていないようだ。


「どうするでござる? 全員倒せるでござるが」


 いやいや、と俺とセツナは首を横に振った。


「余計なことをして面倒事を増やしたくない。単純に実力を計られているのだろう」


 ドラゴンズフューリーを助けた、ということもあって俺たちが攻略組と周囲に認識された可能性は高い。

 ダンジョンに数多くいる冒険者だが、攻略組は少ない。

 逆に言うと、攻略組というだけで実力がかなり高いことを示している。単なる腕試しやお金を稼ぎに来たのではなく、本気で踏破を目指しているもの。

 前人未踏に挑むのはまさしく『冒険者』ではある。

 それゆえに、一目置かれるのは仕方がない。

 仕方がないが……その『おこぼれ』は大きい。

 なにせ、未知の領域に足を踏み入れる者たちだ。上手くいけば今までに発見されていないお宝を持って帰ってくる可能性だってある。

 用途不明な物を格安で手に入れるチャンスでもあるわけで。

 それを狙う冒険者崩れや商人が五番街には潜んでいると思われた。

 なにせ、地下街には鑑定ができる神官がいないので。

 鑑定するには地上に帰るしかない。その手間を惜しむ攻略組はそれなりにいるらしく、手に入れた物は適当な値段に売ってしまうことが多い。

 もちろん、明らかに貴重なアイテムなら話は別だろうけど。

 それなりに手に入れたことのある物であれば、お金に変えてしまったほうが持ち運びも楽になる。

 地下街の宿に物を預けておけるほどの信頼は、ありそうにないし。


「お友達になりたいのであれば、そう言っていただければよろしいですのに」

「世の中、ルビーが思ってるほど優しくないんだよ」


 パルが言うと説得力が違う。

 路地裏の経験がこういうところで活きてくるのは悲しいなぁ。


「……そうですわね。それで、どうしますか? このままでは転移するところを見られてしまいそうですけど」

「四階層にあがって転移すれば、帰ったことにできるだろう」


 セツナの言葉に俺はうなづく。

 ダンジョンの中であれば、人と出会う可能性はかなり低い。四階層を適当に戻ったところで転移すれば誰にも見られないはず。


「では、それまで休憩だ」


 分かった、と全員でうなづく。


「師匠ししょう。何か食べる物を買ってきていいですか?」

「いいけど……高いぞ?」

「え~。ダメ?」

「ゆるす」

「えへへ~」

「ルビー、付いていってやってくれ」

「ゲロ甘じゃないですか師匠さん。ちょっとは厳しくしないと、ワガママ娘に育ってしまいますわよ」

「そんなことないもーん」

「その答えの時点でワガママ娘ですわよ」


 はいはい、と立ち上がってふたりは屋台に向かう。


「須臾も行ってきたらどうだ?」

「え、いや、でもナユタ姐さまが……」

「あたいなら大丈夫さ、須臾。それに、あんたがべったりとあたいにくっ付いてたら怪しまれるだろ。弱みにつけ込まれちまう」

「わ、分かりました。姐さん、何が食べたいですか?」

「あ~、なんかしょっぱいもので」

「分かりました、行ってきます」


 シュユは音も無く立ち上がり、音もなくパルたちの元へと駆けていく。

 ござるを忘れているのもかわいいなぁ。


「そういえば、なんでシュユは『ござる』って言ってるんだ?」

「あぁ。ござる、とは『丁寧な言葉遣い』とされている。もともとは『ござります』だったのが短くなって『ござる』となった。忍者では主人に仕える際、丁寧な言葉遣いを心がけるように教育されているので、ござる、を使っているそうだ」


 なるほど。


「丁寧な説明、痛み入るでござる」

「ははは、なかなかの言葉回し。恐悦にござるな」

「ござるござる」


 はっはっは、と俺とセツナ殿は笑い合った。


「旦那もそうだが、エラントも仲がいいなぁ。なんなの、あんたら」


 なぜかナユタが半眼で俺たちを見てきた。


「なに。馬が合うだけだ」

「友達……いや、親友……大親友……いやいや、同士だからな!」


 俺とセツナはガッシリと握手する。


「ここだけ見ると、むしろふたりが恋人同士に見えちまうな。内容はもっと最低だけど」


 え~。

 酷いことをおっしゃるナユタさん。


「まぁ、拙者はずっとひとりだったのでな。男友達が欲しかったというのもある」

「そうなのか?」


 あぁ、とうなづいたセツナは笑顔だが……すこし寂しそうだった。


「だったら同士ではなく大親友に格下げするか」

「それもまた一興。だが、いつか須臾の素晴らしさについて語りたい。語り明かしたい」

「俺もだ。パルはカワイイぞ」

「分かる」

「シュユちゃんも間違いなくかわいい。なんなら、パルよりもカワイイかもしれん。セツナ殿は素晴らしい少女を見つけた」

「ありがとう」


 俺たちは再びガッシリと握手した。


「いや、もうおまえらが付き合っちゃえよ」

「どうした、那由多。おまえも可愛いぞ。拙者の趣味ではないが」

「分かる。美人だよなナユタは。残念ながら俺の趣味でもないけど」

「うむ。朝焼けを反射する那由多の鱗には何度か見惚れたものだ。須臾には劣るが」

「濡れた鱗の美しさもあったぞ。パルには劣るけど」

「――うるっせぇな、変態どもが!」


 怒られた。


「いいよいいよ、あたいはもっとステキな男を見つけるさ。おまえらみたいな変態はこっちから願い下げだ、まったく」


 フラれてしまった。

 だが、まったく悲しくはない。

 うんうん。

 気軽にこういうバカ話ができる仲って楽しいなぁ~。

 セツナ殿も楽しそうだ。


「じゃぁ、ナユタはどんな男が好きなんだ? タイプってあるのか?」

「ん? あぁ~、好みか……好みの男……」


 ナユタは腕を組んで考え始める。


「こう、あたしのことを怖がらずに……そ、尊敬? してくれるような男で……え~っと?」

「ほほう。年上がいいのか、それとも年下がいいのか」


 興が乗ったらしくセツナが質問した。

 長年の付き合いはあるんだろうけど、こういった恋愛話はしてこなかったのかもしれない。

 なんとなくナユタも楽しそうだ。


「年齢は関係ないな。うん。あ、でもあんまり年上は困る……気がする……?」

「ほう。年下はどうなんだ?」


 ついでに聞いてみた。


「まぁ、年下だと悪くないね」

「ふむ……どれくらい下までオッケーなんだ?」

「な、なんだその質問?」

「いや、ナユタも実は俺たちと同類のショタコ――」


 ナユタのしっぽが俺の側頭部を襲う!

 避けたけど!

 避けたけど危なかったぁ!


「ふぅ、ふぅ!」

「落ち着け那由多。エラント殿の冗談だ。で、十歳ほどの少年はイケるのか?」


 再びのテイルスイングがセツナの胴体を薙ぎ払う。

 避けたけど。

 無事に避けたけど、ギリギリだったなぁ……


「冗談だ那由多。あまり怒ると傷に障る」

「……いま、後悔してる真っ最中だ……」


 ちょっとフラフラしてるナユタ。

 命を賭けたツッコミ。

 お見事にございまする。

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