~卑劣! 黄金城地下ダンジョン6階・第一探索~ 4
謎のしょぼい罠部屋。
釣り天井的な仕掛けをクリアした。
果たしてこの部屋の意味はなんだったのか?
そんなことを考えつつ、開いた扉の先を見ると……
「え!?」
思わずみんなが驚きの声をあげた。
俺も同様に声をあげてしまう。
なにせ、扉の先に続く通路が坂道になっていたのだから仕方がない。
「下り坂だ!」
「どうなっているんでござる……?」
地下六階層、という――あくまで平面的なフロアが常識だと思い込んでいた、というか、なんというか……
人工的に作られたいたダンジョンの常識を裏切られた気分だった。
普通に考えて地下に坂道なんてあるはずが無い、という固定概念。それを逆手に取られたというか、裏切られたというか……
いや、何に裏切られたのかは分からないが。
「どうなっていますの、師匠さん」
「いや、俺に聞かれても……」
俺も長いこと世界を旅してきたし、勇者パーティとしてそれなりに遺跡なんかを探索する機会もあった。
せいぜい天然の洞窟を利用した遺跡などで見られる『地形』で坂道があったりするが、人工的に作られたダンジョン内で坂道など他には聞いたことがない。
ましてやここは噂に名高い迷宮だ。
「これも何かの罠かもしれんな」
セツナが警戒しながら坂道になっている床に触れる。
もちろん簡素な石で作られた床であり、『シュート』の罠のようではない。
すべって転ぶような斜度ではないし、油のような滑る液体が撒かれているようでもなかった。
安全に進めることは間違いないだろうが、どうにも怪しさを覚えてしまう。
わざわざ坂道を作っている意味と意図はなんだ?
う~む……?
「誰かボールでも持ってないのかい? 転がしたら何か出てくるとか無いだろうね」
ナユタが冗談のように言うが……
「試せるのなら試したいところだな」
それこそ、本当に坂道に罠が仕掛けられている可能性は高い。
俺はベルトからポーションの瓶を取り出す。
横に倒すと一応は丸いので、ある程度は転がると思うが……
「よっ、と」
少し勢いを付けて割れない程度に投げてみる。
ある程度は進むが……やっぱり雑な仕上げの石が並べられている程度なので、すぐに止まってしまった。
「幻術の類では無さそうだな」
ナユタは肩をすくめる。
音と転がり具合から見て、確かに坂道ではあるので魔法で坂だと思わされている可能性は無いだろう。
現実に、ダンジョン内に坂道が存在していることになる。
むしろ幻術の方がありがたかった気がするなぁ、まったく。
「師匠ししょう。こんなのどうですか?」
パルは魔力糸をぐるぐる巻きにしてボールを作っていた。
「なるほど、やるじゃないか」
俺はパルの頭を少し強めに撫でてやる。
あまりの坂道のインパクトに思いつかなかった。
愛すべき弟子の柔軟な思考が嬉しい。
「よし。じゃぁ、投げてみてくれ」
「はーい」
パルがポーンと投げるように転がすと、ポーションの瓶は越えてある程度は転がっていくが……やはりすぐに止まってしまった。
「あまりに役には立ちませんでしたわね」
ルビーはそう言って坂道に足を踏み入れる。
「危ないぞルビー」
「どこぞに落ちたら助けてくださいな」
スタスタと坂道をおりていくルビー。
もちろん、何も起こらないで普通に下っていくだけ。
警戒し過ぎだっただろうか?
「何かしら意味はありそうなのだがな」
セツナも同意見のようだ。
しかし、進んでみないことにはその意味も分かるまい。
加えてドラゴンズフューリーから何の助言もなかった。もしかしたら、彼らもこの坂道の意味を見い出せていないのかもしれない。
最初に聞いていたら、その印象があるので発想が凝り固まってしまう。
初見だからこそ気付けること――というのに期待したのかもしれないな。
もっとも。
買いかぶった意見なので、なんとも言えないが。
坂道を下っていくルビーに続き、俺たちは通路を進んでいく。もちろん罠チェックは欠かせないので、しっかりと気を配りつつ進んだ。
「平面になりましたわね」
ある程度を進むと下り坂は終わって平坦な道となる。
なぜかパルは胸をさわさわと上下に撫でおろした。
「シュユも平坦でござる」
そんなパルを見て、シュユちゃんも胸をさわさわ。
「……」
「……」
「いくぞ、スケベなおっさんふたり」
「「あ、はい」」
ナユタに怒られたので、そのまま通路を進む。平坦になった道を進むと、すぐに突き当たりとなり、道は左右に分かれていた。
左は明かりが通らず、その先まで見通せないが……
「右はすぐに扉か」
というわけで、俺たちは右に進んだ。
いつものように罠チェックと気配確認。
「……」
ふむ。
中から何の気配もしないし、物音も無い。
だからといって油断して良いわけではないので、慎重に扉を開けて中へと入った。
中規模なフロア。
長方形の部屋で、特にこれといって特徴はない――が、柱が真ん中にドーンと鎮座するように立てられていた。
太く大きな柱で、それなりに整えられた装飾がしてある。武骨な石を並べられた床とは違って、どこかの神殿を思わせるような柱ではあった。
また何かの仕掛けだろうか。
さっきと同じく柱にスイッチでもあるのかもしれない。
そう思ってしまった。
俺もパルも、シュユも。
いや、俺たち全員が柱に気を取られた。
それが――失敗だった。
柱の影から飛び出した影。
いや、影ではない。
ハッキリとした『存在』だ。
ただ、全身が黒く視認性がかなり悪い。
「しまっ――!?」
それは大型のネコのような動物。
ナユタへと飛びかかり、その首元に一瞬にして噛みついた。
「ぐあ」
ナユタの悲鳴。
短い苦悶の声をあげるナユタ。それを救うべく、セツナが仕込み刀を振るう。だが、その刃は途中で止まった。
そいつはナユタに噛みついたままで、刃が当たってしまう。
「くっ」
大型動物はナユタを振り回すように首を振った。
普通なら首を噛みちぎられるところだが……幸か不幸か、ナユタの種族であるハーフドラゴンの鱗の硬さがそれを防いでくれていた。
「ぐっ、あ!」
ナユタの腕が動いている。
意識はあり、自分の体を引き離そうと暴れた。
それに不満だったのか大型動物は首を振ってナユタを口から離した。
強大な力だ。
高身長のナユタがまるで玩具のように放り投げられている。
ゴロゴロと転がったナユタはそれでも何とか立ち上がって、槍をかまえた。
あの状況でも武器を手放さないとは――すごい!
「グルルルルル」
鼻筋にシワを寄せるようにして大型獣はうなる。
ランタンとたいまつの明かりに照らされて、ようやくそこで全貌が見えた。
「黒い虎だ……」
「ブラックタイガーでしょうか?」
虎、というには身体はスマートな感じがする。
そしてブラックタイガーはエビだ。
「いや、こいつはヒョウだな。クロヒョウ……にしては、デカすぎるが」
四足歩行なのに、頭の高さは俺たちとそう変わらない。
立ち上がったらそれこそ天井にまで達しそうな大きさだ。
それが柱の影に静かに隠れていたかと思うと、恐ろしい……正直に言って大きい柱に気を取られていたのは確かだ。
タイミングが最悪だったとも言えるが、それでもこの巨体で完璧に気配を消してみせるとは……
これだから猫っぽいモンスターは怖い。
いや、言い訳はよそう。
気配察知を完璧にできなかった俺のミスだ。
「すまない! 大丈夫かナユタ!」
「問題ない。ちゃんと喋れてるよ」
首筋からボタボタと血を流しながら言われても説得力はない。
「パル、ポーションを。止血して――」
行動指示している最中にクロヒョウが動く。
狙いはパル。
そりゃそうだ、この中で一番弱いもんな!
「させるかぁ!」
七星護剣・火をベルトから抜き、一歩を踏み出す。
「させん!」
その手前でセツナの刀が一閃するが、クロヒョウは止まらない。
ダメージは浅く、狙いはパルのままだ。
「おおおおおお!」
体当たりするように俺はクロヒョウに突っ込み、そのまま七星護剣を刺し込んだ。途端に燃え上がるクロヒョウは、パルへの攻撃を中断し、俺へと前足を振り下ろした。
七星護剣を引き抜き、前足を避けて距離を取る。
クロヒョウの炎はすぐに消えてしまった。
それなりにダメージは与えられたが、倒せるところまではいっていない。やはり、短剣では刃が短すぎて致命傷にはならない。
「援護するでござる! ナユタ姐さまを」
「うん!」
シュユがパルを防御してくれる。
その間に俺は投げナイフで牽制して、クロヒョウの出足を挫くと――ルビーが突撃した。
「えい」
思いっきり振り下ろすアンブレランス。
避けられてしまい、がっつん、と音がしてフロア全体が揺れそうな勢いだった。
恐らく、ワザと外したんだろう。
なにせクロヒョウが避けた先には――セツナが待っているのだから。
「フッ!」
短い呼気と共に仕込み刀を横に振りぬく。
薄暗い部屋の中で、一瞬の光のように感じる刃の速度。
バシュ、という短くも鋭い音が、クロヒョウの身体を切り裂いたことを思わせた。
「グルルァ!」
だが、その一撃でクロヒョウは倒せていない。
生命力の塊のようだ。
だが、確実なダメージにぐずりと体勢を崩すように床へと転がる。
ならば――
「トドメだ!」
俺は素早くクロヒョウの後ろへと回り込み、背後から頸椎あたりを狙って七星護剣を突き刺した。
赤い軌跡が難なくクロヒョウに吸い込まれ、ぼぅ、と炎に包まれる。
「おおお!」
俺の体ごと炎が燃え上がるが、不思議と熱さは感じなかった。
これが、七星護剣・火の神髄なのかもしれない。
ぼう、と炎が一瞬だけ激しく燃え上がり、消えた。
クロヒョウはそのまま消失する。
後に残されたのは……拳ほどの大きさの金だった。
「……はぁ~」
俺は大きく息を吐く。
良かったという思いと、失敗した思いが混ざり合っている。
「どうやら大物だったようですわね」
今までにない大きさの金を拾い上げてルビーは肩をすくめた。
俺はガシガシと頭を掻きたくなる衝動を抑え――すぐにナユタの元へ移動した。
「大丈夫でござるか、姐さま」
「問題ない、大丈夫だ。生きてるよあたいは」
オロオロとするシュユを安心させるようにナユタは笑顔を浮かべるが……痛そうだな。
赤銅色の彼女の鱗が割れてしまい、そこから血が流れていた。
パルがハイ・ポーションを流しかける。
「ぐぅ……いつつつつ……!」
さすがに鱗は治らないが、傷はなんとかふさがってくれたようだ。
冒険者セットに入ってる布をあてて、ぐるぐると包帯を巻き付けた。
「ふぅ、ありがとうパル。傷の手当が上手いじゃないか」
「う、うん……だいじょうぶナユタさん?」
「問題ないさね」
かなりのダメージのはずだが、意識はある。
むしろ、ナユタでなかったら死んでいたかもしれないな。
「すまない、ナユタ。俺のミスで……」
「いいや、あたいのミスだ。この程度の相手に不意打ちを喰らうとは……ご先祖の赤龍さまに申し訳が立たないよ。魂となって詫びることになったら、それこそ最悪だ」
はぁ~、と大きく息を吐いてナユタは座り込んだ。
顔色は悪くないが、額には脂汗が浮いている。
「少し休憩をしよう。ルビー殿、監視を頼めるか」
「もちろんですわ」
お頼み申す、と頭を下げるセツナに、えぇ、と答えたルビーは扉の近くへと移動した。
その間に俺はセツナへと近づく。
「セツナ」
「うむ。引き返すぞ。転移の腕輪は……」
「まだチャージできてない。歩いて帰るしかない……すまん……」
「そうか。いや、それも良い経験ができたと思おう。怪我をして帰る練習だと思えば良い。ナユタ、歩けるか?」
「問題ないよ、旦那。なんなら須臾をおぶって帰ってやろうかね」
ナユタは立ち上がる。
フラついていないところを見ると大丈夫そうだが……戦闘は無理だろう。
「だ、だいじょうぶですかナユタ姐さま」
「おう、心配すんな須臾。この程度で死んじまうあたいじゃないってこと、おまえなら知ってるだろ」
ナユタは優しい手つきでシュユの頭を撫でた。
ハイ・ポーションで傷はふさがっただろうが、そう簡単に失われた血液や体力が回復するわけではない。
立ててはいるが、それだけだ。
とてもじゃないが、大丈夫、とは言い切れないな。
「すまんが、ちょっと槍は触れそうにないな。頼めるか、ルビー」
「わたし、『人間種』にお願いされると断れない性格をしていますの」
「……そいつは頼もしい吸血鬼サマだなぁ」
人間種という言葉で、少しだけキョトンとしたナユタだったが。
すぐに笑顔になった。
リザードマン、という言葉に過敏になってしまっている彼女にとって、人間種という言葉は逆に嬉しいものになってしまっているのかもしれない。
それはそれで悲しい事実だが。
「よし、しばらく休憩したら安全を確保しながら戻るぞ。すまないが、頼むルビー殿」
「おまかせあれ。全員一撃で倒していきます。遅れないように付いてきてくださいまし」
だったら最初から全部それをやってくれ。
というのは禁句なんだろうなぁ。
なんて思いつつ。
俺たちは早々と第六階層から逃げ帰るのだった。
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