~卑劣! 黄金城地下ダンジョン6階・第1探索~ 1
一瞬の『無』を感じてから、俺たちは黄金城地下五階層の街へと転移した。
「おっと」
さすがに初めての転移ということでセツナたちは着地のバランスを崩す。
聞けば、転移の巻物も使ったことがないらしい。
初めて中の初めて、だ。
まぁ、転移の巻物は貴重なアイテムだし、そう簡単に手に入る物でもないので、貴重性ゆえにお値段もかなり高い。
セツナたちは冒険者ではなく、七星護剣を求める旅人のようなもの。
あまりお金に余裕があるわけではないだろうし、引き返すような旅路でもない……のだろう。
と、考えられるが。
セツナの付けている仮面と同じように、彼らの根本を俺はまだ知らないので。
あまり確かなことは言えない。
あくまで推測での話だ。
「き、緊張したでござる」
シュユは胸を撫でおろした。
「だいじょうぶ?」
「大丈夫でござる。でも、どこか何も無い場所に放り出されたかと思ってびっくりしたでござるな」
シュユが言っているのは深淵世界のことだ。
いや、あれが深淵世界と確定したわけではないけど。あくまで学園長の仮説であり、『物語』の外側、と表現しているだけで、それが正しいとは限らない。
目下、研究中……ではあるのだけど。
転移の腕輪は、この世で俺が持っている物しか存在しない。
研究も何も進んでいない状態と言える。
このあたり、ちょっと解消して欲しいなぁ~。
怖くてテストできないことが多い。
おぉっと、かべのなかにいる――とか……どうなってしまうんだろう?
こわい……
いやいや、壁の中なんか想像できないので、そもそも転移すら不可能だけどね。
「よし、さっさと進もうぜ」
赤の槍でトントンと肩を叩きナユタは歩き出す。
特に体調等に問題はなく、俺たちは地下六階へ向かう階段を目指した。
「しかし、この転移が無ければ攻略は不可能に近いな」
セツナの言葉に俺はうなづく。
「地下街ではまともに休めそうにないしな。本気で攻略するには必須だ」
地上から地下五階まで移動するだけで一日が終わってしまう上に、それなりに消耗する。下手をすれば、地下五階に進むより地上へ戻る判断をするほうが多くなる可能性もある。
加えて、地下街に滞在するにはかなりのお金を消費してしまうことだ。
まともな食事や休憩を取るのも一苦労。ポーションの補給も難しいかもしれない。それこそ水の確保にも苦労する可能性がある。
転移があることが前程の攻略だな、こりゃ。
「地下六階はどんなところでしょうね。楽しみですわ」
地面にぽっかりと空いた穴。
そこに作られた階段を見下ろしてルビーが言った。
「ここから先は俺も知らないからな。ドラゴンズフューリーの情報に期待するしかない」
攻略組である彼らはすでに七階に到達している。
簡易的な六階の地図を写させてもらっており、パルとシュユはそれを準備した。
「六階に注意することはモンスターの強さが跳ね上がってること。油断せぬように」
俺たちはセツナの言葉にうなづく。
これは迷宮側が狙ったものではない。
あくまで偶発的に発生したしまったことであり、それにより一層と攻略が難しくなってしまっていた。
つまり――
地下街における人間種の滞在が、モンスターの発生を抑制した。
結果、地下五階で敵は出現しない。
そうなると、地下四階のモンスターから、いきなり地下六階のモンスターを相手することになる。
一階層まるまる抜け落ちているので、敵がかなり強くなった印象を受けるそうだ。
これで命を落とす冒険者も多いらしいので――
「地下六階の最初の戦闘は気をつけろ」
とは、ドラゴンズフューリーのリーダー、エリオンからのアドバイスだ。
どんな罠よりもここが一番危なかったらしい。
「では、参りますわよ」
それなりの覚悟を決めるが、ルビーにとってはいらないモノ。
なにせ、魔王サマとお話する間柄。どんな恐ろしいモンスターが出たところで、ルビーにとってはアリとバッタくらいの差しかないのだろう。
まぁ、アリだと思っていたらドラゴンが出てくる場合もあるので、わざわざ油断する必要はないが。
「ふんふんふ~ん」
それでも、ワザと油断しているような気がしてしょうがない。
ルビーはのんきに鼻歌を歌いながら地下六階層へと下りていった。
率先して先頭を進んでくれるので、良い罠避けになるのかもしれない。
いや、先頭が踏んだ罠が後方で発動することもあるので、『漢感知』は勘弁して欲しいものだが。
「また寒くなった気がする」
地下六階へ下りると、周囲の温度が更に下がった。
パルは、はぁ~、と息を吐くと……わずかながらに息が白くなる。
「防寒も考えなければならないのかもしれぬ」
このまま階層を重ねていけば、更に寒くなる可能性が高い。パルやシュユは薄着なので、かわいそう。
「あたいも寒いのは苦手だ」
ナユタは両手をにぎにぎと動かして感触を確かめた。
手がかじかんで戦闘中に槍を落とした、なんてことはシャレにもならないので。
やはり防寒対策は必須だな。
さて、初めて到達した地下六階だが……
「洞窟染みてきたな」
俺は周囲を見渡す。
階段から下りてきた部屋はそれなりに広いが、岩肌が剥き出しのような状態だった。まるで天然の岩を運んできて並べたような感じだろうか。
床も岩のゴツゴツしたような感じで、整えられていない。歩くのに邪魔にはならないが、つまづく可能性はゼロとは言えなかった。
これも相まって戦闘の難易度が上がっているのかもしれない。
天井の高さはこれまでと変わらなかった。特に気にする必要はないが、罠が設置されていることもあるので油断はできない。
「オッケーです」
「確認できたでござる」
パルとシュユが地図の精度を確かめて、俺たちは先へと進む。
「さて、どんなモンスターがいるのか。楽しみですわね」
最初の扉を前にしてルビーが俺に、はやくはやく、と訴える。
はいはい、と頭を撫でつつ後ろに待機してもらうと、俺は扉を罠チェックしてから気配を読んだ。
「……いるな」
扉の向こう側に気配がある。
数は――ふむ。
俺は指を一本立てて、みんなにモンスターの数を伝えた。
そのまま扉を指差し、手を開く。
5、4、3、2、1――ゼロと共に扉を蹴り開けた。
「一番槍、行きますわー!」
おまえは一番ランスだろ、とツッコむヒマもなくルビーが部屋内に突撃していった。こういう場合、罠の有無がまったく関係の無い仲間がいるって楽だよな。
そう思う。
……一瞬ルビーが吸血鬼になる前はハーフリングだったんじゃないか、と思った。いや、耳の形もぜんぜん違うし、見た目は人間種なので見当外れなのは確かだけど。
でも精神性は同じじゃないのか。
なんて思ってしまう。
おっと。
そんな余計なことを考えてる場合じゃない。
全員が部屋の中に入るの待ち、俺も中へと入った。
「敵確認――オーガ種!」
部屋の中にいたのは、筋骨隆々の人間種のような姿。
たいまつとランタンの明かりがその姿形を照らし出す。
オーガ種。
つまり、巨体を持った頭に角の生えたモンスターだ。
その特性はなんといっても圧倒的な力。
肌の色や角の本数や形は個体によってまったく違うのだが、共通しているのはパワーだ。
特に身体が大きいオーガとなると、防御など無意味にしてしまうほどの腕力を誇る。体重差を活かした一撃で前衛を吹き飛ばし、そのまま体当たりで後衛にまで迫ってくる強さは、単純ながら効果的と言えるだろう。
「気をつけろ、デカイぞ」
セツナの警告通り、ここまで大きなオーガ種ともなると――生半可な攻撃では止められない。
「ふっ!」
しかし、だからと言って何もしないわけにもいくまい。
手持ちの武器といえば投げナイフしか持っていないので、投擲するしかない。パルとシュユもそれぞれナイフとクナイを投擲した。
「そーれっ!」
先だって突撃しているルビーがアンブレランスを振り下ろすと同時にナイフとクナイがオーガに刺さ――らない!?
「なんだと!?」
思わず声をあげてしまった。
いやいや、防御したり腕を振って払ったりするのならまだしも、単純に皮膚で弾かれたぞ、いま!
「パル、柔らかい部分を狙え!」
「は、はい! 目? 目ですか? あっちは狙わなくていいですか師匠!」
いや、その、いわゆる急所がオーガにもあるのかどうか分かんないので、俺に聞かないでくださいます?
モンスターと言えども、ちゃんと腰巻を付けているので見えないのよねぇ。
あと、そっちも硬かったらどうしよう?
それはそれでイヤだ。
「エラント殿!」
「え?」
ひとり複雑な気分で悩んでいるとシュユが武器を投げてくる。
俺はそれを受け取ったが――七星護剣・火じゃないですか、これー!
「師匠、がんばって!」
なんでパルはきらきらした瞳をしてんの!?
ちくしょう!
やるよ、やりますよ!
「当たらなきゃいいんだろう、当たらなきゃ!」
振り下ろされる剛腕を受け止めるルビー。その攻撃の隙を狙って左右から攻撃するセツナとナユタ。
怯む様子のないオーガは相当にタフなようだ。
俺は七星護剣を逆手に持って走る。途端に刀身が赤く輝き、まるで炎をまとうような感覚が腕を伝わってくる。
相当な代物だな、これ。
「よっ、と」
ルビーの頭を飛び越えてそのままオーガの前に立つ。
悪目立ちする赤い刀身。
もちろんオーガも俺を狙ってくるだろう。
「ゴア!」
人間離れした声をあげながら俺を叩き潰そうと大きく手のひらを叩きつけてきた。
「――」
盗賊スキル『影走り』。
振り下ろされる相手の手のひらを利用して死角に入り、そのままオーガの股下をくぐる。その際に足を切り裂いて反転するように相手の背後を取った。
めちゃくちゃ恐ろしい切れ味だ。
まるで抵抗することなくオーガの皮膚を切れた上に、裂傷から炎が燃え上がっている。
「バックスタブだ」
ストン、と相手の背中に七星護剣・火を刺し込んだ。
途端に燃え上がるオーガの身体。
それでもまだ動けるらしく、振り払うように腕を振るうが――
「トドメ!」
「そらよ!」
「えーいっ」
前衛三人組の攻撃がオーガに命中し、あえなくその場に倒れた。
「……ふぅ」
俺は一気に吹き出してきた額の汗をぬぐう。
あぁ~、やだやだ。
これだから一撃死の領域で戦うのは骨が折れる。安全に後ろから攻撃していたいものだ。
「師匠かっこいい~!」
まぁ、ね。
弟子がね、めっちゃ褒めてくれるのは嬉しいけど。
「顔が緩んでいるぞ、エラント」
「う。も、申し訳ないセツナ殿……」
バシバシと背中を叩かれた。
もしかしたら褒めてくれたのかもしれない。
なんにしても地下六階。
そろそろ、余裕で倒せた、とはいかなくなってきたようだ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます