~卑劣! 真贋判定不能のダンジョン~
パルたちを無事に回収し、俺たちは義と倭の国区画にある冒険者の宿『風来』へと戻ってきた。
「おかえりなさい。あら、もうひとりの方はどうしたんです?」
看板娘のマイがルビーの姿がないことに気付いたらしい。
さすが客商売。
良く覚えているものだ。
「ルビーなら死んだよ~」
「えっ!?」
「冗談でもそういうこと言わない」
俺はパルの頭にチョップを叩き込んだ。
殺しても死なないような吸血鬼だが、それでも冗談の質としては、この黄金城でぜったいに言ってはいけないタイプのそれ。
いやマジで普通に起こりうる日常風景でもあるので、ホントにホントにマジでヤバイ誤解に繋がるのでダメです。
「あう。ごめんなさい師匠……」
「あとでルビーにも謝っておくように」
「はぁ~い」
そんな感じでルビーは無事だとマイにアピールしておいて、俺たちは部屋へと戻った。
ふぅ、と一息つくと――パルの影がにょっきりと床から人の形になって生えてくる。
さっそくパルの影から出てきたルビー。
ドレス姿ではなく、いつもの冒険者の服装に戻っていた。
「ほぅら、わたしに言うことがあるんでなくてパルパル?」
「ごめんなさいでした」
素直に謝るパルにちょっと面食らってしまうルビー。
ぐぬぬ、とか、しぶしぶ謝ると予想していたらしく、ルビーはルビーで反省した。
「……ごめなさいパル。えっと、わたしもあなたをからかって遊べる材料ができたと調子に乗ってしまいました」
「許す」
「ありがとうござ――なんでわたしが謝ってるんでございますの!?」
なんでだろうな……
俺にも分からん……
「調子に乗っちゃったからじゃない? もっとちゃんと乗りこなして」
「馬に乗るより難しそうですが、努力します。って、だからなんでわたしがパルに言われなきゃいけませんの!?」
ケラケラと笑うパル。
まぁ、ルビーも本気で怒ってるわけではないので良しとするか。
「では、看板娘に挨拶してきますわ」
わざわざ遅れてきたことを装うつもりなのか、ルビーは建物の影に沈んで移動していった。
そのまま外に出て、何食わぬ顔で戻ってくるんだろう。
「ふへ~、なんだか余計に疲れた~」
「シュユも疲れたでござる」
パルとシュユは布団の上に倒れ込むように寝ころんだ。
このまま眠りに落ちない内に、ふたりから不思議なダンジョンの情報を聞き出さないとな。
「パル、詳細を語ってくれ」
「分かりました」
ぐったりと寝ころんでいたパルは姿勢を正すように座り直した。シュユも同じように隣に座って、いっしょに説明してくれる。
ふたりの説明を俺たちは座りながら聞いた。
「ちゃんと不思議のダンジョンの中に入れたんだな」
「はい。師匠から見てたら、どうなってたんですか?」
俺はうなづき説明する。
「ひとまず、完全にパルたちから視線を切っていた。距離も開けていたし、さすがにあの人数がいる中で気配を読むこともできなかったから、完全に別行動状態となっていたな」
一応、光の精霊女王ラビアンの聖骸布でお互いの位置は分かるが……どんな影響があるのか分からないので使わないでおいた。
なんというか、この位置を把握する能力って忘れがちになるので気を付けないといけない。今までは勇者と俺しか持っていなかったので、お互いの位置を把握する必要なんてほとんど無かったからなぁ。
気を付けよう。
「後からゆっくり追いかけるように大通りまでいくと、パルたちの姿はまったく無かった」
シュユが確かめるようにセツナを見る。
セツナはうなづいた。
「それこそあの建物まで近づいてみたが、本当に分からなかった」
セツナの言葉にパルとシュユは、ほへ~、と言葉を漏らす。
「入った時の状況を教えてくれるか?」
「はい。というより、入る前からなんかちょっと変だったです」
入る前?
と、俺は眉根を寄せた。
「気が付けば大通りからすでに人の姿が無かったんでござる。不思議なダンジョンの境界線はもっと曖昧なものである可能性があるでござるよ」
どういうことだ、と俺は考える。
「入口はもっと手前ということか?」
「分かんないんですけど、前と違うことがいっぱいありました」
「違うこと?」
はい、とふたりはうなづく。
「前回には無かった通路が増えていました。まっすぐだったはずなのに、路地の一部が丁字路になってました」
なんだそりゃ、と俺は思わず眉根を寄せる。
「新しく道が増えてたってことか? つまり……建物の位置が変わっている……?」
「はい」
迷うことなくパルはうなづいた。
「それを疑問に思った……それは間違いないかパル殿」
「あ、はい。前は無かったはず、と思ってそっちに注目しました」
記憶の上書きや認識の変化……は、起こっていないらしい。
むしろ、それが行われたのであれば、初めから曲がる道があった、と説明するはず。いや、疑問にも思わないだろう。
だからこそ、この記憶は問題ない、と言い切れるか。
もっとも。
逆にそれはそれで恐ろしいことを意味しているわけだが……
何せ、入るたびに構造が変わるダンジョン、となってしまうわけだ。地図を作製しても無駄になるというか、無意味になる。
そんなもの、神さまだってクリア不可能だ。
いや、一発でクリアすればいいだけの話だが……それはそれで不可能というか荒唐無稽というか、机上の空論でしかない。
う~む……
「ただいま戻りましたわ」
「おかえり」
ノックもなしにルビーが戻ってきた。ちゃんとマイに挨拶を済ませてきたようで、なんだか満足そうな顔をしている。
「丁度良かったルビー。入口付近の通路に曲がれる道が追加されていたのを認識できているか?」
「えぇ、増えてましたわね。もっとも、建物の形状や位置まで覚えていませんので、何がどう変わったのかは分かりませんが」
「そうか。パルは思い出せるか?」
「え、え~っと……う~んと……同じような建物なんだけど、増えた路地のあたりはちょっと曖昧です」
「シュユも記憶に自信がありません……」
さすがのパルも覚えていないし、シュユも無理か。
それは仕方がない。
「他に何か変化はあったか?」
「敵がいましたわ」
「敵!?」
なんだそりゃ、と俺とセツナとナユタは驚いた声をあげる。
ルビーは証拠だと自分の影から金をいくつか取り出した。それなりの大きさがあり、地下ダンジョンで考えると三階か四階ほどの敵の強さだろうか。
「モンスターではなく、人の形をした影でした。どれも冒険者みたいでしたわね。あまり強いわけではありませんが数が多く、いくらでも出てくるみたいでしたよ」
「ルビーが一撃で倒していってくれたけど、あたしの投擲とかじゃ倒せなかったです。ゴブリンよりは強いですよ。あと、いつの間にか近くに出現します。いきなり後ろに現れてびっくりしました」
普通のモンスターは人間の気配があると出現しない。
人気がなく、闇から出現するのがモンスターだ。
でも、今回はその条件からまったく外れるらしい。
どういうことだ?
これもまた認識が改変されているのだろうか?
「怪我がなくて何よりだが……そうなってくると情報収集どころじゃないな」
俺は嘆息する。
安全とは言えない場所ではあったが、正体不明の敵がいるのでは『危険な場所』と言わざるを得ない。
メリットとデメリットを考えると、ハイリスク・ローリターンなダンジョンと言えた。
……ローリターン。ロリたん。
いや、なんでもない。
「どうしました師匠?」
「いや、マジでなんでもない。で、エルフ少女はいたのか?」
「いました。でも逃げる最中だったので話してるヒマもなかったです」
一言、言葉を交わしただけ。
それも、逃げろ、というニュアンスのみであって『会話』と言えるレベルでもない。
「あと、四階ほどの高さに登ったでござる。全容を見渡すことができたのでござるが、どこまでも日ずる区が続く迷路のような空間でござった」
「そうそう。山とか森とか何にもなくて、ひたすら日ずる区画の建物がとお~くまで並んでるの。狭い路地と大通りだけで、あとは何にも無かったです」
まさに迷路というわけか。
いや、しかし……なんだその意味不明な空間は。
どこまでいってもゴールのない迷宮など、果たしてそれは迷宮といえる――
「ん?」
「どうしました師匠? またなんでもない話?」
「いや、違う。その高いところへ登った時に黄金城は見えていたか?」
「……あっ。見えてませんでした! 見えてなかったよね、シュユちゃん」
「そういえば見なかったでござるな。反対側だったのでござろうか……」
なるほど。
つまり――
「迷宮のゴールは黄金城というわけだ。どうにもそこへ向かわせたくないような感じだな」
もしも迷宮に意思のようなものがあれば、の話だが。
それを考えると『エルフの少女』という存在が怪しく思えてくる。
「魔法の鍵か」
それを手に入れることができれば、不思議なダンジョンをなんとかできる、という話だが。
つまりそれは、不思議なダンジョンのゴールへ到達できる、みたいな話ではないだろうか?
「――ふむ。その可能性はあるな」
俺の考えにセツナ殿は理解を示してくれた。
「魔法の鍵を使って不思議なダンジョンを攻略する。では、それで得られる物はなんなのでしょうか?」
ルビーの言葉に、俺は腕を組んだ。
「もともと黄金城は、王族が無限に金の湧き出るツボを安全に保管するためのものだ。それと密接に関わっている不思議なダンジョンとなると……」
「もしかして、本当の宝物庫は不思議なダンジョンの方にあるんじゃないのか?」
今まで黙っていたナユタがそう言った。
「確かに、その可能性があるような……気がする……な……」
「歯切れが悪いねエラント。何かあたいの意見は間違ってたかい?」
「いや、すまない。考えながら話していたわけだ。自信があるのか、ナユタ?」
「そう聞かれると困る……口を挟んで悪かった」
いやいや、と俺は苦笑しながら言った。
「悪くない。あらゆる意見は貴重だ。間違ってても誰も怒らないし、間違いから導き出される答えもある。新しい視点ってのは重要だ。なので、なんでも言ってくれ」
そうかい、とナユタも苦笑する。
「一度まとめよう」
セツナが切り出す。
「黄金城地下ダンジョンは宝物庫があり、そこには黄金の壺がある。拙者たちの目的は、その宝物庫にあるという七星護剣だ」
大前提の話。
「そして今回見つかったのが、不思議なダンジョン。どうやら女人で、しかも子どもしか入れない――いや、違うな。身長制限がある、と考えるほうが良いだろうか」
そうだな、と俺はうなづく。
ナユタがいると入れなかったし、遥かに年上のルビーがいても入れた。
そこから導き出されるのは、身長制限のあるダンジョン……ということだ。
ただし、少年がいっしょでも入れるかどうかは試していないので、少女限定のダンジョンである可能性は否定できない。
……なんだこのロリコンが考えたようなダンジョンは。
天才か?
上手くいけば永遠に少女を閉じ込められるんだろ?
天才か?
「不思議なダンジョンにいる少女エルフは『魔法の鍵』を探せという。それが少女エルフを助ける条件だと言うが、詳細はまだ謎。して、二度目の入場に際してはダンジョン構造が変化し、敵も出るようになった」
はい、とシュユがうなづく。
「不思議なダンジョンは地下ダンジョンと密接に関わっているのは明白だ。その意図は不明だが、鍵となるのは恐らく『魔法の鍵』。文字通り鍵だな」
うんうんうん、となぜか嬉しそうにルビーがうなづいている。
しょうもないことが大好きだなぁ、この吸血鬼。
「目的の宝物庫……いや、『本物の宝物庫』が不思議なダンジョンにある可能性は……今の状態では肯定も否定もできない。加えて、エルフ少女はダンジョンから逃げるのを推奨している。果たして、このエルフを信用できるか?」
おっと、そうか、なるほど。
「あの子は嘘をついている可能性?」
パルはシュユと顔を合わせる。
ふたりは三秒ほど考えて、首を傾げた。
「そうは思えない反応でござるよな。イイ子な感じでござる」
「うん。あたしもそう思った。でもでも、詐欺師って基本的に『イイ人』なんですよね、師匠?」
「あぁ。明らかに悪い雰囲気の人間が、他人を騙せるわけがない」
警戒をしている人間を騙すのは、かなり骨が折れる作業だ。
しかし、信用しきっている人間を騙すのは簡単である。
「シュユ。脱いでくれ」
「え!? な、なんででござるか?」
「じゃぁパルでいいや。脱いでくれ」
「分かりました」
「こんな感じで、人は簡単に騙せる」
「あっ……」
「マヌケは見つかったようですわね、パル。ではわたしへの命令はなんでしょう? たとえ騙されていたとしても、わたしは遠慮なく脱ぎますわ!」
おーっほっほっほ、となぜか高笑いをするルビー。
意味が分かりませんので、無視。
「ともかく、不思議なダンジョンは気に留めつつも保留だな」
「どうにも攻略する必要がありそうな気がするな。厄介な話だ……」
仕方がない。
なにせ、まだ攻略できたものはおらず人間種の最高到達地点は地下七階どまり。もしかしたら、その理由が地上のダンジョンにあるかもしれないし、それがまた少女限定のダンジョンとするのならば、条件がエグ過ぎる。
どんな屈強で熟練度の高い冒険者であろうとも攻略不可。
ダンジョンに入る権利すら得られないのだから。
こんなもの少女のような姿で、イタズラ好きの無謀種族であるハーフリングでしか……
「ん?」
ハーフリングは、他人の注意なんて聞くような種族ではない。
むしろ、率先して罠を発動させに行くようなタイプであり、迷路だろうが関係なく突撃していくような種族特性がある。
「……ん~?」
なんか関係あるような、そんなバカな、と思うような……?
「今度こそ、どうしました師匠?」
「分からん」
「えぇ~?」
まぁ、先に攻略するべきは地下ダンジョンだ。
必要になってから考えるとしよう。
たとえ、ハーフリングのために作られた不思議なダンジョンであろうとも。
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